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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 11

 餅で腹が膨れたところで、俺はかまくらを出て部屋に戻った。
 楽しい雰囲気につられて、ついつい食べ過ぎてしまったので、結構苦しい。
 しかし、同じように苦しがっていたのはあゆと真琴だけで、他の皆はけろりとしていたのはなぜなんだろう。みんな、俺と同じくらいは食べていたはずなんだが。
 ……あんまり考えるのはやめておこう。怖い考えになりそうだし。
 と。
 コン、コン
 ノックをするような音。
 ドアじゃない、ということは……?
 俺はようやく起き上がって、窓のカーテンを開けた。
 さぁっと明るい光が射し込んできて、反射的に額に手を当ててそれを遮る。
 コンコン
 確かに音が聞こえ、光にも慣れた目に、見慣れた笑顔が飛び込んできた。

 カラカラッ
 窓を開けると、そこは一面の雪原だった。青空に輝く太陽が眩しい。
 真っ白な雪に、一組の足跡が向こうの方から点々と続いていた。
「おはようございます、祐一さん」
 どうやら、雪が多少は溶けて、2階からは出入り出来るくらいにはなったってことか? 積雪2メートルちょっとってところだな。
 俺は、改めて、いつものようにストールをまとった少女に視線を向けた。
「馬鹿だな」
「わっ、ひどいです」
 栞はぷっと膨れた。
「祐一さんに逢いたいと思って、必死になって歩いてきたけなげな女の子に言うセリフじゃないですよ」
「自分で言うな、自分で。まぁ、立ち話もなんだし、とりあえず入れよ」
「あ、はい」
 頷いて、栞は靴を脱いで、俺の部屋に入ってきた。
 俺は窓を閉めて……。
「わっ、雪が溶けてる!」
「うん。これならみんなで外に出られるよ、祐一くんっ」
「そうだね」
 ……どうしてみんな俺の部屋にいるわけだ?
 名雪が笑顔で言う。
「それじゃ、栞ちゃんも来たことだし、外で遊ぼうか」
「お、おい……」
 反論しようとしたが、佐祐理さんがやる気満々でセーターの袖をまくり上げているのを見て、反論は諦めた。

「……で、どうして私まで参加する羽目になるのかしら?」
「栞が心配で追いかけてきたんだろ? どうせなら最後まで付き合え」
 ため息をつく香里に、俺もため息混じりに言った。香里はやれやれと頷く。
「仕方ないわね。それで、何をするの?」
「雪合戦だよ」
 名雪が言う。
 俺はメンバーを数えた。
「えっと、俺、名雪、栞、真琴、あゆあゆ、佐祐理さん、舞、香里、天野……と」
「私は最後ですか?」
 いつの間にやら、もくもくと雪を丸めていた天野が顔を上げる。
「いや、まぁそれはそれとして、天野もよく来たな」
「はい」
「でも、天野の家って結構遠いんじゃなかったのか?」
「この機会を見過ごす方が、人としては不出来でしょう」
 あっさりと言う天野。
「それに、真琴のことも心配でしたから」
 名雪と楽しそうに喋りながら雪玉を作っている真琴を見やる。
 昨日、真実とはいえ、それをそのまま真琴に話してしまったことを、やっぱり気にしていたんだろう。
 俺は天野の頭にぽんと手を乗せた。
「大丈夫。真琴は天野が思ってるほど弱くはないって」
「……そうかもしれませんね」
 天野は頷いた。それから顔を上げる。
「それで、雪合戦するとして、組分けはどうするのですか?」
 あ、それで数を数えてたんだっけ。
 俺は改めて数え直した。
「9人か。半端だな……」
 がばあっ
「そういうときは、俺、北川潤をお忘れなくっ!!」
 いきなり雪の中から北川が出てきた。
「……お前、もしかしてずっと埋まって出番を待ってたのか?」
「無論」
 胸を張る北川。
「将来の美坂の夫たる者、これくらいの芸が出来ずして……」
「目からびぃぃむっ!」
 ぎゅどぉぉぉん
 爆煙と共に北川の姿は俺の前から消えた。腕組みしてそっちの方を眺めながら、香里が嗤う。
「……当然の報いにょ」
「あの、香里さん?」
「えっ? あたし、何か言った?」
「いえ、別に」
 これ以上のツッコミは命に関わる。俺の野生の本能がそう告げている。
 俺は額の汗を拭ってため息を付いた。
「しかし、北川を葬ったところで、根本的な解決には……」
「それなら、私も参加しようかしら」
 後ろから声が聞こえて、俺は振り返った。
 名雪が嬉しそうに手を振る。
「あっ、お母さん」
「秋子さんがですか? はぁ、構いませんけど……」
 大丈夫ですか、と聞きかけて、さすがに失礼かと思って、慌てて口を閉ざす。
 名雪が笑顔で言った。
「大丈夫だよ、祐一。お母さんは昔は150キロの速球が武器だったんだから」
「もう、名雪ったら。昔の話ですよ」
 照れたように微笑む秋子さん。……っていうか、150キロの速球ってなんだ?
「企業秘密です」

 第1回チキチキ雪合戦in水瀬家

 Aチーム
  相沢祐一
  月宮あゆ
  沢渡真琴
  天野美汐
  川澄舞

 Bチーム
  水瀬秋子
  水瀬名雪
  美坂香里
  美坂栞
  倉田佐祐理

 審判
  北川潤(ただし不在)
 観戦
  ぴろ(猫)
  けろぴー(カエル)

「……なんか、俺のところが劣勢に見えるのは気のせいか?」
「そんなことないわようっ!」
「そうだよ、ボクがいるから大丈夫だよっ」
 不安要素の2人が胸を張り、俺はため息をついた。それから敵陣を眺める。
 うーむ、親娘と姉妹、親友同士、さらに人当たりのよい佐祐理さん、と、チームワークの乱れを誘う要因が認められん。まぁ、栞は戦力外だろうが、水瀬親娘だけでも強敵の上に、あの香里を相手にしないといかんとはなぁ……。とほほ。
「とりあえず、舞。お前が頼りだ」
「任せておいて」
 剣を片手に頼もしく頷く舞。……って、おいっ!!
「こらっ、舞! 剣は使うなっ!!」
「剣なしで合戦はできない」
「雪合戦だっ! ……もしかして知らないのか?」
「雪の中で斬り合う」
「ちがーうっ!!」
「祐一、こいつやっぱり危ないわ」
 真琴がそう言いながら俺の影に隠れる。
 俺は天野に視線を向けた。
「天野、すまん。みんなに雪合戦のなんたるかを教えてやってくれ。その間に俺は陣地を構築するから」
「はい」
 天野は頷いた。

 雪合戦のオフィシャルルールとかいうものもあるそうだが、とりあえず遊びなので、おおざっぱなルールで十分である。
 というわけで、“相手の陣地に立てた旗を取った方が勝ち”ルールでいくことになった。ちなみに旗は、栞がポケットから出した。相変わらず四次元である。
「そんなこと言う人嫌いですっ」
「まぁ、気にするな」
 そう言って旗を受け取ると、俺は天野と真琴が作った陣地にそれを立てた。
 向こうも旗を立てたようだ。名雪がぱたぱたと手を振る。
「こっちはいいよ〜っ」
「よし、いくぞっ!!」
 こうして、戦いの幕は切って落とされた。

 まずは様子を見ようと陣地から一歩踏み出した途端、いきなり水瀬親娘+香里による雪玉の十字砲火を浴びる。
「はぶっ!」
 そのまま転倒する俺に、慌ててあゆが駆け寄ってくる。
「祐一くんっ、だいじょううぐぅうっっ」
 どかどかどかっ
 攻撃対象を変更した雪玉攻撃に、たちまち雪まみれになるあゆ。
 その隙にとりあえず陣地に転がり込んで俺は一息つく。
「ふぅ。あゆ、お前の尊い犠牲は忘れないぞ。真琴っ、右から回り込めっ!!」
「うんっ」
 そのまますたたっと真っ直ぐ突っ込んでいく真琴。案の定、たちまち十字砲火の餌食である。
「あうーっ」
「……あの馬鹿。人の言うことを聞けよなぁ」
 しかし、真琴とあゆが名雪達を引きつけてくれている今がチャンスだ。
「舞っ!」
「……」
 無言でこくりと頷くと、ノーモーションで手にしていた雪玉を投げつける舞。
 ズドン
 その雪玉は、栞と佐祐理さんが雪を固めてつくっていた壁を一撃で貫通した。
「わわっ!」
「はぇ〜、びっくりしました〜」
 目を丸くしてこっちをみる2人。
 舞は、すっと雪玉を握った右手をそっちに向ける。
「このまま去るもよし、抗うもよし。……その場合の無事は保証しないけど」
 うわ、本気だぞ、舞の奴。
 ……舞が手抜きをするってことの方が考えにくいか。いつだって不器用なほどに全力だからなぁ、あいつは。
「でも、佐祐理達もこのまま負けるわけにはいきませんよ〜」
「わっ、待て佐祐理さんっ! 素直に降伏してくれっ!」
 俺は慌てて立ち上がって叫んだ。
 栞が、えいっと雪玉を投げながら言った。
「そんなこと言う人は嫌いですっ!」
 ちなみに雪玉は、へろへろと途中で失速してしまい、半分も届いていなかった。
「届いてないぞ、しお……ぶっ」
「あはは〜、当たりました〜」
 顔面真っ白になった俺を見て、佐祐理さんが手を叩いて喜ぶ。
 と、不意にその後ろに立っていた旗が、すとんと倒れた。
「はぇ?」
「これで、勝ちですね」
 そこにいつの間にかいたのは、天野だった。
 うーむ。自分の影の薄さを逆手に取って、相手の陣地に潜入して旗を奪うとは。さすがだな。
 ともかく、これで俺達の勝ちってことで……。
「なら、今度は容赦しないから」
 舞がぼそっと言う。
 はっとして舞の方を見ると、腕に雪玉を大量に抱えて、陣地を出ていこうとするところだった。
「わぁーっ、待て待て舞っ! 勝負終わりっ!!」
「……戦いは、息の根を止めるまでやらないと」
「するなぁっ!!」

 なんとか舞を止めた後、俺は意気揚々と(と言っても、いつも通り無表情だが)旗を片手に戻ってくる天野を出迎えた。
「よくやったな、越前。ご褒美にこの進化する銃をやろう」
「クリムゾンなんていりません。それに私は天野です」
「おーのー」

 こうして雪合戦はむしろあっけなく終わったのだが、被害も甚大であった。特に敵の猛攻を支える羽目になった二人の消耗が激しい。
「うぐぅ……」
「あうーっ、冷たいよ〜」
 真っ白になった二人が泣きそうな声を上げていた。
「それじゃ、すぐにお風呂を沸かすわね」
 秋子さんがパタパタと家に戻っていく。しかし、他の人は多かれ少なかれ雪まみれなのだが、秋子さんだけはどこにも雪がついていない。
 相変わらず謎な人である。
 名雪があゆのダッフルコートを叩いて雪を払い落としている。
「ごめんね、あゆちゃん。でも、これも戦場の掟だから仕方なかったんだよ」
 理屈になってるのか、それは?
「でも、ボク、とっても楽しかったよ。祐一くんは?」
 不意に俺に訊ねるあゆ。俺は肩をすくめた。
「まぁ、楽しかったかな」
「うんっ」
 あゆは雪まみれのまま、笑顔で大きく頷いた。
「とっても、楽しかったよ」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 月間新作最多記録更新っと(笑)
 やっぱり感想が多いと、いっぱい書けます。はい。
(でもそのうちに反動が来そうだな(苦笑))

PS
 今度は元プロレスラーのジャンボ鶴田氏の訃報に接しました。あうーっ。

 プールに行こう3 Episode 11 00/5/16 Up

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