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Kanon Short Story #13
プールに行こう3 Episode 2

『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』
 枕元から聞こえるいとこの声に今朝も起こされる。
 俺は時計を叩いて止めると、上体を起こしてあくびをした。
「ふわぁ〜」
 平和な朝だ。
 しかし、やっぱり月曜日の朝というのは気が重い。
 いっそ、ずっと日曜日だったら……というのは、見果てぬ夢か。
 ため息をついて、俺はベッドから出た。
 すぐに戻った。
 布団の外は寒かったのだ。
 ジリリリリリリリ
 壁越しに盛大に目覚ましが鳴る音がし始めた。
 続いてドアが開く音、廊下を走る足音が順番に聞こえ、それから俺の部屋のドアがノックされる。
 ただ、そのノックの音も目覚ましの音にかき消されて、ほとんど聞こえなかった。
 俺はため息混じりに布団から出ると、寒さに震えながらドアを開けた。
「うぐぅ……」
「あの、祐一さん……」
 思った通り、そこには困った顔をしたうぐぅと栞がいた。
「あゆだよっ!」
「……だから、どうしてお前は俺の考えが読めるんだ?」
「それより、名雪さんが……」
 あゆは、相変わらず騒音をまき散らす名雪の部屋に視線を向けた。
 俺は訊ねた。
「起こしてみたか?」
「うぐぅ……、ダメだったよ」
 俯くあゆ。栞もため息混じりに頷いた。
「私も駄目でした」
「しょうがねぇな。2人とも先に下に行ってろ。俺は名雪を起こしてから行くから」
 俺の言葉に、2人は頷いた。
「うん、わかったよ。行こう、栞ちゃん」
「はい」
 そのまま、階段を降りていく2人の背中を見送ってから、俺はとりあえず着替えることにした。

 制服に着替えてから、名雪の部屋の前に立つまで約2分。言うまでもなく、目覚ましのけたたましい音は鳴り続けている。それも複数。
 ……いいかげん、この喧噪にも慣れてしまった自分を悲しく思いながら、とりあえずノックしてみる。
 ドンドンドン
「名雪ーっ!! 起きろ〜っ!!」
 思った通り返事がない。
 そういえば、夕べ名雪が寝たのは10時過ぎだったよな、確か。
 仕方なく、俺はドアを開けて中をのぞき込んだ。
 床に敷いてある布団はちゃんと畳んである。正確には、2組の布団が、片方はきちんと畳んであり、もう片方はちょっと乱雑に畳んである。
 そして、ベッドでは部屋の主がまだすやすやと眠っていた。その腕に抱えているのは、いつもと同じくけろぴーである。
 ため息をつきながら、まだ鳴り響いている目覚ましを順番に止めていく。……いつものことなので、目覚ましの止め方まで憶えてしまった自分が余計に悲しい。
 ようやく部屋が静かになったところで、名雪を乱暴に揺さぶりながら怒鳴る。
「くぉらぁっ! 起きろ名雪っ!!」
「……うにゅ……。じしんだおー」
 寝惚けた声を出して、けろぴーにしがみつく名雪。
 だおーって何だよ、だおーって。
「てめぇっ、起きろってんだよっ!!」
 引きずり起こして、襟を掴んでかくかくと揺さぶると、名雪はやっと目を開けた。
「おはようございまぁ……くー」
 と思ったが、また寝た。
 もう一度揺さぶる。
「起きろぉっ!!」
「……あれ? 祐一?」
 ようやく目が覚めたらしく、目元をこすりながら名雪はきょろきょろと辺りを見回した。
「もう朝?」
「ああ。さっさと起きろよ」
 俺はため息混じりに言うと、名雪を離して部屋を出た。

 ダイニングに入ると、秋子さんがテーブルに朝食を並べていた。
「あら、祐一さん。おはようございます。名雪は?」
「一応、起こしておきました。すぐに来ると思います」
 そう答えながら、椅子に座る。
「いつもすみません」
 俺に謝ってから、秋子さんは、手にしたフライパンから並べられた皿に卵焼きを乗せていく。
 うん、いい匂いだ。
「祐一さんもコーヒーでいいですか?」
「ええ」
「それじゃ、少し待ってて下さいね」
 そう言い残し、空になったフライパンを片手にキッチンに戻る秋子さん。
 俺はダイニングを見回した。それから、同じように椅子に座っている舞に声をかけた。
「よう、おはよう舞」
「おはよう」
 無表情に答える舞。まぁ、元気良く「おはようございますっ!」なんて言うキャラクターでもないわけだし、舞らしいと言えば舞らしい。
「で、殺村凶子は?」
「沢渡真琴ようっ!!」
 後ろからぽかっと叩かれた。振り返ると、真琴がうーっと俺を睨んでいた。
「よう、殺村」
「沢渡っ!」
 もう一度殴りかかってくるので、そのおでこに手を当てて止める。案の定、真琴の腕はすかっと空振りした。
「あうーっ」
 悔しそうに俺を睨んでから、いつもの自分の席に座る真琴。
「憶えてなさいようっ!」
「3秒くらいは憶えてやろう」
 と、あゆが元気良くキッチンから出てきた。
「あっ、祐一くんっ! ボク目玉焼き作ったんだよっ!」
「さて、学校に行こうか」
「うぐぅ……」
 立ち上がる俺の制服の袖を掴むあゆ。
「食べてみたら美味しいかも知れないのに……」
「……わかったよ」
 俺は椅子に座り直した。そして言った。
「持ってきてみろ」
「うんっ!」
 嬉しそうに頷いて、キッチンに戻るあゆ。
 ちょうどそこに、制服に着替えた名雪が入ってきた。
「おはよう」
「よう、名雪」
「あっ、名雪〜っ!」
 真琴が、名雪のところに文字通り跳んでいくと、袖を引っ張って舞を指す。
「こいつ、危ないわっ」
「俺に言わせると、お前の方がよっぽど危ないけどな」
「祐一は黙っててようっ!」
 俺に怒鳴ると、真琴は名雪に訴える。
「夕べだって、真琴が寝ようとしてたら、いきなり頭撫でるし……」
「……」
 我関せずという風の舞。
「それは、真琴が気に入ったんだよ、きっと」
 よしよしと頭を撫でる名雪。相変わらずのマイペースぶりである。
 と、あゆが皿を持ってキッチンから戻ってきた。
「はいっ、お待たせ祐一くんっ! ボクの作った目玉焼きですっ」
 トン、と俺の前に皿を置く。
 俺はおそるおそる皿をのぞき込んでみた。それから、フォークでその物体をつつく。
「なぁ、あゆ」
「うん?」
「これは何だ?」
「目玉焼きっ!」
 自信たっぷりに答えるあゆ。
 俺はもう一度、フォークで、今度は少し強めにつついている。
 カチカチ
 見事なまでの硬質な音。
「もう一度聞くぞ。これは何だ?」
「……うぐぅ……」
「はぁ……」
 ため息をつく俺の目の前に、もう一つの皿が差し出された。
 その上には、黄金色の黄身と純白の白身のコントラストも見事な目玉焼きが乗っており、さらに付け合わせのレタスとベーコンまで添えられている。
「どうぞ、祐一さん」
 栞が笑顔で皿を差し出していた。
「私が作ったんですけど」
「さすがだ栞。あとでモグラ叩きに連れて行ってやろう」
「わっ、そんなこと言う人嫌いですっ」
「それじゃカレー専門店……冗談だ冗談っ!」
 栞が皿を引っ込めようとしたので、俺は慌ててその皿を掴んだ。
 いじましいと言う無かれ。朝食に目玉焼きがつくかつかないかでは、午前中の気合いの入り方が違うのである。
「わかった、バニラアイス奢るから」
「約束ですよ」
 笑顔で栞は皿を置いた。
 俺はあゆに視線を向けた。
「あゆ」
「うん……。ごめん」
 しょんぼりして皿をさげようとするあゆに、声をかける。
「栞に目玉焼きの作り方、教えてもらえ」
「うぐぅ……」
「ちゃんとしたやつが出来たら、食ってやるから」
 そう言うと、あゆはぱっと表情を明るくした。
「ほんとっ!? ほんとだねっ!?」
「ああ」
「うん、それじゃボク頑張るよっ」
「ほどほどにな」
 そう言ったが、あゆには聞こえてない様子で、嬉しそうにキッチンに戻っていった。

 賑やかな朝食が終わって、学校に向かう。
 真琴とあゆの“体験入学”は先週一杯だったので、真琴は家に残り、あゆはいつものダッフルコート姿だったが、それでも4人も同じ学校の生徒が固まっていれば、十分に集団登校状態である。
 などと思いながら歩いていると、向こうの方から佐祐理さんと香里が並んでやって来た。
「よう。珍しい組み合わせだな」
「おはようございます、祐一さん」
「おはよう、相沢くん」
 2人は俺に挨拶する。
「美坂さんとはたまたまそこで逢ったんですよ〜」
「そういうこと。どうせあなた達を待ってるわけだし」
 そう言うと、2人はそれぞれ目的の人に歩み寄っていく。
「おはよう、舞」
「おはよう」
「栞、ちゃんとゆっくり眠れた?」
「大丈夫ですよ、お姉ちゃん」
 そんな会話を聞き流しながら、俺はあゆに訊ねた。
「で、あゆは今日から自分の学校だな?」
「うん。祐一くん達と一緒じゃないのは残念だけど……」
 本気で残念そうだった。
「……名雪さん」
「うん、どうしたの、あゆちゃん?」
 白い息を吐きながら聞き返す名雪に、あゆは尋ねた。
「ボク、本当にお邪魔してていいのかな?」
「うん。お母さんも、家族が増えて嬉しいって言ってるし」
「家族……」
 あゆは複雑な表情をしていた。強いて言えば、泣き笑いのような。
「わたしもお母さんも、賑やかなのが好きだから」
 そう言った名雪の表情も、また単純ではなかった。
 何て言うか、みんな色々と背負ってるものがあるんだな、などと思う。
 それは、楽しそうに話している栞や香里、そして舞や佐祐理さんも同じだ。
 産まれてから十数年、無為に過ごしてきたわけではないんだろうから、それは当然だろう。
「祐一、何難しい顔してるの?」
 名雪に言われて、俺ははたと我に返った。
「遅刻しちゃうよ」
「おう。それじゃな、名雪」
「同じクラスだよ〜」
 笑いながら言う名雪。
「じゃ、行こうか、あゆ」
「うぐぅ……、ボク学校違うよ……」
「冗談だ」
 俺はあゆの頭をくしゃっとかき回した。
「ひゃっ!」
「じゃな、あゆ」
「……うんっ!」
 あゆは手を振って、脇道を自分の学校に向かって駆けていった。
 俺達も、学校に向かった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 Kanonとは全然関係ない話ですが、まじアンやりました。
 とりあえず、みどりさん以外はクリア。みどりさん要求高すぎなので、あとはエディタ待ち(笑)
 SS書く予定はないです。

 プールに行こう3 Episode 2 00/4/5 Up 00/5/3 Update

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