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と、不意に舞が動いた。
Fortsetzung folgt
「……え?」
不意を突かれた俺が気付いたときには、もう疾走する舞の姿は廊下の向こうにあった。
こうなったら、もう俺が出来ることは何もない。
じっとここで舞が戻ってくるのを待つのが一番だ。下手に追いかけて、舞の足手まといになっちゃ、本末転倒だ。
俺は諦めて、廊下の壁に寄りかかった。そして、腕組みして考え込んだ。
川澄舞は、何者だ?
改めて考えると、訳が分からないことばかりだ。
まぁ、佐祐理さんに言わせると、「舞は舞ですよ」で終わってしまうことなんだけどさ。
でも……。
スタッ
舞が、消えたのとは反対側の廊下に突然現れた。そのまま、こっちに向かって走ってくる。
「お、やっつけたの……か……」
「後ろっ」
珍しく、舞が駆け寄りながら大声を上げる。同時に、ぐわっと俺の背後で何か……“気”の固まり、とでも表現すべきものがいきなり膨れあがった。
「なっ!?」
慌てて振り返ると同時に、鳩尾に一撃を食らった。衝撃が身体を突き抜け、視界がふっと暗くなり、胃液が逆流する。
「……ぐはっ……」
その場に膝を落とす俺。
と、
ブン
その俺の眼前を掠めるように、銀色の物体がすっ飛んでいった。そして、ずっと向こうでガシャン、という音。
どうやら、昨日に続いて今日も舞が剣を投げつけたらしい。
ほっとして、俺は咳き込みながら身体を起こそうとした。
だが、それはまだそこにいた。
鈍い音と共に、俺の身体は後ろの壁に叩きつけられる。
「ぐはっ」
激痛に、床に転がり回る。
そのすぐ前を、舞が駆け抜けていった。
とりあえず、俺より魔物を討つことが優先のようだった。
「もう少し、我慢して」
……え?
駆け抜けざまに聞こえた舞の言葉は、俺の動きを止めるに十分だった。
あの傍若無人をフルカラー1024×768の壁紙にしたような舞が、しかも戦闘中に、俺にそんな言葉をかけるなんて。
まだ霞む視線を、懸命に、舞の走り去った方向に向ける。
どうやら、魔物は俺より舞を選んだらしい。考えてみれば、今の舞は剣を手放して丸腰だ。千載一遇のチャンスってやつなのだろう。
だが、舞は、ひょいひょいと左右に飛んで魔物の攻撃をかわしながら走っていた。……まぁ、魔物が見えない俺から見れば、単に一人で左右に飛びながら走っているようにしか見えないけれど。
と、不意に舞は右に折れ、階段を駆け上がっていった。
……剣を拾うんじゃなかったのか? それとも……、いや、多分、魔物に追いかけられているこの状況では剣を回収してる余裕がないと判断したんだろう。
俺は、まだ悲鳴を上げる身体を無視して、起き上がった。そして、廊下の突き当たりに向かって、よろよろと歩いていく。
普段の何倍も時間を掛けて、ようやく突き当たりにたどり着いた俺は、壁に当たって落ちていた剣を拾い上げ、待った。
必ず、舞はこれを受け取りに来るはずだから。
そして、舞は来た。
タンッ
階段を飛び降りて来た舞が、こっちに視線を向ける。
「祐一、上」
「おうっ!」
俺は、また全身の筋肉が悲鳴をあげるのも構わず、バットを振るように大きくスウィングして、剣を手放した。
剣はそのまま、天井に向かって飛ぶ。
その束を、空中で白い手がつかみ取った。
着地と同時に身体を捻って、剣で魔物の攻撃を受け止める。そして、その力をいなすようにして距離を取ると、肩の後ろに剣を引いて、一気に突き出す。
その姿勢のまま、しばらく止まっていたが、やがて構えを解いて、俺の方に歩み寄ってきた。
「今のは、ちょっといいコンビネーションだったな」
「……逃がした」
……会話がかみ合ってなかったけど、俺は高揚していた。
「でも、一太刀は浴びせたんだろ?」
「ん……」
こくりと頷く舞。
「で、今日はまだ出てきそうか?」
「わからない」
「そっか。それじゃ、もうちょっと待機だな」
「……」
また頷く舞。
俺は、壁に背中をもたれかけさせた。
高揚してたせいで忘れかけていた身体の痛みがぶり返してきた。
「……なぁ、舞」
「……何?」
「魔物って、何なんだ?」
俺の言葉に、舞はじっと俺を見つめた。
「……なんだよ?」
「判らない」
半分は予想していた答えだった。
でも……。
「それじゃ、どうして舞が魔物を討つ者なんだ?」
「そう、定められていたから」
「誰に?」
「判らない。でも……」
舞は、自分の手にしている剣に目を落とした。
「私には、その力があるから……」
「……そうか」
夜の校舎に魔物がいるとして、それを倒す力がもし俺にしかなかったとして、俺は果たして毎晩ここに赴いて、いつ果てるともない戦いを続けることが出来ただろうか?
無理だ。
俺の頭はあっさりと答えを出す。
そして、もう一度、俺に背を向けて廊下を見つめる少女に視線を戻す。
不意に、佐祐理さんの言葉を思い出した。
「舞は、優しい……か」
「……?」
振り返る舞に、なんでもないと手を振る。
不器用ゆえに、ほとんどの人が誤解しているけれど、舞は優しすぎるほど優しい。
だから、幸せにしてあげたいんだと、佐祐理さんは笑って言っていた。
俺も、そう思う。
そのためにも……。
「……早く、終わるといいな」
俺の呟きに、舞は振り返らずに頷いた。
「……私も、そう思う」
結局その後は何事も起こらなかった。
ようやく俺の身体の痛みも引いたところで、俺達は学校を後にした。
並んで真っ直ぐ水瀬家に戻ってくると、俺が先にドアに手をかける。
もう、深夜と言っても差し支えのない時間帯だ。名雪は言うまでもないとしても、他の皆ももう寝てるかもしれないからな。
静かにドアを開けて、中の様子を窺う。
電気も消されて、廊下はしんと静まりかえっている。
……いくら何でも静か過ぎるな。
ちょっと疑問を感じた。今までのパターンから言えば、佐祐理さんなんかは舞が帰ってくるまで起きて待っていそうなものだが……。
「……どうしたの?」
後ろから舞に訊ねられて、俺は振り返った。
「静かだと思わないか?」
「……」
舞は、俺の肩越しに中の様子を窺うと、首を振った。
「魔物はいない」
「そりゃそうだろうな」
家にまであんなのが出たら大変だ。
「……リビングに集まってる」
「え?」
続く舞の言葉に、俺は首を傾げた。
「リビングって、奧のリビングルームか?」
「そう」
こくりと頷く舞。考えてみれば俺もそれ以外のリビングなんて知らない。
でも、それにしたって変だ。
確かに、よく見れば、リビングに続くドアの隙間から灯りは漏れている。だけど、その内側から人の話す声もテレビの音も聞こえてこないのだ。
ともかく、行ってみるしかないか。
俺は靴を脱ぐと、廊下を進んだ。そして、リビングのドアに手をかける。
ごくり、と生唾を飲み、そして、思い切ってドアを開けた。
「おかえりなさ〜い」
その言葉と同時に目の前に広がっていた光景に、俺は言葉を失った。
俺の後ろからリビングを覗き込んだ舞が、ぼそっと呟く。
「……うさぎさん」
そう、そこには全員(水瀬親娘とマコピーを除く)がバニースーツ姿でいたのであるっ!!
「な、な、ななななっ」
気も動転しつつも、俺の目が佐祐理さんや香里の胸元に釘付けになっていたことを誰が責められようか、いやできまい、漢としてっ!
「ちょ、ちょっと、変なところ見ないでよね」
香里が、心持ち頬を赤らめて胸元を押さえたので、俺は我に返った。
「ななななっ……」
いや、口のほうはまだ我に返ってなかった。
「えっと、祐一さんがこういうの好きだって言ったから……」
こっちは真っ赤になって言う栞。……いや、そんなことを言った覚えはないんだけどなぁ。
「ボ、ボク、ちょっとこういうのは恥ずかしいけど、その、祐一くんが喜ぶんだったら……えっと、うぐぅ……」
あゆも真っ赤になってもじもじしていた。
俺は2人に視線を向けてなんとか気を落ち着かせた。
「ふぅ、落ち着いたぞ」
「わ、なんかひどいこと言ってますっ」
「まぁ、それはそれとして、だ」
栞の抗議を受け流すと、俺は香里に視線を向け直した。
「ところで、そのバニースーツはどうしたんだ?」
「秋子さんに言ったら貸してくれたのよ」
……秋子さんって、一体……。
唖然としていると、佐祐理さんが舞の手を引いた。
「ほら、舞のも用意してるんだから、着替えて来ようよ」
「私の……?」
「うん。祐一さんも喜んでくれるよ、きっと」
「……わかった」
こくりと頷いて、佐祐理さんの後に付いていく舞。一瞬止めようかと思わないでもなかったが、その考えは頭の中でパラノイアを踊る理性と知性が速攻で却下した。
「まぁ、あゆや栞よりは似合うだろうしな」
「わわっ、そんなこと言う人は嫌いですっ!」
「うぐぅ、ボクだってそのうちおっきくなるもん」
「ところで、バニー姿をするのはともかくとして、それでどうするんだ?」
「……」
「……」
顔を見合わせる栞とあゆ。
「考えてませんでしたね」
「うぐぅ、よく考えるとなんか馬鹿だよ、ボク達……」
「……それを言うならあたしが一番馬鹿みたいなんだけどね」
ソファに座ってため息をつく香里。カチューシャになっているウサ耳を指でいじりながらぶつぶつ言う。
「そもそも、なんであたしまでこんな格好しないといけないのよ」
「ごめんなさい。私が無理を言ったから……」
「なるほど、栞が自分だけだと恥ずかしいからって言って香里を巻き込んだわけだな」
「そうなんですっ」
ぽんと手を叩いて、栞が笑顔で答えた。
「わたし、こういうの夢だったんですよ」
「バニーガールの格好をするのが夢だったのか?」
「違いますっ」
ぷぅっと膨れて、でもすぐに元の笑顔に戻る。
「お姉ちゃんと一緒の格好をするのが、です」
「……安上がりな夢よね」
香里が言った。その表情は穏やかで、そして悲しげだった。
俺は、とっさに返事をすることが出来なかった。
栞と香里の表情の裏に隠されているものを、知ってしまっていたから。
「……祐一くん?」
俺達の顔を、あゆが見比べていた。
「ごほごほ。あ、いや、なんでもない」
とりあえず咳払いをしてから、ふと気付く。
「ところで、あゆ」
「えっ? 何?」
「お前、そんなに胸あったか?」
「うぇ?」
なんか妙な声を上げて、慌てて一歩下がると、あゆは胸を押さえてうぐぅと口ごもった。
「ボ、ボクだって少しはあるもん」
「そうですよっ!」
何故か栞まで……。あれ?
「栞も、そんなに胸なかっただろ?」
「そんなことないですっ!」
なるほど。
「あげぞこか」
「そんなこと言う人大嫌いですっ!」
「うぐぅ……、だって、そのままだとずり落ちて着られなかったんだよ……」
泣きそうな顔をするあゆ。
「わかったわかった。努力は認めてやるから、着替えてこい」
「でも……」
と、リビングのドアが開いて、佐祐理さんが入ってきた。そして、振り返る。
「ほら、祐一さんが待ってますよ」
「……」
「あ〜、舞ったら恥ずかしがってるの?」
ぽかっ
佐祐理さんにチョップをしながら、舞が明るいところに出てきた。
ドン、ドドン、と擬音が付きそうな、ボリューム感溢れる胸と腰っ!
まさに、漢の浪漫っ!
一瞬にして、俺の理性と知性はソーラン節を踊りながら旅に出てしまった。
「どうですか、祐一さん?」
「ビバ、バニースーツ!」
これまたはなぢもののバニー姿の佐祐理さんに訊ねられて、俺はぴっと親指を立てて答えた。佐祐理さんは嬉しそうに笑って舞に話し掛ける。
「よかったね、舞?」
ぽかっ
心持ち赤くなって、佐祐理さんにチョップを返す舞。「あはは〜」と笑う佐祐理さん。
「……男って、本当にしょうもないわねぇ」
額を押さえてため息をつく香里。
そして……。
「はぁ……。あゆさん、私たちは着替えましょうか?」
「うぐぅ……。そうだね……」
あゆと栞は、ため息をつきながら、とぼとぼとリビングを出ていった。
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あとがき
今日のうさぎさん。
まい :167cm 49kg 89/58/86
さゆり:159cm 45kg 84/55/82
かおり:164cm 48kg 83/55/81
あゆ :154cm 41kg 80/52/79
しおり:157cm 43kg 79/53/80
……こうして並べると、舞のグラマーさは抜きんでてますな(爆笑)
なんか今回は、どういうわけか漢の浪漫が爆走してしまいました。ここんとこうぐぅに邪魔ばかりされてたせいでしょう、きっと。
ま、たまにはいいよね?(弱気)
プールに行こう3 Episode 23 00/6/8 Up