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トルルルル、トルルルル
Fortsetzung folgt
とりあえず皆(名雪を除く)で朝食を取っていると、電話が鳴り出した。
秋子さんがリビングに出ていった。電話の子機がリビングにあるからで、ちなみに親機は玄関先にある。
「はい、水瀬でございます。あら、栞ちゃん? ええ、そうなの。あら、そう? ……ええ。ちょっと待ってね、今代わるから」
話しながらダイニングに戻ってくると、秋子さんは俺に子機を差し出した。
「はい、祐一さん。栞ちゃんからよ」
「あ、すみません」
俺は、食べかけていたトーストをコーヒーで流し込んでから、受け取った子機に耳を当てた。
「もしもし?」
『あっ、祐一さんですか? 私です』
「私さんですか?」
『……そんなこと言う人、嫌いですっ』
「冗談だ、栞。で、どうした?」
『あ、はい。えっと、今日は学校が休みですから、逢えないと思って、とりあえず電話をしたんですけど……』
「栞は何があっても昼休みの時間には中庭に立ってるんじゃないのか?」
『そんなこと言う人は大っ嫌いですっ!』
「冗談だ、冗談。昨日は病院に行ったんだって? 何か言われたのか?」
俺が訊ねると、一瞬間があいた。
「……もしもし?」
もしかして、雪の重みで電話線が切れたのか、と思って声を掛けると、栞の声が聞こえた。
『何も言われてませんよ』
その声の調子は、いつもと同じだった。
『ただ、いつもお医者さんの言うことを聞かないから、怒られてばっかりですけど』
「自覚してるんなら、ちゃんと医者の言うことも聞け」
『そうですね。……えっと、祐一さんは、今日はどうするんですか?』
「どうするも何も、外には出られそうにないからな。家でのんびりとごろごろしてるさ」
『そうですか。今日だったらおっきな雪だるまが作れるかなって思ったんですけど』
確かに原材料には事欠かないだろうけどな。
「あきらめろ」
『わっ、一言で片付けないでくださいっ』
「外に出ることも出来ないのに、雪だるまが作れるわけないだろう?」
『うーん、それもそうですね。でも、逢えないのは残念です』
「栞のことだから、来るなって言っても来そうだな」
『そんなことありませんよ。来るなって言われたら行きませんよ。……そのかわり、来てもいいって言われたら、どんなことがあっても行きますけど』
「そりゃ、来てもいいけど……。でもいくら栞でも、今日は無理だろ?」
『そんなこと言う……あ、お姉ちゃん? ……うん、わかってるよ。祐一さん、お姉ちゃんに怒られちゃいましたから、切りますね』
「おう。しっかり寝てろよ」
『えっと、それでは』
プツッ
電話が切れた。俺は子機を秋子さんに返した。
「すみませんでした」
「いいえ。栞ちゃん、何か言ってました?」
「いえ、別に。大きな雪だるまを作りたいとかそんなことですよ」
俺が答えると、秋子さんは微笑んだ。
「祐一さん。その雪だるま、いつか作ってあげてくださいね」
「え?」
思わず聞き返したが、その時にはもう秋子さんはリビングに入って行ってしまっていた。
俺が首を傾げていると、「ぬるいホットミルク」を飲んでいたあゆが訊ねる。
「どうしたの、祐一くん?」
「いや、別に」
俺は肩をすくめた。それから、こっちは普通のホットミルクを飲んでいた真琴に声をかけた。
「真琴、悪い。ちょっと今日はものみの丘に行けそうにないや」
「祐一のばかーっ!」
真琴はぷぅーっと膨れた。
リビングから戻ってきた秋子さんが、そんな真琴に噛んで含めるように言う。
「仕方ないでしょう? こんなに雪が積もっているんだから。道は人が雪かきしてくれるけど、森や丘は誰も雪かきしてくれないのよ」
「あうーっ」
さすがに秋子さんにまでたてつく度胸はないらしく、真琴は膨れたまま黙り込んだ。
秋子さんは微笑んだ。
「お昼には肉まん作ってあげるから」
「ほんとっ!? わぁーい、肉まんっ! 肉まんっ!」
たちまち笑顔になる真琴。本当にわかりやすいやつである。
「あ、祐一、真琴のこと子どもだって思ったでしょーっ! いいもん、祐一には肉まんあげないもんね〜。べーだ」
「……あのなぁ」
「それじゃボクたい焼きっ!」
「それは却下だ」
「うぐぅ……」
「ふふっ、大丈夫よ。あゆちゃんにはたい焼きを焼いてあげるから」
「わぁい! たいやきたいやきっ」
「真琴は肉まんっ、肉まんっ」
……お前ら、ガキ決定。
「牛丼」
「あら、いいわよ。舞さん、牛丼好きなのよね?」
「嫌いじゃない」
「それじゃ佐祐理も牛丼にしますね〜。秋子さん、お手伝いしますよ〜」
……まぁ、この2人はいつもの通りか。
と、ダイニングのドアが開いて、名雪が入ってきた。ちなみに言うまでもなく着替えておらず、パジャマの上に半纏を羽織った姿だ。
その格好でぼそっと呟く。
「……イチゴサンデー」
「あら、おはよう、名雪」
「くー」
そのまま、壁に寄りかかって眠る名雪。
佐祐理さんが感心したように名雪の顔をのぞき込んでいた。
「はぇ〜。眠ってらっしゃいますね〜」
「ま、いつものことだから気にしないでくれ」
俺はため息混じりに言うと、立ち上がった。名雪の肩を掴んで、思い切り揺さぶる。
「なゆきーっ! 起きろーーっ!!」
「うぁ〜、じしんだお〜」
……駄目だこりゃ。
肩をすくめて振り返る。
「秋子さん」
「はい、なんですか?」
「あのジャム……」
「おはようっ、お母さんっ!」
ぱちっと目を開けて挨拶する名雪。相変わらずの威力である。
「あらあら。パンとコーヒーでいいの?」
「うん、いいよっ」
「それじゃ、ちょっと待っててね」
キッチンに消える秋子さん。その姿が見えなくなってから、名雪が俺を睨む。
「ひどいよ、祐一〜」
「さっさと起きてこないお前が悪いんだろ?」
「うぐぅ」
「駄目だな。うぐぅはあゆのものだ」
「うぐぅ」
「ほら見ろ。やっぱりうぐぅを使いこなせるのはあゆだけだ」
「そっか。そうだよね」
「うぐぅ、名雪さんも納得しないでよぅ……」
俺は肩をすくめて、ダイニングを出た。
部屋の電気をつけて(なにせ、窓も雪に覆われているので)、雑誌を読んでいると、ノックの音がした。
「ん?」
顔を上げて、ドアに向かって声をかける。
「誰だ?」
「あ、ボク」
「ただいま、この電話番号は使われておりません。番号をお確かめの上、お掛け直しください」
「うぐぅ、電話じゃないもん」
「わかったわかった。わかったから入ってこい」
カチャ
ドアを開けて、あゆあゆが入ってきた。
「あゆあゆじゃないよぅ」
「……相変わらず俺の顔色って読みやすいのか?」
「うん、とっても」
笑顔で頷くあゆの頭をとりあえずぽかりと殴っておく。
「うぐぅ……、また叩かれたよぅ。ボクが大きくなれなかったら、きっと祐一くんに叩かれすぎたせいだからねっ」
「心配するな。俺が叩かなくてもそれ以上大きくならないから」
「うぐぅ、二十歳まで望みを捨てちゃいけないんだよっ」
「お前、そんなこと言いに来たのか?」
「あ、ううん、違うよ。あのね、下で名雪さんがかまくら作るんだって」
ぽんと手を合わせて笑顔で言うあゆ。
「だから、祐一くんも呼びに来たんだよ」
「別に俺は……。ちょっと待て」
かまくらって、確か雪を固めてつくる家だろ?
確か、積雪4メートルで、家がすっぽり埋まってるんじゃないのか? かまくらを作るどころか家から出られない状況だったんじゃ……。
「ほら、早くっ!」
パタパタと手を振るあゆを追って、とりあえず俺も部屋を出た。
あゆの後を追ってリビングに入ると、そこでは信じられないような光景が広がっていた。
いつもは庭に面しているサッシが開けられていて、その向こうには、雪を掘った洞窟が伸びていたのだ。
と、その中からぱたぱたと名雪がこっちに歩いてきた。
「あっ、祐一。ちょうど良かったよ。そろそろお餅を焼こうと思ってたところなんだよ」
「……名雪、なんだ、この洞窟は?」
「かまくらだよ」
「……ちがうだろ?」
俺はため息混じりに呟いた。
「これじゃ、単なる雪のトンネルじゃねぇか」
「かまくらだよ」
きっぱりと言い張ると、名雪はそのままキッチンに入っていった。そして七輪を手にして戻ってくる。
「お餅焼くよ〜」
「お餅お餅〜」
その後ろから、餅を抱えて真琴がやってくる。もちろん、スーパーで売ってるようなパックに入った切り餅ではなく、固まりの餅を切ったようである。まぁ、なるとまで自家製で作ってしまうんだから、餅くらいじゃ驚かないが。
そのままかまくら(名雪談)の中に入っていく2人。と、奥の方で声がきこえた。
「待ってましたよ〜。ねっ、舞?」
「うさうさ」
どうやら、佐祐理さんと舞も中にいるらしい。……ところで、うさうさって何だ?
「祐一〜、あゆちゃ〜ん、お餅焼くよ〜」
「ほら、祐一くん。早く行こうよっ」
あゆに手を引っ張られるようにして、俺はそのかまくらの中に入っていった。
中は結構広かったので、俺達は七輪を囲んで輪になっていた。
早速名雪が七輪の上に網を乗せて、餅を並べる。
「備長炭だからおいしく焼けるよ〜」
「へぇ〜。ボクも、びっちょうたんだとたい焼きおいしく焼けるかなぁ?」
あゆがしげしげと名雪の手元をのぞき込みながら言う。
俺は、こっちもじぃーっと網の上の餅を見ている舞に訊ねた。
「なぁ、舞は餅は好きか?」
「相当に嫌いじゃない」
「あはは〜。お正月に佐祐理の家に来たときは、いっぱい食べてたものね〜」
佐祐理さんがにこにこしながら言う。
「そうなのか、佐祐理さん?」
「はい。それで、食べ過ぎて動けなくなっちゃって、真面目な顔で「うごけない」って言うんですよ〜」
ぽかっ
舞のチョップが佐祐理さんにヒットしていた。
「わぁ、焼けてきたよ」
相変わらずマイペースで餅を焼いていた名雪が声をあげる。確かに、香ばしい匂いがかまくらの中を満たし始めていた。
「わっ、膨れてるっ」
「おう、まるで真琴みたいだな」
「そんなことないわようっ!」
「ほら」
「あうーっ、祐一のせいじゃないのようっ!」
「ほらほら、喧嘩しちゃダメだよ」
そう言いながら、名雪が程良く焼けた餅を皿に取ると、俺に差し出す。
「はい、祐一」
「おう」
受け取ってから気付いた。
「で、どうやって食べるんだ、これ?」
「口に入れるんだよ」
「いや、そうじゃなくて、醤油とかつけないのか?」
「あ、忘れてたよ」
……忘れるなよ。
と、そこに足音が聞こえて、秋子さんが籠を提げて入ってきた。
「いい匂いね。はい、持ってきたわよ」
そう言って、籠から皿を出して並べ始める。
ふむ、醤油に、砂糖醤油、のり、きな粉、こしあん、大根おろし、ジャムと、スタンダードは一通り押さえて……。
ジャム?
「あ、わたしそのジャムね」
「はいはい」
餅にイチゴジャムを塗って口の中に入れる名雪。しかも幸せそうだ。
「やっぱりお餅にはジャムだよね」
「……」
俺を含め、皆が唖然としている中、名雪はまた餅にジャムを塗っている。
あゆが俺に小声で言った。
「名雪さんって、ちょっとだけ変わってるよね」
「……まぁな」
俺も同意せざるを得なかった。
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あとがき
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