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シュッ、シュッ
Fortsetzung folgt
「……こんなものでどうかな?」
真琴の髪をブラシでなでつけていた名雪が顔を上げる。
香里が、前後からそれを見て、ふむと頷く。
「とりあえずは見えなくなったわね」
真琴の耳は、髪の間に隠れていた。元々髪の色と耳の毛の色が同じだし、真琴の髪の量は多めなので、こうしていると確かに見えない。
「これで、こうやってリボンで髪をまとめれば……、うん、これで全然見えなくなったね」
微妙にリボンの位置をずらして、名雪は満足そうに頷いた。
香里は、すっと視線を真琴の腰に向ける。
「あとは、尻尾ね。いっそ切り落とす?」
「あうーっ」
「冗談よ、冗談」
「もう、香里ったら。いじめたらだめだよ」
ブラシを片手に俺に言うと、名雪はうーんと考え込んだ。
「でも、尻尾は問題だよね。……ふかふかで気持ちいいけど……」
「あうーっ」
「ふかふか〜。まこー、まこー」
「あっ、あううっ」
「こらこら、トリップしないの」
うっとりとして真琴の尻尾を撫でる名雪に、苦笑する香里。
「あっ、えっと、嫌って言うほどじゃないけど、なんかくすぐったいって言うか……変な感じ」
「こんこんきつねさん……」
いかにも触りたそうにうずうずしている舞。
と、不意に香里がこっちを見た。
「あら、なにしてんの、相沢くん?」
「あ、いや、えーっと」
リビングの入り口に立っていた俺は、慌てて背を向けた。
「あっ、祐一っ!」
どんっ、と背中に真琴がしがみついてきた。
「行っちゃダメっ!」
「うわっ!」
よろめきかけて、慌てて壁に手をついて身体を支える俺。
「なにすんだっ!」
「だ、だってぇ……」
「真琴をこんなからだにしたのは祐一なんだから、せきにん取ってよねっ!」
そう言いながら、俺の首根っこにしがみつく真琴。
「な、なんだよその責任っていうのは!」
「えーっと……。な、なんでもいいのようっ!」
どうやら、いつものように少女漫画で出ていたセリフを何も考えずに口走っただけのようだった。
と、香里がずいっと俺達の方に顔を向けた。
「相沢くん、もしかしてネコミミとかそっち系の趣味ありなの?」
「ええっ、そうだったんですかっ!」
「うぐぅ、祐一くんにそんな趣味があったなんて、ボク知らなかったよ」
大げさに驚く栞とあゆ。
香里がため息をつく。
「まぁ、それならそれで、栞にバニーガールの格好させてもいいけど……」
「おっ、お姉ちゃんっ! 私、そんなっ……」
かあっと真っ赤になる栞。
俺は深々と頷いた。
「そうだな、栞がバニースーツを着るには致命的な弱点があるからな」
「わっ、そんなこと言う人嫌いですっ! それにこれからもっとおっきくなります! ……きっと」
胸を押さえて反論する栞。あゆが大きくうんうんと頷く。
「そうだよねっ、栞ちゃん」
「そうですよ、あゆさんっ」
がしっと手を握りあう貧乳コンビ。
「あらあら、賑やかですね〜」
エプロンドレス姿の佐祐理さんが廊下の向こうから歩いて来ながら声をかけた。
……エプロンドレス姿の佐祐理さんっ!?
ぐるんと身体を回してそっちに向く。弾みで真琴が振り飛ばされたが、気にせずに俺は親指をぐっと立てた。
「ぐっどだ、佐祐理さん。エプロンドレス姿も似合うな」
「ありがとうございます〜。でも、佐祐理を誉めても何も出ませんよ〜」
「いや、元気が出るな」
「あはは〜、祐一さんもお上手ですね〜」
佐祐理さんはころころと笑うと、皆に声をかけた。
「そろそろご飯の準備が出来ますから、リビングを片付けてくださいって、秋子さんからの伝言ですよ」
「あ、わかりました」
香里が頷いて、リビングに戻る。俺はその隙にこそっと自分の部屋に……。
「あうーっ、祐一が捨てた〜」
べたっと足にしがみつく真琴。
「な、なんだよ。お前もみんなのとこに行けっ」
「あう、で、でも、名雪とか舞とか怖いんだもん」
確かに怖いかもしれんなぁ。
俺は屈み込んで真琴と視線を合わせた。
「なぁ、真琴……」
ちゅっ
「……わぁっ!」
思わずとびすさって、廊下の壁に背中をぶつけながら、俺は口元を拭った。それから怒鳴る。
「なにすんだっ!」
「だって、好きだもん」
へらっと笑う真琴。
「好きだから、こういうことするの。ちゃんと漫画にも載ってたよ」
……こいつの持ってる漫画、全部燃やした方がいいかもしれん。
「えーとだな、とにかく……」
「えっ、なになに?」
にこにこしながら、ぐいっと顔を寄せる真琴。俺はじりじりと後退し……。
「はぇ〜、仲がいいんですね〜」
うわ、佐祐理さんがいるの忘れてたっ!
「でも、舞にもしてあげてくださいね〜」
「ダメっ! 祐一は真琴のっ!」
ぎゅっと俺の首に手を回して、佐祐理さんを睨む真琴。佐祐理さんは困ったようにほっぺたに指を当てた。
「それは困ります〜。舞だって祐一さんのこと、大好きなんですから」
ぽかっ
いきなり現れた舞が、佐祐理さんにチョップをしていた。……って、どっから来た、お前?
「あうっ」
舞の姿を見て、慌てて真琴が俺の影に隠れた。そして顔だけ出して、べーっと舌を出す。
舞はというと、怒るでもなくじーっと真琴を見ていた。そして、手を伸ばす。
「わわっ、なにようっ!」
「おいで、こんこんさん」
「ゆ、祐一っ、こいつ危ないわっ!」
「あはは〜。舞ったら、真琴さんと仲良くなりたいんですね〜」
嬉しそうに笑う佐祐理さん。
俺は振り返って、真琴の首根っこを掴んで前に引っ張り出す。
「きゃうっ、な、なにっ!?」
「いいから、いいから。ほれ、舞。可愛がってやれ」
「はちみつくまさん」
「わぁっ! 祐一の裏切り者ぉっ!」
わめきながらも、何故か大人しく舞に撫でられている真琴と、そんな2人を微笑ましく見守る佐祐理さん。
よし、いまのうちだ。
俺はさっさとその場を……。
「あっ、祐一くん。こんな所にいたんだ。名雪さんが呼んでるよっ!」
「うぐぅ……」
「うぐぅ……真似しないで〜」
「おう、そうだった。うぐぅはお前だけのものだったな」
ぽんとあゆの頭に手を置いて、俺は爽やかに笑った。
「じゃ、そういうわけで、さらば」
「手伝ってくれないなら、祐一だけ晩ご飯は全部たくあん」
名雪があゆの後ろから顔を出していた。って、たくあん!?
「なんだとっ!?」
「ご飯も、おかずも、飲み物も、デザートも全部たくあん」
「お、おい、待てっ!」
「あ、ちなみに今日の晩ご飯は焼き肉ですよ〜」
後ろから佐祐理さんが言う。
俺は、逃亡を断念した。
「手伝わさせていただきます」
「わっ、さすが名雪さん」
あゆが感心したように、名雪に視線を向けると、名雪はくすっと笑った。
「大したことじゃないよ〜」
「でも、ボク、口で祐一くんに勝てたことないよ」
「簡単だよ。こんど、あゆちゃんにも教えてあげるね」
「頼むから止めてくれ」
慌てて俺は口を挟んだ。名雪は笑顔で俺に言った。
「イチゴサンデー7つ」
「ぐっ……。よ、よかろう」
「それじゃボクたい焼きっ!」
「さぁ、名雪! 俺は何をすればいいっ!?」
「うぐぅ……無視しないで……」
名雪の指示に従ってテーブルを並べ直し、押入からホットプレートを出して並べると(なぜか、ホットプレートは3つもあった)、タイミング良く秋子さんと佐祐理さんが、肉や野菜を乗せた大皿を運んできた。
「よし、焼くぞっ!」
「おーっ」
なぜかやる気充分の真琴。
「あ、みんな、エプロン付けた方がいいわね。油とか飛ぶし」
秋子さんがぽんと手を打った。
……ということは、全員エプロン!? うぉっ、まさに漢の浪漫!
「そうだね。わたし、取ってくるよ」
名雪が立ち上がり、しばらくして手にエプロンを抱えて戻ってくる。
「お待たせ〜。はい、祐一」
考えてみると、俺もエプロンを付けないといけないのだった。漢の浪漫も半減である。
ややげんなりしながらエプロンを広げ、俺はさらにげんなりして名雪に尋ねた。
「なぁ、これってもしかして……?」
「うん。けろぴーエプロン。わたしのお気に入りだよっ」
笑顔で答える名雪。まさかと思って顔を上げると、皆も同じエプロンだった。
「……くそっ、こうなったら食ってやるっ!」
「わぁ、祐一くんやる気だねっ!」
あゆが感心したように俺を見るが、別になんのことはない。単にヤケになってるだけである。
と、不意に秋子さんが言った。
「祐一さん、それに、みんなも聞いて欲しいんだけど……」
「あ、はい」
肉が焼けるくらいまでホットプレートが暖まるには、まだ少し間がある。俺は大人しく箸を置いた。
秋子さんは、真琴の頭にぽんと手を乗せた。
「あのね、真琴のことなんだけど、私、正式にこの家に引き取ろうと思うの」
「それじゃ、わたしの妹だねっ」
名雪がのほほんと嬉しそうに言う。
「これからよろしくね、真琴っ」
「あう?」
まだ状況がよく判らずに、左右をきょろきょろと見回す真琴。
俺は苦笑した。
「やれやれ、これからずっとこいつと顔を付き合わす羽目になるってわけか」
「いいことだと思いますよ〜。ね、舞?」
佐祐理さんがぽんと手を打って言うと、あゆと栞もうんうんと頷いた。
「おめでとう、真琴さん」
「おめでとうございます」
「さ、それじゃ今日は新しい家族が増えたお祝いよ。みんなもいっぱい食べてね」
秋子さんの言葉に、真琴が顔を上げた。
「かぞ……く?」
「そうよ」
「家族……。そっか……」
真琴は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。
夕食も終わり(名雪がイチゴを焼こうとしたとか、あゆが例によって舌を火傷したとかいろいろあったが)、俺は自分の部屋で腹をさすりながら横になっていた。
ちなみに、部屋までついてこようとした真琴は、秋子さんに「今日は色々あったんだから、早めに寝なさいね」と言われ、名雪と一緒に寝ることになってしまった。さすがの真琴も秋子さんには逆らえず、今頃は名雪の部屋で大人しくしているはずだ。
ちなみに、そのため今夜の真琴の部屋には、美坂姉妹と舞、佐祐理さんというメンバーが泊まることになっている。
まぁ、真琴にあの調子で俺の部屋に押し掛けて来られて、正直なところ、俺の理性がいつまで保つか、自分でも自信がないしな。とりあえず今晩は助かった、というところか。
そんな事を考えていると、トントンとノックの音がした。
「ん〜?」
「……行くから」
舞の声だった。そっか、そんな時間か。
「おう、ちょっと待ってろ。支度するから」
「玄関にいる」
舞の足音が遠ざかっていった。俺はベッドから起き上がると、ジャケットを羽織った。
外に出ると、冷たい風が顔に突き刺さるようだった。
「うっ、寒いぞ」
「そう?」
いつもの制服姿でさっさと歩いていく舞。
それにしても、舞や名雪はともかく、他の娘はこの制服で寒くないんだろうか? 今度香里あたりに聞いてみよう。
と、不意に舞が立ち止まり、振り返る。
「どうした?」
「……」
しばらく後ろの方を見ていたが、舞は無言で向き直って歩き出す。
「あ、こらっ!」
「多分、気のせい……」
「言うのが遅いっ!」
「……」
夜の学校は、いつも通りの静けさで俺達を迎えた。
「今日は出そうか?」
俺が訊ねると、間をおいて舞が答える。
「わからない」
「そりゃそうか。前もってわかってるんなら、こんなことしなくても済むもんな……」
会話が途切れる。
……そうだ。
「なぁ、舞」
俺は、舞に訊ねた。
「今日のことなんだけどさ……」
「今日?」
「ああ。今日の真琴のこと。消えたけど、戻ってきた。あれ、舞がやってくれたんだろ?」
まだ信じられないけど、俺はなんとなくそんな気がしていた。
「……」
舞は黙ったままだった。その視線は、ただ暗闇を見つめていた。
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あとがき
名雪が影薄いですね〜(苦笑)
てゆうか、真琴が濃ゆすぎるか(笑)
プールに行こう3 Episode 22 00/6/7 Up 00/6/9 Update