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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 15

 佐祐理さんを背負ったままベランダの柵を乗り越えていると、不意に真琴の部屋のサッシがカラカラと開いた。
「……え?」
「……何をしてるの?」
 顔を出したのは香里だった。
「そっちこそ、なにしてんだ? そこ、真琴の部屋だろ?」
「真琴ちゃんにみんなで本を読んであげてたところよ。名雪はもう寝たけど」
 そう言ってから、香里は俺に顔を寄せて、小声で付け加えた。
「あの子のことは、秋子さんに聞いたわよ」
「栞もか?」
 頷くと、香里は肩をすくめた。
「正直、信じられないけど、でも秋子さんは真顔で嘘を言うような人じゃないしね。……それに、あたしももう逃げるのはやめたし」
「……?」
 俺が首を傾げていると、香里は「何でもないわよ」と言ってから、俺の背後に視線を向けた。
「で、相沢くんは先輩2人と遊びに行ってたわけ? ……栞をほったらかして」
 うわ、まずい。香里の目がオレンジ色にっ!
「えーと、あ、それどころじゃなくて、佐祐理さんが怪我してるんだっ」
「あはは〜。ちょっとぶつけただけですよ〜」
 俺の背中で笑う佐祐理さん。
「ね、舞?」
「――はちみつくまさん」
 一瞬置いて、頷く舞。ちなみに既にベランダの柵を飛び越えて中に入っている。
 香里は俺の言葉を聞いて、心配そうに訊ねた。
「大丈夫ですか、倉田先輩」
「あはは〜、全然。ほら」
 ……背後なので何をしているのかよくわからんが、背中に伝わってくる佐祐理さんの動きからして、ガッツポーズでも取ったんだろう。
 うぉ、今気付いたが、この背中に当たっている柔らかな感触はっ!!
「……相沢くん、鼻の下が伸びてるわよ」
「えっ? ななななにをいうんだいかおりくん」
「思い切りセリフが棒読みじゃない。とにかく倉田先輩を下ろしなさいよ」
 と、部屋の中から栞の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、大丈夫ですかぁ?」
 香里は振り返って答えた。
「ええ、泥棒じゃなかったわよ」
 ……泥棒だと思われてたのか?
「それじゃ……。あ、祐一さん。それに倉田先輩と川澄先輩も。どうしたんですか?」
 たたっと近寄ってきた栞が、俺を見て目を丸くした。
 俺は、内心惜しかったが、とりあえず佐祐理さんを背中から下ろした。
「……いたっ」
 小さく声を上げる佐祐理さん。俺は慌てて振り返り……。
 ドカッ
「佐祐理、痛いの?」
「ちょっと背中が痛いけど、大丈夫。……それより、祐一さんが……」
「……全身痛い」
 舞に思い切り跳ね飛ばされた俺は、冷たいベランダの床に転がっていた。

 リビングで秋子さんに診察してもらった佐祐理さんが、上着をいそいそと着ながら出てきた。
「どうだったんですか?」
 外で待っていた俺が訊ねると、秋子さんが笑顔で答えた。
「背中にちょっとあざができたくらいよ。骨にも異常はないし、すぐに治ると思うわ。一応、湿布を貼っておいたから」
 ……骨に異常がないって、そこまでわかるのか?
 まぁ、秋子さんだしなぁ。
「お世話になりました」
 ぺこりと頭を下げる佐祐理さん。秋子さんは微笑んだ。
「いいえ。でも、あんまり危ないことはしないようにね」
「はい、気を付けます」
 何事にも自主性を重んじる秋子さんらしく、原因を追及したりはしないようだ。
「さて、と。それじゃお布団運ばないとね。祐一さん、手伝ってくれますか?」
「あ、はい」
 俺は頷いた。
「あ、それなら佐祐理も……」
「怪我人は大人しくしてなさいね」
「……はぁい」
 さしもの佐祐理さんも、秋子さんに言われると頷かざるを得ないらしい。

 押入から布団を出すと、秋子さんは俺に訊ねた。
「それで、誰がどこで寝るかってもう決まったのかしら?」
「ええと……」
 俺は夕食前に名雪と話したことを思い出して、答えた。
「名雪の部屋に美坂姉妹、真琴の部屋に天野と舞と佐祐理さん、俺の部屋にあゆで……」
「あら、祐一さんはあゆちゃんと寝るんですか?」
 秋子さんに言われて、俺は大慌てで手を振った。
「違いますよっ。俺はリビングで寝ますから」
「あら、そうなの」
「そうですっ」
 俺が頷くと、秋子さんは首を傾げた。
「でも、真琴や栞ちゃんとは一緒に寝てたんでしょう?」
 ぎぎくぅっ!
 い、いつの間にばれたんだ?
「あ、あれはその、向こうから勝手に入ってきたんであって、俺はやましいことはしてないですっ!」
 両手を振り回して弁明すると、秋子さんはくすっと笑った。
「みんな、祐一さんのことが大好きなんですね」
「……みんなで俺をからかってるだけですよ」
 俺はため息をついて答えた。
「それは、きっと照れ隠しみたいなものよ」
「そうなんですか?」
「ええ。それじゃ、これが天野さんの分だから、真琴の部屋に運んでくれるかしら?」
 秋子さんに言われて、俺は布団を担ぎ上げた。

 真琴の部屋には、既に昨日の時点で舞と佐祐理さんの布団があった。そこに天野の布団を運んでくると、既に3人分の布団が敷かれて、その上にみんなが寝転がっていた。
「……なにしてんだ?」
「見ての通り、寝転がっておしゃべりしてただけよ」
 物憂そうに目を閉じていた香里が答えた。
 栞が嬉しそうに言う。
「私、こんな風におしゃべりした事ってあんまりないから、とっても楽しいですっ」
「そりゃ寂しい青春だな」
「わっ! そんなこと言う人嫌いですっ!」
「相沢くん、栞に何てこと言うのかしら?」
「冗談だから落ち着け、2人とも」
「冗談でも傷つきました」
 そう言って笑う栞。
「バニラアイスで許してあげます」
「真琴は肉まんっ!」
 俺の足下で真琴が声を上げた。
「なんだよ、お前は?」
「結局、今日食べられなかったもん」
「ったく、意地汚い奴だな」
「う、うるさいわねっ。祐一に言われたくないわようっ」
「やかましい」
 手に持っていた天野の布団をそのまま真琴の上に落とす。
 ぼふっ
「きゃうっ……」
 じたばたもがいて布団から顔を出した真琴が手を振り上げる。
「なにするのようっ! ちっきょするかとおもったわようっ」
「窒息です」
 壁によりかかって本を読んでいた天野が、ぼそっと言う。真琴は慌てて頷く。
「そ、そうともいうのよっ!」
「ま、いいけどな。しかし、なんていうか……修学旅行状態?」
「そうですね」
 天野はぱたんと本を閉じた。
「でも、こういうのも、たまにはよいものです」
「たまには、な。俺は毎日だけど」
 苦笑して、「かくごぉ」と殴りかかってくる真琴を片手で押さえる。案の定、それで真琴の攻撃は空を切った。
「あうーっ」
「……ところでうぐぅは?」
 俺は部屋を見回した。部屋にいるのは、美坂姉妹と真琴と天野で、うぐぅがいない。
「……うぐぅ?」
 首を傾げる天野。
「あ、悪い。あゆの本名だ」
「そんなことないよっ!!」
 ガチャとドアを開けてうぐぅが戻ってきた。
「ボクは月宮あゆだよっ! うぐぅじゃないもん」
 目に涙を浮かべてくってかかられて、俺は苦笑した。
「何も泣くことないだろ?」
「祐一くんが変なこと言うからだよっ!」
 どうやら本気で怒らせてしまったようだ。俺はさりげなく話題を逸らすことにした。
「ところでどこに行ってたんだ?」
「べ、別にどこでもいいよっ!」
「どうやらトイレに行ってたようだ」
「く、口に出して言わないでよっ!」
 かぁっと真っ赤になったあゆが再度食ってかかる。
「そういうことは気付いても黙ってるのがおとなのたしなみだよっ!」
「おう、悪かったな」
「うぐぅ……」
「まぁまぁ。それじゃ人数も揃ったことですし、トランプでもしませんか?」
 栞がポケットからトランプを出して言う。相変わらず四次元だ。
 俺は袖をまくりながら聞き返す。
「よし。それで何をするんだ? セブンブリッジか? ポーカーか?」
「なに、それ?」
 きょとんとしているあゆ。
「……あゆ、試しに聞くけど、お前の知ってるトランプのゲームって何がある?」
「えっとね……。七並べとババ抜き」
「……やっぱり小学生」
「そんなことないもん!!」
 あゆはぷぅっと膨れた。
「誰だってそんなものだよっ。祐一くんが色々知ってるだけだもん」
「それじゃ、天野」
 俺は天野に視線を向けた。
「トランプといえば?」
「ブラックジャックですね」
 間髪入れずに答える天野。しかし……。
「……相変わらずおばさんくさいな」
「失礼ですね。物腰が上品と言ってください」
「天野さんって大人っぽいんだね……」
 あゆが感心したように天野を見る。俺はため息混じりに言った。
「忘れてるかも知れないから言っておくが、あゆ。天野はお前より年下だぞ」
「ああっ!?」
 あゆはショックを受けたようだった。
「そ、そういえばそうだった……。うぐぅ……」
 やれやれ。
「どうします?」
 いっこうにまとまらない話に業を煮やしたのか、トランプを箱から出してシャッフルし始めながら訊ねる栞。
 真琴が興味深げにその手つきをじーっと見ていた。
「……もしかして、真琴、トランプを初めて見るんじゃないのか?」
「そ、そんなことないわようっ!」
 慌てて首を振る真琴。
「とらんくらい真琴だって知ってるもんっ」
「素直に知らないなら知らないと言え」
「……あうーっ」
 真琴はしぶしぶ、頷いた。どうやらここでハッタリを続けるほどの度胸もなかったようだ。
 俺は苦笑して、香里に言った。
「七並べがいいか」
「そうね」
 香里も苦笑して頷いた。

 香里が軽くルールを説明してから、和やかに皆で七並べを始めたのだが、ふと気付くと何故かみんな熱くなっていたりする。
「うぐぅ……出せない。パス……」
「だれよっ、ここの6止めてるのっ!!」
「しょうがない。ジョーカーだ! さぁ出せっ!」
「そんなことする人は嫌いですっ! ううっ、せっかく止めてたのに……」
「栞、あなただったの?」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。でも、勝負の世界は厳しいんです」
「……上がりです」
 天野が最後の一枚をぽんと付けて、ふっと笑う。
「あうーっ、また美汐に負けたーっ」
 ばっと手持ち札を投げて突っ伏す真琴。
 ううっ、天野の奴、結構強いな。おまけにポーカーフェイスだから顔色から読むのも難しいし。
 とりあえず天野とトランプ勝負するのはやめよう。
「あっ、みんなで楽しそうなことしてる〜」
 ドアを開けて、佐祐理さんと舞が入ってきた。
 俺は手を挙げた。
「よう、佐祐理さん達も入るか?」
「ちょっと待ってよ」
 香里が片手を上げた。
「別に嫌ってわけじゃないんだけど、さすがにこれ以上人数が増えるとちょっと大変じゃない?」
 確かに。トランプのカードは全部で52枚+ジョーカーだから、2人を加えて8人でやるとなると、平均1人7枚弱。これじゃカードが少なすぎて面白みに欠けるな。
 俺は栞に訊ねた。
「栞、人生ゲーム持ってないか?」
「ありますけど」
 ……冗談のつもりだったんだけどなぁ。
「やっぱり四次元……」
「わっ、そんなこと言う人嫌いですっ」

 こうして、なんとも平和に時間が過ぎていった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 いろんな方から感想をもらうんですが、これがまた色々とあります。
 プール3についても、色々とあります。キャラを崩しすぎてひどいとか、よくぞここまで崩してくれたとか。話がだれてるとか、いや急ぎすぎとか。
 できるだけもらった意見はその後の展開に取り込むようにしてるんですが、こりゃ多分全部取り込んだらお話しにならないな、と苦笑してます。
 一番きつかったのは、「あれだけキャラをギャグにしておいて、いまさらシリアスな話をしようとするな」っていう意見でしたが。

 ただ、このプール3については、今から大幅な路線変更をして、ギャグ一本やシリアスオンリーな話にするのは、もはや出来ないんじゃないかと思っています。
 どっちつかずのままふわふわとこのまま進んでいくんじゃないかな。
 まぁ、真琴の問題については一応決着は付けるつもりですが。原作通り真琴の消滅で終わるのは仕方ないとして。

PS
 質問がありましたので。13話で皆が囲んでいる鍋ですが、真琴が「鶏肉〜」と言っているところから判るように、いわゆる水炊きです。もちろん、終わったらおじやは基本コース。うどんすきは食べにくいのであまり好きじゃないです(笑)

 プールに行こう3 Episode 15 00/5/19 Up

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