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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 18

 俺は、いつの間にかリビングの床で寝ていた。
 まぁ、寝ているうちにソファーから転がり落ちたとすれば、それも頷けなくもない。ソファーは狭いし、昨日は色々とあって疲れていたうえに寝るのも遅かったし、その分熟睡して転がり落ちても目が覚めなかったんだろう。
 そこまではよい。問題は……。
「……あう……祐一……」
「すー……」
 この、俺の左右で毛布にくるまっている真琴と栞である。
「……うぐぅ……」
 と思ったら、頭の上の方で声が聞こえた。寝たまま顔を上に向けてみると、あゆが丸くなって眠っている。
 まさか足下で舞が寝てたりしないよな、と思って見てみたが、さすがにそれはないようである。
 ほっと一息ついたところで、何気なくソファーの方を見ると、藍色の髪が毛布の隙間からちらりと見えた。
 おいおい。
 と、不意に右側にいた栞がもぞもぞっと動いた。目尻を擦りながら顔を上げる。
「……ふわぁ、おはようございます」
「お、おう……」
 栞は上体を起こして、まだ寝惚けたような顔で部屋を見回した。そして小首を傾げる。
「……あれ?」
 あれ、じゃないだろ?
 俺は、まだ寝ている他の3人を起こさないように小声で栞に訊ねた。
「なんで栞がここにいるんだ?」
「……私にもさっぱりです」
 そう言ってから、栞は胸元を押さえて後ずさった。
「まさか祐一さんっ」
「違うぞ。俺はそんな胸に興味はない」
「そんなこと言う人、大っ嫌いですっ」
 むーっと赤い顔をして俺を睨む栞。
「それに、今はこれくらいがマイブームなんですっ」
「何わけのわからんことを」
 俺は苦笑して、ソファーを指した。
「ま、基本はあれくらいだな」
「う……」
 毛布にくるまっていても判る豊かな胸を前に、栞はがっくりとうなだれた。
「負けました」
 潔い。……はともかく。
「とりあえず、俺が栞が寝ているところに侵入してかっさらってきたわけじゃないぞ。第一そんなことしたら香里に何されるかわからんじゃないか」
 と、真琴が不意に顔を上げた。
「あうーっ、肉まんが……。あ、あれ? ここどこっ!?」
 目が覚めたところで、パニックに陥りかけた真琴の口を慌てて塞ぐ。
「こら騒ぐなっ! 大人しくしろっ!」
「それじゃ悪役ですよ」
 栞にツッコミを入れられてしまい、俺は反論しようと栞の方を見る。
「何を……」
「ふぁふぃふふほほうっ!!」
 ガブ
「うっきやぁーーっ」
 思いっきり、口を塞ごうとした手に噛みつかれて、俺は思わず飛び上がった。
 と、舞ががばっと起き上がる。
「魔物……」
「ち、ちがうっ!!」
 そのまま手刀を振り上げたので、俺は慌てて舞を押さえようと駆け寄る。と、何かを踏みつけた。
「うぐぅっ!」
「わわっ!」
 足を滑らせた俺は、そのままソファーにダイビングする格好になった。
 ふよん
 何か柔らかいものに受け止められる。反射的に俺はそれに手を伸ばして掴んでいた。
 程良い弾力のある、柔らかな感触。
「祐一、触ってる」
 ぼそっと呟く声に顔を上げると、至近距離に舞の顔があった。頬が赤らんだ、いつになく艶っぽい表情だった。
 ……って、この状況は……?
 頭の片隅に残っていた理性が、現在の状況を冷静に指摘する。
 俺は舞の胸の谷間に顔を埋めるような格好になっていた。舞はパジャマ姿で、手には下着の感触が感じられなかった。ということはノーブラ?
「わわっ!!」
 慌てて身体を起こそうとするが、床の毛布に足を滑らせ、結果的にさらに舞の胸に顔を押しつける形になる。
 その時になって、ようやくこの状況を認識したらしい栞と真琴が、同時に声を上げた。
「ゆっ、祐一さんっ!!!」
「あーっ、祐一の変態っ!!」
「ちっ、違うぞっ!」
 もう一度立ち上がろうとして、さらに足を滑らす俺。反射的に、さらに強く舞の胸を掴む。
「祐一、痛い」
「変態変態っ!」
「そんなことする人、人類の敵ですっ!」
「うぐぅ、痛い……」
 まだ状況がわかってないうぐぅもいた。
 俺は慌てて顔を上げた。と、いつの間にかリビングの入り口に立っていた秋子さんと視線がぶつかった。
「あっ、秋子さんっ!! こ、これは……」
「了承」
 それだけ言って、キッチンに戻っていく秋子さん。って、何を了承したんだぁっ!!
「ちょ、ちょっとっ!」
 俺はやっとの事で体勢を立て直すと、振り返った。
「いや、だからこれは事故だ、事故っ!」
「言い訳する人は嫌いですっ」
「変態とする会話はないわようっ!」
 ぷん、と綺麗に左右に視線を向ける2人と、俺が踏みつけた頭を抱えるうぐぅ。
「うぐぅ、ひどいよ祐一くん。いきなり踏みつけるなんて……」
 とりあえずそれは無視して、舞に向き直る。
「単なる事故だって! なぁ、舞……」
 チャキッ
「変態」
 どこから出したのか、舞が剣の刃を俺の喉に押し当てていた。
「わぁっ! 待てこらっ! 家の中で剣を出すなっ!!」

 どうにか3人をなだめるのに30分くらいかかった。それから、俺は改めて事情を聞くことにした。
「で、栞はどうしてここにいるのかわからん、と。真琴は?」
「えーっと、ぴろがここで寝たいって言うから……」
 さっきまで俺を罵倒していた勢いはどこへやら、床にぺたんと座り込んだ真琴は俺を上目遣いにちらちら見ながら呟く。
 ソファーに座った俺は腕組みした。
「ほう。で、そのぴろはどこにいるんだ?」
「えっ? あれっ? ぴろーっ?」
 きょろきょろと左右を見回してから、真琴は慌てて立ち上がった。
「わぁーっ、ぴろがいないよぅーっ! 祐一、どうしようっ!」
「大変だよ。すぐに探しに行かなくちゃ」
 あゆも立ち上がる。真琴はこくりと頷いて、リビングを飛び出していった。
「ぴろーっ! どこーっ」
 俺は続いて飛び出していこうとしたあゆの腕をむんずと掴んだ。
「こら待て。あゆにはまだ話を聞いてないぞ」
「だってぴろが……」
「真琴が探しに行ったから大丈夫だ。で、あゆはなんでここで寝てたんだ?」
「うん。えっとね、夜中に目が覚めてね、おトイレに行ったんだけど、その……、暗くて……、うぐぅ……」
 どうやら、怖くて部屋に帰れなくなったので、リビングに来たというわけらしい。
 確かに2階よりはリビングの方が近いけど、そんなに距離が違うってほどでもないのになぁ。
「はぁ、わかった。それじゃ舞は?」
 舞に訊ねてみると、舞は首を振った。
「佐祐理に言うなと言われているから」
 ……言ってるも同じだ。
 どうやら、佐祐理さんの差し金らしい。そういえば前にも色々と画策してたな、佐祐理さんは。
 とすると、こいつが一人、ソファーで寝てたのも頷ける。多分、佐祐理さんに「ソファーで寝ておいでよ」って言われたんだろう。当然、佐祐理さんは、俺が床で寝てるなんて思ってなかったんだろう。舞は馬鹿正直に佐祐理さんの言うとおりにソファーで寝てた、と。
 と、秋子さんがリビングに顔を出した。
「みんな、朝ご飯の用意が出来たわよ。顔洗っていらっしゃい」
「はーい」
 全員でどたばたと洗面所に向かう。

 顔を洗って洗面所を出ると、ちょうど階段を降りてきた佐祐理さんと逢った。
「あら、祐一さん。おはようございます」
 いつもの笑顔でぺこりと頭を下げると、佐祐理さんは俺の後ろにいた舞に訊ねた。
「舞、どうだった?」
「胸に触られた」
「わぁーーっ! 何を言うんだ舞っ!」
 俺が慌てて言うと、栞もこくこくと頷いて言う。
「そうですっ。あれは単なる事故ですっ」
「はぇ〜。事故ですか」
 佐祐理さんは、珍しく表情を曇らせた。
「祐一さん、逃げるなんて佐祐理は悲しいです」
「違うってば」
「そうですっ。胸の大きさなんて関係ないですっ」
 ……既に論点がずれてるぞ、栞。
 佐祐理さんはくすっと笑った。
「冗談ですよ、祐一さん。でも、せっかく舞が頑張ったのに、応えてくれなかったのはちょっと残念です」
 ……頑張ったのか、舞は?
 と、不意に階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。そっちに顔を向けると、香里だった。
「あ、お姉ちゃん。おはようございます」
 ぺこりと頭を下げる栞を見て、香里は大きくため息をつく。
「びっくりさせないでよ。目が覚めたらいないから、どこに行ったのかと思ったわよ」
「ごめんなさい」
 もう一度頭を下げると、栞は俺の腕を掴んだ。
「私、祐一さんと寝てたんです」
「……え?」
「ちょ、ちょっと待てっ! またそういう誤解を招きそうなことを言うなっ!!」
 俺は慌てて栞の肩を掴んだ。
 ぽっと赤くなる栞。
「祐一さん、ステキでした」
「……あ〜い〜ざ〜わ〜く〜ん〜。きっちりと納得のいくように説明してもらおうかしら?」
 香里ががしっと俺の肩を掴む。うぉ、香里の目がオレンジ色にっ!
「待て香里っ! 俺の話も聞けっ!!」
「聞かせてもらうわよ。ゆっくりとね」
 うぉ、肩に爪がギリギリと食い込むっ。痛ててて。
 と、そこに天野が降りてきた。
「あっ、天野っ! ちょうど良かった。助けてくれっ!」
「……」
 階段の途中で立ち止まった天野は、俺達を順番に見た後、何も言わずにそのまますり抜けて洗面所の方に行こうとした。
「あっ! こら天野っ!!」
 慌てて呼び止める俺。
 天野は振り返った。
「私に仲裁をしろというのですか?」
 いきなり機嫌の悪そうな声だった。
「それほど酷なことはないでしょう」
「ちょ、ちょっと……」
「私は、相沢さんの交友関係には興味はありませんから」
 そっけなくそう言いきって、天野はそのまますたすたと洗面所に入って行った。
「あっ、美汐! 待ってよっ!」
 緊張感に耐えかねたのか、真琴がその後をパタパタと追いかけていく。
「あっ、真琴! 待ってよっ!」
「相沢くんは、追いかけなくてもいいの」
 それを追いかけようとした俺は、香里にぐいっと引き戻された。
「えーとだな。とにかく朝飯食ってからだ」
「……まぁ、いいわ」
 香里は頷くと、掴んでいた俺の肩を解放した。
 ふぅ、助かった。
「後でじっくりと、お話しをしましょうね」
 ……あんまり助かってないようだった。

 とりあえず顔を洗ってダイニングに入ると、秋子さんが子機を片手に誰かと話をしていた。そして、ピッと切ると、俺に声をかける。
「祐一さん、今日も学校は休校だそうですよ」
「そうですか」
 頷くと、パンにジャムを塗っているあゆに訊ねる。
「あゆのところは?」
「ボクの学校? 多分ボクのところもお休みだと思うよ」
 平然と答えるあゆ。俺は肩をすくめた。
「随分と都合のいい学校だな」
「うぐぅ……、本当だもん」
「あゆちゃんが本当だって言ったら本当なんですよ」
 そう言いながら、秋子さんがコーヒーを注いでくれたので、とりあえず追求はやめておく。
「ま、いいや。で、今日は朝飯食ったらものみの丘に行くけど、みんなはどうする?」
「真琴は肉まん〜っ!」
「誰が食いたいものを聞いた? 第一お前は一緒にものみの丘だ」
 俺はとりあえずテーブル越しに真琴の頭をげんこつで挟んでぐりぐりしながら言った。
「わっ、痛い痛い痛いっ! あうーっ」
「相沢さん」
 天野が非難の視線を向けてきたので、程良いところで真琴を解放してやる。
「あうーっ、痛い……」
 椅子にへたり込むと、真琴は頭を押さえながら俺を睨んだ。
「後で覚えてなさいようっ!」
「ほら、落ち着いて」
 天野が真琴をなだめている間に、俺は他のみんなにも聞いてみた。

「……結局、こうなりそうな気はしたんだ」
 物置から出してきたシャベルで雪をかき分けながら、俺はため息をついた。
 ものみの丘は、すっぽりと雪に覆われていた。昨日よりはとけているのかもしれないが、あまり変わりないような気がする。
 俺は振り返った。
「おまけに、みんな付いてくるし」
「家にいたって暇ですから」
 栞があっさりと答えると、手に提げたバスケットを掲げてみせる。
「ほら、お弁当も持ってきてますから、安心して頑張ってくださいね」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 思った通り非難ごうごうで、予想してたとはいえ悲しくなってきました。  
 プールに行こう3 Episode 18 00/5/23 Up

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