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「……それにしても、ますます人間離れしたなぁ」
Fortsetzung folgt
俺はもう一度、真琴をじーっと見てからしみじみと呟いた。それから、はたと気付いて名雪の方を見た。
「まこー、まこー」
ああっ、やっぱりぃっ!
潤んだ目で真琴をじーっと見つめる名雪の肩を慌てて掴む。
「こらっ、名雪っ! お前猫アレルギーだろうがっ!」
「大丈夫だよ。真琴だもん」
理由になってない……こともないのか? 確かに猫じゃなくて狐だが。
「きつねさん、相当嫌いじゃない」
舞も舞で、無表情に真琴をじーっと見てる。そんな舞に佐祐理さんが声をかけた。
「舞ったら、とっても嬉しそうですね〜」
そうなのか? 俺にはわからんのだが。さすがは佐祐理さんである。
「あ、あうーっ」
真琴はというと、名雪と舞にじーっと見つめられて怯えたのか、天野の後ろに隠れてしまった。そこから俺に向かって言う。
「ゆ、祐一ぃ、なんとかしなさいようっ」
俺か?
俺はやれやれとため息をついて、栞に声をかけた。
「帰ろうか、栞。帰りにバニラアイスおごってやるぞ」
「はいっ、嬉しいですっ」
「こらこら、栞と仲良くするのはいいけど、現実逃避しないっ」
香里に言われて、俺は、はぁ、とため息をついた。
「どうしろって言うんだ?」
「じんかいせんじゅつはどうかな?」
「馬鹿の一つ覚え」
「うぐぅ……」
とりあえずあゆの申し出を一蹴しておいて、俺は天野に視線を向けた。
「天野はどうすればいいと思う?」
「とりあえず、水瀬さんのお宅に一度戻りませんか?」
真琴の頭を撫でながら、天野が建設的な意見を述べる。
「そうするか?」
「あ、でもそれじゃお弁当はどうしましょうか?」
栞が、シートの上に広げられた弁当を見て、悲しそうな顔をする。
真琴の復活のときに飛び散った雪が容赦なく弁当の上にも積もっており、かなり悲惨な状況になっていた。栞の弁当だろうと佐祐理さんの弁当だろうと、これはちょっと食べるのは無理だ。
「……きつねさん」
「あっ、そうだね。そうしよっか」
舞の言葉に頷く佐祐理さん。
俺は佐祐理さんに尋ねた。
「佐祐理さん、舞は何て?」
「あ、はい。この丘に住んでいるきつねさんにお弁当はあげましょうって。舞って優しいですよね」
「……不器用だけどな」
俺は、ぼーっと立っている舞を見て、苦笑した。
「でも、そんな舞も嫌いじゃないんですよね、祐一さん」
「まぁな」
肩をすくめてから、俺ははっとして佐祐理さんを見た。
「あ、こら! 誘導尋問とはずるいぞ」
「あはは〜っ」
笑って佐祐理さんは舞の肩をぽんと叩いた。
「祐一さん、舞のこと嫌いじゃないって。よかったね〜」
ぽかっ
舞は佐祐理さんにチョップを入れると、目もくれずにすたすたと歩き出した。どうやら照れているらしい。
俺は振り返った。
「というわけだ。栞も諦めて弁当は狐にくれてやってくれ」
「……それはいいですけど〜」
何故か栞はぷーっと膨れていた。
「どうした、栞?」
「なんでもないですっ!」
ぷいっと横を向いて、栞も歩いて行ってしまった。
「やれやれ。まぁ、3秒もすれば機嫌も直るだろうけどな」
「思いっきり聞こえてますっ!」
「まぁまぁ。とにかく帰ろっ」
名雪が口を挟む。相変わらずマイペースだった。
と、舞がいきなりずかずかっとこっちに戻ってきた。
「何だ、舞?」
訊ねた俺には目もくれずにそのまま真琴の所に歩み寄ると、その勢いに怯えて天野の影に隠れた真琴の目の前に手を突き出す。
「これ……」
ちりん
その手に乗っていたのは、鈴のついた紺のリボンだった。
「返すから」
「あ、あう……」
おずおずと真琴がそれを受け取ると、舞はくるっと踵を返して、またずんずんと歩いていってしまった。
天野が真琴に何か囁く。真琴はこくんと頷いて、声をかけた。
「あっ、あのっ!」
「……」
舞が足を止めて振り返る。真琴は大きく息を吸い込んで、声を出した。
「ありがッチュン!」
「……またマコピー語か?」
「くしゃみと重なっただけようっ!」
俺に拳を振り上げて見せる真琴。
舞は一つ頷いて、そのまま歩いていった。
「ほら見ろ。マコピー語なんて使うから舞が怒ってしまったぞ」
「あ、あうーっ」
と、舞が立ち止まって振り返ると、ぼそっと言った。
「別に怒ってないから」
しまった。舞は地獄耳だった。
「ほらーっ! 祐一の嘘つき〜っ!!」
「いいから行くぞほらっ!」
俺は背中を向けて歩き出した。
「あっ、待ってよっ!」
とりあえず真琴の格好が格好なので、人通りの多い道を避けて帰った結果、家に着いたのは夕方近くになってしまっていた。
名雪が玄関のドアを開けて「ただいま〜」と声をかけると、奧から秋子さんが顔を出した。
「あら、みんなお帰りなさい」
……仕事に行ったんじゃなかったのか、秋子さん。
ま、いいか。
「あ、お母さん! あのね、真琴がねっ」
「真琴がどうかしたの?」
「うん。ほら、真琴」
名雪に引っ張られて、真琴が三和土の所に連れ出される。
「あ、あうーっ」
「あらあら。お帰りなさい、真琴」
真琴の格好や、頭から飛び出した耳を気にした風もなく、いつも通りの挨拶をする秋子さん。
真琴はとまどったように口ごもった。
「あ、あう……」
「ダメだよ、真琴」
横から名雪が笑顔で言う。
「帰ったときは、ただいま、だよ」
「あう、ただいま……」
「あ、そうだ。肉まんふかしてあるわよ。手を洗ってきたら、食べましょう」
「肉まん? わぁい!」
飛び上がる真琴。と、その弾みに、その腰に巻いていたナプキンと名雪の上着がずり落ちた。
「あ……」
「わぁっ! 祐一くん、見ちゃだめっ!!」
その声と同時に、いきなり視界が暗くなる。後ろからうぐぅに目隠しをされたらしい。
「何をするうぐぅ! また漢の浪漫を邪魔するのかっ!!」
「そんなこと言う人は女性の敵ですっ!」
「ほら、真琴! 早く部屋に行こっ!」
「あ、あううっ」
ばたばたっ
……結局、またしても漢の浪漫はうぐぅに邪魔され三連敗を喫してしまった。おのれ。
「祐一くんのえっちぃ……」
「はい、お待たせ」
とりあえずリビングに集まった皆の前に、秋子さんがキッチンから蒸籠を運んできた。そしてそれをテーブルの上に置くと、蓋を開ける。
ぶわっと蒸気があがり、いい匂いが広がる。
「わぁ〜っ」
「こら、真琴、よだれを拭け」
「えっ? わわっ」
慌てて口元を拭う真琴。
俺は蒸籠をのぞき込んだ。
「それにしてもすごい量ですね……」
「みんな、お腹を空かせて帰ってくると思いましたから、ちょっと張り切ってみました」
静かに言う秋子さん。
しかし……。
蒸籠の中に、所狭しと並ぶ肉まん。やっぱりこれも、秋子さんの手作りなんだろうなぁ。
「あついーーっ!!」
待ちきれずに蒸籠に手を突っ込んで叫ぶ真琴。秋子さんが苦笑する。
「ほらほら、慌てちゃだめよ。今取ってあげますから」
「あ、うん……」
頷いて、大人しく座ると、手をふーふー吹く真琴。天野が訊ねる。
「大丈夫ですか?」
「えっ? あ、うん」
頷いて、真琴は手を振って見せた。
「ほらっ」
俺は、ふと思いついたことがあって、その手をがしっと掴んで、まじまじと見てみた。
「な、なにようっ」
「いや、毛でも生えてるかな、と……」
ばきぃっ
いきなり殴られた。
「乙女になんてこと言うのようっ!! この変態っ!!」
すっくと立ち上がって怒鳴る真琴。ぴんと耳が立っていた。
秋子さんが、肉まんを取った皿を差し出しながら、声をかける。
「はい、肉まん取ったわよ」
「あっ、うん」
慌てて座り直して、皿を受け取る真琴。
秋子さんは、他の皿に肉まんを移しながら、俺に訊ねた。
「それで、何があったんです?」
「はぁ、俺にもよく判らないんですけど……」
俺は、とりあえずこの目で見たことを話した。あの金色の麦畑と、そこで逢った少女の話は、自分でもうまく説明出来そうになかったので飛ばしたが。
「……というわけです」
「そうなの」
秋子さんは頷くと、肉まんにかぶりついている真琴の頭を撫でた。
「よかったわね、真琴」
「あう、うん……」
頷く真琴。
名雪が、秋子さんに声を掛ける。
「お母さん、真琴のことだけど……」
「何かしら?」
「ずっと家にいても、構わないよね?」
「了承」
1秒であった。
嬉しそうに名雪は真琴に声をかける。
「よかったね、真琴」
「うん」
口いっぱいに肉まんを頬張ったまま、真琴は笑顔で頷いた。
「どうしても、帰るのか? もう1晩くらい泊まっていっても構わないって、秋子さんも言ってたのに」
「明日は学校もあるでしょうから」
そう言って、天野は靴を履くと、立ち上がった。
奧のリビングからは、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
俺は肩をすくめた。
「真琴の奴も、見送りにくらい来ればいいのに」
「いえ」
首を振ると、天野は微かに微笑んだ。
「相沢さんは、強かったですね」
「よせよ。今日のあれは、俺じゃなくて舞のおかげだ」
「川澄先輩の?」
「……多分、な」
俺がそう言うと、天野は頷いた。
「相沢さんだけの力ではない、それは確かです。でも、相沢さんがいなかったら、奇跡は起こらなかった。それは、誇っていいんじゃないですか?」
「なんか、照れるな」
照れくさくなって、俺は頭を掻いた。
天野はぼそっと呟いた。
「でも……」
「?」
「美汐〜っ!」
その時、リビングからパタパタと真琴が駆けてきた。三和土の前で立ち止まると、訊ねる。
「帰っちゃうの?」
「はい」
頷くと、天野は玄関のドアを開けた。そして振り返る。
「それでは、さようなら」
「あ、うん。バイバイ」
「また明日な」
「……はい」
頷いて、天野は出ていった。
俺は真琴の頭をぽんと叩いた。
「わっ、なにようっ!」
「いや、なんとなく」
「祐一の馬鹿っ!」
声を上げてから、不意に真琴は俯いた。
「……あ、あのね……」
「何だよ?」
「……えっと、あうーっ」
しばらくもじもじした後、真琴は顔を上げた。
「全部、思い出した」
「え?」
「祐一に助けてもらって、しばらくここで一緒に暮らして……、そして捨てられたの」
真琴は、ぎゅっと拳を握って言った。
「捨てたって、お前……」
「ずっと、ずっと一緒にいられると思ってた。それなのに……」
そう。俺は、こいつを、あの時捨てた。
もう怪我は治っていたし、それに、俺は元いたところに帰らなければならなかったから。
だけど、それは俺の都合だ。
今なら、こいつが俺を憎んでいた理由も判る。
だから、こいつは人間にまでなって、俺の所に来た。
この街に戻ってきた俺に、復讐をするために。
そう考えると、いきなりこいつに襲われた理由も納得できる。
「……真琴、どうすればいい?」
俺は真琴に尋ねた。
「えっ?」
「俺はどうすればいいんだ? どうすれば、お前の気は済む?」
「えーっと……」
真琴は考え込んだ。それから、不意に手を打った。
「祐一、そのまま立っててよ。それから、手は後ろっ」
「ああ」
俺は直立不動で、手を後ろに回した。
多分、思い切り殴るつもりだろう。それならそれでもいいさ。
「目を閉じてっ!」
「わかった」
俺は目を閉じた。そして、身を固くして、襲いかかってくるだろう衝撃を待った。
だが。
俺の唇が、柔らかいもので塞がれた。
思わず目を見開く俺。
頭の中が真っ白になっている間に、真琴はゆっくりと唇を離した。
そして、真っ赤になって言った。
「多分、祐一のこと、好きなんだ……と思う」
「そ、そっか……」
「それだけっ!」
怒ったように言うと、そのまま真琴はパタパタッと戻っていった。
俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
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あとがき
くーちゃん、ういやつよのぉ(謎)
プールに行こう3 Episode 21 00/5/30 Up