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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 28

 朝食が和やかなうちに終わり、俺はとりあえず自分の部屋に戻ると、制服に着替えて階段を降りていった。
 玄関に出ると、ちょうど栞が靴を履いているところだった。
「あ、栞。他のみんなは?」
「外で待ってくれてます……けど」
 栞は、三和土でトントンとつま先をついてから、振り返って目を丸くした。
「どうして制服着てるんですか?」
「へ?」
「だって、祐一さん、自宅謹慎なんじゃ……」
 そう言われてみれば、自宅謹慎が解けたって話は誰にもしてなかった。舞が他の人に喋るはずもなく、佐祐理さんは俺にしか教えないで帰ったし。
 佐祐理さん……。
 俺は一つ頷いた。
「そのことは、外で話す」
「わかりました。はい、どうぞ」
 栞は頷くと、屈み込んで俺の靴を揃えてくれた。
「サンキュ」
 俺は礼を言って、靴を履くと栞の後ろから外に出た。
「あ、栞ちゃん、遅い……。あれっ? 祐一くん?」
 あゆが俺を見て小首を傾げる。
 俺は名雪に尋ねた。
「時間は?」
「えっと……。まだ大丈夫だよ」
 名雪は腕時計をちらっと見て、笑顔で答える。俺の制服姿を見ても驚いてないようだが、単に気付いてないだけかも知れない。
「とりあえず、みんな聞いてくれ」
 俺は、昨日の佐祐理さんの話をみんなに話した。

「……というわけで、俺の自宅謹慎は解けたらしいんだけど、その代わりに佐祐理さんが生徒会の連中に……」
「そうだったんですか」
 栞は、俯いた。あゆが顔色を変えている。
「倉田先輩が大変だよっ! きっと何か悪いことになってるよっ!」
「……けろぴー」
 名雪は立ったまま寝ていた。真琴も感心なさそうに明後日の方を見ている。
 俺は栞とあゆの肩を叩いた。
「というわけで、2人が頼りだっ」
「任せてよっ!」
 あゆがガッツポーズをした。俺は改めて栞の肩を両手で叩いた。
「栞だけが頼りだっ」
「……うぐぅ。ボクだって頼りになるもん」
 あゆが涙目になってくってかかる。
 俺は辺りを見回した。
「ところで舞は?」
「あの女なら、とっくに一人でさっさと行っちゃったよ」
 真琴が答える。俺ははぁとため息をついた。
「あいつは〜」
「うぐぅ、無視しないで〜」
「とりあえず、生徒会が倉田先輩にどういうことをしようとしてるのか、あるいはさせようとしてるのか……。それが判らないとこっちも手が打てないですよね」
 栞が頬に指を当てて考えながら言った。
 確かにそれもそうだ。
「それに、あんまりここで時間を潰してると遅刻しちゃいますよ」
 そう言われて時計を見ると、確かに歩いてギリギリの時間になっていた。
 栞や真琴は一応病み上がりなので走らせるわけにもいかないので、タイムリミットと言えよう。
「よし、行くぞ」
 そう言って、俺は歩き出した。
「うぐぅ……」
「どうしたあゆあゆ?」
「あゆあゆじゃないもんっ!」

 校門をくぐると、校舎の前で人だかりが出来ていた。
「……なんだ、あれは?」
「人だかりですね」
 栞が額に手をかざし、伸び上がるようにしてそっちを眺めていた。
「ま、そりゃそうだが。よし、あゆっ!」
「何?」
「重要な任務だ。あの人だかりを偵察してこい」
「えっ? ボクが?」
「おう、そうだ。これはあゆにしかできない重要な任務だ」
 俺はあゆの肩をがっしりと掴んで言った。
「……ボクにしか?」
「そうだ。信頼してるぞ」
 真心を込めて言うと、あゆは笑顔になって頷いた。
「うん。ボク頑張るっ!」
「よし、行けっ!」
「うんっ!」
 そのまま、あゆはすたたっと人だかりに駆け寄っていった。そしてその外側でぴょんぴょんと跳ねている。
「……何してるんだ、あゆは?」
「ジャンプして中をのぞき込もうとしてるんじゃないですか?」
 しかし、あゆには身長もジャンプ力も欠けていた。
 やがてあきらめたらしく、今度は人混みの中に潜り込もうとしている。
「……あ、流されていく」
「あゆさん、小柄な方ですからね。仕方ないですよ」
 数分後、へろへろになったあゆが戻ってきた。
「うぐぅ……だめだったよ」
 全然役に立たない偵察要員だった。
 と、後ろからパタパタと複数の足音が聞こえてきた。
「祐一〜、置いていくなんてひどいよぉ〜」
「名雪か?」
 振り返ると、名雪と香里が駆け寄ってくるところだった。
 名雪は俺の前で立ち止まると、恨めしそうな目で俺を見た。
「香里が来てくれなかったら遅刻するところだったんだよ〜」
「あたしは栞を迎えに行ったつもりだったんですけどね」
 香里が、荒い息を整えながら肩をすくめる。
「お姉ちゃん、ごめんなさい」
「ううん、いいのよ。ところであれは何の騒ぎ?」
 香里は人だかりを、さっきの栞と同じポーズで眺めながら、俺に尋ねた。俺は肩をすくめた。
「さぁ」
「うぐぅ、ごめんなさい」
 さらに小さくなって謝るあゆ。
「よし、真琴っ!」
「えっ?」
「行って調べて来いっ!」
「なんで真琴がーっ!?」
「生徒会の人が何か演説してるようです」
 後ろから声が聞こえた。振り返ると天野がいた。
「おはようございます」
「……相変わらずおばさんくさいな」
「失礼ですね。物腰が上品と言ってください」
 と、いつもの挨拶を交わしてから本題に入る。
「ところで天野。生徒会ってことは、もしかして佐祐理さん絡みなのか?」
「はい。あの風紀委員長とやらと一緒にいましたよ」
 天野はそう言うと、真琴に声をかけた。
「それじゃ、行きましょうか」
「えっ?」
「そろそろ予鈴が鳴りますよ」
 天野がそう言うと同時に、チャイムが鳴り響いた。
 どうやら生徒会の演説も終わったらしく、人だかりがバラバラになっていく。
 その向こうに、佐祐理さんとその肩を抱くようにして歩く久瀬の姿がちらっと見えた。
 思わず駆け出そうとする俺の肩が、後ろから掴まれた。振り返ると、香里が首を振っていた。
「今はやめておきなさい」
「でもよ……」
「あなたがここで久瀬をぶん殴っても、全然問題解決にはならないの。ちょっとは頭を使いなさいよね」
 そう言うと、香里は皆に声をかけた。
「ほら、みんなもそれぞれの教室に行きなさい」
「みんなっても、栞以外は同じクラスだぞ」
「そんなこと言う人は嫌いですっ」
 栞は膨れてそう言うが、既に真琴が天野と一緒に行ってしまった今となっては、事実である。
 とりあえず、1年の教室に向かう栞と別れ、俺達は担任の石橋との「8時半の競争」に身を投じるのだった。

 チャイムが鳴って、1時間目の休み時間に突入する。
 教師が教室を出ていくと同時に、俺はくるっと椅子に後ろ向きに座り直した。
「北川」
「おう、相沢。おつとめご苦労さんだったな」
「んなことより、佐祐理さんのこと知ってるか?」
「ああ、倉田先輩が生徒会に入ったことか?」
 さすがだ、北川。
「詳しいことは知ってるか?」
「無論、未来の2号さん候補の倉田先輩のことだからな」
「……ちなみに1号候補は?」
「決まってるだろ? 美坂……いや、なんでもない」
「続けてくれてもいいのよ」
 香里が隣の席から氷点下の視線を北川に向けていた。
「いいのかっ、美坂!?」
 香里の視線はブリザードに進化した。
「香里、とりあえず佐祐理さんの話だけ聞かせてくれ。その後は好きにしてもいいから」
「おい、相沢……」
「わかったわ」
「美坂も了解するなぁっ!」
 叫ぶ北川の頭をがしっと掴んでこっちに向ける。
「あまりふざけてる余裕がないんだ。聞かせてくれ」
「あ、ああ。なんでも、例の風紀委員長の口利きで、倉田先輩が生徒会に参加することになったんだとさ」
「具体的には?」
「ああ、なんだかよくわからん肩書きがついてたような覚えがあるけど、ま、名誉職だろうな。ていのいいお飾りだよ」
「……」
「でも、未だに俺にも信じられんなぁ。あんだけ生徒会に入ることは固持してたって噂だったのに……」
 北川は、頭を掻いた。それから、不意に俺に視線を向ける。
「まさか、相沢……。お前のため、なのか?」
「……ああ」
 俺は頷いた。
 北川は、目を覆って天井を振り仰いだ。
「なんてこった。倉田先輩まで相沢の毒牙にかかっていたとは……」
 俺は前に向き直りながら、言った。
「……香里、もういいぞ。やってくれ」
 ズバシュゥゥッ
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!」
 後ろですごい音と悲鳴が上がったが、俺は無視して考え込んでいた。
 ……どうすれば、いいんだ?

 結局、4時間目の授業が終わっても、俺はいい方法を思いつけずにいた。
「くそ、どうすればいいってんだ!?」
 呟きながら、立ち上がる。
「ゆういちーっ!」
 教室のドアの所から声が聞こえた。俺がそっちを見ると、真琴が手を振っていた。
 さりげなく他人の振りをしようとも思ったが、今更無駄だということに気付いて、俺は教室中の視線を浴びながらドアの所に駆け寄る。
「おまえなぁっ!」
「お昼食べよっ、お昼っ!」
「……はぁ」
 異常なほど嬉しそうな真琴に、俺はそれ以上怒る気にもなれず、ため息をついた。
 真琴が俺の顔をのぞき込む。
「どうしたの、祐一? 元気ないね」
「ああ。俺を倒すなら今がチャンスだぞ」
「えいっ!」
 言うなり右フックを繰り出す真琴。俺はひょいとのけぞってそれをかわすと、バランスを崩した真琴の肩を軽く押す。
「きゃぁっ!」
 べちゃ
 そのまま床に倒れた真琴は、しばらくしてからもぞもぞと起き上がると鼻を押さえた。
「……あうーっ、鼻打ったぁ。祐一の嘘つき〜っ!」
「わはは。この相沢祐一、衰えたとはいえ、貴様ごときにやられたりはせんわ」
「くやしーっ!」
 座り込んだままの真琴の腕を掴んで、引っ張り起こす。
「えっ!?」
「いいから、パンでも買いに行くぞ」
「あー、うん」
 戸惑うように首を捻ってから、真琴は歩き出した俺の後をちょこちょこと着いて来た。
「真琴、肉まんが食べたい」
「あるか、んなもんっ!」

「……まぁ、考えてみれば、真冬にアイス売ってるような食堂だもんな。真夏に肉まんを売るのだってありなんだろうよ」
「それで、肉まんなのですか?」
 俺は、ふかしたての肉まんを入れた袋を大事そうに抱えた真琴を連れて、図書室にやって来ていた。
 思った通り、天野はここでパンを食べようとしていたところだった。俺を見て顔をしかめたものの、その後ろに真琴がいるのに気付くと、黙ってカウンターの中に入れてくれたわけだ。
「他の皆さんはどうされたんですか?」
「……そういえば、どうしたんだろう?」
 俺は振り返って真琴に聞いてみた。既に肉まんにかぶりついていた真琴は、ふるふると首を振った。
「……だそうだ」
「そうですか」
 天野はそう言うと、牛乳パックに突き刺したストローをちゅうちゅうと吸った。
「ところで天野……」
「倉田先輩のことですか?」
 相変わらず鋭い奴だ。
「そう。何かいい方法はないか?」
「倉田先輩を生徒会から抜けさせたいのなら、方法はありますよ」
「そうだよな。いくら天野でもそうそういい方法なんて思いつかな……。え?」
 俺は思わず聞き返した。
「今、なんて言った?」
 天野は、牛乳パックをテーブルに置いて、繰り返した。
「倉田先輩を生徒会から抜けさせたいのなら方法はありますよ、と言いました」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 あうーっ、眠い……。
 ちょっと今日は寝不足でへろへろです(苦笑)

 それから、祝! 日本U-22韓国戦勝利!
 でも柳沢のレッドと福田のイエローは余計だったな(苦笑)

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