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横殴りの雪の混じった風のせいで、目も開けているのが難しいくらいだった。
Fortsetzung folgt
着ているコートはあっという間に真っ白になる。
それでも、俺は追いかけた。
今見失うと、そのまま帰ってこないような、そんな胸騒ぎに追い立てられるように、俺は青いデニムを追いかけた。
と、いきなり横から衝撃を受けた。
ドスッ
「うわっ!」
不意を打たれて、バランスを崩した俺は、全力疾走していた勢いのまま道を転がっていた。
「……つつっ」
「わ、ごめんなさいっ! ……あれ、祐一?」
のんびりした声に顔を上げると、そこに尻餅をついていたのは名雪だった。
「名雪?」
「どうしたの? 忘れ物?」
「そうじゃ……。ああっ!!」
慌てて立ち上がると、かろうじてまだ見えているデニムの追跡を再開する。
「あっ! 待ってよ祐一っ!」
パタパタと名雪が追いかけてくる。走りにくそうな制服に鞄を持って、全力疾走している俺の隣に並ぶ。さすが陸上部の部長。
「あれ、もしかして真琴? 追いかけっこ?」
……まだ余裕がありそうだ。
「事情はあとで説明するから、とりあえず真琴を捕まえてくれ」
「捕まえるの? うん、わかったよ。それじゃこれ持ってて」
鞄を渡される。それを受け取ったと思ったら、もう名雪は先を走っていた。
名雪に任せておけば大丈夫か。
俺はほっと一息ついて、少しペースを落とした。情けないが、既に足ががくがくしていたのだ。
「あっ、祐一っ!」
しばらく走っていくと、名雪が真琴を抱きかかえるようにして待っていた。
「真琴に何を言ったの?」
「えっ?」
「ひぐっ、えぐっ、うぇぇっ」
真琴は、名雪の胸に顔を押しつけるようにしてしゃくりあげていた。
「いや、それはだな……」
「なんだか知らないけど、大丈夫だよ。わたしがちゃんと祐一のこと叱っておくからね」
よしよしと真琴の頭を撫でる名雪。
「いや、別にいじめたわけじゃなくて……」
「ほら、帰ろう。あ、そうだ。お母さんに言って肉まん作ってもらおうよ。ね?」
俺を無視して真琴に優しく言う名雪。真琴はまだしゃくり上げながらも、こくりと頷いた。それから顔を上げる。
「えぐっ……、真琴は……だよね」
「えっ?」
小さな声な上に、周りは吹雪である。
真琴と名雪の長い髪が、風になびいて雪まみれになっていく。
「……」
それ以上は何も言わずに、真琴はまた名雪の胸に顔を隠した。
名雪も、それ以上何も聞かなかった。
俺は声をかけた。
「ところで名雪」
「うん?」
「俺、凍りそうなんだけどな」
頭を振って、いつの間にか上に積もっていた雪を払い落とす。
名雪は頷いた。
「それじゃ、急ごっか」
「おう」
「わたしは、イチゴサンデー3つね」
「……結局それかいっ!」
とはいえ、百花屋には天野を待たせているし、仕方ないか。
「名雪、せめて2つにしとけ」
「ええーっ!?」
心底不満そうな顔をする名雪。
「第一、そんなに食ったら夕飯が食えなくなるぞ」
「大丈夫だよ。ほら、甘いものは別腹っていうじゃない」
「あのなぁ……。ま、いいか」
とにかく寒かった。
カランカラン
ドアを開けて中に入ると、あゆがこっちを見て手を振った。
「あっ、祐一くん! お帰りっ!」
「……」
無言でぺこりと頭を下げる天野。その表情が、名雪の陰にかくれるようにして入ってくる真琴をとらえて微かに動く。
「あっ、あゆちゃんと天野さん。こんにちわ」
名雪が2人を見て笑顔で挨拶する。
「名雪さん?」
「ああ、途中で逢って、真琴を捕まえるのを手伝ってもらったんだ」
「手伝ったんだよ」
頷くと、名雪は真琴をあゆの隣に座らせて、さらにその隣に自分も座った。
と、それまでずっと俯いていた真琴が顔を上げて、不意に声を上げた。
「ああーっ! 真琴のチョコパフェが無くなってるっ!!」
「それなら、月宮さんが食べました」
あっさり言う天野。あゆが慌てて立ち上がる。
「ごめんなさいっ! だ、だけど、そのままにしとくと溶けちゃいそうだったし、もったいなかったから……」
「あゆ、たい焼きだけじゃなくてチョコパフェもか?」
「うぐぅ……」
「祐一、イチゴサンデー注文するねっ」
名雪は相変わらずマイペースだった。
「あっ、それじゃ真琴ももう一つチョコパフェ!」
「ボクは……」
「お前はもう食うな」
「うぐぅ、ひどいよ祐一くん」
イチゴサンデーとチョコパフェが運ばれてきたところで、俺は天野に向き直った。
「で、話が戻るんだが」
チョコパフェにスプーンを突っ込みかけた真琴の手がピタリと止まる。
それをちらっと見てから、俺はテーブル越しに天野のところまで体を伸ばすと、その耳元で小声で囁いた。
「なにも真琴本人がいる前で言うことじゃなかったんじゃないか?」
「一笑に伏さないんですね」
天野は俺に視線を向けた。
「……変えたいんです」
「え?」
「同じ事の繰り返しは、もう嫌ですから」
テーブルに置いたコーヒーカップに視線を落とし、小さな声で呟く。そして、顔を上げた。
その瞳に込められた意志は、強かった。
「真琴に教えなかったら、確かに真琴は幸せかもしれません。……いいえ、幸せでしょう。でも……」
言葉をいったん切り、そして真琴に視線を向ける。
「何も知らずに幸せに生きる事が出来れば、真琴はいいでしょう。でも、後に残される者はどうなるんですか?」
初めて、天野が自分の感情を露わにしていた。
「そんなの、勝手過ぎます……」
「……天野」
俺は腰を下ろして、改めて訊ねた。
「真琴が、ものみの丘に住む妖狐だっていうのか?」
「えっ?」
名雪が俺達と真琴をきょろきょろと見比べる。
そういえば、何も説明してなかったっけ。
「名雪、あとでイチゴクレープも奢ってやるから、今はなにも聞くな」
「うん、わかったよ」
こくりと頷く名雪。
「あ、それじゃボクはたい焼き……」
「お前は最初から聞いてただろうが」
「うぐぅ、意地悪」
「すまん、天野。話の腰を折って」
あゆをからかっている場合でもないので、俺は天野にまた向き直った。
「……いえ」
天野は一息つくと、真琴に視線を向けた。そのまま、俺に言う。
「今、相沢さんは束の間の奇跡の中にいるのですよ」
「……」
その言葉に、あゆがぴくりと反応した。
「奇跡……?」
もし、狐が人間になって俺の前に現れたとしたら、確かに奇跡くらい持ち出さないと駄目だろうな。
いや、奇跡というよりもおとぎ話だ。
「天野。それは、何か証拠があって言ってるのか?」
そう聞き返しながらも、俺はそれが真実なんだと“感じて”いた。
天野はもう一度、以前言ったことを繰り返した。
「以前出逢っているはずです。相沢さんと真琴は。ですが……」
「あ……」
不意に名雪がぽんと手を打った。
「あのときの狐の子!」
「へっ?」
「ほら、7年前に祐一がこっそり飼ってた……」
「あ……」
名雪に言われて思い出した。
確かに、昔、俺がこの街にいた頃、怪我をした子狐を家に(無論、水瀬家のことだ)連れて帰って、その怪我が直るまで一緒にいたことがある。
……あれ? でも……。
「名雪、どうしてそのことを?」
俺は秘密にしていたはずなんだが……。
「知ってるよ。祐一がいない間は、その子のことはわたしやお母さんが面倒見てたんだもん」
「なにぃっ!?」
そう言われてみれば、今にして思うと1日1回しか餌をやってなかったし、俺が家にいない時間も結構長かった。確かに陰で名雪や、なにより秋子さんが手伝ってくれなかったら、その子狐はあえなく死んでしまったことだろう。
「それに、その子、怪我してたから、お母さんが獣医さんに連れて行ったりしてたし」
「げ……」
そうだったのか……。
「お母さんは、祐一が秘密にしたいみたいだから、気が付いていないふりをしてあげましょうって言ってたよ。わたしも我慢してたんだから〜」
笑って言う名雪。俺は腕組みして呟いた。
「……ますます秋子さんには頭が上がらなくなったな。ま、それはそれとして、だ……」
真琴に視線を向ける。
「お前は、あのときの子狐なのか?」
「わかんないわようっ!」
「もうばれたんだから、秘密にすること無いぞ。心配するな、お前が狐だろうとうぐぅだろうと俺はあんまり気にしてないから」
「うぐぅってなんだよっ!」
真琴の隣でうぐぅが手を振り上げる。
「あゆだよっ!」
「……本当に、わかんないの」
真琴は視線を落とした。
「自分がなんなのか、どうしてあそこにいたのか、本当に……」
「それは、そうです」
天野が、真琴を優しく見つめる。それから、俺に視線を向けた。
「相沢さん、よく聞いてください」
「……ああ」
俺は頷いた。
天野は静かに言った。
「奇跡を起こすために……、妖狐が人の姿を取るために、二つの犠牲が必要です」
「二つの……?」
「そのうちの一つは、記憶。それまでの……妖狐としての記憶です」
「記憶が……」
それで、真琴は全ての記憶を失ったのか?
いや、待てよ。
そう、真琴と初めて逢ったとき、こいつは確か……。
「やっと見つけた……」
「……あなただけは許さないから」
「こいつ、俺のことだけはなんか覚えてたみたいなんだが……」
「それは、この子にとってそれが一番重要な思い出だったからですよ」
そう答える天野。
「全てを忘れても、たった一つだけ、忘れるわけにはいかない思い出だったからです」
「……そうなのか……」
俺は真琴に視線を向けた。
「そ、そんなこと知らないわようっ!」
慌ててぷいっとそっぽを向く真琴。でも、その頬が真っ赤になっていた。
なんか微笑ましい思いに、俺の頬も緩んでいた。
天野の次の言葉を聞くまで。
「そして、もう一つの犠牲は、……その命です」
「……え?」
「この子は……、自分の命を捨ててまでして、わずかな時間を相沢さんと共に過ごすために、ここに来たのですよ」
淡々と告げる天野。だが、その瞳は悲痛な思いに満ちていた。
俺は、その瞳の色で、一つのことを確信した。
ようやくの思いで、口を開く。
「天野も……同じ事を体験したんだな……」
「……昔の、ことです」
天野の言葉は、あくまでも静かだった。
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あとがき
今までのプールシリーズとはうってかわってドシリアスに続くプール3ですが、皆さんついてきてくれてるんでしょうか?(苦笑)
4話まで公開したところでは、批判の方が多いので、かなりめげてるところです。とはいえ、なかったことにするわけにもいかないし。
……なかったことにしようかな(笑)
プールに行こう3 Episode 5 00/5/7 Up