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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 31

 エレベーターのドアを開けて、病院のロビーに出ると、待っていた名雪達が駆け寄ってきた。
「栞ちゃん、どうだったの?」
「ああ、元気そうだったぞ。それじゃさらば」
 さっと右手を挙げて爽やかに笑って立ち去ろうとした俺の制服の裾がぐいっと引っ張られる。
「あうーっ、肉まん〜」
「うぐぅ」
「祐一くんっ、ボクの真似しても駄目だからねっ」
 うう、あゆまで動じないとは。とほほ。
「それじゃ、どこから行く? まず百花屋かな?」
 と名雪。俺は大きくため息をついた。
「……勘弁してくれないのね」
「当たり前だよ。祐一には、イチゴサンデーを、えーっと、28はおごってもらわないといけないんだもん」
 名雪が笑顔で言う。……って、ちょっと待て。
「無尽蔵に増やすなっ! 7つだろ、7つっ!」
「でも、今までの分だってあるし……」
 そう言われてみればそうだったような……。しかし、いくらなんでもそれはまずいぞ。何とかしなければ。何とか……。そうだ、ひらめいた!
「……名雪、ちょっとものは相談なんだが……」
 俺は小さな声で名雪に囁いた。
「今までの分は真琴さわり放題ってことで手を打たないか?」
「真琴を?」
 ぴくっと反応する名雪。
 俺は重々しく頷いた。
「そうだ。耳も尻尾もさわり放題だ」
「いいよ」
 1秒だった。さすが秋子さんの娘。
「それじゃ7つね」
 ……それでも7つである。とほほ。
「それじゃ……」
「まずは牛丼屋さんですね〜」
 佐祐理さんにいきなり断定されてしまった。
「舞と一緒に牛丼食べてもらいますから」
「いや、えーっと……、ほら、俺と舞はいいけど、他のみんなが暇じゃないか? 佐祐理さんだってずっと待ってるのも退屈だろ? ね?」
「大丈夫ですよ〜」
 佐祐理さんは笑顔で言う。
「佐祐理は舞が食べてるのを見てるだけでお腹一杯になれますから、大丈夫ですよ〜」
「いや、そうじゃなくて……」
「それじゃわたし達は……、どうしようか、あゆちゃん?」
「ボクゲーセンに行きたいな」
「あっ、真琴もゲーセン!」
「そうだね、そうしよっか。それじゃ祐一、わたし達ゲーセンにいるからね」
「……あう」

 というわけで、俺と佐祐理さんと舞(しゃべらないのでわからなかっただろうが、ちゃんと一緒にいたのである)の3人は、名雪達とは別れて牛丼屋にやってきた。
「らっしゃい。ご注文どうぞ」
「並み。舞は?」
「……同じでいい」
「んじゃ、並み2つ」
「そちらの方は?」
「あ、佐祐理はいいです」
 笑顔で手を振る佐祐理さん。店員は怪訝そうな顔をしながらも奥に声をかける。
「並み2つ!」
 ほどなく、ほかほかと湯気を立てる牛丼が俺と舞の前に運ばれてきた。
 割り箸をパチンと割って、ため息を一つついて振り返る。
「なぁ、佐祐理さん。ホントに10杯?」
「はいっ」
 笑顔で頷く佐祐理さん。
「……あの、1杯じゃだめ? このあと名雪達も待ってるし……」
「そうですね〜。舞、どうする?」
「……」
 既に舞はもくもくと牛丼を食べていた。佐祐理さんはうんうんと嬉しそうにそんな舞を見つめている。
「美味しそうですね〜。ね、祐一さん」
「……そうだな」
 考えてみると、いつもの弁当タイムもこんな感じだった。
「……2杯」
 不意にぼそっと舞が言う。
「は?」
 牛肉をくわえたまま俺が聞き返すと、佐祐理さんがぽんと手を打つ。
「2杯でいいですよって。舞って優しいから」
 こくっと頷くと、舞は空になった器をトンと置いた。
「……おかわり」
「食うのが早いっ!!」
 ツッコミを入れたが、考えてみれば俺と佐祐理さんがしゃべっている間も黙々と食ってるんだから、早いのは当たり前だった。

 その後、俺も黙々と食うことに没頭したので、俺と舞が黙々と牛丼を食う間、佐祐理さんがいつもの調子で話を続けるという、一種異様な世界を形成してしまった。いや、店員も引いてたぞ、マジで。
 それでもとりあえず牛丼を食い終わり、俺達はげっぷをしながらゲーセンにやってきた。
 店頭に置いてあるクレーンゲームに、名雪がべたっと張り付いている。
「……なにしてんだ、あいつ?」
「ぬいぐるみさんを見てるみたいですね〜」
 佐祐理さんの言うとおり、名雪はどうやら中に入っているぬいぐるみを見ているようだった。
「名雪」
 声をかけると、名雪はくるっと振り返った。
「あ、猫、猫。祐一さんのぬいぐるみだよっ」
「……逆だ、逆」
「あ、そっか。猫さんのぬいぐるみだよっ!」
 ぴっと中を指さす名雪。中をのぞき込むと、「世界の猫」とか書いてあり、いろいろな猫のぬいぐるみが詰め込まれている。
「よし、それじゃ俺が……」
「祐一くん、クレーンゲーム上手くなかったよね?」
「うわぁ!」
 思わず飛び上がって振り返ると、あゆがにこにこしている。
「祐一くんはお金使っちゃったらダメだよ。ちゃんとたい焼きおごってもらうんだから」
「わたしはイチゴサンデー」
 いつの間にかまたガラスに張り付いていた名雪が振り向きもせずに言う。
 俺は左右を見回した。
「マコピーは?」
「誰がマコピーようっ!」
 横合いから真琴がぬっと顔を出す。手には写真のシールを持っていた。
「なんだ、また一人で撮ってたのか?」
「あう……」
 口ごもる真琴を見て、俺はふと思いついた。
「よし、ここで集まったのも何かの縁だ。みんなで撮ろうぜ」
「あ、いいねそれっ」
 あゆがぽんと手を合わせる。
「舞と佐祐理さんは?」
「はぇ〜、写真ですか? 写真屋さんをここにお呼びするのでしょうか?」
「……何?」
 ……佐祐理さんがお嬢さまで舞はゲーセンになんて遊びに来そうにもないって事を忘れていた。
 俺は簡単にプリント機のことを説明した。
「……というわけで、その場で撮った写真がシールになるんだ」
「それは楽しそうですねぇ。ね、舞?」
「……はちみつくまさん」
「いよし。んじゃ、名雪は……」
 名雪は我関せずという感じでガラスに張り付いていた。
「ねこーねこー」
「こりゃ、1つくらい取ってやらんとここから離れそうにないなぁ……」
 仕方ない、と財布を出そうとすると、思いがけない方からそれを止められた。
「佐祐理にやらせてもらえませんか?」
「佐祐理さんが? でも、これって結構難しいと思うぞ」
「任せてください」
 笑顔で言うと、財布から100円玉を出す。

 10分後。
「えへへ〜。ねこーねこー」
 両手に5つほどのぬいぐるみを抱えて、名雪はご満悦の様子だった。
「しかし、佐祐理さんがあんなにクレーンゲームが上手いとはなぁ」
「ボク、感動しました」
 なぜか敬語になってるあゆ。
 佐祐理さんはくすっと微笑んだ。
「ありがとうございます〜」
「しかし、思わぬ特技があるもんだな」
 うんうんと腕組みして頷いていると、真琴がぐいぐいと制服の裾を引っ張った。
「祐一〜っ、早く写真撮ろうよ〜」
「お、そうだったな。名雪?」
「あ、うん。もういいよ、祐一。真琴、写真撮ろっ!」
 名雪がたたっと走ってプリント機に駆け寄る。
「あっ、名雪ずるいっ!」
 声を上げて、真琴も走っていく。
 それを見送って、あゆがぽつっと呟いた。
「あの2人、ホントの姉妹みたいだね……」
「ホントの姉妹だぜ」
「……うん、そうだね」
「ほら、みんな〜」
 名雪が手招きした。俺達は頷きあって、プリント機に駆け寄った。

「わっ、狭いよ、祐一くんっ」
「こら、あゆ! 俺の前に来るなっ!」
「あうーっ、真琴がはみ出した〜」
「……狭い」
「あはは〜」
「くー」
「名雪も寝るなっ! いいな、撮るぞっ!!」
「あ、これ文字が入れられるよ、祐一くん」
「んなもん、こうだ」
 ちゃちゃっと文字を入れて、撮影ボタンを押す。
 カシャッ

「えっへへーっ」
 写真を手にして嬉しそうに笑いながら歩く真琴。ぬいぐるみを腕に、これまた嬉しそうに笑いながら歩く名雪。
「というわけで、次はボクとたい焼きだねっ」
「へいへい。で、今日も食い逃げするのか?」
「ボクよい子だからそんなことしないもん。それに今日お金払ってくれるのは祐一くんだから」
 う、そうだった。
「へいへい、それじゃたい焼き買うか。でも、どこで食うんだ?」
「あ、そうだね……。それじゃ先に名雪さんのイチゴサンデーにしたほうがいいのかな?」
「え? イチゴ?」
 そこに反応するのか、名雪。
 あゆが説明すると、名雪はうんと一つ頷いた。
「それじゃ百花屋でイチゴサンデー食べて、それからたい焼きと肉まん買って公園に行こっか」
「うん、ボク、それでいいよ。真琴さんは?」
「あたしもそれでいい」
 どうやら俺の行く先が決まったらしい。
「それじゃ行こ、祐一っ」
 俺は心の中でドナドナを歌いながら、名雪の後についていくのだった。

「ご注文は?」
「イチゴサンデー2つ」
 名雪がきっぱりと言う。
「ボク、レモンスカッシュ」
「えっと、あう……」
「真琴さん、こちらの白玉フロートって美味しそうですよ」
「あ、それじゃそれ〜」
「佐祐理も同じでお願いしますね。舞は?」
「……同じ」
「それじゃ、白玉フロート3つで」
「……俺はブレンドで」
「かしこまりました〜」
 ウェイトレスさんがお辞儀して去っていったのを見送ってから、俺はため息をつきながらずるずると椅子にもたれ込んだ。
「なんか疲れてるみたいだよ、祐一」
「みたいじゃなくて疲れてるんだ」
 名雪にそう言うと、腹をさすった。
「牛丼2杯食ったし。……舞は大丈夫なのかよ?」
「……?」
 きょとんと俺を見る舞。どうやら牛丼2杯くらいはなんでもないらしい。
「……はぁ」
 ため息をつく俺。
 そこに、まずイチゴサンデーが2つとブレンドが運ばれてきた。
「それじゃ、祐一、いただきまーす」
「ああ、好きに食ってくれ」
 ちょっと投げやりにそう言いながらブレンドを口に運ぶ俺の前に、いきなりクリームを乗せたスプーンが突き出された。
「……なんだ?」
「はい、これ」
 笑顔でスプーンを向ける名雪。
「ちょっとあげるよ」
「いらん」
「そんなこと言わないで。美味しいと思うんだよ」
「……」
「あ、そっか。イチゴがないからだね? うーん、惜しいけど、一つならいいよ。はい」
 指でイチゴをクリームの上にぽんと乗せると、再び俺に勧める名雪。
 ううっ、どうしろというのだ? って、食べれば済む話なんだろうけど……。
 ええい、ままよ!
 俺は意を決して、ぱくりとスプーンをくわえた。
「あーっ、祐一が名雪とらぶらぶしてるーっ!」
「うぐぅ……」
「ま、真琴っ! 大声で叫ぶなっ!! 恥ずかしいだろっ!」
「あらあら、祐一さん真っ赤ですね〜」
「……」
「あ、いや、佐祐理さん、そうじゃなくて……。名雪もなんとか言えっ!」
「ふぇ?」
 スプーンをくわえたまま、きょとんと俺を見る。と、真琴がさらに大声を上げる。
「うわーっ、間接キスーーっ!!」
「うぐぅっ」
「あらあら〜」
 と、そこに白玉フロートとレモンスカッシュが運ばれてきた。速攻で真琴が白玉をスプーンですくって俺に突きつける。
「祐一っ、真琴も食べてっ」
「うわ、お前誤解されそうな言動はやめろっ」
「いいからっ!」
 さらに鼻先に突きつけられて、俺は名雪に助けを求めた。
「名雪、何とか言ってくれ〜」
「そっ、そうだよっ。名雪さんっ!」
「え?」
 あゆにも声を掛けられて、名雪はイチゴから顔を上げて俺達を見た。
「あ、祐一、真琴にももらってるんだ。いいなぁ」
「いや、そういう問題じゃはぶっ」
 名雪に言い返そうと口を開けた瞬間を狙って、真琴がスプーンを俺の口に突っ込んだ。そして、引っ張り戻すと自分の口にくわえてへへーっと笑う。
「これであたしも同じ〜」
「うぐぅ……」
 あゆが泣きそうな顔で自分のレモンスカッシュに視線を落とした。それから、はっと気付いて上に乗ってるサクランボを指で摘んだ。
「あ、祐一くんっ、ボクのサクランボ、食べる?」
「いらん」
「うぐっ……」
 涙ぐむあゆ。
 名雪がやんわりと言う。
「祐一、あゆちゃんいじめたらダメだよ」
「いや、そういうつもりは……」
「ないんだったら、食べてあげたら?」
「……わかったよ。あゆ、くれ」
「うんっ!」
 にこにこしながらさくらんぼを俺の鼻先に突きつけるあゆ。
「はい、あーん。……うぐぅ、なんか恥ずかしいね」
「恥ずかしいならやめてくれ」
「で、でも……。ううん、ボクだって食べて欲しいんだもん」
「ほら、祐一っ」
 名雪に促されて、しぶしぶ口を開けると、一転して笑顔になったあゆがサクランボをその口に押し込んだ。
「はい」
「それじゃ、次はわたしだねっ。はい、祐一」
 続けて名雪がスプーンを突き出す。
「おまえな……。さっき食っただろ?」
「今度はクリームじゃなくてアイスの部分だよ」
「……」
 名雪の後に続いて、今度はクリームの部分をスプーンに乗せて、わくわくと待ちかまえている真琴を見て、俺はため息をついた。
「わーったよっ! お前らの気が済むまで食ってやるっ!!」
「……うぐぅ、もうボクには、祐一くんに食べさせてあげられるものがないよ……」
 レモンスカッシュを前に涙ぐんでいるあゆに構ってやるほど、その時の俺には余裕はなかった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 選挙にちゃんと行った人にはごほうび。
 選挙に行かなかった人の体から鱗が生えますようにby唐沢なをき

 プールに行こう3 Episode 31 00/6/25 Up 00/6/26 Separate&Update

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