この屋内型のプールは、外が極寒だろうと灼熱だろうと、室温は25度に固定されているそうだ。
Fortsetzung folgt
「と言うわけでっ! 皆さんお待たせしましたっ!」
何故か張り切っている北川である。
「この優柔不断男もとうとう観念する時がやってまいりました!」
余計なお世話だ。
「さあ、誰を選ぶんだ? この果報者がぁっ!!」
「うるせーよ」
「ま、俺だったら迷うことなく香里を……」
「死になさい、脳味噌ぶちまけて」
「わぁっ、まだ始まったばかりなのにぃぃぃっ!」
ずばしゅぅぅぅ
……相変わらず進歩のない奴だ。
さて、ここで状況を整理しておこうと思う。
極々平凡な高校生である俺、相沢祐一は、何の因果か、このプールサイドで「俺が一番好きな相手」を発表する羽目になっていた。
そんな羽目になるまでは色々と紆余曲折があったのだが、説明するのは面倒だし、説明したところでこの窮地がどうなるものでもないのでしない。どうしても知りたい人は、「プールへ行こう」全30話、「プールへ行こう2」全33話を読んでくれたまえ(宣伝)。
「それで、相沢くん」
まだ“瞳の色がオレンジ色で髪の毛が不自然にふわぁっとなるモード”のままの香里が、俺にその視線を向けた。
「もちろん栞を選ぶんでしょうね?」
「お、お姉ちゃんっ」
栞が慌ててその香里の腕を引っ張る。
俺はため息をついて、言った。
「それよりせっかくプールに来たんだ。泳ごうじゃないか、みんなっ!」
「それもそうですね〜」
佐祐理さんが笑顔で頷いた。うん、さすが佐祐理さんだ。
「でも、舞は早く返事を聞きたがってますよ〜。ね、舞?」
ぽかっ
顔を赤くして、舞が佐祐理さんの顔面にチョップをしていた。
しかし、ううっ、佐祐理さんまで俺を追いつめようとは……。
俺はぐるっと周りを見回した。
うっ、あゆと名雪もじーっと俺を見てるじゃないか。
……てゆうか、その前に……。
「どうして……」
「どうしたの、祐一くん?」
呟きに反応して、あゆが俺に訊ねた。
俺はぐっと拳を握りしめ、叫んだ。
「どうして、みんなまだ水着じゃないんだぁっ!!」
「祐一の答えを聞かないと、安心して泳げないんだよ」
名雪が笑顔で答えた。みんなが大きく頷く。
「で、でもさ……」
「相沢さん」
今まで黙っていた天野が、口を開く。
「女の子をこれ以上待たせるなんて、そんな酷なことはないでしょう」
また大きく頷く一同。いつの間にか復活した北川まで加わってやがる。
北川は馴れ馴れしく俺の肩を叩いた。
「男らしく度胸を決めて告白してしまえ。な?」
「人ごとだと思いやがって……」
「だって人ごとだもーん」
へらへら笑う北川。
こ、こいつは……。
「それで、どうなの?」
香里がずいっと俺に顔を近づけた。
「いや、どうと言われても……」
「まさか、この期に及んでまだ栞以外の娘に気があるとか、そういうんじゃないでしょうね?」
……何が何でも俺と栞をくっつけたがってるな、香里の奴。
「えーとだな」
そう言われても、答えなんて最初からない。
まだ、俺が誰を好きなのかなんて、自分でも判ってないんだ。
少なくとも、みんなそれぞれに嫌いじゃない。それも、舞風に言えば、相当に嫌いじゃない。
ただ、それじゃ誰が好きか? と聞かれると、誰とも答えられない。
北川に言わせれば、贅沢な悩みだってことになるんだろうけど。
俺は深呼吸した。
「わかった」
「栞に決めたのね?」
「舞ですよね?」
香里と佐祐理さんが同時に言う。
俺は首を振った。
「まだ決まってない」
「……」
しーんと静まりかえる周囲。
そして……。
「……いててっ!」
「ほら、動いちゃダメですよ」
ビーチベッドに横になった俺の腕に薬を塗りながら、栞はため息混じりに言った。
「それにしても、祐一さん、酷いです」
「そう言われても、決められないものは決められないだろ?」
「それはそうかもしれませんけど……。でもやっぱりそういうことを言う人は嫌いですっ」
そう言いながら、栞は俺の腕に包帯を巻く。
「いたたたっ! きついってっ!」
「きついくらいが解けなくていいんですっ」
ううっ、やっぱり怒ってるな。
ザバッとプールから香里が上がってきた。
「栞、治療は終わった?」
「はい」
こくりと頷いて、栞は広げていた治療薬を片付け始めた。
香里は腕組みして俺を見下ろした。
「さて、相沢くん」
「は、はい……」
「栞を傷つけた代償は、安くはないわよ」
「わたしも傷ついたよ〜」
名雪がプールから顔だけ出して言う。香里は肩をすくめた。
「ま、名雪はどうでもいいけど」
「もしかしてひどいこと言ってる?」
「さぁ」
名雪にとぼけてみせると、香里は栞に向き直った。
「こうなったら、こっちにも意地があるわ。栞、絶対に相沢くんに好きだって言わせるのよ! いいわねっ!」
「お、お姉ちゃんっ!」
栞は真っ赤になって俯いた。
「でも……、起きないから奇跡って言うんですよ」
何を言ってるんだ、栞?
香里は振り返った。
「名雪」
「うん、どうしたの?」
名雪は、プールから顔だけ出した姿勢のままで聞き返した。
「そんなわけだから、またしばらく栞をそちらに預けたいんだけど、どう?」
「わたしはいいよ」
あっさりと頷く名雪。さすが秋子さんの娘だけある。……っておい!
「ちょっと待てっ!」
慌てて立ち上がる俺を、ぎろりと睨む香里。ううっ、怖い。
「相沢くん、発言権があると思っているのかしら?」
「……あーっと、ないです」
くそ、こうなったら、家主であるとこの秋子さんに聞いてみて……も、どうせ1秒で「了承」されるのがオチだな。とほほ〜。
「決まりね」
頷くと、香里は笑顔で栞の肩をぽんと叩いた。
「頑張るのよ、栞。お姉ちゃんはいつもあなたを応援してるわ」
「もうっ、ひどいです」
ぷっと膨れて、栞は香里を肩越しに見上げた。それから、ふっとその表情を和ませる。
「でも……、ありがとう、お姉ちゃん」
「そうなると、やっぱり舞もお邪魔させてもらうべきですね〜」
隣のビーチベッドから声がした。びっくりしてそっちを見ると、佐祐理さんがパーカーを羽織って横になっていた。すぐ脇のサイドテーブルにトロピカルドリンクが置いてあるあたり、ポイントが高い。
……って、ちょっと待てい!
「さ、佐祐理さんっ!」
「舞もまた祐一さんと一緒に暮らしたいものね〜」
バッシャァッ! ……ポカッ
横合いから、水を滴らせながら、舞が佐祐理さんにチョップをしていた。……っていうか、どこから飛んできた、舞?
ま、なんにせよ、だ。
俺は舞に視線を向けた。
「舞は俺の家に来たいってわけじゃないんだよな?」
ぽかぽかぽかぽかぽかぁぁぁっ
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
バッシャァァァン
すごい勢いでチョップを連打されて、俺はそのままプールにたたき落とされてしまった。
「あははーっ、舞ったら照れ屋さんなんだから」
……そういう問題なのか?
俺は、水面から顔を出してぴゅーっと水を噴き出した。それから腕を上げて怒鳴る。
「くぉらっ、舞! 何するんだっ!」
「あははーっ」
「……そこで笑わないでよ、佐祐理さん」
「あ、ごめんなさい」
「佐祐理を悲しませたら……」
じろりと俺を睨む舞。俺は慌てて手を振った。
「いや、なんでもない。笑ってくれないか、佐祐理さん」
「あははーっ。これでいいんですか、祐一さん?」
「おう。やっぱり佐祐理さんには笑顔だぜっ」
俺がぴっと親指を立てると、佐祐理さんは満足そうに笑顔で頷いた。
「それじゃ、水瀬さん、また舞がお世話になりますね〜」
……はい?
「どうぞ〜」
水にぷかーっと浮いていた名雪が、のんびりとした声を返す。俺は慌てて名雪の方に向き直った。
「おいこらっ!」
「ん? どうしたの、祐一?」
「お前もちょっとは考えろっ!」
「……くー、ぶくぶく……」
「水中で寝るなぁっ!!」
ザバッ
「さすがに冗談だよ」
水中から顔を上げてそう言うと、名雪はポンと手を打った。
「そうだ! どうせだし、あゆちゃんにもまた来てもらおうよ」
「……お前なぁ」
やっぱり、感性が20ヤードくらい脇にずれている感じがする。
俺が額を押さえている間に、名雪はきょろきょろと辺りを見回した。
「あれ? あゆちゃん何処に行ったんだろ? 祐一、知らない?」
「多分、売店で食い逃げしてるんだろう」
「そっか。じゃ、行ってみるね」
名雪は綺麗なクロールで売店の方向に泳ぎだした。……っていうか、信じるなよなぁ。
それにしても、だ。
俺は水中からプールサイドを見上げた。
「もう一度聞くけどな、栞に舞。本気でうちに来るつもりか?」
「もちろんよ」
「あはは〜っ」
……香里と佐祐理さんには聞いてないぞ。
俺は栞に視線を向けた。
栞は、静かに答えた。
「祐一さんが嫌なら、無理して押し掛けようなんて思ってないです。でも……その、やっぱり、一緒にいたいです……」
最後はよく聞こえないくらいの小さな声で言うと、真っ赤になって俯く栞。
可愛い……のだけど、その後ろで俺を睨んでる香里の方が気になってしまう。
俺は何度目になるのかわからないため息をついた。
「これで決まりですね〜」
ぽんと手を打って佐祐理さんがまとめた。
「それじゃ、そろそろお昼にしましょうか。今日は佐祐理がお弁当作ってきたんですよ〜」
「あっ、私も作りましたっ」
しゅたっと手を上げる栞。
……って、この2人が作ってきた?
「……こうなるわけやね」
「あはは〜」
俺達の前には、色とりどりの弁当が並べられていた。
その数!
佐祐理さん:重箱4つ!
栞:重箱3つ!
「……ちょっと俺達だけじゃ手に、というより口に余るぞ」
「ひどいこと言った罰です。全部食べてくださいね」
にっこりと笑う栞。……なんか、栞が香里の妹だって初めて実感できたような気がする。
「こんなの全部食ったら胃拡張で死ぬわぁっ!」
「……美味しい」
既に舞はマイペースで卵焼きに箸を伸ばしていた。
と、そこに援軍がやってきた。
「祐一ーっ、あゆちゃんもオッケイだって」
「……でも、ボクがまたお邪魔しちゃっても、本当にいいの?」
名雪の後ろから、おそるおそる顔を出したあゆは、俺に訊ねた。
俺はため息混じりに答えた。
「おう。もうこうなったら一人や二人増えてもどうって事はないぞ」
「だって。よかったね、あゆちゃん」
「うんっ」
名雪の笑顔に、ゆっくりと頷くあゆ。
「やっぱり、ボク祐一くんのこと好きだから……。あっ!」
言ってから、かぁっと真っ赤になるあゆ。
「えっと、その、あの、……うぐぅ」
「あはは〜、立派ですねぇ〜。佐祐理は感動しました」
笑顔で言う佐祐理さん。
「ほら、栞も負けてないでちゃんとアピールしないと」
「おっ、お姉ちゃんっ」
「いい。もう二人のアピールは存分に受けたから」
「わっ、そんなこと言う人は嫌いですっ」
「うわー、お弁当がいっぱいあるね」
名雪は相変わらず、ずれていた。
と、そこに真琴がだだっと走ってきた。
「真琴もごはん〜」
「弁当の匂いをかぎつけてやってきたのか? まるで動物だなお前は」
「相沢さん」
真琴の後ろからやってきた天野に非難の目つきで見られて、俺は肩をすくめた。
「まぁ、それはそれとして、だ。喜べ真琴。まだしばらく舞は家にいるらしいぞ」
「ええーっ!? 真琴の部屋にっ!?」
あからさまに嫌な顔をする真琴。まぁ、舞も気にしてないようだが。
「ひひふふほほはい」
「……舞、口の中のものを呑み込んでからしゃべれ」
「あはは〜っ」
どうやら、まだしばらく、この奇妙な同居生活が続くことになりそうだった。
あとがき
最近KanonSSが少ないので、書いてみることにしました(笑)
久しぶりすぎてちょっと大変だけど。
なお、今回の話はタイトルとは全然関係ないです。っていうか既に第1話でプールの話は終わりですし(爆笑)
では、評判良ければ続き書きます。たぶん(爆)
プールに行こう3 Episode 1 00/4/20 Up