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『朝〜、朝だよ〜』
Fortsetzung folgt
枕元から聞こえる、なんともやる気のない声に目が覚める。
『朝ご飯たべて学校行くよ〜』
「へいへい」
ため息を付きながら目覚ましを叩いて止めると、俺はベッドから体を起こした。
すぐにまた倒した。
寒い。
「……そうも言ってられんか。そろそろだし……」
そう呟くのとほとんど同時に、壁の向こうで一斉にベルやらアラームやらが盛大に鳴り出す。
と同時に、ドアが開く音と、何かが廊下を転がり、階段を転げ落ちていく音。
そしてあゆの声が聞こえた。
「わっ! 真琴さん大丈夫っ!?」
「……」
微かに呻き声が聞こえた。
俺はため息をついて、ベッドから出た。ゆっくりと着替えていると、俺の部屋をノックする音。
トントン
「うぐぅ、祐一くん……」
「わかったわかった。今行くから、そんな泣きそうな声を出すな」
「うん……」
制服を着て、ドアを開けると、あゆがうぐぅと立っていた。
「どんな立ち方だよっ」
「だから俺の考えを読むのはやめろって」
突っかかってくるあゆをいなしながら、階段の上から1階を見下ろすと、思った通り真琴があうあうと向こうずねを押さえて泣きべそをかいていた。
「イタイ、イタイよーっ」
「あらあら、大丈夫?」
キッチンから秋子さんが顔を出して、真琴の介抱をしている。
「ほんとうに、朝からなにしてるの?」
「わかんない。いきなりがーっとかきーんとか大きな音がして、びっくりして……」
「名雪の目覚ましに驚いて部屋を飛び出して、そのまま勢い余って階段を転げ落ちたってとこですよ」
俺が言うと、秋子さんは「そうなの」と言って立ち上がった。
「いらっしゃい。リビングに薬箱があるから」
「あうーっ」
頷いて、とぼとぼとリビングに向かう真琴を見送って、俺は名雪の部屋のドアを叩いた。
どんどんどんっ
「くぉらっ、起きろーーっ!!」
「……」
相変わらずいろいろな音が盛大に鳴り響き、俺の声もかき消されているようだった。
あゆが俺の顔を覗き込む。
「名雪さん、起きてこないね」
「やむをえん。正義のために俺は名雪の部屋に突入する」
「大げさだよ」
笑うあゆ。
と、真琴の部屋のドアが開いて、香里が顔を出した。
「……おはよ」
「よぉ、香里。珍しく遅いな」
「ちょっと栞と遅くまでおしゃべりしてたのよ。……ふわぁ」
あくびをして、香里は部屋から出てくる。
「顔洗ってくるわ」
「栞は?」
「まだ寝てる。相沢くん、だからって襲ったらだめよ」
「誰がそんなコトするか」
「そう、栞に魅力がないって言いたいのね」
「……どうしろって言うんだ?」
「冗談よ」
そう言って、香里は階段を降りていった。
その後ろ姿を見送って、あゆが感心したように言う。
「香里さんって大人っぽくて綺麗だよね」
「……まぁ、そうだな」
「ボクももうちょっと大きくなったら、香里さんみたいになれるかな」
「無理」
「うぐぅ……即答……」
「第一、香里はお前と同じ歳だぞ」
「あ……、そういえばそうだったよ」
あゆは朝から相当にショックを受けているようだった。
とりあえずフォローしておく。
「あゆにはあゆのいいところがあるじゃないか」
「どんなところ?」
すがるような目で見られて、俺は考え込んだ。それから、顔を上げて明るく言う。
「さて、名雪を起こさないといけないな」
「うぐぅ……」
涙目のあゆをとりあえず放っておいて、ドアを開けると、騒音が2倍になった。
その中で、思った通り本人は夢の中だった。
「……うにゅ……けろぴー……」
俺はずかずかっと部屋に入ると、まず目覚ましを全部止め、それから問答無用にけろぴーを引き離すと、毛布をはぐった。
「……寒い……。あれ?」
目をしばたいて、名雪は身体を起こした。
「祐一?」
「おう。さっさと起きろよ」
「……くー」
「寝るなぁっ!!」
ようやく名雪を起こしたところで、朝から疲れ果てながら1階に降りると、真琴がとててっと走ってきた。
「祐一〜〜っ!」
「おう、傷はもういいみたいだ……けど、その格好はどうした?」
「えへへ。似合う?」
その場でくるっと回ってみせる真琴。
「似合うもなにも、なんでお前がうちの学校の制服を着てるんだ?」
「真琴も学校行くの」
「……マジか?」
「ほんとだもん」
ぐっと胸を張る真琴。
俺は、真琴の後ろからやってきた秋子さんに尋ねた。
「本当にこいつを学校に入れるんですか?」
「ええ。真琴もうちの家族になったわけですから」
静かに頷く秋子さん。
俺は真琴の頭に手を置いた。
「真琴、学校にはぴろは連れていけないんだぞ」
「そんなことわかってるわよう」
「大丈夫ですよ。真琴が学校に行っている間くらいは、私が面倒見ますから」
……いや、そういう話じゃなくて……。
「えっとね、真琴ぴろより祐一のそばにいたいな、なんて……あはははっ」
つんつんと指をつつき合わせてうつむき加減に言う真琴。
「真琴……」
思わず声が詰まったところで、不意に真琴は顔を上げた。
「ね、今のどう? こないだ読んだ漫画でやってたんだけど……」
……やっぱり、全部燃やしてしまおう。
俺は、スカートの裾からちらちらと見える尻尾を掴んだ。
「第一、これどうするんだ? いくら何でも尻尾ふりふりじゃ何を言われるかわからんぞ」
「きゃんっ! 祐一のえっちぃ!」
慌てて俺の手を振り払う真琴。
「あうーっ、さわられたーっ」
「祐一さん、あんまり女の子の尻尾を触るのは良くないですよ」
秋子さんにたしなめられてしまった。
「すみません。でも……」
「ええ、確かにちょっと問題ですね」
秋子さんは少し考えてから、真琴に尋ねた。
「それって、しまってはおけないのかしら?」
「……やってみる」
真琴は尻尾をスカートの中に入れようとしばらくじたばたしていたが、とうとう「あうーっ」とねを上げてしまった。
「どうしよう。入らないよ」
「あの、ちょっと、いいですか?」
不意に声を掛けられて、俺は振り返った。
秋子さんがのんびりと声をかける。
「おはよう、栞ちゃん」
そこにいたのは、制服姿の栞だった。
「あ、おはようございます」
秋子さんにぺこりと頭を下げると、栞は俺と真琴に向き直った。
「話は聞かせてもらいました。私に任せてもらえませんか?」
「何かいい方法があるのか? あ、もしかして飲んだら尻尾が抜けるような薬を持ってるとか?」
「あうっ、薬はいやっ!」
慌てて逃げようとする真琴の尻尾をはっしと掴む。
「わっ、またえっちっ!」
「何でもいいから逃げるな」
「あうーっ」
「大丈夫です。薬じゃないですから。ちょっとこっちに来てもらえますか?」
「う、うん」
おそるおそる、という感じで、栞の後について洗面所に向かう真琴。
「それじゃ、真琴は栞ちゃんに任せて、朝ご飯にしましょうか」
「そうですね」
秋子さんの言葉に頷いて、俺はダイニングに入った。
既に食卓についていた舞や佐祐理さんと和やかに談笑しながら(といっても、舞はいつもの調子で、もっぱらしゃべっていたのは俺と佐祐理さんだが)、朝食をとっていると、ドアが開いて栞が入ってきた。
「お待たせしましたっ」
「別に待ってないぞ」
「……そんなこと言う人嫌いですっ」
ぷっと膨れる栞。
佐祐理さんが俺に言った。
「祐一さん、あんまり栞さんを怒らせてはいけませんよ」
「大丈夫です。3秒もすれば機嫌は直りますから」
「しっかり聞こえてますっ」
「ま、それはそれとして、真琴はどうなった?」
向き直って訊ねると、栞はぱっと笑顔になった。
「はい、この通りです」
「えへん」
栞の後ろから出てきた真琴が、くるっと回ってみせる。
確かに、スカートの下からはみ出していた尻尾がどこにもない。
「……どれ?」
ぺろっとスカートをめくってみた。そして、尻尾の付いていた辺りを撫でてみる。
「うーむ、確かにないぞ。……ん、どうしたんだ、みんな?」
栞が、静かに秋子さんに尋ねた。
「あの、こういう場合はやっちゃってもいいでしょうか?」
「了承」
1秒だった。
「……いつつ」
「そりゃ、祐一が悪いよ〜」
騒ぎが収まったところで、香里と共に入ってきた名雪が、話を聞いて俺に言った。
「何を言う。俺はただ確かめようとだな……」
「スカートをめくってお尻を撫で回したわけ? ……十分セクハラじゃない。どっかの知事みたいな言い訳するんじゃないわよ」
香里に呆れたような口調で言われて、俺は仏頂面でコーヒーを胃に流し込み、立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ学校に行くか」
「そうね。時間も時間だし」
頷く香里と、慌てる名雪。
「わっ! わたしまだイチゴジャム食べてないよっ!」
「あなたが洗面所で溺れてるからでしょ? まったく、あたしが通りかからなかったら溺死してるわよ」
「それはそうだけど……」
まだ未練ありげにテーブルの上に乗っているジャムの瓶を見つめる名雪。
「ううっ、イチゴジャム〜」
「それじゃ、お先に」
いい加減付き合ってられない、という風に、香里がさっさと出ていく。
「……うん、仕方ないね」
自分に言い聞かせるように頷くと、名雪は立ち上がった。
「あ、名雪」
キッチンから出てきた秋子さんが、名雪を呼び止める。
「どうしたの、お母さん」
「今日は私も行くから、ちょっと待ってくれるかしら」
「行くって、学校に?」
「ええ。真琴のことで手続きとかあるし」
「あ、そうか。うん、判ったよ。それじゃ家の前で待ってるね」
頷く名雪。
俺はリビングを出て、玄関に向かった。後から名雪もついてくる。
靴を履いて外に出ると、冷たい空気が顔に刺さる。
今日もいい天気だった。
そこにいたのは、舞と佐祐理さんだけだった。
「……あれ? 他のみんなは?」
「香里さんと一緒に、先に学校に行ってしまいましたよ」
笑顔で言う佐祐理さん。
どうやら、まだ怒っていたらしい。
「大人げない奴らだ」
「祐一さんがえっちなことするからですよ」
うーむ、笑顔でたしなめられるとこっちも反論できない。
「……すみません」
「あはは〜、謝るんなら、真琴さんにしてくださいね〜」
「そうします……」
そんな会話を交わしていると、秋子さんが出てきた。
「お待たせ。あら、他のみんなは?」
「先に行ったんだって」
名雪が答えると、秋子さんは「あら、そう」と頷いて、玄関の鍵を閉めた。
「それじゃ、行きましょうか」
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あとがき
うーん、なんで朝起きて学校に行くだけで1話終わってしまうんだろう。
プールに行こう3 Episode 24 00/6/9 Up