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ごぉうごぉう
Fortsetzung folgt
窓の外では、風がひっきりなしにうなり続けていた。
俺は、もう何度目になるのか判らない寝返りを打った。
風の音に混じって、時計の音が聞こえる。
あの微かな音が、風の音にかき消されないとは思えないから、もしかしたら俺の頭の中で鳴っている音なのかも知れない。
訳の分からないことを考えてもしょうがない。
ため息をついて、俺は起き上がった。
せっかく起きたので、トイレに行こうと思って部屋を出る。
しん、と静まりかえった薄暗い廊下。
……薄暗い?
真っ暗でない理由は、だがすぐに判った。
階下から灯りが漏れていたのだ。
俺は階段を降りていった。
どうやら、灯りはキッチンから漏れているようだ。
泥棒か、と一瞬思ったが、すぐにそれをうち消した。いくら泥棒でも、こんな天気の日にやって来るとは思えない。
とすると、家にいる誰か、ということになるが……。
俺は今、この家にいる連中の顔を思い出して、2人に絞り込んだ。そして、キッチンのドアを開ける。
「よう、なにやってんだ?」
「うわぁっ!!」
悲鳴を上げて飛び上がったのは、思った通り2人のうちの1人、あゆだった。
「ゆ、祐一くん……。びっくりした……」
そのままずるずるとキッチンの床に座り込むと、あゆは胸に手を当てて大きく息をつく。
「なにしてんだ? 金目のものを捜してるのか?」
「うぐぅ、そんなことしてないよっ」
座り込んだまま、目に涙を浮かべて言い返すあゆ。
「何座り込んでるんだ?」
俺が指摘すると、あゆは何度か立ち上がろうとしたが、その度にかくんと座り込んでしまう。
「……もしかして、腰が抜けてるんじゃないか?」
「うぐぅ……、祐一くんが脅かすからだよぉ」
座り込んだまま、文句を言うあゆ。
「ま、いいけど」
「ぜんっぜんよくないよっ!!」
「注文の多い奴だな。そんなことじゃ大きくなれないぞ」
「関係ないよっ!」
俺は肩をすくめて、キッチンを見回した。
「それで、何をしてたんだ?」
そこらじゅうにカップが並んでいた。おそらく、食器棚の中にあったカップを全部出したんだろう。
手近にあったカップをのぞき込むと、琥珀色の液体が中に入っている。
「……紅茶か?」
「……うん」
こくりと頷くあゆ。
「なんで、こんなに一杯……?」
「……さっき、祐一くんに怒られちゃったから、今度は美味しい紅茶をいれようと思って、練習してたの」
あゆは俯いて、呟くように言った。
俺はため息をついた。
「独りでこんなことしなくても、秋子さんや佐祐理さんに教えてもらえば済むだろ?」
「でもっ!」
あゆが顔を上げた。
「ボク、いつもみんなに迷惑ばっかりかけてるから……、だから……」
そして俯く。
「だから、ボク……。紅茶くらい自分一人でいれられるようになろうと思って……」
「……悪い」
「えっ?」
また顔を上げるあゆ。
「あっ、それ……」
俺は、ティーカップの中の液体を喉に流し込んだ。
冷たくて、苦かった。
でも、俺は笑顔で言った。
「美味い」
「ほんとっ!?」
あゆの表情が、ぱっとほころぶ。
「ああ」
俺は頷くと、あゆを引っ張り起こした。
「今夜は遅いから、もう寝ろって。明日も学校なんだし。な?」
「うん」
あゆは頷いた。そしてキッチンを出ていく。
俺はキッチンをもう一度見回して、さてどうしようと考え込んだ。
「……俺が片付けるしかないだろうなぁ」
でないと、明日の朝秋子さんがびっくりするだろうし。
と、キッチンのドアが開いた。秋子さんが起きてきたのか、と思わず身構えた俺の前に現れたのは、あゆだった。
「うぐぅ……」
「……もしかして、廊下が暗くて怖いのか?」
こくりと頷く。
俺はもう一度ため息をつくと、言った。
「後で付いていってやるから、片付け手伝え」
「あ、そうだね」
あゆもキッチンの惨状を見て、うんうんと頷いた。
「キッチンは綺麗にしないとね」
「散らかしたのは誰だ?」
「うぐぅ……ごめんなさい」
15分後。
「……おかしいな」
「うん……」
「本当に、食器棚に入っていたのか?」
「うん、そうだよ」
カップの中身を捨てて水ですすぐまではすぐに終わった。だが、その後が問題だった。
すぐに食器棚は一杯になり、なぜか入りきらないカップが20個ほどテーブルに並んでいたのだ。
「やっぱり入れ方がまずいのかなぁ……」
「うぐぅ……」
俺とあゆが困っていると、ドアのところから声が聞こえた。
「あら、二人ともどうしたの?」
振り返ると、カーディガンを羽織った秋子さんがのぞき込んでいた。
「ええっと、実は……」
俺が説明すると、あゆがうぐぅと謝る。
「……ごめんなさい」
「そう。それじゃ後は私がやっておきますから」
「でも……」
「いいのよ。それで、あゆちゃんが紅茶をいれられるようになったのなら」
「うんっ」
笑顔で頷くあゆを嬉しそうに見て、秋子さんは食器棚を開けた。
あれほど入れるのに難儀した食器が、まるで自分の居場所に戻るように、次々と納まっていくのを、俺とあゆは半ば感嘆して見ていた。
「すごいね、秋子さん」
「うむ。名人だな」
「そんなことないですよ。いつもやってることですから」
あくまでも静かに、秋子さんは食器棚の扉を閉めた。無論、テーブルの上には何も残っていない。
「それじゃ、お休みなさい」
「お休みなさい」
俺達は挨拶を交わして、それぞれの部屋に戻っていった。
ドアを閉めると、俺は電気をつけるのも面倒だったので、そのままベッドに倒れ込んだ。
がつん
「いったぁーーいっ!」
「うわぁっ!」
いきなりベッドの中から悲鳴が上がって、泡をくった俺は思わず跳びすさった。
手を伸ばして電気をつけると、ベッドの上には、お腹を押さえた真琴がいた。
「いたたた……。なにするのようっ!」
「そりゃこっちのセリフだっ! お前こそなにしてんだっ! ここは俺のベッドだぞっ!!」
「え? あ。えっと、ほら、ぴろが一緒に寝たいって言うから……あれ?」
慌てて左右を見回してから、毛布にくるまっていた猫を引っ張り出してくる。
「ほらっ、ぴろっ!」
眠っていたところを起こされたらしく、眠そうに「うにゃぁ」と鳴く猫。
「いいから、自分の部屋に戻れよなぁ」
「だって、あの女が真琴のこと撫でるし……」
舞のことだろう。
「それに、今日はもう1人の女の人がずっと笑ってるから、うるさくて眠れないのようっ!」
ああ、そうか。佐祐理さんは舞と一緒に寝るために真琴の部屋にいるのか。
多分、舞と一緒に寝るなんて滅多にないことだろうから、嬉しくていつもの調子でおしゃべりしてるんだろうな。
「だから、真琴はここで寝るのっ」
「……そうしろ」
俺は起き上がってドアを開けた。
「どこ行くの?」
「下。リビングで寝る」
「えっ? で、でも、下は寒いわようっ」
「あのな、お前と一緒に寝るわけにはいかんだろ?」
「どうしてよう。今までにも何度か寝たよ」
「今までは、お前が勝手に潜り込んできたんだろうが。最初から一緒に寝ようっていって寝たわけじゃないぞ」
「違いはないわよ」
「あるっ」
そう言ってから、俺はむなしい言い合いをしてもしょうがないとため息をついた。第一、もうとんでもなく眠くて思考能力も低下していた。
「わかった。今夜だけだぞ」
「うん」
そのまま、真琴の隣りに滑り込む。
真琴の体温のせいか、布団の中は心地よい暖かさだった。
「おやすみっ」
「……ああ」
寝返りをうつと、目の前に真琴の寝顔があった。
沢渡……真琴……。
さわたりまこと……。
あの頃……小学生の頃、俺が憧れていた女性の名前。
それを知っているのは、やっぱり……。
「あの時の狐なのか、お前は……」
「……わかんない」
眠っていると思っていた真琴が、薄く目を開けた。
「……悪い、起こしたか?」
「ううん。まだ眠ってなかったから……」
でも、その声は、半分眠っているような声だった。
「……明日だな。明日、ものみの丘に行ってみようぜ」
「……うん」
「それじゃ、お休み」
「……う……ん」
それを最後に、俺も眠りに落ちていった。
最後まで、外からの風の音が聞こえていた。
『朝〜朝だよ〜』
耳元から名雪の声が聞こえて、目が覚めた。
『朝ご飯食べて学校行くよ〜』
「ん……」
真琴がもぞもぞと動いて、目を開けた。
『朝〜朝だよ〜』
おかしい。何でこんなに暗いんだ?
『朝ご飯食べて学校行く……』
俺は目覚ましを叩いて止めると、窓の方を見て、絶句した。
窓は雪に埋まっていた。
「……薄暗いはずだ」
「わっ、すごいっ! ねぇ祐一、窓開けたらどうなるかなっ」
真琴がぴょんぴょんと窓に駆け寄ろうとした。俺は慌ててその腕を掴んだ。
「馬鹿やめろっ! 雪に埋まるっ!」
「あうーっ」
うなぁ、とぴろが伸びをした。
とりあえず上着を羽織って(真琴の目の前で着替えるわけにもいかないだろう)、俺は階段を降りた。
キッチンには秋子さんが、いつものように朝食の準備をしていた。
「あら、祐一さん。おはようございます」
「おはようございます。あの、外は……」
「ええ、雪が積もってるみたいですね」
あっさり答える秋子さん。
と、後ろから佐祐理さんの声がした。
「お皿は並べました〜。あっ、祐一さん。おはようございます〜」
「おう、佐祐理さんも朝から元気だな」
「はい、佐祐理は朝から元気ですよ〜」
笑顔で頷く佐祐理さん。うん、この笑顔を見るだけでこっちも元気になるな。
と、秋子さんが言った。
「積雪は4メートルだそうです」
「……はい?」
思わず呆気にとられる俺をよそに、佐祐理さんはぽんと手を合わせた。
「それじゃ、学校はお休みでしょうか?」
「多分、臨時休校でしょうね」
当然のごとく答える秋子さん。
俺は、ここがつくづくとんでもないところだと、久しぶりに思い知らされた気分だった。
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あとがき
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