トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 25

 キーンコーンカーンコーン
 チャイムの鳴る中、俺達は教室に駆け込んだ。
「よし、まだ石橋は来てないな。どうやら間に合ったようだぞ」
「危なかったね」
「……」
 俺と名雪が安堵している横で、香里がぜいぜいと息を弾ませていた。
「あ、あなた達、毎朝、こうだった、かしら?」
「ん〜、まぁそうだな」
「うん。そうだね」
 頷き合う俺と名雪。
 香里は椅子に座ると、机の上に突っ伏しながら言った。
「相沢くん、鍛えられてるのね」
「ああ、おかげさんでな」
「……なんか、2人ともすごく失礼なこと言ってない?」
「あ、石橋が来たわよ」
 身体を起こして香里が言うと同時に、石橋が前のドアから入ってきた。
「よし、ホームルーム始めるぞ」

 朝のホームルーム、1時間目と順調に時間が経過して、休み時間になった。
「おい、聞いたか相沢」
 北川が後ろから話しかけてくる。
「なんだ?」
「1年に転校生が入ってきたって……」
「祐一ーーっっ!!」
 がらっとドアが開いて、大声で俺の名が呼ばわれた。俺は額を押さえた。
「北川、俺は寝るから起こすな」
「おい、あれ真琴ちゃんじゃないのか?」
「祐一ーっ、どこーっ!?」
 キョロキョロ見回して、俺の姿を見つけたらしく、たたっと駆け寄ってくる。
 くそ、見つかってしまったか。
 俺は仕方なく身体を起こした。
「なんだよ、真琴……って、なんだぁーっ!?」
 3メートルばかり離れたところから、真琴が一気に飛びついてきたのだ。
「どわぁっ!」
 なんとか転ばずに受け止めてから、周囲の視線に気付く。
「ほほぉ、なるほどねぇ」
「こ、こら北川っ! 妙な誤解するんじゃねぇっ! 真琴も離れろっ!」
 北川に怒鳴りながら、俺は真琴を引き剥がした。真琴はぷっとふくれる。
「けちーっ」
「……ふわぁ。あ、あれ? 真琴?」
 この騒ぎで、机に突っ伏していた名雪が顔を上げた。
「真琴、わたしのクラスに入るの?」
 どうやら寝ぼけているようだ。
「やっぱりここでしたか」
 天野がずかずかっと教室に入ってきた。
「あ、美汐……。えっと、その、やっほー」
「やっほーじゃないですよ。真琴は色々と覚えないといけないことがあるんですから」
 そう言いながら、天野は真琴の首筋をきゅっと掴んだ。
「ひゃっ」
 まるで猫の子のように大人しくなる真琴。
 天野は、俺達に深々と頭を下げて、そのまま真琴をつり上げたまま教室を出ていった。
「あうーっ、祐一ーーっ」
 しばらく廊下から聞こえていた真琴の声が聞こえなくなって、俺はほっと息をついた。
 北川が、不意にぽんと手を打つ。
「そっか、1年の転校生って真琴ちゃんのことだったのか」
「相沢ーーっ!!」
 そこにいきなり、ブッシュ斉藤が怒鳴り込んできた。
「なんだよ、ブッシュ斉藤」
「ブッシュは余計だっ! それより、どういうことか説明しろっ!」
「何のことだ?」
「こないだ体験入学で来ていた沢渡さんが、今度正式に転校してきたと聞いたぞっ!」
「ああ、そうだな。それでなんで俺が怒鳴られないといかんのだ?」
「なんで沢渡さんが転校してきて、月宮さんは来ないんだ!?」
 あ、そういえばこいつ……。
「ロリ趣味だったな」
「違うっ! 俺はだな、ただ、その……」
 俺は斉藤の肩をぽんと叩いた。
「残念だが、あいつは俺達と同じ歳だから、ロリの対象にするのはどうかと思うぞ」
「違うって言ってるだろうがっ!! もういいっ!」
 そのまま、斉藤は肩をいからせながら立ち去った。
「あいつ、カルシウムが足りないんじゃないか?」
「……相沢くんと付き合うには、名雪くらいがちょうどいいのかしらね」
 香里がため息混じりに呟いた。
 北川が胸を張る。
「心配するな。俺は普通だから問題ないぞ」
 その北川をナチュラルに無視して、香里はぶつぶつ呟いていた。
「もうちょっとその性格をなんとかしてくれないと、栞には合わないと思うんだけどね。……でもまぁ、あなたのそんなところをあの子が好きになったっていうことならしょうがないけど……」
 俺はため息を付きながら、立ち上がった。
「あら、どうしたの?」
「トイレ」
「……一々言わなくてもよろしい」
 香里は、額を押さえて言った。

 用を足して、手を洗って出てくると、不意に声を掛けられた。
「あ、祐一さん。ちょうど良かったです。今日のお昼はどうしますか?」
 セリフだけ聞くと栞と区別付かないが、声を聞けばすぐに判る。
 振り返ると、思った通り佐祐理さんだった。
「お昼っても、弁当は作ってないんだろ?」
「いえ、ちゃんと作ってきてますよ」
 にこにこしながらとんでもないことを言う佐祐理さん。あの朝のどこにそんな暇があったんだろう?
 そこを突っ込むと、「実は、ザ・ワールドのスタンドが使えるんですよ〜」とか「祐一さんは今までに食べたパンの枚数を憶えていますか〜」とか「無駄無駄無駄無駄無駄〜ですよ〜」とかとんでもないことを言い出しそうなので止めておくことにして、俺は考え込んだ。
「うーん。俺だけならいつものように階段の踊り場でもいいんだけど、どうせ栞や真琴が来るだろうし、そうなると連鎖して香里や天野が来るし、香里が来るなら多分(北川)が来るし、まぁ名雪はイチゴがあればどうでもいいだろうけど、せっかくなら一緒にってことになるだろうからな……」
「それじゃ、また皆さん一緒ってことですね〜。賑やかなお昼っていうのもいいものですよね」
 笑顔で頷く佐祐理さん。
「それなら、食堂に集合っていうことにしますか?」
「でも、バラバラに食堂に集まると、合流が難しいんじゃないか?」
 まぁ、舞や食堂の激戦に慣れている香里達はともかく、栞や真琴は人波に飲まれて流されていくのが目に見えているし、要領の悪い名雪は論外だ。
 佐祐理さんは、ぽんと手を打った。
「わかりました。それなら私達が祐一さんの教室に迎えに行きますね〜」
「おう……、ってちょっと!」
「あ、そういえば、次は体育だったんです。それではこれでさよならですね」
 佐祐理さんはぺこりと頭を下げて、そのまま身を翻して走り去っていった。あとにふんわりといい匂い。コロンだろうか?
 体育、といえば、この学校の女子の体操服はブルマだ! ビバ・ぶるま!!
 ……馬鹿なこと考えてないで戻ろう。

 教室に戻ると、香里に声をかける。
「香里、今日の昼なんだが……」
「もちろん、栞のお弁当を一緒に食べるんでしょうね?」
 じろ、と睨まれた。っていうか、栞も弁当作ってきたのか?
「まぁ、食べるか食べないかはさておき、だ。とりあえずみんなで食堂に集まって食おうってことになったから」
「みんなって、いつものメンツってこと?」
「ああ。さっきそこで佐祐理さんに逢って、強引に決められた」
 本当は決めたのは俺だが、それを言うと血の雨が降りそうなので、佐祐理さんには悪いがそういうことにしておく。
「……本当に? 相沢くんが決めたんじゃないの?」
 うぉ、速攻でばれてる?
「ふ、さすがだね、金田一くん」
「誰が金田一くんよ。あたしはあんなに不潔じゃないわよ」
 いや、横溝正史じゃなくて少年の方のつもりだったんだが……。やっぱり古本屋の主人か大学教授にするべきだったか。
 そんなことを考えている俺をよそに、香里は腕組みして言った。
「倉田先輩が、栞や他の娘と一緒に食べるなんて提案するわけないでしょ。みんなで、なんて欲張りな提案するのはあなたしかいないわよ」
「気が多いと大変だな、相沢。その点俺はずっと美坂一筋……」
「目からびぃぃむ」
 ちゅどーん
「うわーーっ、また出番これだけかーーっ!」
 吹き飛ばされていく北川。相変わらず進歩のないやつである。
 一方、名雪は……。
「うにゅ……らっきょだって食べられるよ……」
 やっぱり寝ていた。

 キーンコーンカーンコーン
 4時間目の終わりのチャイムが鳴り、教師が出ていくと同時に俺はダッシュして教室の外に飛び出した。
「わっ」
 思った通り、入れ替わりに教室に踏み込もうとしていた佐祐理さんが、俺の姿を見て驚いた声を上げた。
「びっくりしましたぁ〜」
 どうやら間に合ったようだった。
 俺の後から、学食に向かって走る生徒達がどっと廊下にあふれ出す。
 それを避けようと壁の方に移動しようとしたが、そうするまでもなく、生徒達が俺達を遠巻きにするように流れていった。
 すぐに理由は判った。佐祐理さんの後ろで、いつものように仏頂面をしている舞のせいである。
 相変わらず、他の生徒達には「素行の悪い不良生徒」として認知されているのだ。
 本当は、誰よりも優しいやつなのに。
「あっ、祐一さんっ!」
 俺の考えは、栞の声に中断された。
 そっちを見ると、栞が……。
「流されているな」
「はぇ〜、大変そうですね〜」
 舞は避ける連中も、1年生の女の子には容赦なく、栞はこっちに来ようとはしているのだが、ちょうど方向が食堂に向かうのとは逆方向なので、どうにもならない様子だった。
「お、あと10メートルくらいかな」
「がんばってくださいね〜」
「あ、また押し戻された」
「もう少しですよ〜」
 等と声援を送っていると、不意に後ろから殺気を感じた。
「相沢くん、ひとの妹が困ってるのを見て楽しんでるのかしら?」
「そ、そんなことはないぞうっ! 全身全霊で応援しているんじゃないかっ! ああ、応援することしかできないこの身が恨めしいっ!」
 慌てて振り返り、身振り手振りを交えて熱く語る。
「そんなこと、言う人は、嫌いですっ。はぁはぁはぁ」
 その間にようやくたどり着いた栞が、荒い息を付きながら俺の足下にしゃがみ込んだ。
「栞っ、大丈夫!?」
 慌てて屈み込むと、香里はハンカチで栞の額に浮かんだ汗を拭う。
 栞は笑顔で上気した顔を上げた。
「ありがとう、お姉ちゃん。大丈夫。それに、お弁当も死守しました」
 う。見ないようにしていたのだが、確かに栞は重箱を抱えていた。
 そんなことをしているうちに、どうやら廊下も空いてきた。
「よし、それじゃ行こうか」
「あうーっ、待ってようっ!」
 向こうからばたばたと真琴が走ってくる。……のはいいとして、その後に続く男子生徒達は何だ?
「真琴さーん、お昼一緒にしませんかーっ」
「あ、俺が最初に誘ったんだぞっ!」
「やかましいっ、俺の方がっ!」
 ……そういえば、前の体験入学の時もこんな騒ぎがあったっけ。
「大人気だな、真琴」
「祐一以外に人気あっても嬉しくないーーっ」
 慌てて俺の後ろに隠れながら真琴が言う。
「贅沢な奴だな」
「なにようっ。祐一のけちっ」
「それは何か違うぞ」
 ちなみに俺と真琴がこうしてのんびり会話していられるのは、真琴の追っかけ連中が、舞に気付いて近寄ってこないからである。
 その舞はというと、真琴をじーっと見ている。いつもの仏頂面だが、俺にはなんか嬉しそうに見える。
 だが、追っかけ連中はそうは取ってないようだった。
「お、おい、あれ3年の川澄だろ?」
「やばいぜ、真琴ちゃんにガンつけてる」
「可愛い転校生に難癖つけようとしてるんじゃねぇの?」
 ……んなわけないだろ。
 と、その人混みをかき分けるようにして、天野がやって来ると、軽く頭を下げた。
「お待たせしました」
「いや、別に天野を待ってたわけじゃないんだが」
「いいです。どうせ私は最後ですから」
「……天野ってツッコミが容赦ないな」
「あうーっ、祐一、美汐とばっかりしゃべってないで真琴ともしゃべるのっ!」
 いかん、このままでは泥沼だ。とりあえず場所を変えよう。
 俺は颯爽とみんなに声を掛けた。
「よし、行こうぜ」
 と、追っかけの一人がおそるおそる声をかけてきた。
「あ、あの、真琴さ……」
 ぎんっ
 そんな音が付きそうな視線を舞がそいつに向けた。そいつだけでなく、なにやら囁き合っていた追っかけ連中全員が金縛りにあったように動きを止める。
 感覚が鋭い舞のことだ。おおかた、追っかけ連中が真琴に対して抱いているよこしまな思いを察知したんだろう。
 これで、舞の風聞に一つネタが加わる事になってしまっただろうけど、そんなことは俺達が気にしなければいいだけのことだ。
 佐祐理さんも、それは判ってるんだろう。舞に笑顔で話しかけていた。
「舞、今日はちゃんと、お弁当の中に、舞の好きな卵焼きも入れておいたからねっ」
「……卵焼き、かなり嫌いじゃない……」

Fortsetzung folgt

 トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき

 プールに行こう3 Episode 25 00/6/14 Up 00/6/17 Update

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する