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「……秋子さん」
Fortsetzung folgt
「なに?」
「この部屋はずっとこのままにしておいて欲しいんだ。あいつがいつ戻ってきてもいいようにさ」
俺は、一気に生活感の無くなった部屋を見回しながら、秋子さんに言った。
「それはかまわないけど……」
「……しかし、いなくなっちまえば、それはそれで寂しいもんだな……」
俺は呟いた。
今までが騒がしすぎたのだろう。部屋はひときわ、静寂に包まれているような気がした。
秋子さんが、そっと呟いた。
「……でも、真琴は別にいなくなってませんけど」
「……は?」
ぼかっ!
「勝手に真琴をいなくなったことにしないでようっ!!」
「うお、真琴、いたのかっ?」
いきなり殴られた後頭部を押さえながら振り返ると、普段着に着替えた真琴が腰に手を当てて立っていた。
「下でテレビ見てただけよぅっ!」
そう言いながら、俺の横をすり抜けて自分の部屋に入る真琴。
どうやら、すっかり元の調子にもどったようだ。
「……あうーっ」
なにやらきょろきょろと部屋の中を見回していたかと思うと、今度はとてとてっと俺の所に戻ってくる。
「祐一っ、真琴の本知らないっ!?」
「お前の漫画か? 俺は持っていって無いぞ」
「あうーっ、美汐が勝手に部屋片付けちゃったから、どこにあるのかわかんないのようっ!」
「……なるほど」
部屋が綺麗に片づいていたのは、天野がやったのか。ま、あいつらしいといえばらしいが。
「いつも自分で片付けておけば、誰かに片付けられちゃうこともないでしょう?」
「あう……、うん……」
秋子さんにやんわりと言われて、真琴は大人しく頷いた。
どうせやるつもりはないんだろうが、それでも、例えば俺が同じことを言ったとしても、こいつは絶対に頷いたりしないだろう。それを考えると、真琴に頷かせてしまう秋子さんはすごい。
「秋子さん」
「なにかしら?」
「“師匠”と呼んでもいいですか?」
「“お母さん”ならいいわよ」
意味深に微笑んで、秋子さんは階段を降りていった。
……ちょっと待て、それってもしかして……。
「ねーねー、祐一。なんでお母さんなの?」
「うるさいっ!」
ぼかっ
「いったぁーっ! 祐一が殴ったぁ〜っ!」
「いいから、お前はマンガでも読んでろっ!」
喚く真琴を部屋の中に押し込んでドアを閉める。それから一歩さがって様子を見たが、ドアは開かなかった。
代わりに中から「あうーっ、どこーっ」と声が聞こえてくる。どうやら、マンガを捜すことを優先させたらしい。
ぼーっと真琴の部屋の前で突っ立っているのもなんなので、俺はとりあえず自分の部屋に戻ることにした。
……と、その前に。
俺は「なゆきの部屋」のプレートが掛かっているドアをノックする。
トントン
「はい?」
中から、栞の声がした。
「俺だけど、開けてもいいか?」
「きゃぁっ」
小さな悲鳴を上げながら、栞が毛布で胸を隠していた。
「ひどいですっ! 私着替えてたのに」
「だから、開けてもいいかって聞いただろ?」
「開けてから、開けてもいいかって聞いても意味はないですっ」
それもそうだ。
「悪い。それじゃドアは閉めるから」
「念のために言っておきますけど、祐一さんが中に残ってドアを閉めても、意味はないですよ」
ちっ、先読みされたか。
「……見られて困るほどもないくせに」
「ああっ、そんなことを言う人は大嫌いですっ」
膨れる栞。
「私だって、そのうちにもっと大きくなるかもしれないじゃないですか」
「ま、確かに香里の妹だからなぁ」
先日の水着姿を思い出しながら、腕組みして頷く。しげしげ見たわけじゃないが、そこそこ立派なもんだったような覚えが……。
「あたしが何ですって?」
「どわぁっ!」
慌てて振り返ると、相変わらずたれぱんだエプロンを締めた香里が、片手にフライパンを持って立っていた。
「香里、おまえ料理してたんじゃないのか?」
「してたわよ。見れば判るでしょう?」
「ここはキッチンじゃないぞっ!」
「栞の悲鳴が聞こえたから飛んできたの」
飛んでったって、階段を上がってくる足音も聞こえなかったぞ。
もしかしてテレポートしてきたのか? いや、香里ならあり得るな。
「それで、相沢くんは、あたしの妹に何をしようとしていたのかしら?」
言われて、はたと気付いた。
栞は、ベッドで上半身裸のまま、毛布で胸を隠して、涙目で俺を見ている。
俺はしゅたっと片手を上げた。
「それじゃ、栞、また逢おうっ!」
爽やかに笑って退場しようとした俺の肩が、後ろからむんずと掴まれた。
「あ〜い〜ざ〜わ〜く〜ん〜。説明して下さるかしら?」
うぉ、ぎりぎりと爪が食い込むっ。
「あ〜、えっと、香里、そういえば北川との関係はどうなんだ?」
「あたしと北川くんの関係? そうね、主人と下僕、かしら?」
にこりと微笑む香里。こ、怖ぇぇ〜っ。
「あっ、祐一くん、こんなところに……」
廊下をぱたぱたっと走ってきたあゆが、部屋をのぞき込んで固まった。
「良いところに来たな、あゆっ!」
「……うぐぅっ!!」
そのまま悲鳴をあげて、あゆは逃げ出した。
「ああっ、こらあゆ、逃げるなぁっ!」
「うぐぅっ、ボク怖いのは苦手なんだよぉ〜っ!」
声がドップラー効果を引いて遠ざかっていく。
「説明しなさい」
後ろから氷点下の声が。
振り返ると、香里の瞳がオレンジ色に染まり始めていた。って、やばい、やばすぎるっ!
俺の命まさに風前の灯火っ!?
「あ、香里〜、ここにいたんだぁ〜」
のほほんとした声と共に、名雪が顔を出す。
「お鍋、吹いちゃってるよ〜」
「えっ? あ、いけない! 火にかけたままだったわ」
ぽんと手を打って、香里はあたふたと部屋を出ていった。
助かった……のか?
俺は大きく息をついた。
後ろで、栞も大きく息をつく。
「祐一さんが無事で何よりでした」
「お前のせいだろうが」
振り返って言うと、栞はむーっと不満そうに口をとがらせた。
「祐一さんが着替えてるときに入ってくるからですよ」
「へいへい。それじゃ思う存分着替えてくれ」
俺は肩をすくめて部屋を出ると、ドアを閉めた。そして名雪に礼を言う。
「ともあれ、助かった」
「イチゴサンデー、だよ」
にこっと笑って言うと、名雪はそのまま階段を降りていった。
うーむ。これからは、栞をからかうときは、名雪が近くにいるのを確かめてからにしよう。
「あ、そうそう」
不意に名雪が階段の途中で立ち止まった。
「祐一、香里をあんまり怒らせたらダメだよ。いつでもわたしが助けに入れるわけじゃないんだから」
「そうだな。善処する」
「うんっ」
笑顔で頷くと、名雪は今度こそ階段を降りていった。
俺も、これ以上トラブルに巻き込まれないうちに、今度こそ部屋に戻ることにしよう。
部屋のドアを開けると、灯をつける。
「うぐぅっ!」
部屋の真ん中で悲鳴が上がった。流石に驚いて見てみると、床にあゆがうずくまっていた。
「……お前、何してるんだ?」
「祐一くん?」
おそるおそる顔をあげて、俺の姿を確かめると、あゆはそのまま俺に飛びついてきた。
「うぐぅっ、怖かったよぉっ!」
俺はさっとそれをかわした。
べちぃっ
もろに、俺の背後の壁に激突するあゆ。
しーんと静寂が流れた。
「……さすがに今のはちょっと俺が悪かったのかもしれない」
「……」
「もしかして、あんまり毎回壁に激突するから、最近は痛くも痒くも無くなってきたとか?」
「毎回ちゃんと、すっごく痛いようっ!」
壁から顔を引き剥がすようにして振り返るあゆ。変な日本語だが、意味はわかる。
あゆは、鼻の頭を真っ赤にして、涙目で俺にくってかかってきた。
「うぐぅっ、どうしてよけるのっ!?」
「そりゃ、襲いかかられたら逃げるのが人としての本能だろう?」
「襲いかかってなんかないようっ!」
「そうなのか? 俺はてっきりあゆが鉄砲玉になったのかと思ったぞ」
「よくわかんないけどちがうよっ!」
「高倉建の任侠映画とか見てないのかっ!?」
「鉄道員(ぽっぽや)しか知らないもんっ!」
いや、あれはあれで味があるけど……って何の話だ?
俺はため息をついてベッドまで歩いていくと、そこに座った。
「で、どうしたんだ? 夜這いか?」
「えっ? あれっ? ここ、どこ?」
そう言われて、きょろきょろと辺りを見回すあゆ。
「あ、祐一くんの部屋だ……」
「……もしかして、今まで自分が何処にいるのか把握してなかったのか?」
「うん。だって、……うぐぅ」
また涙目になるあゆ。さっきの香里がよっぽど怖かったらしい。
俺は苦笑して、ベッドに座った。
「まぁ、立ち話もなんだし、あゆも座れ」
「えっ? あ、うん」
そのまま床に座るあゆ。
「いや、そうじゃなくて……」
「え?」
「祐一ーっ!!」
バタン
叫び声と同時にドアが開いた。そして、マンガ雑誌を片手にした真琴が嬉しそうに入ってくる。
「捜してたマンガ見つけたのーっ! わっ!」
「えっ! あっ!」
びたん
そして、床に座っていたあゆにつまずいて、一緒に倒れる。
「あうーっ」
「うぐぅ……痛い」
マンガのようなお約束だった。
「ご、ごめん、真琴さん」
「……たたた。もうっ、こんな所にしゃがんでないでよっ!」
「うぐぅ、ごめんなさい」
……あゆ。お前、仮にも真琴の上級生じゃないのか?
「ま、いいけど。祐一ーっ、マンガ読んでーっ!」
「……あのな」
断ろうかとも思ったが、そこで俺はふと思いついた。
「よし、それじゃあゆ、お前も手伝え」
「えっ? ボクが?」
「おう。二人で一緒に真琴のマンガを朗読するのだ! なぁ、真琴。それでもいいだろ?」
「……あうーっ」
困ったように頭を掻くと、真琴はしばらく唸った後で、こくりと頷いた。
「ま、まぁ、しょうがないわねっ。多めに見積もってあげるわっ」
「……もしかして、大目に見てあげるって言いたかったのか?」
「そう、それよっ!」
俺はため息を付くと、訊ねた。
「で、どれだ?」
「これよっ。今日新展開なのよっ!」
ばっと雑誌を広げる真琴。
「よし、それじゃあゆはこの娘の役だぞ」
「う、うん。ボク頑張るよっ!」
……別にそんなに力を入れるほどのこともないんだが。
苦笑しながら、俺は雑誌に視線を落とした。
視線を上げた。
「やめよう」
「えーっ!? なんでようっ!」
「うぐぅ、ボクも……」
あゆが真っ赤になった顔を上げる。
「やだやだっ! ちゃんと読んでっ!!」
「……だって、なぁ……」
俺は頭をぼりぼりと掻いた。
「いいから、読んでっ!!」
真琴は強情だった。俺は仕方なく読むことにした。
「『おれはきみがだいすきだっ』」
「もっと感情込めて読んでようっ!!」
「注文の多い奴だな。『俺は君が大好きだっ! だから、だ、だ、ダダ星人になりたいっ!』」
「そんなこと書いてないっ!!」
真琴にぽかぽかと叩かれる。
「いて、いててっ。わ、わかった。読むから殴るなっ!」
「ちゃんと読まないと殴るわよぐーでっ!」
「殴ってから言うなっ!」
俺は大きく息を吸った。そうだ、単に朗読してるだけなんだ。
「『俺は君が大好きだっ! だから、抱きたいっ!』」
「うぐぅ……」
「どうした、あゆのセリフだぞ」
「う、うん。……『はい。私もあなたになら、何をされてもいいの』」
「……ぷっ」
思わず吹き出してしまった。
「くくくっ、わたしだって、あゆがわたしだって」
「うぐぅ……だから嫌だったんだよ」
と、そこにノックの音がして、秋子さんが顔を出した。
「あら、みんなここにいたのね。夕御飯の用意が出来たわよ」
「はーい」
真琴が元気に返事をし、俺とあゆは顔を見合わせて安堵のため息を付いた。
「?」
不思議そうに俺達を見る秋子さんに「すぐに行きます」と返事をしてから、俺は雑誌をパタンと閉じると、真琴に渡した。
「じゃ、今日はこれまでだな」
「えーっ!? なんでようっ!」
「もう夕飯だろ。だから終わり。ちゃんと部屋に置いて来いよ」
「むーっ。わかったわようっ」
真琴はそう言って出ていった。
あゆが深々とため息を付く。
「よかったーっ。もっと先まで読まされてたら大変だったよ」
「うーむ。しかし、今になってみると、あゆのあえぎ声っていうのも聞いてみたかったような気がするな」
「わっ! そ、そ、そんなの聞いてどうするんだよっ! 祐一くんのえっちっ!」
あゆは思い切り動揺していた。俺はそんなあゆの頭を軽く叩いて、部屋を出た。
「ほら、さっさと来い。電気消すぞっ!」
「ま、待ってようっ!」
あゆがぱたぱたと部屋から出てくるのを待って電気を消し、俺達は階段を降りていった。
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あとがき
秋のお彼岸です。皆さまいかがお過ごしでしょうか?
とりあえず、「マコピーを救えキャンペーン」はこれにて完結。多分。話の展開によっちゃ、また波乱があるかもしれませんが(笑)
それにしても、思ったよりも多くのほのぼの支持のメッセージを頂きまして、なんともありがたいことでした。
こういうメッセージを頂けると、やっぱりやる気が出ますよね。
(でも、あまりほのぼのを続けていると、反動でだーくなやつを書きたくなるんですが(笑))
余談ですが、サブキャラ4人のスペックは以下のとおり。
水瀬秋子
誕生日 9/23
血液型 O
身長 165センチ
体重 50キロ
3サイズ 86−57−83
倉田佐祐理
誕生日 5/5
血液型 A
身長 159センチ
体重 45キロ
3サイズ 84−55−82
美坂香里
誕生日 3/1
血液型 B
身長 164センチ
体重 48キロ
3サイズ 83−55−81
天野美汐
誕生日 12/6
血液型 A
身長 159センチ
体重 44キロ
3サイズ 80−53−79
さて、佐祐理さんは……どうしよう?(苦笑)
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