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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 26

「うわ、いっぱいだ」
「……座るとこ、ないね」
 俺と名雪は、食堂を見回してため息をついた。
 真琴の追っかけを舞が散らしたりしてる間に、既に食堂を利用する生徒達が場所を取ってしまい、全員が座れるだけの席が確保出来ない状況になっていた。
「こりゃ全員で、は無理だな」
 北川はそう言うと、俺に声をかけた。
「仕方ない。俺と美坂はあっちで2人きりで食べてるから……」
「夢見てるんじゃないわよ」
 香里が一言で否定すると、しゃがみ込んでめそめそ泣く北川には目もくれずに俺に言った。
「しょうがないわね。教室で食べましょうか」
「ああ、そうだな。栞と佐祐理さんの弁当があれば、全員食えるだろうし」
「ええーっ、私のお弁当を祐一さん以外に食べさせるんですか?」
 栞が重箱を抱えて心外そうな声を上げる。
「あのな、栞。いくら俺でもそれ全部食えるわけないだろ? みんなで食べた方が地球に優しいと思わないか?」
「それはそうかも知れないですけど……」
「祐一、ちょっと無神経だよ」
 名雪に言われてしまい、俺はため息をつく。
「わかった。それじゃ……香里、北川、手伝ってくれ。パンでも買うから。他の連中は先に教室に戻ってくれ」
「何で俺が……」
 めそめそ泣きながら文句を言う北川に、俺はささやいた。
「ここで香里にいいところ見せれば、あるいは考えが変わるかも知れないぞ」
「父ちゃん、俺はやるぜっ」
 誰が父ちゃんだ?
「まぁ、そういうわけだから、先に行っててくれ」
「祐一さん、佐祐理もお手伝いしましょうか?」
 嬉しい申し出だが、とりあえず丁重に断ることにする。
「いや、ここは俺達だけで十分だから」
「そうですか? それならいいんですけど」
 と、真琴がとててっと駆け寄ってくる。
「祐一っ!」
「なんだ? 肉まんなら売ってないと思うぞ」
「それは買ってきてもらうとしてね……」
 俺の腕にぶら下がるようにして、耳に口を寄せると、真琴は小声で囁いた。
「栞、大丈夫?」
 反射的に身体を振って遠心力で飛ばそうとしかけていた俺は、慌ててそれを中断して、小声で聞き返す。
「栞がどうかしたのか?」
 そう言いながら横目でちらっと見ると、栞は天野と何か話していた。……天野のことだから、多分俺と真琴が話しているのを見て、栞の注意を逸らしてる、といったところだろう。ナイスコンビネーションだ。
「うん、なんか、こう、上手く言えないんだけど……えーっと、あうあう……、やっぱりいいっ!」
 そう言って、不意に俺の頬にちゅっと唇を付けた。
「わわっ! 何すんだこの真琴っ!」
「えへへっ。じゃ、先に行ってるね〜っ!」
 そのままばたばたっと走っていく真琴。俺はため息混じりに向き直り、そして皆の視線に気付いた。
「ま、待てっ! 今のは、その、なんだ、えっと……」
「相沢くん、とりあえず後でゆっくりとお話ししたいことがあるから、ちょっと顔、貸してね」
 香里がじろりと睨みながら言った。おのれ、真琴め。あとで思い切り尻を叩いてやる。

 とりあえず3人でパンを買って戻ってくると、教室では既に机をくっつけて、その上で佐祐理さんのお弁当を展開していた。
「あ、もう食ってるのかっ!?」
「いいえ、祐一さん達が帰ってくるのをまってたんですよ〜。ね、舞?」
「はちみつくまさん」
 箸をくわえてこくりと頷く舞。
 さすがに舞がいるからか、いつもなら速攻でつまみ食いしそうな真琴も、同じく箸をくわえて待っていた。
「あうーっ、お腹空いたよ〜。いい匂いがする〜」
 ……かなりくらくらきているらしい。まぁ、佐祐理さんの弁当だしな。
 俺達は、開いているスペースに買ってきたパンをどさどさと落とした。
「とりあえず、パン代は後で集めるわよ」
「あ、イチゴムース買ってくれた?」
「バニラアイスはありますか?」
「真琴の肉まんっ!」
「……牛丼」
「お前らなぁ……」
 俺が呆れた声をあげると、香里が笑顔でビニール袋を出した。
「はい、バニラアイス。栞が欲しがると思ったから、買っておいたわよ」
「わぁ、ありがとうお姉ちゃん」
「あう……、肉まん……」
「わぁっ、真琴、よだれ垂らすなっ!」
「ほら、これで拭いて」
「あはは〜」
 期せずして、いつものように賑やかな食事になった。
「……うそつき」
 名雪だけは、イチゴムースが無かったので拗ねていた。
「それじゃ、大好評にお答えしまして、お弁当ですっ」
 栞がどんっと重箱を机の上に出す。
「いつ大好評だったんだ、いつ……」
「えっ、違ったんですか?」
 本気でびっくりしている栞。
 俺はため息をついた。
「中好評くらいはやってもいいけど」
「そんな語呂の悪い中途半端な評価、嫌ですっ」
「とりあえず、俺のために作ってきてくれた事に対しては感謝の意を表するから、みんなで分けて食おうぜ」
「なんか政治家みたいな答弁ですけど、とりあえず今回はそれでもいいです」
 ふっと表情を和らげる栞。
「みんなで一緒に食べるお弁当も、良いものですよね」
「……そうだな」
 俺は、軽く頷いた。
「それじゃ、開けますね」
 重箱の蓋が開いた。俺はその中身を見てから、佐祐理さんの弁当を見て、栞に訊ねた。
「なんか、佐祐理さんの弁当と同じ中身のような気がするんだが」
「あはは〜、ばれちゃいましたね〜」
 笑う佐祐理さん。
「実は、今日は栞ちゃんと一緒に作ったんですよ〜」
「そうなんです」
 栞は頷いた。
「夕べ、約束してたんです。今日は一緒にお弁当作ろうって」
 そういえば、昨日の晩、美坂姉妹と佐祐理さんと舞は真琴の部屋で一緒に寝てたんだよな。
「というわけで、今日は佐祐理と栞ちゃんの合作なんですよ〜」
「それじゃ、味は大丈夫だな」
「わっ、それじゃまるで私の味付けが悪いみたいじゃないですかっ」
「冗談だ、冗談」
「冗談でも傷つきましたっ」
 いつもと同じ、賑やかな昼食。
 その時までは。
 笑っていた栞が、不意に倒れた、その時まで……。

 ドサッ

 栞の姿が不意に消えたかと思うと、軽い音がした。
「しお……り?」
 床に倒れた少女の姿に、俺は一瞬、非現実感にとらわれていた。
 だって、たった今まで、そこで笑ってたんだぜ。
 冗談だろ、おい?
「栞っ!!」
 香里の悲鳴に、凍り付いていた時間が一斉に動き出した。
 栞に駆け寄ると、香里はその白い身体を抱き起こした。
「栞、どうしたのっ!? しっかりしなさいっ! 栞っ、目を開けてっ!」
「香里、おちついて」
 名雪が割って入ると、栞の手首を握って脈を計った。それから、口元に手を翳して、真面目な顔をする。
「脈が弱いよ。呼吸もゆっくりになってる。祐一っ、すぐに職員室に行って先生に知らせてきて!」
「お、おう!」
「俺も行くぜ」
 俺に続いて北川も立ち上がった。
「栞っ、栞っ!」
「舞、香里さんを押さえてっ!」
「はちみつくまさん」
 俺達が教室を飛び出す時、最後に見たのは、舞に押さえられながら、半狂乱になって栞の名を呼び続ける香里の姿だった。

 ピーポーピーポー
 栞と、付き添いの香里を乗せた救急車が、サイレンを鳴らしながら走り去っていくのを、俺と名雪は見送った。
 そのサイレンが聞こえなくなってから、俺は名雪に向き直った。
「名雪……」
「大丈夫だよ、きっと」
 名雪は、微笑んだ。
「香里だってついてるんだし、栞ちゃんもすぐに良くなるよ。帰りにお見舞いに行こ」
「……そうだな」
 俺は頷いた。
 でも、俺は知ってる。
 他のみんなは知らないだろうけど、栞の病気は……。
「祐一……」
 不意に、俺の手が温かいものに包まれた。
 名雪が、俺の手を握っていた。
「大丈夫、だよ」
 俺の顔を覗き込むように、いとこの少女が、柔らかく微笑んでいた。
「……ああ」
 でも、俺は……。
 その微笑みに応えることが出来なかった。

 俺と名雪が救急車を見送っている間に、佐祐理さん達が片づけをしてくれたらしく、教室に戻るともう机なども元の通りに並んでいた。
 その佐祐理さん達や真琴達も自分の教室に帰った、と北川が言ったとき、チャイムが鳴った。
 慌てて席に着きながら、北川が声をかける。
「何事も無ければいいんだけどな」
「……そうだな」
 そう答えることしか出来なかった。

 じりじりしながら時間が過ぎるのを待ち、そしてようやく6時間目とホームルームが終わり、俺は鞄を手に教室を飛び出した。
「あっ、祐一、待ってよ」
 名雪が後ろから声をかけてきた。
「わたしも行くから」
「部活は?」
「今日はお休みだよ」
 雪が溶けてなくてグラウンドの調子も悪いし、体育館も他の部活に取られたから、と付け加える。
「それに、祐一は病院の場所、知らないでしょ?」
 それもそうだったので、おとなしく名雪と一緒に行くことにする。
 ……と、そうだ。
「……他のみんなも誘った方がいいと思うんだが……」
「みんなって、真琴や川澄先輩のこと?」
「ああ。それと、佐祐理さんや天野も……」
「みんなには、もう、先に家に帰って待ってるように頼んだよ」
「なんで!?」
 思わず語気を荒げた俺に、名雪はいつものようにのんびりとした口調で答えた。
「病人のところに、そんなに大勢で押し掛けるのはよくないと思うよ。みんなで行くのは、もうちょっと状況がはっきりしてからでもいいんじゃないかな?」
 それじゃ、間に合わないかも知れないんだ……と思わず言いかけて、必死の思いでそれを飲み込む。
「……まぁ、そうだな」
「……祐一?」
 怪訝そうに俺の顔をのぞき込む名雪。こいつ、いつもはぼーっとしてるくせに、たまに鋭いな。
 俺は話題を逸らす。
「それで、その病院って遠いのか?」
「ううん、そんなに遠くないよ。駅前に出て、そこから……」
 名雪の説明を聞きながら、廊下を歩いて昇降口に向かう。
 話を聞くと、どうやら駅から歩いて10分くらいの所にある病院らしかった。
「そこが、この町で一番大きな病院だから」
「なるほど」
 もとより、高校がこことあゆの行っている学校の2つしかないような町だ。病院もあちこちにあるわけではないのだろう。
 そんなことを考えながら昇降口で靴を履き替え、一足先に外に出る。
 冷たい風が、ひときわ身に染みた。
「お待たせっ、祐一」
 名雪が出てくると、俺と並んで歩き出す。
「そういえば、名雪、応急手当なんて出来たのか?」
 栞が倒れたとき、名雪がした処置は、救急隊員が誉めていたくらいだった。
 名雪はちょっと照れたように笑った。
「部活で前にちょっとやったことがあるんだよ」
 陸上部で?
 傷の手当てくらいならまだ判るが……。
 まぁ、いいか。
「今度、祐一にも教えてあげるよ」
「ああ、そのうちに頼む」
「うん、頼まれたよ」
 頷くと、名雪は俺の顔を覗き込む。
「でも、びっくりしたね」
「……」
 やっぱり、名雪には話しておくべきかもしれないな。
 香里の親友だし、大家である秋子さんの娘なんだから。
「名雪、実は栞のことなんだが……」
 言いかけたとき、不意に後ろから声が聞こえた。
「祐一くんっ!!」
 とっさに右に跳ぶ。
 べちゃっ
 鈍い音とともに、あゆが地面に転がっていた。
「うぐぅ……、祐一くんが避けた〜」
「悪いが、今日はあゆに付き合ってる場合じゃないんだ」
 俺の言葉に、あゆはうぐうぐと起き上がって、訊ねる。
「何かあったの?」
「学校で、栞ちゃんが倒れて、救急車で病院に運ばれたんだよ。いまから2人でお見舞いに行くところ」
 名雪が説明すると、あゆは顔色を変えて俺に取りすがった。
「栞ちゃんが!? だ、大丈夫なのっ!?」
「わからん。とにかく行ってみるところだ」
「……ボクも、行ってもいい?」
「1人くらいならいいよな、名雪」
「いいと思うよ」
 名雪も頷いた。
「栞ちゃん、大丈夫、だよね」
 泣きそうな顔になって訊ねるあゆ。
「とにかく、行こう」
「そうだね」
 俺も名雪も、それに答えることができなかった。
「あっ、待ってよ」
 あゆは俺達の後を小走りについてきた。

 病院のドアをくぐると、あの独特の臭いが鼻をつく。
「……祐一くん、なんかボク、怖いよ」
 あゆがぴとっと俺の傍らにくっついた。
「どうしたんだ? 別に注射打たれるわけじゃないだろ?」
「うぐぅ……、注射が怖いわけじゃないもん」
 そういいながらも、表情が強ばっている。
「ボク……どうしてだろ?」
「何がだ?」
 と、そこに受付に聞きに行っていた名雪が戻ってくる。
「お待たせ。2階の集中治療室にいるって」
「しゅうちゅうちりょうしつ?」
 鸚鵡返しにあゆが訊ねる。
「うん。多分、香里もそこにいると思うよ」
 そう言ってから、名雪は表情を曇らせる。
「でも、面会遮絶だって……」
「めんかいしゃぜつ?」
 また鸚鵡返しのあゆ。
「あ、うん。逢うことは出来ないって意味だよ」
 名雪が丁寧に説明すると、あゆは表情を曇らせた。
「うぐぅ……そんなに悪いの?」
「とにかく、行くだけ行ってみよう」
 俺が言うと、2人は頷いた。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 DVDプレイヤーを買いました。
 PS2はいまいちやりたいゲームもないしね(笑)

 ちなみに買ったDVDはナデシコ劇場版。
 あ〜、べつにセントエルシアの参考にしようとか思ったわけじゃないんですけど(笑)

 プールに行こう3 Episode 26 00/6/14 Up 00/6/17 Update

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