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トントントンッと、階段を駆け上がってくる足音がして、俺は振り返った。
Fortsetzung folgt
「あーっ、祐一っ! 真琴の部屋でなにしてるのようっ!!」
階段を駆け上がってきたのは真琴だった。その後ろから天野が上がってくる。
……なんだ。天野を呼びに行っただけなのか。
ほっと胸をなで下ろしてから、俺はそんな自分の心の動きに戸惑いを覚えていた。
今まで、こいつが見えなくなったくらいで、こんな気持ちになった事はなかったのに。
その動揺を隠すように、わざとぶっきらぼうに言う。
「おう、真琴か。元気そうだな」
真琴はずだだっと俺の前まで駆け寄ってくると、小さな拳を振り上げて怒鳴った。
「はぐらないでようっ!」
「……はい?」
俺がとりあえず真琴の額を押さえて動きを止めながら、自分の首を傾げると、真琴の後ろから天野がぼそっと言った。
「はぐらかさないで、ですよ」
「あ、そうそう、そうともいうのよっ!」
そう言ってから、真琴はむーっと腕組みした。
「さては祐一、真琴が寝てると思って顔にコンニャクや豆腐や焼きそば落とそうとか、バルサンたこうとか、髪をはさみで切ろうとか、ネズミ花火に火を付けて枕元に放り出そうとか考えてたんじゃないでしょうね〜っ!」
「ほう、真琴はそんなことをしようと思っていたわけか」
俺がじろっと睨むと、真琴は慌てて口に手を当てた。
「えっと、……あっ、美汐っ。真琴の部屋はこっちだよっ!」
そう言って、俺の脇をすり抜けるように部屋に入っていく。
俺はため息をついて、天野に道を譲ってやって、ドアを閉めた。それから名雪に尋ねる。
「なんだよ?」
俺と真琴のやりとりを、ずっとにこにこして眺めていた名雪は、笑顔のまま答えた。
「ううん。ただ、祐一って優しいよねって思っただけ」
「……やめてくれ」
背中がむずがゆくなって、俺は視線を逸らした。
と、階下から秋子さんの声がした。
「祐一さん、そこにいるんですか?」
「あ、はい?」
階段の所まで行くと、秋子さんがこっちを見上げていた。
「それで、どうなったのかしら?」
あ、そういえば、香里達に泊まるかどうか聞きに来たんだっけ。
「ええ、2人とも、泊まりたいって言ってるんですけど」
「了承」
軽く頷いて、秋子さんはキッチンの方に戻っていった。
「さて、それじゃわたしはお料理手伝ってくるね」
「おう。俺は部屋にいるから、準備が出来たら呼んでくれ」
「うん」
階段を降りていく名雪を見送って、俺は自分の部屋に戻った。
壁の向こうからは、名雪の部屋にいるらしい栞やあゆたちの楽しそうな笑い声が微かに聞こえてきた。
ベッドに寝ころんで、いつしかうとうととする。
「……ち、祐一」
ぐらぐらと揺さぶられて、俺は目を開けた。
「あ、名雪?」
「夕ご飯の準備が出来たから、呼びに……。ふわぁ……」
俺を起こしておいて、眠そうなあくびをする名雪。
枕元の時計を見ると、7時少し前だった。どうやらうたた寝していたらしい。
「おう。それじゃ行くか」
「……くー」
「寝るなっ!」
ゴン、と頭を叩くと、名雪は目を擦りながら俺を見上げた。
「うにゅ……」
「ったく。飯だろ?」
「……頭痛い」
「自業自得だ。行くぞ」
名雪の腕を掴んで、引っ張るようにして部屋を出た。
「今日は人数が多いから、お鍋にしました」
さすがに10人ともなると、ダイニングでは納まりきらず、リビングにどこからか出してきた平机を二つ並べて、それを囲むことになった。
机の上には、カセットコンロと鍋が2セット置いてある。
「うぐぅ……」
それを悲しそうに見る猫舌あゆ。
「ボク、熱いのダメなんだよ」
「大丈夫だあゆ。食わなければ問題ない」
「うぐぅ」
ますます悲しそうだった。が、これも宿命だ。
「大丈夫だよ、あゆちゃん。わたしが取ってあげるから」
「そういう問題じゃないと思うぞ、名雪」
俺はそう言いながら、ベストポジションに座った。ちなみにベストポジションとは、鍋にほど近く、野菜や肉を置いた皿から遠く離れた場所である。
「とりあえず、みんな適当に座ってね」
秋子さんに言われて、他のみんなも適当に座る。
その位置を確かめてから、俺はおもむろに言った。
「ときに、鍋と言えば鍋奉行が必要だ」
「なべぶぎょうって?」
うぐうぐ言っていたあゆが、顔を上げて俺に訊ねる。
「うむ、いい質問だ。そもそも鍋奉行というのは、江戸時代に仙台藩士だった鍋……」
「もう、適当なこと言わないでよね。栞が信じたらどうしてくれるのよ」
香里に割り込まれてしまった。
「わっ、嘘を言おうとしてたんですか? そんなこと言う人は嫌いですっ」
「うぐぅ、また騙そうとしてたんだ……」
「やーい、うそつきーっ!」
途端に年下3人に集中攻撃を受ける俺。
「うぐぅ、同じ歳だもん……」
「いや、小学生にしか見えない」
「そんなことないよっ! ボクだってもうちょっと大きくなったら、名雪さんみたいになるもんっ」
「……くー」
本人は寝ていた。
「鍋奉行っていうのはね、お肉やお野菜を適当なタイミングで鍋に入れたり、味付けをしたりする人のことよ。鍋の全てを仕切るから、奉行って言われているわけ」
香里が栞に説明する。さすが学年トップだ。
「あはは〜、そうだったんですか〜」
……こっちの学年トップは知らなかったようだが。まぁ、佐祐理さんが鍋を囲む図っていうのも想像しにくいか……。
俺は咳払いした。
「まぁそういうわけで、鍋奉行を決めないといかんのだが……」
「うぐぅ、無視しないで……」
あゆがぶつぶつ言うが、ナチュラルに無視する。
「そっちの鍋は香里、こっちの鍋は佐祐理さんに頼む」
「どういう人選よ。まぁ、いいけど」
「はいっ。佐祐理は頑張りますっ」
二人とも快く引き受けてくれた。
俺は秋子さんに言った。
「そんなわけなんで……」
「ええ。二人とも、汚れるといけないから、エプロン貸しましょうか?」
うぉ、さすが秋子さんっ! ビバ、エプロン!!
「お待たせ」
「お待たせしました〜っ」
エプロンをつけてきた2人が、野菜を乗せた皿を持ってキッチンから戻ってきた。
「おおうっ、美坂のエプロン姿っ!! これだけでご飯3杯はいけるぜぇっ!」
「……北川、お前どこからわいてでてきたんだ?」
俺が訊ねると、北川はがしっと俺の肩を掴んだ。
「相沢、お前こんなパラダイスを1人で独占しようというのか? それは漢として許されないことだぞっ!」
「北川……」
俺も、北川の肩をがしっと掴んだ。
「おうっ、わかってくれたか相沢っ!」
だーっと涙を流す北川。
俺は爽やかに笑って答えた。
「ぜんぜん」
「……へ?」
「香里、片付けといてくれ」
「わかったわ」
北川が残酷な描写のため18歳未満の閲覧をお断りします状態になっている間、俺は佐祐理さんの方に視線を向けた。
「うぉぉっ!」
「どうしたんですか、祐一さん?」
お皿を置くと、佐祐理さんは小首を傾げた。
その身につけているエプロンはというと、世界の男の憧れ、エプロンドレス!
俺は、ぴっと親指を立てた。
「グッドっす、佐祐理さんっ!」
「ありがとうございます〜」
前にメイド服を着たときも似合っていたが、エプロンドレス姿もまた捨てがたい。
「さて、それじゃがんばりますねっ」
佐祐理さんはセーターの袖をまくり上げると、お鍋の前に座った。
俺はその隣りに座っている舞に訊ねた。
「なぁ、舞もいいと思うよな?」
「……」
舞は無言で、ちらっと佐祐理さんを見た。佐祐理さんは「はいはい」と頷くと、野菜を鍋に投入する。
なんていうか、あうんの呼吸である。
野菜と肉を入れて、蓋をすると、佐祐理さんは笑顔で舞に言う。
「ちょっと待っててね」
「……わかった」
こくりと頷く舞だが、既に右手にお箸、左手に取り皿と、既に臨戦態勢である。
俺は改めてポジションを確認した。
仮に鍋1、鍋2とすると、座っている位置からいって、以下の割り振りだ。
鍋1
倉田佐祐理(鍋奉行)
川澄 舞
天野美汐
沢渡真琴
鍋2
美坂香里(鍋奉行)
美坂 栞
水瀬名雪
月宮あゆ
で、俺はちょうどどちらの鍋にも手を伸ばせるベストポジションをキープしていた。ちょうど俺の反対側には秋子さんである。
香里の方の鍋も準備が終わったらしく、蓋が閉められる。
次第にぐつぐつという音といい匂いがリビングに立ちこめ、皆の期待もいやがおうにも高まり、それが頂点に達した頃、秋子さんが開戦を告げた。
「そろそろ、いいんじゃないかしら?」
「そうですね」
頷いて、香里が鍋つかみを使って蓋を取る。一方、もう一つの方は舞が手を伸ばして、素手で蓋を開けようとする。っておいっ!
「……熱かった」
一瞬で手を引っ込めると、ぼそっと呟く舞。
「舞、大丈夫?」
「……すぐに引っ込めたから」
心配そうに訊ねる佐祐理さんに答える舞。佐祐理さんはその手を引っ張り寄せてしげしげと見ていたが、うんと頷いた。
「大丈夫みたいですね。よかった」
「鍋……」
「はい、よく煮えてます」
いつの間にか鍋奉行代行は天野になっていた。
「うぐぅ……、熱い……」
泣きそうな顔のあゆを後目に、さっさと自分の分は確保する栞。
「しらたきおいしいです」
「うぐぅ……」
俺は微笑ましい光景を見ながら、箸を伸ばした。
「鶏肉ゲットっ!!」
「あーっ、それ真琴が狙ってたのにっ!」
「愚か者め。鍋は弱肉強食の世界だ。敗者に掛ける情けなどあるものか」
そう言いながら、また真琴が狙っているとおぼしき肉を奪い取る。
「あーっ、またとった〜っ!!」
「ふはははは。お前は豆腐でも食っているがよいっ!」
ちなみに、鍋で豆腐をターゲットにすると、悲惨なことになるのは周知の事実である。なにせ箸では崩れて取りにくいうえに、取ろうとしているうちに、他の具が全部他人に奪われてしまっていたりするのだ。
「あうーっ、覚えていなさいようっ!!」
「はい、真琴」
拳を突き出して怒る真琴に、天野が取り皿を差し出す。さすが天野、鍋奉行の職権を利用して、好きな具をキープしていたとは。
「あ、ありがと……」
「いいえ」
首を振ると、天野は真琴に尋ねた。
「おいしいですか?」
「うん、おいひいよっ」
口の中にいろいろと詰め込んでもぐもぐしながら頷く真琴。
「そうですか」
素っ気ない言い方だけど、なんとなく嬉しそうな天野だった。
一方、佐祐理さんは……。
「はい、舞。いっぱい取ったよっ」
「ありがと、佐祐理」
「うんうん」
とっくに、嬉しさ全開だった。
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あとがき
なんかほのぼのしていて話がなかなか進みません。
「今日の夕食は鍋だった」の一文で済ませてもいいんですけど……。そのへんはどうなんでしょうね。
なんにせよ、1クール越えてしまいました。
プールに行こう3 Episode 13 00/5/18 Up