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「お話が、あります」
Fortsetzung folgt
天野はもう一度、繰り返した。
「美汐……?」
俺の後から、真琴の声がした。
天野は、真琴に視線を移して、そのまま言った。
「あの子のことです」
「あの子って、真琴か?」
「……はい」
「あたし?」
ひょい、と俺の肩から真琴が顔を出す。
天野は頷いた。
俺は身震いした。
「とにかく、こんなところじゃ話どころじゃない。どっか暖かなところに行かないか?」
「……はい」
天野は頷いた。
カランカラン
流石にこんな天気じゃ、あまり帰りに喫茶店に寄ろうなんて考える人もいないようで、百花屋は空いていた。
落ち着いたクラシックの流れる店内で、とりあえず店員に注文を出してから、俺は訊ねた。
「それで、真琴のことって?」
「……はい」
天野は、俺をしっかりと見据えた。
「相沢さんは、この子に出逢っているはずです」
「そりゃ、一緒に住んでいるくらいだし……」
「いいえ」
首を振ると、天野は言葉を続けた。
「ずっと、昔に、です」
「ずっと昔? でも、こんな奴本当に会ったこともないぞ」
「なにようっ」
真琴が口を尖らせる。
「まだしらを切る気っ!?」
「お前こそ、記憶喪失のくせになんでそんな……」
そこで言葉を切ったのは、ぼんやりとした記憶が頭をもたげたからだった。
だが……。
「天野、待て」
「はい」
こくりと頷く天野。
ちょうどそこに、店員が注文の品を持ってきた。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーは?」
「あ、俺とこの娘」
「はい」
頷いて、俺と天野の前にブレンドを置き、真琴の前に残ったチョコパフェを置くと、「ごゆっくり」と一礼して店員は戻っていった。
「わぁい」
早速、真琴が嬉しそうにスプーンをパフェの器に突っ込む。
その様子を見守る天野。そう、まるで母親のように……。
「……天野」
「はい」
口に運びかけたコーヒーカップをソーサーに戻して、天野は俺に視線を向けた。
「……天野は、知ってるんだな。こいつが何者なのか……」
「この子のことは、知りません。それは嘘ではないです」
そう言うと、天野は俺達の会話など無視してパフェに没頭している真琴を見た。
「ですが、確信しています」
「……俺と真琴が、ずっと前に逢っているってことを、か?」
「……はい。そして、それを2人とも覚えていないことも……」
確かに、俺には、こいつにいきなり襲われるまで、出逢っていたという記憶はないし、それにこいつも記憶喪失だ。ただ、俺になにやら恨みを持っているというおぼろげな記憶だけを持っていると本人は言っているが、それも怪しいものだし。
「……天野、それはどういうことなんだ?」
「2人が覚えていない理由はそれぞれ違います」
ひどく落ち着いた口調で、天野は言った。
「相沢さんが覚えていない理由は、あのときこの子は……」
「待てっ」
俺は、手のひらを天野に向けて突きつけるようにした。
「……はい」
天野は頷いて、もう一度コーヒーを手にした。
何故、俺は天野を止めたのか?
店内は暑いわけじゃないのに、俺は全身をじっとりと汗が濡らしているような不快感を覚えていた。
多分、それは悪い予感っていうやつだ。
でも……。
俺はもう一度、天野を見つめた。
「……なんですか?」
俺の視線に気付いて、天野は居心地悪そうにカップを置いた。
「変な目で見られても困るんですが」
「……そんな変な目だったか?」
「はい」
頷く天野。
俺は咳払いした。
「えーと、天野」
「はい」
「……話を、続けてくれ」
俺は決心した。
天野は何かを知っている。おそらくは、真実を。
だとすると、それを今は避けたとしても、いずれは向かい合わないといけない時が来るんだろう。
なら、早い方がいい。
「わかりました」
天野は、静かに頷いた。
「この子は、……真琴は、人間ではありません」
「……」
普段の俺だったら、突拍子もないことと一笑に伏していただろう。
でも、その時の俺は、それを受け入れていた。
「……それじゃ、こいつは何なんだ?」
ぐいっと真琴の頭を掴んで引っ張り寄せながら訊ねる。
「やっ、何すんのようっ!!」
「やかましい! お前の事を話してるんだぞ。ちょっとは聞けっ!!」
「あうーっ……。えっ?」
じたばたしていた真琴が、不意に動きを止めた。
「真琴のこと?」
「おう。だからちょっとはおとなしくしろ」
「する、するわよ。あ、でもパフェ取ったらダメだからねっ」
「取らないから安心しろ」
俺がそう言うと、真琴はしばらく「あうーっ」と考え込んでから、ゆっくりと頷いた。
「う……ん」
「よし。で、天野、話の続きだが……」
「はい」
天野は、カップを置いて言った。
「相沢さんは、ものみの丘をご存じですか?」
「ものみの……丘?」
「あ、ボク知ってるよ」
「そっか、あゆが知ってるなら話は早い……」
俺はゆっくりと右を見た。
「……ところであゆ」
「うん?」
いそいそと、ところどころに雪のついたダッフルコートを脱ぎながら、あゆは俺の方を見た。
「どうしたの、祐一くん?」
「なんでお前がここにいるんだ?」
「寒かったから」
……話がいまいち見えない。
俺の表情を見て、あゆは脱いだダッフルコートを椅子の背に掛けながら説明した。
「外は寒かったから、ここに来たんだよ。そうしたら祐一くんがいたから……」
「ほう?」
「あ、お姉さん。ボクたい焼き」
「喫茶店にたい焼きがあるかっ!!」
「うぐぅ……」
俺に一喝されて、悲しそうにメニューをめくるあゆ。
「それじゃ、この……」
「ジャンボミックスパフェデラックスは却下だ」
「うぐぅ……」
「第一、金はあるんだろうな?」
「もちろんだよっ!」
元気良く宣言すると、あゆはキュロットのポケットに手を入れた。そして、あれっという顔になる。
「……」
慌てて反対側のポケットをさぐる。それから立ち上がるとダッフルコートを手にして、そのポケットをさぐる。
「……うぐぅ」
そうしておいて、泣きそうな顔で俺を見る。
俺はため息をついた。
「わかった。ブレンドならおごってやる」
「ほんとっ!?」
一転、嬉しそうな顔になるあゆ。
「これ以上、身内から犯罪者を出すわけにはいかないからな」
「誰が犯罪者だよっ!」
「前科二犯の食い逃げ犯じゃないか」
「もう、ちゃんと、お金返したよっ!」
そう言ってから、ウェイトレスのお姉さんに変な目で見られていることに気付いたあゆは慌てて椅子に座った。
「こほこほ」
「お、風邪かあゆあゆ」
「あゆあゆじゃないよっ!」
「……あの、話を続けてもいいですか?」
天野が口を挟んだ。俺は頷いた。
「あ、悪い。で、ものみの丘、だっけ?」
「はい」
「この街の外れに森があるよね。その森を抜けたところにある丘のことだよ」
あゆが口を挟む。頷く天野。
「そうです」
……待てよ、その場所って……。
真琴に視線を向けて、訊ねる。
「そこってもしかして、お前がぴろと一緒にいた場所じゃねぇのか?」
「うん……」
真琴は窓越しに、その丘のある方向を眺めていた。もっとも、窓から見えるのは吹雪だけだった。商店街の向かい側さえも霞んでしまうほどの吹雪。
「ぴろを捜して、一生懸命捜して、やっと見つけたんだけど、名雪の家には戻れないから、どこにも行く場所がなくて、……気が付いたらあそこにいたの」
「……そっか」
俺は、真琴の頭を抱え込むように引っ張り寄せた。
「わぁっ! な、なにすんのよっ!」
「心配すんな。今はお前にも帰る家がある。そうだろ?」
「……あう〜」
真琴は困ったような顔をして、それからおずおずと頷いた。
「……うん」
「……で」
俺は天野に視線を向け直した。
「そのものみの丘とやらがどうしたんだ?」
「……そのものみの丘には、昔から不思議な獣が住んでいるのだそうです」
「……不思議な、獣?」
「古くから、それは妖狐と呼ばれ、姿は狐のそれと同じ」
……狐?
俺の記憶を、何かがかすめた。
俺の表情の動きを見て取った天野は、微かに頷く。
俺は思わず、まだ抱え込んでいた真琴を見下ろした。俺をじっと見上げていた真琴と視線が合う。
「……もしかして、お前……」
「……知らないっ!」
真琴はぴょんと俺の腕の中から飛び出した。
「真琴、そんなの知らないものっ!」
「いや、でも……」
「……真琴」
天野が静かに呼びかけた。びくっとして天野の方を見る真琴。
「……美汐、嘘、だよね? 真琴が……そんなの、嘘、だよね? あははっ、面白い冗談だねっ」
天野は、ゆっくり首を振った。
「真琴、あなたは……」
「いやだよ……。真琴は……、いやぁーーっ!!」
悲鳴を上げて、真琴はそのまま外に飛び出していった。
カランカラン
ドアについているカウベルが、間の抜けた音を鳴らす。
俺は咄嗟に立ち上がった。
「真琴っ!!」
「……相沢さん」
振り返ると、天野が、初めて見る表情で俺の制服の裾を掴んでいた。
「あの子を、お願いします。あの子には、相沢さんしかいないのですから」
「お、おう」
何を言ってるのかよく分からなかったけど、とりあえず頷いた。
「あゆ、天野は任せたぞ」
「うんっ、任せてよ」
自信ありげに頷くあゆに一抹の不安を覚えながらも、俺は真琴を追って外に飛び出していった。
ブワッ
外に飛び出した俺の視界は、一瞬で真っ白に染まる。
吹きすさぶ風に乗って飛んでくる白いつぶてが、容赦なく俺の体から体温を奪っていく。
俺は額に手をかざして、左右を見た。
どっちに行った、真琴?
いた!
右の方に、見慣れたデニムの青がちらっと見えた。
あっちは、商店街から出る方向だ。
そっちに向かって、俺は駆け出した。
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あとがき
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