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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 32

「……げっぷ」
 百花屋を出ると、俺はげっぷをしながらあゆと真琴に言った。
「も、もういいだろ? 帰るぞ」
「ダメだよっ。まだたい焼き食べてないもん」
「真琴も肉まん〜っ!」
「お前ら、まだ食えるのか? ……げぷ」
「祐一、ちゃんと約束は守らないとダメだよ」
「そうですよ〜」
 既に約束を果たした2人に言われてしまう。俺は黙っている一人に助けを求めた。
「舞〜」
「ぽんぽこたぬきさん」
「……はぁ」
 四面楚歌である。
「くそ、こうなったらなんでもこいっ!!」
「ええと、あゆちゃんがたい焼きで、真琴が肉まんだったよね? それじゃ、あまり時間もないから、公園でみんなで食べようか」
 なぜか名雪が仕切る。しかし、結局イチゴサンデー3つ平らげたくせに、どうしてそんなに元気なんだ?
「それじゃ、ボクたい焼き買ってくるよっ!」
 そう言うや、あゆが雑踏に姿を消す。
「あっ、あゆちゃん……。行っちゃった……。どうしよう。あゆちゃん、どこの公園か判ってるのかな?」
「さぁ」
 肩をすくめる俺。
 名雪は少し考えてから、言った。
「それじゃ、わたし達は真琴と肉まん買って、先に公園行ってるから、祐一はあゆちゃん連れてきてね」
「な……」
「やだーっ、祐一と一緒に肉まん買うのーっ」
 俺が異を唱えるよりも早く真琴が地団駄踏んで暴れる。
 俺はもう一度ため息(とげっぷ)をつき、名雪の肩をぽんと叩いた。
「真琴のこと、頼んだぞ」
「うん。妹だもんね」
 笑顔で頷くと、名雪は真琴の頭をぽんと叩いた。
「ほら、真琴。お姉さんの言うこと聞きなさい」
「あ、あう……」
 まだ何か言いたそうだったが、真琴は結局頷いてしおしおと名雪の後についていった。
「それでは、お先に公園に行ってますね〜」
「……はちみつくまさん」
 佐祐理さんと舞の2人も公園に向かった。
 さて、と。
 そこで、俺はふと2つのことに気付いた。
 その1 あゆの行った屋台の場所を俺は知らない。
 その2 おごるはずの俺と俺の財布はここにある。
 ……ということは……。
「うぐぅーーーっ」
 ばたばたばたっと、紙袋を抱えたあゆが全速で走ってくるや、俺の手を掴んだ。
「祐一くん、行こうっ!」
「やっぱりなのかーーーっ!!」

 落ち着いて考えてみれば、俺が金を払ってあゆに謝らせれば、すぐに丸くおさまったようなもんだが、勢いとは恐ろしいもんで、ついそのままあゆと逃走してしまった。
「これで祐一くんも共犯だねっ」
「俺は巻き込まれただけだっ! で、ここのはずなんだが……」
 俺は公園を見回した。
 名雪達はまだ来てないらしい。まぁ、商店街からここまで全力疾走したからなぁ。
「まぁ、待ってればそのうち来るだろ。座って待ってようぜ」
「あ、うん」
 ベンチにどかっと腰を下ろす俺と、その隣にちょこんと座るあゆ。胸には今日の戦果をしっかりと抱えている。
「祐一くん……」
 不意にあゆが言った。
「ん?」
 そっちを見ると、あゆは俯いていた。
「ボク、やっぱり、迷惑……かな?」
「なにがだ?」
「だって、ボクずっと秋子さんの家に泊めてもらってるし、それなのに何も出来ないし、それに……」
「あゆ」
 俺はあゆの言葉を止めた。
「俺も名雪も秋子さんも、あゆが迷惑だって少しも思ってないって」
「うぐぅ……でも……」
「でも、役に立ちたいんなら……そうだな、風呂で俺の背中を流してくれるっていうのはどうだ?」
「えっ?」
 いきなりあゆがかぁっと真っ赤になった。そのまま俯いて指をつつき合わせる。
「えっと、で、でもボク、そんな、あの、その……」
「莫迦、冗談だよ」
 そう言ってぽんとあゆの頭を叩く。
「第一、そんな貧相な体見ても嬉しくないぞ」
「うぐぅ、ちょっとはあるもん……。意地悪っ」
 拗ねてそっぽを向くあゆ。と、そこに声が聞こえてきた。
「おまたせーっ」
「あー、真琴も座るーっ!!」
 ばたばたっと走ってきた真琴があゆとは反対側に座ると、抱えていた袋を俺に差し出す。
「ほらっ、肉まんっ!」
「遅かったな、名雪」
「あうーっ、無視したーっ」
 真琴がばたばたと手足を振り回しかけて、袋を慌てて抱え直す。
 名雪がおっとりと笑いながら言った。
「でも、大変だったんだよ。真琴が盗んだって疑われたりして」
「へ? なんだそりゃ?」
「うん。商店街で歩いていたら、たい焼き屋のおじさんに捕まっちゃったの。ね、真琴」
「そうなのよっ! いきなり腕掴まれて、『捕まえたぞっ! さぁ、仲間はどこに行った!?』って」
「……」
 俺とあゆは顔を見合わせた。それからおそるおそる訊ねる。
「で、どうなった?」
「うん。袋の中身を見せたら、誤解だって判ってくれたよ。なんでも、たい焼き買ってお金払わずに逃げた女の子がいたんだって。それで、袋が同じだから、てっきり盗んだたい焼きを真琴に渡したんだって思ったんだって」
 と、真琴があゆの抱えている紙袋に気付く。
「あ、同じ紙袋」
 ひうーーー
 風が吹き抜けた。
「さ、さぁ、食べようぜっ」
「うん、そうだねっ!」
「祐一、あゆちゃん、まさかとは思うけど……」
 名雪が俺とあゆを見比べる。
「うぐぅ……ごめんなさい」
「お、俺は悪くないんだ。全部あゆが……」
「祐一、男らしくないよ」
「だからっ! あ、舞、佐祐理さん、なんとか言ってくれっ!」
 そこにやってきた舞と佐祐理さんに助けを乞うてみる。
 佐祐理さんは笑顔で首を振った。
「祐一さん、話は聞こえてました。勇気をもって罪を償うことは大切なことですよ」
「……」
 こくりと頷く舞。
「ほら、祐一。わたしも一緒に謝りに行ってあげるから」
「祐一の悪者ーっ。あ、でもそんな祐一でも真琴は大好きだからねっ!」
「……とほほ〜」

 結局、俺達は全員で再び商店街までとって返し、たい焼き屋の親父に謝る羽目になった。
 なったのだが……。
「いいおじさんだよね」
 別の紙袋を抱えてほくほく顔のあゆ。
 あのたい焼き屋の親父、謝りに来たあゆの頭を撫でて「もうしちゃいかんぞ」と言い、さらに「正直に言いに来たからな。これはおまけだ」と新しくたい焼きを焼いてあゆに渡したのだ。
「あの親父、絶対ロリコンだな」
「うぐぅ、そんなことないもん」
「俺にはくれなかったぞ」
 それどころか、俺を見る目が嫉妬に燃えていたような気がしたのは気のせいじゃないはずだ。料金も1割り増しで取られたし。くそ。
「とにかく、これで一件落着ですよね〜」
 佐祐理さんがぽんと手を叩いて言う。
「それじゃ、肉まんっ!」
 もうこれ以上待てない、と言った風に真琴が袋を開けて、幸せそうな顔になる。
「あうー、いい匂いだよ〜」
「それじゃボクも」
 あゆも早速紙袋を開け、1匹出してかぶりつくと幸せそうな顔になる。
「うん、やっぱり焼きたてが一番だよね」
「肉まんもふかしたてが一番っ!」
 こっちも速攻で肉まんにかぶりつく真琴。
 よきかなよきかな……と思っていたら、左右から同時にたい焼きと肉まんが襲ってきた。
「祐一くんにもあげるねっ!」
「祐一っ、これ美味しいよっ!」
「……」
 目を白黒させている俺に、名雪が訊ねる。
「祐一、大丈夫?」
 俺はやっとのことでそれを呑み込んで、答えた。
「……口の中であんまんになってた……」
「なによそれっ! せっかく真琴の肉まんだったのに!」
「うぐぅ、ひどいよ祐一くん……」
「おまえらなぁっ!」
「あはは〜。これは舞も負けていられませんね〜」
 佐祐理さんが笑うと、舞に話しかける。……って、これ以上舞に何をさせる気なんだ、佐祐理さんっ。
「ちょっと名雪っ、なんとか言って……」
 名雪の方を見ると、鞄に入れていたぬいぐるみを出してうっとりとしながらほおずりしていた。
 こりゃだめだ。
 心の中で泣きながら、俺はとりあえずあゆに向き直った。
「あのながぁっ!」
「だめっ! 祐一はこっち見るのっ!」
 真琴に思いっきり首を捻られた。
「わぁっ、祐一くん大丈夫っ!?」
「だ、大丈夫に、見えるか?」
「ううん、あんまり……」
 首を曲げている俺に合わせて、同じように首を曲げてみて、あゆはうぐぅと声を上げた。
「それじゃなんとかしてくれ」
「真琴に任せてっ!」
「却下だっ! 誰のせいでこうなったと……」
「大丈夫っ! えい」
 バキッ
 首の骨が嫌な音を立てたが、とりあえず元に戻った。
「……つつ。ったく、なんてことを……」
「きっとたい焼き食べればよくなるよ!」
「なるかっ!!」
「それじゃ肉まんっ!」
「ならんっ!」
「……祐一、二人をいじめたらだめだよ」
 唐突に名雪に言われて、俺は頭を掻きむしった。
「どうしろって言うわけなんだ!?」
 名雪はあゆと真琴にも声をかける。
「2人も、ちゃんと順番決めてやらないと、祐一も困っちゃうよ」
「あ、そうだね。それじゃ真琴さん、お先にどうぞ」
 あゆが頷いて真琴に言うと、真琴は笑顔になった。
「えっ、いいのっ? それじゃ、はい祐一、肉まんっ!」
 結局は食べないといけないらしかった。
 俺は悲壮な覚悟を決めて、真琴の差し出した肉まんを受け取った。
「さ、ぱくっといって、ぱくっと」
 真琴にせかされて、俺は肉まんを大口を開けてかぶりつく。
「ね、美味しいでしょっ?」
「……ああ」
「やったぁ!」
 小躍りして喜ぶ真琴を見てると、まぁいいか、と思わないでもなかった。
「それじゃ次はボクのたい焼きっ」
 続いてあゆがたい焼きをいそいそと袋から取り出す。
「ほら、まだ暖かいよっ」
「……頼むから、口の中のものを呑み込んでからにしてくれ」
 まだもぐもぐしながら言う俺に、あゆはうぐぅと頷いた。
「しょうがないなぁ、もう」

 結局、俺はその場でさらに、たい焼き3匹と肉まん2つを食べさせられた。
 もはや最後の方では、誰が何を喋っていたのか記憶がなかった……。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 tomyさん、こんなものでどうでしょう?(謎)

 プールに行こう3 Episode 32 00/6/25 Up 00/6/26 Separate&Update

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