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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 27

 首からタオルをかけただけの姿の舞。
 風呂場のドアに片手をかけたまま固まっている俺。
 二人とも全裸だ。
 しかし……。
 思わず、ごくりと生唾を飲み込んでしまう。
 前から思っていたけれど、舞はナイスプロポーションだ。
 背の高さに釣り合うダイナマイトなボディの完成度の高さは、やはりあゆや栞の未完成な身体と比べることすら罪といえよう。うん。
「……祐一」
 舞は、じっと俺を見ている。
「大きくなってきた」
「うわぁっ!」
 俺は慌てて洗面器を掴んで前を隠した。
「そ、そりゃ生理的なものであってだなっ! 大体お前も女なんだから、きゃぁって悲鳴を上げるなりなんなり、そういう反応ってもんがあるだろっ!」
「そこ、どいて」
 そう言うと、舞は俺の脇をすり抜けて、風呂場に入っていった。それから振り返る。
「風が入って寒いから閉めて」
「あ、ああ」
 俺はとりあえず外に出てドアを閉めようとする。
「……洗面器」
「……」
 無言で、俺は洗面器を風呂場に放り込んだ。
 舞は、風呂に身体を沈めた。
「っ!」
 思わず出そうになった叫び声を無理矢理に飲み込むような声。
 俺は思わず振り返った。
「舞!?」
 白い肌に、赤い筋が流れ落ちる。
 非現実的な、でもそれゆえに幻想的な眺めだった。
 俺はそこではっと我に返り、叫んだ。
「怪我してるじゃないか!」
「深い怪我じゃない」
「でも、血が……」
「放っておけば、止まるから」
「馬鹿!」
 俺は、風呂場に入ると、舞の肩にタオルを当てた。
「……っ」
「ほれみろ、痛いんじゃないか」
「祐一が押さえるから」
 言われてみると、舞の肩は青いあざになっていた。どうやらどこかにぶつけたらしい。
「す、すまん」
 謝ってタオルをどけると、また肩から血が流れ出す。
「でも、この傷、結構深いんじゃないか? どうしたんだよ?」
「窓にぶつけられた」
 淡々と言う舞。
「窓に?」
 舞の説明によると(相変わらず説明が下手だったが)、どうやら魔物と戦ったときに、吹っ飛ばされて窓に肩から突っ込んだらしい。その時に割れたガラスで怪我をしたようだった。肩の打ち身もそのときのせいらしい。
「ったく、無茶しやがって……」
「……今日は、祐一がいなかったから……」
「……え?」
 そういえば、最近はずっと一緒だったからな。
 それが、今日はいなかったから、舞の戦い方にも微妙に影響しちまったってことか。
「……ごめん、舞」
「暇だった」
「……は?」
 聞き返すと、舞は仏頂面で繰り返した。
「祐一がいなかったから暇だった」
「あ、そ」
 俺はため息をついた。
 どうせ、俺は暇つぶしですよ。
「祐一……」
「ったく。とりあえず、あとでリビングに来いよ。怪我の手当くらいはしてやるからさ」
 そう言って、俺は風呂から出て、ドアを閉めた。
 閉めてから気付いたが、俺は全裸のままだった。
 ……もしかして、舞に見られていたんだろうか?
 もう一度、深々とため息をつくと、俺はタオルで身体を拭いた。

 リビングで、とりあえず救急箱を用意してから、何をするでもなくぼーっとソファにもたれていると、風呂から上がった舞が入ってきた。
「おう、来い来い」
「……」
 無言で頷くと、舞は俺のそばまで歩いてきた。
 ちなみに、今日は普通のスウェットの上下を着ている。
「んじゃ、ここに座って」
 俺が指すと、素直にソファに座る俺の前の床にぺたんと座る。
 救急箱から消毒薬を出して、俺ははたと気付いた。
 スウェットを着たままじゃ治療出来ないじゃないか。
「舞、スウェットの上、脱いでくれ」
 こくりと頷くと、舞はがばっと上を脱いだ。
 プルンと揺れる胸。って、ブラしてないのかっ!?
「お、お前っ、下着はっ!?」
「きついからしてない」
 そりゃその大きさだとそうなのかもしれないけど……。
 けど……。
 お、俺はいま猛烈に熱血しているっ! などとやると、身体の一部が熱血しそうになったので、俺は慌てて視線を逸らしながら舞に言った。
「とりあえず、胸を隠せって」
「……変な祐一」
 変なのはお前だっ!

 とりあえず肩の傷に消毒薬を塗る。
 血は風呂に入っている間に止まったようだった。傷口も風呂で洗ったらしく綺麗になっている。
 なるほど、舞の言うとおり、それほど大きな傷ではないが、何カ所か裂けている。それで血がかなり出たんだろう。
 傷口にガラスの破片なんかが入ってないのを確認してから、清潔なガーゼを傷口に張った。それから、打ち身には湿布を貼る。
「……よし。もういいぞ」
「……ありがと」
 うぉっ! 舞が礼を言ったぞっ!
 なんだか妙に新鮮な感動を覚えながら、俺はもぞもぞとスウェットの上を着る舞を見ていた。
「……祐一」
 不意に、舞が俺の方に向き直った。
「話がある」
「なんだ?」
「佐祐理のこと」
「……!」
 俺は、姿勢を正した。
 舞は俯いた。
「私には、どうしていいのかわからない。でも、祐一なら、佐祐理を助けてあげることが出来るような気がする」
「……舞」
 それから、舞は話し始めた。
 佐祐理さんのことを。佐祐理さんの過去を。
 相変わらず説明が下手だったけど、それでも一生懸命に説明していた。
 そして、俺は初めて知った。佐祐理さんが下級生の俺に敬語を使って話すわけを。

「……そんなことが……あったのかよ」
 俺は呻いた。そして、ソファの肘掛けをぎゅっと握りしめた。
 それで、佐祐理さんはあんなことを……。

「ごめんなさい、祐一さん。でも、やっぱり佐祐理は、祐一さんや舞と一緒に学校で楽しく暮らしたいんです」

 贖罪。
 その一言で済ませるには、あまりに重い過去と現在を、佐祐理さんはその小柄な肩に担いでいるんだ。
「祐一……」
 舞が顔を伏せて、小さな声で言った。
「私には、出来なかったから……」
「……舞に出来なかった事が俺に出来るとは思えないけれど……。でも、やってみるさ」
 俺は拳を握りしめた。
「いや、やらないとな」
 舞は、だまって俺の隣に座ると、そのまま俺の肩にこつんと自分の頭をもたれさせた。
「舞?」
「……ありがとう」
 洗い立ての髪からは、いい香りがした。
 俺は少し迷ってから、その肩にそっと手を回した。
「一緒にがんばろうぜ。佐祐理さんのために」
「……」
 舞はこくりと頷き、微かに微笑んだ。

「んじゃ、万事、まず明日からだ。とりあえず今夜はゆっくり休むんだぞ」
「わかった。お休み」
「おう。お休み」
 俺達は2階に上がって、挨拶をしてから、それぞれの部屋に戻った。
 ドアを開けて、電気を付けると、とりあえずベッドの毛布をめくってみる。
 真琴がまた入り込んでるかと思ったが、そんなこともないようだった。
 続いてクローゼットからベッドの下までチェックしたが、あゆが隠れている様子もない。
 俺は安堵のため息をついた。どうやら今夜はゆっくりと眠れそうだった。

『朝〜、朝だよ〜』
 枕元で、目覚ましから名雪の声が聞こえてくる。
『朝ご飯食べて学校行くよ〜』
「へいへい」
 俺は手を伸ばして目覚ましを止めると、大きくあくびをしながら起き上がった。
 俺の記憶が正しければ、今日は金曜日だ。
 と、トントンとノックの音がした。
「祐一くん、起きてる?」
「あゆあゆか?」
「あゆあゆじゃないもんっ!」
 がちゃりとドアが開いて、あゆがぴょこんと顔を出した。
「おはようっ、祐一くん」
「お前はいつも無意味に元気だな」
「うぐぅ、そんなことないよ」
「まぁ、いいけどさ。それより、どうした?」
「えっと、別に用はないんだけど、暇だったから」
「お前は暇だと俺を起こしに来るのか?」
 そう言いながら、俺はベッドから降りた。
「だって、一人だと退屈なんだよ〜」
「まぁ名雪は起きるわけないとしても、栞はどうした?」
「栞ちゃんなら、台所で秋子さんの手伝いしてるよ」
 そう言ってから、あゆはちょっと拗ねたような口調で呟いた。
「ボクも手伝うって言ったんだけど、秋子さんに断られちゃったよ」
 ナイスだ秋子さんっ!
 俺の中で秋子さんポイントが20上がった。
「……祐一くん、どうして嬉しそうな顔してるの?」
「そ、そんな顔してるか?」
「うん、してるよ」
「いや、それはだな、朝一番にあゆの笑顔を見られたからなんだ」
 適当なことを言うと、あゆはぽっと赤くなった。
「そ、それ本当? えへっ、なんか嬉しいな」
 まぁ、確かに朝一番に怒った顔を見せられるよりはよほどマシだが。
「ボクも朝一番に祐一くんの顔見られたから嬉しいよ」
「器用な奴だな……。さて、それじゃそろそろ名雪を起こすか」
 俺は腰を上げた。それからあゆに訊ねる。
「なぁ、たまにはあゆが名雪を起こしてみるか?」
 あゆはぶんぶんと首を振る。
「ボクには無理だよっ!」
 ……それほど専門技能なのか?
 まぁ、専門技能かもしれないな。
 俺は苦笑して、部屋を出て、名雪の部屋のドアをノックする。
「名雪ーっ! 起きろーっ!」
 ドンドンドンドン
「……にゅう」
 微かに反応があった。
「起きたのかーっ!?」
「……起きたよぉ……」
 怪しい。
「本当に起きてるんだったら、今から言う質問に答えるんだっ!」
「……けろぴー」
 多分、OKだろう。
「アメリカの州を全部言ってみろっ!」
「うぐぅ、ボクそんなの言えないよ……」
「誰もあゆには聞いてないだろっ! しょうがない。名雪、自分の誕生日は?」
「ボクは1月7日だよ」
「あゆには聞いてないっつーに」
「うぐぅ、意地悪……」
「よし、それじゃスリーサイズを言ってみろっ!」
「はち……うぐぅ……」
「あゆ、どうして言わない?」
 俺が訊ねると、あゆはぶんぶんと両手を振り回しながら叫んだ。
「いじわるーっ!! 祐一くんのばかぁっ! うぐぅぅーーっ!」
 “うぐぅ”まで叫ぶことはないだろうに、と思いながら、俺はドアを開けてみた。
 案の定、名雪はけろぴーを抱いて眠っていた。
 俺はため息をついた。
「……やれやれ」

 結局、名雪を起こして着替えさせるのに、それから15分を要した。
 それからダイニングに降りたところで、俺は自分が着替えていなかったことに初めて気付くことになる。
 栞や真琴に笑われて結構情けなかった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 祝! ダイエーホークス パ・リーグ優勝っ!
 ううっ、まさかこの日が来ようとは……。長生きはするものだなぁ(笑)

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