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とりあえず、佐祐理さんのことも解決して、もはや憂いは何もない状況だった。
Fortsetzung folgt
笑顔の佐祐理さんがその一言を言うまでは。
「あとは、祐一さんが舞を選んでくれるだけですね〜」
ポカポカポカ
赤くなった舞が、佐祐理さんに連続チョップをしていたが、とりあえず俺にはどうでも良かった。
「あの〜、佐祐理さん。な、なんのことでしょう?」
俺の言葉は無視された。
「倉田先輩、確かに生徒会の件では先輩に協力する形になりましたけど、それは譲れませんから」
香里がきっぱりというと、栞を背中から抱くようにして俺に視線を向ける。
「当然、栞を選ぶんでしょう?」
「あの、お姉ちゃん、恥ずかしいですよっ」
栞も赤くなっていた。
「だ、ダメだよっ! ボクだって祐一くんのこと大好きだもんっ!」
「真琴もーっ! ……あ。えっと、違うよっ、大嫌いだって言おうとしたのっ!」
「でもやっぱり舞ですよね?」
「……くー」
大騒ぎになってしまったリビングから、俺はこそこそと撤退したのだが、ざっと30分ほどの間、誰も俺がいなくなったことに気付かずにやりあっていたらしい。
部屋のドアを閉めても、リビングの騒ぎは微かに聞こえてきた。
俺はその騒ぎをBGMに、ベッドに横になる。
……どうすりゃいいんだ?
ここんとこの騒ぎで、俺自身もすっかり忘れていたんだが、日曜にプールで俺が誰のことを好きなのかを発表しなけりゃならないっていう理不尽な約束は、ずっとそのままになってたんだよなぁ。
誰なんだろう……。
俺が好きなのは。
「……さっぱり、わからん」
口に出して呟いてしまう。
名雪、栞、舞、真琴、そしてあゆ……。
誰か一人を選べなんて、天野の言いぐさじゃないが、これほど酷なことはないだろう。
みんなそれぞれに可愛いので、全員と要領よく付き合いたい、……というのは冗談として。
どうすればいいんだろう……。
結局、俺がいないことに気付いた皆が俺の部屋になだれ込んでくるまで、結論どころか考えがまとまる気配すらみえなかった。
その夜。
夕食を一緒に食べた香里と佐祐理さんが帰った後、舞に付き合って学校に行ってから(ちなみに、今日は魔物は出なかった)、帰って風呂に入ると、俺はある決心をして秋子さんの部屋のドアを叩いた。
トントン
ノックをすると、ドアの向こうから声が聞こえる。
「……はい?」
「祐一ですけど」
「あら、ちょっと待ってね」
やや間をおいて、パジャマの上にカーディガンを羽織った姿の秋子さんが顔を出す。
「あ、もう寝るところでしたか?」
「別に構わないわよ。それより、どうしたのかしら? こんな時間に」
確かに12時近くなっている。名雪は言うまでもなく、他の連中ももう寝てるくらいだろうし、舞は風呂に入っているところだ。
つまり、他には誰も聞いてないはず。
俺は思いきって言った。
「そろそろ暑いのも飽きたから、冬に戻しませんか?」
「了承」
一秒だった。
翌朝。
『朝〜、朝だよ〜』
いつものように目覚ましが鳴る。
俺はそれを止めようと何気なく腕を布団の外に出した。
すぐに引っ込めた。
『朝御飯食べて学校行くよ〜』
「しまった。日曜になってから言うべきだった……」
とんでもなく寒かった。
だが、しかし……。
俺は布団にくるまって笑みを浮かべていた。
いくらなんでも、この寒さでプールに行く、なんて話にはなるまい。
つまり、俺が一番好きな娘を発表する場そのものが、これで無くなったというわけだ。
完璧だ。完璧な俺の頭脳の勝利だ。
と。
トントン
ノックの音がして、ドアが開いた。
「うぐぅ、祐一くん、起きてる〜?」
「起きて、ますかぁ?」
あゆと栞だった。2人とも震えながら俺の部屋をのぞき込んでいる。
「おう。どうした、2人とも」
「ううっ、寒いんです……」
「うぐぅ、寒くて目が覚めちゃったんだよっ」
「暖房付ければいいだろ?」
言いながら起き上がる。……うぉ、寒いっ!
「わぁっ、布団の中に戻らないでよっ!」
あゆが部屋に駆け込んでくると、布団を引っ剥がした。
「じょほーるばるっ!」
思わず訳の分からない悲鳴を上げてしまう。
「なにすんだうぐぅ娘っ!」
「うぐぅ娘じゃないもん! ボク達だって寒いんだよっ! 祐一くんだけぬくぬくしてるのって不公平だよっ!」
「何か違うっ! だいたい、暖房付けりゃ済むことだろっ!」
「私たち、この家の暖房の付け方知らないんです」
毛布を体に巻き付けてるので、インドかアラビアの人のようになっている栞が答えた。
「栞はともかく、あゆは前からこの家に住みついてるだろうが。暖房くらい知ってるだろ?」
「ここのところ暑かったから忘れたんだよっ」
俺は寒さに震えながら、暖房のスイッチを入れた。
「……ったく。名雪を起こして聞いたら……って、無理か」
「はい、無理でした」
素早く温風の吹き出し口の前に移動しながら、栞は苦笑した。そのすぐ横にあゆも座り込む。
「あったかい〜」
……軟弱な奴らだ。
そういえば、一番寒さに弱い奴がまだ出てこないな。ま、そろそろ出てくる頃だと……。
バターーーン
「あうーーーっ、寒いーーーーっ!」
思った通り、ドアが乱暴に開く音がして、真琴が俺の部屋に飛び込んできた。
「どうしたんだ、真琴? いつもみたいに裸で外を走りまわるんじゃないのか?」
「やらないっ、やれないっ、やれるかっ!」
すごい三段活用をして、真琴は栞の隣り(つまり温風帯だ)に座り込んだ。
「あうーっ、寒かったよぉ〜っ」
「どうせお前のことだから、毛布一枚で寝こけてたんだろうが」
「すっごく寒かったのようっ! 凍死するかと思ったんだからぁ」
「そのまま凍死してくれたら、英雄の丘に葬ってやったのに」
「絶対にいらないっ!」
拳を振り上げてわめいているが、温風帯から出て俺にちょっかいをかけるほどの根性はないらしい。
俺は訊ねた。
「で、舞は?」
「寝てた」
「……まさか凍死してんじゃないだろうな?」
俺は様子を見に行くことにして、廊下に出た。
すぐに部屋に戻った。
「だめだ。部屋の外はバナナで釘が打てる世界だ」
「そこまで寒くないよっ」
「舞、安らかに眠ってくれ」
「わっ、祐一さんひどいですっ」
なんか俺を非難する声が暖房の前から聞こえてくるが、とりあえず無視しておく。
と、ドアが開いて秋子さんが顔を出した。
「あら、みんなここにいたのね。朝御飯の用意が出来ましたから、降りていらっしゃい。あ、それから3人の制服も下に用意してあるから」
「真琴の服なら部屋にあるよ」
真琴が言うと、秋子さんはくすっと笑った。
「今まで来てた制服だと寒いでしょう? 冬用の制服とコートを用意したから、早く着替えなさいね」
「ありがとうございます」
栞がぺこりと頭を下げてから、小首を傾げる。
「でも、どうやって私たちの冬用の制服、用意したんですか?」
秋子さんは笑顔で言った。
「企業秘密です」
というわけで、朝食の席では、全員が冬用の制服を着ていた。
……一人以外は。
「けろぴーは、ここ」
「わぁっ、なにようっ!」
「……けろぴー」
相変わらず豪快に寝惚けている名雪は、それでもさすがに寒かったのか、パジャマにどてらを羽織っていた。
「でも、なんで急に寒くなったんでしょう?」
コーンスープを口に運びながら首を傾げる栞。いかん、俺が秋子さんに頼んだせいだとばれたら何を言われるかわかったもんじゃない。
「さて、それじゃそろそろ学校に行こうかなっ」
俺は極めてさりげなく言った。
栞が不審そうな顔を向ける。
「祐一さん、まだコーヒー残ってますよ」
「俺はコーヒーを残して行くのがいつもの癖なんだ」
「今までそんなこと、してなかったよ」
いらんことを言うあゆの頭をぽかっと殴って俺は立ち上がった。
「うぐぅ、痛い……」
「それじゃ、行って来ます」
「あら、もういいの?」
キッチンからサラダを持ってきた秋子さんが訊ねた。
「ええ」
「残念だわ。せっかくジャムも用意したのに……」
「ごちそうさまっ!」
異口同音にあゆ、栞、真琴の3人が立ち上がった。そのままばたばたとダイニングを出ていく。
ちなみに、寝ていたはずの名雪は、秋子さんがジャムと言った瞬間にダイニングから逃げ出していた。さすがは陸上部部長だ。
「あらあら、みんなももういいの?」
秋子さんはちょっと寂しそうに食卓を見回すと、一人残っていた舞に視線を止めた。
「舞さん、ジャム食べます?」
「いらない」
あっさりしたものだった。
しかし、秋子さん相手にそんな口がきけるのは舞くらいなものだろうな。本人に悪気はないんだろうけど。
「残念だわ」
秋子さんもその辺りは心得てるようで、ため息混じりに立ち上がった。
「サラダは?」
「嫌いじゃない」
「そう。それじゃどうぞ。ドレッシングは?」
「和風がいい」
「ごまだれしそ風味ならあるわよ」
「相当に嫌いじゃない」
和食好みだからなぁ、舞は。
俺は肩をすくめて、階段を上がっていった。
「行って来ます」
外に出た。
「今日は休もう」
「わ。ズル休みはだめだよ〜」
くるっと振り向いて家に戻ろうとした俺の腕を、名雪が引っ張った。例のジャムのせいか、完璧に目が覚めているらしい。
俺は天を指した。
「だって、雪が降ってるんだぞっ!」
「本当ですね」
栞が手の平を広げて、空から舞い降りてくる白い結晶を受け止める。
「あうーっ、寒いよーっ」
ばたばたと足踏みしながら、真琴が白い息を吐く。
「寒いから、早く行こうよーっ」
「家でじっとしてようっていう選択肢はないのか、真琴? 家の中は暖かいぞ」
「だって、美汐に逢えないから……」
ほぉ。
思わず一瞬寒さも忘れてしまった。あれだけ我が道を行く奴だったのになぁ。日本の夜明けは近いぞ。
「でも、今日で最後なんだよね……」
寂しそうな顔をするあゆ。そういえば、あゆと真琴は今日で最後なんだっけ。
「えーっ!?」
驚いた顔をする真琴。って、お前は忘れてたのか?
「真琴、うちの学校に編入する?」
名雪が真琴に訊ねた。って、何て事を言うんだお前はっ!
「今はどこの学校にも行ってないんでしょ? そうしようよ、ね?」
「うーん、どうしよっかな〜」
うわ、真剣に悩んでやがる。
俺は慌てて真琴の腕を引っ張った。
「真琴、ちょっと来い!」
「わわっ、なにようっ!」
じたばたする真琴の耳に囁く。
「いいか? 学校にはぴろを連れて行ってはいけないんだぞ」
「えっ? あっ、ぴろはっ!?」
慌てて辺りを見回す真琴。
そういえば、最近見なかったな……。
等と思っていると、タイミング良くぴろが水瀬家の塀の上をとことこと歩いていた。
「あうーっ、ぴろーっ! 心配してたんだよ〜っ!」
真琴が喜んで両手を広げると、ぴろはうなぁ〜と鳴いて、塀の上から真琴の頭の上にジャンプして飛び乗った。
「きゃっ! びっくりしたぁ……」
よろけながらも、体勢を立て直すと、真琴は頭の上に乗ったぴろを撫でていた。
平和な風景だった。
「ねこー、ねこー、ねこねこねこー」
……しまった。
俺は、真琴の方にふらふらと歩いていこうとしている名雪をがしっと捕まえた。
「こらっ、お前は猫アレルギーだろうがっ!」
「だって、猫なんだよ、猫っ!」
「理由になってない。行くぞほれっ!」
「ねこーーーーー」
俺は泣きながら猫に駆け寄ろうとする名雪を引きずって学校に向かった。
「あっ、待ってよう、祐一っ!」
「わーっ、猫が付いてくるよ〜」
嬉しそうにじたばたする名雪。振り返ると、ぴろを頭に乗せたまま真琴が追いかけてくる。
「こら、真琴っ! ぴろは置いてこい、ぴろはっ!」
「やだよ〜だ」
「ねこーねこー」
「あはははっ、楽しいねっ!」
「無責任に喜ぶな、あゆあゆっ!」
「うぐぅ、あゆあゆじゃないもん」
「アレルギーの薬ならありますけど」
拗ねるあゆの隣で、栞がポケットから薬瓶を出す。
「……あのな」
「あははー、祐一さん達は、毎朝元気ですね〜」
笑い声とともに佐祐理さんがやってきた。
「おはようございます〜。舞もおはよう」
「……おはよう」
うわ、舞はどこにいたんだ? って、一緒にいたに決まってるよな。
こんだけ騒がしい連中と一緒だと、舞って喋らない分、存在感が薄いから、気付かなかった。
などと思っていると、佐祐理さんが話しかけてきた。
「祐一さん、舞のこと忘れてませんでした?」
ううっ、鋭い。
「はっはっは。そんなことあるわけないじゃないですか。なぁ、舞?」
「……今日初めて」
ぼそっと舞が言った。
「何が初めてなの?」
「祐一が話しかけてきたの」
そ、そうだっけ?
「……祐一さん、佐祐理は悲しいです……」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
焦って言い訳しようとすると、佐祐理さんは笑顔を俺に向けた。
「冗談ですよ〜。でも、舞とは仲良くしてくださいね〜」
「……は」
「ちょっと待ったぁっ!」
俺が頷きかけたところで、後ろから声が聞こえた。振り返ると、香里が走ってきた。
「あれ、香里じゃないか」
「お姉ちゃん、おはよう」
栞が挨拶する。
「栞、体の調子はどう?」
「大丈夫ですよ」
栞は笑顔で応じた。
香里は安堵のため息を付く。
「よかった。急に寒くなったから心配したのよ」
「私、そんなにひ弱に見えますか?」
栞が、いかにも心外というように膨れて聞き返した。
苦笑する香里。
「ごめんごめん。でも無理しちゃダメよ。また倒れられちゃたまらないからね」
「うん、そうしますね」
栞が笑顔になって返事をしたところで、香里はおもむろに佐祐理さんに向き直った。
「それで……」
「仲良いんですね〜」
はぇ〜、という顔で、佐祐理さんは2人を見つめていた。
あ、そうか。佐祐理さんは……。
俺は、佐祐理さんの肩を乱暴に叩いた。
「ふわぁっ?」
「佐祐理さん、俺だって舞だっているじゃないか」
佐祐理さんは驚いた顔で俺を見て、それから嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう、祐一さん」
「……もういいわ」
毒気を抜かれたらしく、香里は苦笑して肩をすくめていた。
そして名雪は、
「ねこーねこーねこー」
……相変わらずだった……。
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あとがき
とりあえず30話越えたので、新展開にしてみました(笑)
それにしても、なんでこんなに長くなってしまったんでしょうね。
プールに行こう2 Episode 31 99/9/30 Up