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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 20

「……畜生」
 俺は小さく呻いて、その場に崩れ落ちた。
「やっぱり、ダメだったっていうのかよ。そんなの……ありかよ……」
「……私のしたことは、結局、真琴を苦しめただけ、だったんですね……」
 天野が、無表情に呟いた。
 だが、その仮面の奧で、天野は慟哭していた。それが俺には判った。
 佐祐理さんが、そっと呟く。
「ひとは、ひとを幸せにして、幸せになれるんですよ……、真琴さん……。それなのに……」
 くっ、と嗚咽を漏らす佐祐理さん。
「それなのに、これじゃ……また佐祐理は……」
 口を押さえて、背中を向ける佐祐理さん。
「ごめんなさい、真琴さん……」
 佐祐理さん……。
「祐一……」
 名雪が、俺の肩に、後ろからそっと手を置く。
「えっと……、何て言っていいかわからないけど……、けど……、……っく」
 その手が小刻みに震える。
「……ダメだよ……。まだ、わたし、……真琴に肉まん……作ってあげてないんだよ……」
 俺の肩を、ぐっと握りしめる名雪の手。
「真琴さん……」
 栞が、静かに俯く。
「私より先になんて……ずるいですよ……」
「栞……」
 香里が、そっと栞を抱き寄せた。栞は、わっとその胸に顔を埋める。
「お姉ちゃんっ! 私っ、私……」
 栞が泣いているところは、初めて見た。  ……そうか。自分の哀しみじゃないから、なのか……。
「……」
 栞の髪を撫でながら、香里も肩を震わせていた。
 あゆが、小さく呟いた。
「ボク……悲しいのは嫌だよ」
「あゆ……」
 俺の声に、あゆは顔を上げる。その顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。
「だって、ボクっ! うぐっ……、もう……、もう、誰かがいなくなるのは嫌だよっ!!」
 ざぁっ
 風が雪を散らし、一瞬だけ辺りに氷の結晶が舞った。太陽の光を反射して、キラキラと輝く。
 その中で、あゆが呟く。
「ボクの……願いは……」
「あゆっ!」
 俺が声を上げると、あゆはびくっとして、俺を見上げた。
「祐一くん、ボク……」
 と、その時、舞が言った。
「祐一」
「え?」
 振り返ると、舞は俺に手を差し出した。
「返して欲しい」
「……!」
 舞が言っているのは、俺が手にしている鈴に結ばれたリボンの事だった。
 真琴よりもリボンの方が大事なのか?
 みんながこんなに悲しんでいるっていうのに!
 俺は、かっとなって、声を上げた。
「舞っ、お前はっ!」
「祐一くんっ……」
 あゆの声に、俺は自分を取り戻した。
「……ああ。ほら」
 ため息をついて、俺はリボンを舞に渡した。
 ちりん
 リボンについた鈴が鳴る。
 舞は、鈴を目の前に持ってきて、もう一度鳴らした。
 ちりん
「……私は、悲しいお話しがきらい」
 ちりん
「祐一や佐祐理やみんなが悲しいと、私も悲しいから……」
 ちりん
「それに、真琴のことは、相当に嫌いじゃないから……」
 舞は、静かに空を見上げた。
 また、冷たい風が吹き、舞の長い髪を揺らした。
 そして……。

「私が……」

 ちりん

 鈴の音と共に、不意に、俺の目の前に金色の海が広がった。

「なっ……」
 俺は絶句していた。
 今まで雪に覆われたものみの丘にいたはずなのに、今俺の目の前には、金色に輝く麦畑があった。
 慌てて辺りを見回すが、他には誰もいない。ただ、一面の麦畑が、どこまでも続くだけ。
「こ、ここはどこだ?」
「知ってるはずだよ」
 不意に声が聞こえる。
 目の前に、少女が立っていた。
 幼い少女だ。
「だって、ここは邂逅の場所だもの」
「かいこう……?」
「そう。あなたと舞が出逢った場所」
「俺と、舞が?」
「そして、わたしが取り残されている場所」
 その子は、そう言うと、身を翻し、そしてすぅっと消えた。
「お、おいっ!!」
「あははっ」
 笑い声と共に、その姿が少し離れた所に現れる。
「ちょ、ちょっと! お前は舞を知ってるのかっ!?」
「よく知ってるよ。だって、わたしは舞だもの」
 その子は笑顔で答えた。
 ……そう言われてみると、なんか舞に似ている。でも、どう見ても舞よりもずっと年下だ。
「頼むから、わかるように説明してくれないか?」
 俺はため息を付きながら、その場に座った。
「あなたは、出会ってるんだよ。でも、それを忘れているだけ」
「俺が、舞に出会ってる? そんな馬鹿な……」
 俺が舞に出会ったのは、あの夜の学校の廊下が初めての……。
 待てよ。
 まさか、舞も真琴と同じで……。
「あはは、違うよ」
 女の子は笑った。それから、小首を傾げた。
「でも、同じかもしれないね」
「……判らない。大体、君は誰だ?」
「わたしは舞。舞はわたし」
 ますます訳がわからない。
 女の子は、歌うように続けた。
「また、舞はわたしを必要としてくれた。わたしは、あなたが必要だから、あなたを呼んだんだよ。ここに、この場所に」
 ……落ち着け、落ち着くんだ相沢祐一。
 俺は自分に言い聞かせるようにして、その場に座りこんだ。
 傍らの麦を一本折ってみる。かるくぱきんと音を立てた。
 どう見ても本物だった。
「……俺が必要だって?」
 少女の最後の言葉を捉えて聞き返す。少女は頷いた。
「うん。だってあなたは舞の力だから」
「俺が舞のちから?」
「つよくつよくがんばって信じれば、叶う。神様がくれたちから」
 そう言って、少女は身を翻し、姿を消す。と思うと、また離れた所に現れる。
「それを受け入れてくれた人」
「……それが、俺?」
 確かに、毎晩、魔物退治してる舞に付き合って夜の学校に行ったりはしてたけど……。
 でも、俺がそんなにたいそうな人物だとは自分でも思えないんだが。
「あははっ」
 また笑う少女。本当によく笑う。
 きっと、舞が普通に笑うと、こんな風なんだろうな。
 今の舞はいつも仏頂面だけど。
 ……今の、舞?
 何かが引っかかった。でも、とりあえずそれよりも、目の前の現実……かどうかわからないけど、この状況を何とかする方が先だ。
 俺は訊ねた。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
「一緒にいて欲しいの」
「ずっとここに?」
 少女は、静かに首を振った。
「ここじゃないよ」
「……それじゃ、どこに?」
「舞のそばに。舞にはそれが必要だから」
「……俺なんかが必要なのか?」
「うん、そうだよ」
 少女は頷く。
「舞の全てを受け入れてくれる人だから。わたしも含めた舞の全てを」
「……君は、誰なんだ?」
 俺はもう一度、聞き返した。
 少女は答えた。
「私は舞。純粋な祈りから生まれてきた、もうひとりのまい」
「……もうひとりの?」
 もしかして、二重人格とかそういうのなのか?
「それじゃ、はじめるから」
 そう言うと、その少女は両手を合わせて目を閉じた。
 金色の光が辺りに満ちた。

「……祐一っ」
「えっ!?」
 俺は、はっと目を開けて、辺りを見回した。
 雪に覆われた、ものみの丘。
「お、俺は……。いや、舞は?」
 舞は、そこに立っていた。穏やかな表情で。
 風が、舞の長い髪を揺らす。
 名雪が、俺を呼ぶ。
「祐一、どうしたの? ……嫌だよ、真琴だけじゃなくて祐一まで……」
「ちょっと待て」
 俺は手を上げて名雪を止めると、舞にもう一度声をかけようとした。
 その瞬間、光が走った。
 ぐわっ
 丘に積もった雪が舞い上がり、轟々と辺りに音が響き渡る。
「きゃぁっ!」
「うぐぅっ!」
 悲鳴が交錯し、舞い上がった雪が舞い落ちる。
 そして、静かになった。
 俺は、おそるおそる辺りを見回した。

「あう〜っ……。祐一……?」

 声が聞こえた。
 二度と聞くことが出来ないのかと思った声が。
 そして、そこにあいつがいた。

「真琴っ!!」

 俺は思わず駆け寄ると、抱きしめ……。
「真琴っ!!」
 どんっ
 横合いから思いっきり突き飛ばされて、俺はそのまま雪の中に突っ込んだ。
「なっ、何なんだっ!?」
 がば、と顔を上げると、天野が真琴にとびつくようにして抱きしめていた。
「あ、あう〜、美汐〜、いたい〜」
「ううっ……、よかった……。あなたは戻ってこられて……」
「みし〜、いたい〜」
 さらにぎゅっと抱きしめる天野と、じたばたもがく真琴。
 栞とあゆが、争うようにその2人に飛びつき、雪の中に倒れ込む。
「えへへへっ」
「あははっ」
「あうーっ」
 雪まみれになりながら転がって喜ぶ3人と、ただ困った声を上げ続ける真琴。
 その一団を微笑ましく眺めていると、名雪が屈み込んで俺の顔をのぞき込んだ。
「よかったね、祐一」
 いとこの笑顔に、ようやく俺の中で驚きが薄れ、代わりに落ち着いた喜びがこみ上げてきた。
「……そうだな」
「うんっ」
 頷く名雪。
「……でも、何が起こったっていうの?」
 香里は首を傾げていた。この中で一番常識人だけに、些細なことが気になるらしい。
「……あのね。どう考えても些細なことじゃないでしょ?」
「それを言うなら、そもそもなんで真琴が人間になったんだ?」
「う……。ま、まぁそうね。狐が人間になるんなら、復活してくるのもありかもね」
 とりあえず納得したように頷く香里。
 でも、確かに。
 天野の言った通りだったなら、真琴はあのまま消滅していたはず。それが、どうして……?
 俺は、振り返って、舞に視線を向けた。
 嬉しそうに目尻に浮かんだ涙を拭く佐祐理さんの肩を抱くようにして、舞はいつものように無表情でいた。
 俺の視線に気付いて、こっちを見る。
「……何?」
「……いや」
 あの金色の麦畑と女の子。
 あれは、俺が見た幻想だったんだろうか?
 それとも……。
「ああーっ!!」
 俺の思考は、いきなり上がった真琴の叫び声で中断された。
「なんだ、どうしたまこおぶっ!!」
「見るなぁっ!!」
 慌ててそっちを見ようとした俺の顔に雪玉が直撃した。
 白いものに視界を塞がれ、その場に転倒した俺の耳に、みんなの声が聞こえてくる。
「なっ、なによこれっ!」
「か、可愛いよ〜っ!」
「ええっ? うぐぅ、びっくりした……」
「きつねさん……」
 ようやく顔の雪を払って身体を起こすと、目の前に佐祐理さんがにこにこしながら立っていた。
「あの、祐一さん。ちょっとあっち向いててくれませんかぁ?」
「なにかあったんじゃ……」
 そう言いながら佐祐理さん越しに向こうを見ようとしたが、佐祐理さんが身体を張ってそれを防ぐ。
「だから、見たらダメですよ」
「いや、でも……」
「目からびぃぃぃむ!!」
 ごふぉん
 もうもうと雪が舞い上がり、視界不良になる。
「ほら、いまのうちに何とかなさい」
「えーっ、なんとかったって……」
「ほら、真琴。わたしの上着貸してあげるから」
「このストール……はやっぱりダメです。代わりにこっちのお弁当包んでいたナプキンならいいですよ」
「ボクのリュックも貸してあげるね」
 ……何が起こってるんだ?
 やがて雪が晴れ、俺は納得すると同時に噴き出した。
「……ぷっ」
「あうーっ、祐一笑った〜」
 むっと膨れる真琴の格好はというと、天野のジャケットを羽織り、腰にナプキンと名雪の上着を巻き付け、さらに意味もなくあゆのリュックを背負って、頭にご丁寧に耳までつけていた。
 そういえば、さっきはうっかりしてたが、真琴は全裸だったような気がする。
 ……くそ、感動してる暇があったらしっかり見ておくんだった。
 俺は真琴に近寄ると、頭の耳を引っ張った。
「だいたい、この耳はなんだ? こんなアクセサリー……」
「痛いーーっ!!」
 思いっきり叫ぶと、真琴は跳びすさった。そのままうーっと俺を威嚇するように睨む。
「なにすんのようっ!」
「なにって、……えっと、ちょっと待て」
 今の感触……確かに暖かかった。それにぴくっと動いたような……。
 俺は、皆の顔を順番に見た。皆がそれぞれにこくりと頷く。
 もう一度、真琴に視線を向けて、良く見てみる。
 ……耳、がある。どう見ても、犬……いや、真琴なら狐か、狐の耳だ。人間のじゃない。第一付いている位置が人間のとは違う。
 ……待てよ、そうすると、ちょうど名雪の上着で隠れてるが、もしかして尻には……。
 俺はおもむろに上を指さした。
「ああーーっ!! あんな所に肉まんがっ!」
「えっ!?」
 それに釣られて空を見上げる真琴。その隙をついて、俺は真琴の尻に手を伸ばした。
 ふかっ
 ……やっぱり。
 俺の手に触れたもの、それは……。
「きゃぁぁぁっっっ!! 祐一のすけべーーーっ!!」
 どかぁっ
 真琴に思い切り殴られながら、俺は確信した。確かに間違いなく、真琴のお尻からは尻尾が生えていた。狐独特ののふかふかした尻尾が。
「お前、その耳と尻尾は……」
 俺は、殴られた顎を押さえながら指さした。
「……あう?」
 真琴は困ったような顔をして、こくりと頷いた。
「なんか、ついてたの……」
 俺はふっと笑みを浮かべて、親指を立てた。
「これはこれで、オッケイ」
「なんか違うーーーっ!!」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 非難轟々かと思ってたのですが、いただいた19話の感想を読むと、意外に冷静な人が多かったです。
 あと、真琴だからいいやって声もかなり。……真琴って人気無かったのね(泣)

 ええと、感情的なメールについてですが、萌え〜という感じのメールはオーケーです。かえってやる気になります(笑) ただし、ネガティブなメールは勘弁してください。

 今回の話については、いろいろと考えたのですが(その辺り、下の更新履歴を見てもらえばわかるかと(笑))、とりあえず真琴だし、こういう風にしました。はい。

 とりあえず、今回でマコピー編も一段落ついたので、しばらくお休みします。
 ……ちーちゃんとくーちゃんが俺の帰りを待ってるんだ(謎爆)

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