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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 20

 とりあえず、舞の怪我も大したことがないということなので、安心した俺は部屋に戻ることにした。
 ドアを閉めて、ジャケットを脱いだところで、いきなりまたドアがどんどんとノックされた。いや、ノックなんて生やさしいものじゃない。名雪以外なら皆起きてきそうな勢いだった。
「祐一ーっ! 祐一ーーーっ!!」
「なんだよっ!」
 とりあえずジャケットを椅子の背に引っかけながらそう返すと、ドアががちゃりと開いて、真琴がぴょこんと顔を出した。
「お前なぁ。叫ぶか叩くかどっちかにしろって」
「ねぇねぇ、今日、新しい漫画、買ってきたんだぁ」
 俺の言うことを無視して、抱えていた漫画雑誌を嬉しそうに見せる。
「ほう、よかったな。それじゃお休み」
 そう言って真琴を押し出そうとすると、真琴は慌ててじたばたする。
「あうーっ、ちょっと待ってよぉっ!」
「なんだよ?」
 とりあえず押し出すのを中止して訊ねると、真琴はその雑誌を俺の前で広げて見せた。
「一緒に読もうよっ」
「……あのな、おい」
 俺はため息を付いた。それから、真琴に言ってやる。
「何が悲しくて、少女漫画を、それもお前と顔付き合わせながら読まないとならんのだ?」
「祐一、こっちーっ」
 既に、真琴は床に座って、俺のベッドを背もたれ代わりにして雑誌を開いていた。
「ほらほらーっ」
「……」
 どうして、俺の周りにいる連中は、こうも人の言うことを聞いてくれないのだろうか?
 もう一度ため息をついて、俺は仕方なくベッドに横になった。
「おやすみ」
「一緒に読もうよぉ。ねっ、ほらこれなんて面白いよぉ」
 がばっと顔に雑誌を押しつけられた。インクの匂いが胸一杯に広がる。
「……真琴」
「えっ? なに?」
「顔に押しつけるなぁっ!!」
 俺は上体を起こすと、真琴から雑誌を取り上げた。
「それじゃ、祐一が読んでね」
「……は?」
「森本レオでお願いね」
 声の指定までしやがる。
 どうやら、読んでやるまでここを動きそうにないな、こいつは。
「しょうがない。KONISHIKIの声で読んでやろう」
「そんなのやだぁ」
「どれどれ……『冷たい冬の風は少しずつ暖かくなり、もうすぐ、春の気配』……いきなりモノローグから入るって、俺は好きじゃないな」
「祐一の感想なんて聞いてないっ!!」
「『春はあっという間に終わった』」
「いきなり終わらないでようっ!」

 たまにアドリブを挟んでは怒鳴られながらも、俺は結局最後まで漫画を読んでやった。
「『……ただいま、耕介くん』……と。ほれ、終わったぞ」
「……はぅーっ」
「しかし、べたべたなラストだよな」
「人が余韻を味わってる隣でけなさないでようっ」
 目を閉じてうっとりしていた真琴が、じろりと俺を睨む。
「なんだ、がっかりしてたんじゃないのか? お金の無駄遣いしたぁって」
「まったく、全然、これっぽっちも違うーっ!」
 真琴は小さな拳をぶんぶんと振り回して力説した。
「あーっ、すっごくいいお話だったぁ〜、って感動してたのようっ!」
「ったく、ガキだな、お前は」
「何ようっ、ガキガキって。真琴、ガキじゃないもんっ!」
 ぷくぅっと膨れる真琴。そういうところがガキっぽいんだっていうんだ。
 そう思いながら、俺はちょっとした悪戯を思いついた。
「ガキじゃないなら、大人なのか?」
「そうよっ」
「それじゃ、キスも出来るんだな?」
「えっ?」
「キスは大人の必要条件だからな。真琴が大人なら、キスだって出来るだろ?」
 俺がにやっと笑って言うと、真琴は慌てて虚勢を張る。
「で、できるわよっ」
「なら、俺とするか?」
 さらににやにや笑う俺。
 この後は、「あうーっ」と困るか、「そんなこと出来るかぁっ」と怒って部屋を出ていくか、どっちかだろう。
 そう思っていたのだが。
「……祐一は、真琴とキスしたいの?」
 真琴は、そう訊ねながら、俺の顔を見上げた。
「……え?」
 思わず、至近距離で見つめ合ってしまう俺と真琴。
 真琴の瞳が、潤んでいるように見えた。
 そして、小さくて柔らかそうな唇。
 俺は、無意識のうちに、ごくりと喉を鳴らしていた。
「ま、真琴っ」
 肩から背中に手を回すと、俺の腕の中に真琴はすっぽりと納まってしまう。改めて、小柄なんだなと実感した。
「祐一……」
「いいのかっ? 本当にキスしてしまうぞっ」
「祐一は大嫌いだけど……」
 真琴は呟いた。
「今でも、大っ嫌いだけど……」
 目を閉じる。
「でも、ずっと一緒にいたいような気もするんだ……」
「……」
「……変だよね……」
 俺は、その真琴の唇を、自分の唇で……。

「わぁっ! ま、舞さんっ! ど、ど、どうしたのっ!!」
 いきなり、俺の部屋の前であゆの叫び声が聞こえた。驚いたはずみに、俺は真琴にヘッドバッドを食らわしてしまう。
 ゴチーン
「あいたぁっ!!」
 ……マジに、目の奧で火花が散ったぞ。
 俺と真琴が額を押さえてベッドに上にうずくまっている間にも、外の騒ぎは続いていた。
「わぁっ、舞さんすごいです。私、初めて見ました……」
「……」
「えっ? だっ、だめだよっ! 行っちゃだめっ!」
「そ、そうですっ! だめですっ!」
「……」
「いいから、着替えてきてくださいっ」
「そうだよっ! そんな格好で祐一くんの部屋に行くなんて、だめだよっ!」
 舞が何を言ってるか聞き取れないが、どうやら栞とあゆが、なんだかとんでもない格好をしている舞が、俺の部屋に行こうとしているのを押しとどめているらしい。
 ……待てよ。そういえば、すっかり忘れてたけど、今朝……。

「祐一さん、白ワイシャツじゃだめですか〜。こうなったら最終奥義しかないですね〜」

 確か佐祐理さんがそんなことを言ってたな。
 とすると……、今の舞は多分その“最終奥義”とやらの格好をしているのだろう。しかも、それは昨日のあの“白ワイシャツ”を越えるものに違いない。
 俺はがばっと起きあがると、部屋のドアを開けようとした。
 ……開かなかった。
「あ、あれっ?」
 慌てて、もう一度ドアを押してみるが、開かない。何かが向こうから押さえつけているようだ。
「おいっ、開けろっ!」
 ドアをどんどんと叩きながら叫ぶと、案の定向こうからはあゆの焦ったような声が聞こえてきた。
「だ、だめだよっ! 祐一くん、今出て来ちゃだめっ!」
「なんでだっ!? 俺はこの部屋を自由に出入りする権利があるんだぞっ!」
 そう言いながら、必死にドアを押すと、わずかに隙間が開く。
「わぁっ、栞ちゃん手伝ってっ! 祐一くんすごい力だよっ!」
「はい! ……えいっ!」
 ずしん、と向こうからの力が強まって、少し開いていた隙間が閉まる。
 くそっ、向こうの方が力が上だって言うのか? ならばっ!
「おい、マコピー、手伝えっ!」
「絶対に嫌っ!」
 うぉ、マコピーのやつ、そっぽを向いて拗ねてるぞ。
「なんでだっ!!」
「祐一のこと、ますます憎らしくなったもん!」
 うぉ、あまつさえあっかんべーしてる。くそぉ、こんど尻が真っ二つに裂けるまで叩いてやる。
 と、ドアの向こうで声がした。
「あらまぁ、舞さん涼しそうな格好ね」
 ……秋子さんだ。
「でも、その格好でお料理すると、油やお湯が跳ねたときに大変よ」
「……佐祐理がそうしろって言うから」
「まぁ、そうなの?」
 ……涼しそう?
 ……料理?
 俺の明晰な頭脳は、0.1秒で今の舞の格好を判定していた。
 そして、おもむろにドアに向き直る。
「あゆっ! 栞っ! ここを開けろぉっ!!」
「ダメだよっ!」
「ダメですっ!」
 くっそぉ。こうなったら体当たりしてでもこの場を突破してやるぜっ!
「とにかく、着替えてきなさい。風邪引くわよ」
 こらっ、舞っ! 秋子さんに説得されるんじゃないっ!
 俺の心の声もむなしく、ドア越しに舞の声が聞こえてきた。
「……わかった」
 そして、遠ざかっていく足音。
 ああ〜〜〜……
 俺は、ドアのまえにへなへなと崩れ落ちた。そしてその場に泣き崩れるのだった。
 と。
 カラカラッ
 不意に窓が開いた。顔を上げると、真琴がベランダに出ていった。
「真琴?」
「部屋に戻るのよっ」
「何も窓から入らなくても……」
「ドアから出られないんでしょっ! 祐一のばかっ! ほっといてっ!」
 不機嫌な声で怒鳴ると、真琴は自分の部屋の窓を開けて、中に入っていった。
 ……そこだぁっ!
 俺の明晰な頭脳は再び活発に動き出した。
 舞は着替えに戻った。真琴は自分の部屋に戻った。舞は真琴の部屋で寝泊まりしている。つまり、今、舞は真琴の部屋にあの格好でいるにちがいない。
 俺はベランダに飛び出し、真琴の後を追ってその部屋に突貫した。
「な、なにようっ! 真琴の部屋に勝手に入って来ないでようっ!」
 わめく真琴を無視して、漫画本やらスナック菓子の袋やらが乱雑に散らかっている部屋を見回した。
 ……舞はいなかった。
「出てってようっ!」
 そう言いながら俺の背中をぽかぽか叩く真琴を無視して、俺は積み上げてある布団をひっくり返したり、クローゼットを開けてみたりしたが、舞の姿は無かった。
「……はうーっ」
 俺はがっかりして、ドアを開けて廊下に出た。後ろから真琴の怒声が聞こえる。
「二度と来るなーーっ!」
 続いて、ガチャリと乱暴にドアが閉まる音。
 まだ、俺の部屋のドアを押さえていたあゆと栞が、こちらをみて、目を丸くする。
「あれ? 祐一くん、どうして真琴さんの部屋から出てきたの?」
「おまえらなぁ〜っ!」
 ぼかっ、ぼかっ
 俺はとりあえず、あゆと栞の頭を一発ずつ殴っておく。
「痛ぁ〜」
「あいたたた。そんなことする人は嫌いですっ」
「そんなことされるようなことをするからだっ!」
「だって、祐一くんが出てこようとするから……」
「そうですよ」
「なんで俺が部屋から出てきたらいかんのだっ!?」
「だって、舞さんが……。ねぇ?」
「祐一さん、えっちですから。ねぇ?」
 意味深な表情で頷き合う2人。本当にいいコンビだ。
 だが、この俺の心のオアシスを邪魔した罪はあまりに重い。そう、重いのだ。
「さて、あゆ、栞……」
「え? なに、祐一くん?」
「なんですか、祐一さん?」
「どっちが先だ?」
 手をわきわきさせながら、2人に迫る。
「わわっ! な、なんですかっ!?」
「どっちが先か、と聞いている」
「あゆさん、お先にどうぞっ」
 こういうとき、栞は天性の要領のよさをみせる。
 対照的にあゆは不器用だった。
「えっ? ボ、ボクなのっ!?」
「そうか。あゆか。……くらえっ! こちょこちょこちょこちょ」
「きゃはははははは、う、ひゃぁっ、ぐ、ふぅ、や、やめぇへへへへっ……」
「ほれほれ、笑い死ぬまでくすぐってやるぞぉ。どうだぁ、ここかぁ? ここがええんのかぁ?」
「ひゃはは、あはははは、や、ははははは、やだっ、ははは……」
「あわわっ、わ、私、お薬飲まなくちゃ……」
 そう言って逃げ出そうとする栞の襟を後ろから捕まえる。
「どこに行くのかなぁ〜? 栞ちゃ〜ん」
 俺の後ろでは、笑いすぎて動けなくなったあゆが、抜け殻のように転がっていた。
 それをちらっと見て、栞は引きつった笑みを浮かべる。
「えっと、その……。あ、秋子さん」
「嘘付いて逃げようとしても、そうはいかんぞぉ〜」
「何してるんですか、祐一さん」
 後ろから、本当に秋子さんの声がした。
「あ、いえ、ちょっとレクレーションを」
「まぁ、そうですか。でももう夜ですから、もうちょっと静かにやってくださいね」
 微笑んでそう言うと、秋子さんは階段を降りていった。
「ああっ、秋子さん……」
「さぁて、栞。秋子さんにああ言われた事だし、ちょっとサイレントなおしおきにしようかねぇ」
 俺はにやりと笑った。
「えっと、祐一さん? ……あっ、そ、そんなことする人は……ああっ、き、嫌いですっ……」
「う……ぐぅ……、ボク、もうダメ……」

 その後は特に何事もなく、俺は安らかに眠りについたのだった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 うぃずゆーTOYBOX買いました。
 ……ミニゲーム、全然勝てません。悲しいです(泣)

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