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「祐一さん、祐一さん」
Fortsetzung folgt
俺を呼ぶ声がする。
身体が揺すられている感触。
「起きてください。もう朝ですよ」
「……んぁ」
小さく呻いて、目をあける。
カーテン越しに、朝の光が部屋に射し込んできていた。
今日もいい天気みたいだ。
「今日もいい天気みたいですね」
俺が思ったのと同じことを言われて、俺は苦笑した。
「そうだな……」
「はい」
栞は笑顔で頷くと、ふわぁと可愛くあくびした。
俺は上体を起こした。
「あっ」
不意に栞が顔を赤らめる。栞の視線を辿ると、毛布がテントを張っていた。
「わっ、わっ!」
「いや、これは男の生理現象ってやつでなっ!」
「し、知ってますけど、でも見たのは初めてですっ!」
そりゃ見慣れていたりしたら怖いぞ。
……あれ?
「ところで、栞?」
「だっ、だめですよっ、朝からなんて。ちゃんと学校に行かないといけないんですから」
「俺は自宅謹慎なんだ」
「でも、私はちゃんと学校に行きますよ」
澄まして言う栞。俺は頭をかきむしった。
「そうじゃなくってっ! なんで栞が朝起きたら俺の隣で寝ているんだっ!?」
俺がそう言うと、栞は大きく目を見開いた。
「そんなっ。あんなことまでしておいて……」
「ほへ?」
「わ、私を弄んだんですかっ!?」
そのまま、毛布を片手で握りしめて俯く栞。
「そんな……。私、祐一さんだから我慢できたのに……」
……全然覚えが無いんですけど……。
俺がうろたえる、というよりも呆気にとられていると、栞はそんな俺の表情を見て、ぺろっと舌を出した。
「ごめんなさい。冗談です」
「……あのなぁ……」
俺は大きくため息をついた。
「冗談にもほどがあるぞ、栞」
「それと、仕返しです」
栞は、トン、と床に降り立った。
「仕返し?」
「夕べ、あんなコトするからですよ」
ちょっと赤くなって言う栞。
「夕べって、あれはそもそもお前があんなことするから、そのお仕置きだろうが」
「だからってあんなこと……」
「それに、栞だって満更じゃなかったみたいじゃないか」
「それはちょっとは……。で、でも、あんなのってないです。セクハラです。あんなことする人は嫌いです」
赤くなってくってかかる栞。
俺は一言、言った。
「栞、胸のボタンが外れてるぞ」
「えっ? きゃぁ」
慌ててパジャマの胸元を押さえる栞。それから上目遣いに俺を見る。
「も、もしかして、見ました?」
「見られるほどないだろ?」
「ひっ、ひどいですっ。ちょっとは気にしてるのにっ!」
「ちょっとか?」
「えっと、その……」
俺がツッコミをいれると、てきめんにうろたえる栞。
しょうがない。フォローを入れておくか。
「ま、気にするな。世間には貧乳が趣味というやつも多いぞ」
「わっ、全然フォローになってないですっ!」
要するに、夕べの仕返しに、俺を脅かしに来たってわけらしい。
「いいから、さっさと部屋に戻れ」
そう言ってから、俺は思いだして目覚ましを先に止めておく。
「ううっ、祐一さんに追い出されてしまう可哀想な私……」
「自分で言うな。それとも襲われたいのか?」
「えっ?」
慌てて部屋の反対側まで下がる栞。
「お、襲うって、私をですかっ?」
「他に誰がいるっ!? それとも、もしかしてそんなこと考えてもなかったのか?」
「それは、その……」
と、不意にノックの音がした。
「祐一〜、起きてる〜?」
名雪の声だった。
「まずいっ。栞、毛布かぶってろっ!」
「えっ?」
「それとも名雪に見られたいのかっ!」
そう言いながら、俺はベッドから毛布を引き剥がして栞の上にかけた。それから何食わぬ顔でドアを開ける。
「やぁ、おはよう名雪。いやぁ、新しい朝が来た。希望の朝だぞ」
「祐一、真琴が大変なんだよ」
……せめてツッコミを返して欲しかった。
じゃなくて。
「真琴が? どうしたんだ?」
「うん、川澄先輩が熱出したお母さんって聞いた祐一が説明を起こして真琴がきなさいって」
「……何が言いたいのかわからん」
「……くー」
「寝るなっ!」
「多分、真琴が熱出したって川澄先輩から聞いたお母さんが、祐一を起こしてきなさいって言ってるんだと思います」
毛布の間から顔を出した栞が言った。
「こら、栞っ! 顔を出すとばれる……」
「あ、栞ちゃん。おはよう」
「おはようございます、名雪さん」
……俺の心配は杞憂だったようだ。
「んで、真琴の容態は?」
「うん。お母さんが今真琴の部屋で様子を見てるよ」
俺は、とるものもとりあえず真琴の部屋に行ってみることにした。
ノックをしてからドアを開けると、部屋の真ん中に敷かれた布団の中で、真琴が赤い顔をして眠っていた。その額に手の平をつけて熱を診ていた秋子さんが、顔を上げてこっちを見る。
「あ、祐一さん。おはようございます」
「おはようございます。あの、名雪に俺を呼んでるって……」
「ええ、真琴のことなんですけど、ちょっと熱が出てるみたいで、今日は学校もお仕事も行けそうにないの。今日は私も仕事があるので……」
秋子さんはすまなさそうに言った。
「判りました。こいつの様子をみてればいいんですね?」
「ええ。何かあったら、連絡をしてくださいね」
と、そこに舞が洗面器を持って入ってきた。
「よぉ、舞。どうした?」
「洗面器」
「……そりゃ見れば判るけど」
「あ、舞さん。それこっちに置いてください」
秋子さんが声をかけて、舞は洗面器を秋子さんの傍らに置いた。その洗面器の中には水が入っている。
舞はタオルを水に漬けてじゃぶじゃぶと濡らすと、ぎゅっと絞って秋子さんに渡す。秋子さんは礼を言って、そのタオルを真琴の額に乗せた。
「大丈夫?」
真琴の顔をのぞき込む舞。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
秋子さんは言うと、俺と舞に言った。
「それじゃ、私はもう少し真琴の様子を見てるから、二人は朝ご飯を済ませていらっしゃい」
「わかった」
こくりと頷いて部屋を出ていく舞。
俺はその後を追いかけようとして、足をとめて秋子さんに尋ねる。
「あの、つかぬ事を伺いますが」
「はい?」
「朝ご飯って、誰が作ってるんですか?」
「あゆちゃんよ。私が真琴の世話をしないといけなかったから」
秋子さんは片手を頬に当ててにこっと笑った。
「あゆちゃん、とっても張り切ってたわよ。……あら、祐一さん、どうかしたんですか?」
「……いえ」
俺は今日は学校に行かないからいいとして、他の連中は朝抜きだな、こりゃ。
キッチンに顔を出すと、案の定エプロン姿のあゆが唸っていた。
「うぐぅ……、ちゃんと切れない……」
俺はため息をついて、キッチンに入った。あゆが俺に気付いて明るく挨拶する。
「あっ、おはよう祐一くん。もうちょっと待ってね、すぐに出来るから」
「そっか、がんばれよあゆ。えっと、カロリーメイトはどこに入ってたかな?」
「うぐぅ……、いきなりボクの作ったものを食べたくないって意思表示しないでよぉ。それも遠回しに……」
「お、あゆにしては珍しく鋭い洞察だな」
「うぐぅぅ」
「わ、わかったから、包丁を持ったまま俺を睨むなっ!」
慌てて両手を上げて俺が説得すると、あゆは俺に尋ねた。
「ぐすん。それじゃボクの作った料理、食べてくれるよね?」
「食べる、食べるからその包丁をこっちに向けるなっ!」
「よかったぁ。それじゃボク頑張って作るから待っててねっ!」
そう言ってから、まな板に向き直る。
「よし、頑張れ。えっと、ウィダーインゼリーは冷蔵庫に入ってたっけ?」
「……うぐぅ……」
「あゆもいるか? 10秒でとれる朝ご飯だぞ」
「2時間しかもたないよっ!」
などとやっていると、制服に着替えた栞が入ってきた。
「あゆさん、おはようございます」
「あっ、栞ちゃん、おはようっ」
「いいところに来た。栞、実は朝ご飯を作って欲しいのだよ」
「え?」
そう言われて、栞はこくりと頷いた。
「はい、構いませんよ」
「そうかっ、作ってくれるか?」
「ええ。料理は得意なんです」
「うぐぅ……」
包丁を片手に泣きそうな顔をするあゆに、栞はエプロンをいそいそと身に着けながら言った。
「あゆさん、手伝ってくださいね」
「えっ? ボク?」
「はい。みんなでやれば早くできると思うんです」
笑顔で言う栞に、あゆは大きく頷いた。
「うんっ、そうだよねっ。それで、ボクは何をすればいいの?」
栞はキッチンをぐるっと見回すと、真剣な表情になった。
「それでは、あゆさんだから特別にお願いするんですけど……」
「うんうん」
あゆも真面目に頷く。
「そこに皿を並べて欲しいんです」
「うん、ボク頑張るっ」
大きく頷くと、あゆは真剣な面もちで食器棚から皿を出し始めた。
……やるな、栞。
俺は相変わらず要領のいい栞に苦笑して、キッチンを後にした。
皆が朝食を済ませる頃になって、秋子さんが降りてきた。
「真琴の様子はどうですか?」
「ええ、まだ目を覚まさないから。祐一さん、真琴が目を覚ましたら、とりあえず何か栄養のつくものを食べさせてあげてくださいね」
「あ、雑炊でよければ、作っておきましたよ。お鍋に入れておきましたから、必要になったらあっためてください」
栞が言う。さすが栞だ、そつがない。
その隣であゆがにこにこしている。
「そのお鍋はボクが用意したんだよっ」
「まぁ、ありがとう、栞ちゃん、あゆちゃん」
秋子さんに礼を言われて嬉しそうに笑うあゆ。……お手軽な奴。
名雪が時計を見上げ、席を立つ。
「それじゃわたしはそろそろ行くよ。祐一、真琴のことよろしくね」
「おう」
「それじゃ私も行きます」
「あっ、ボクも……」
ばたばたと3人が出て行ってから、舞が悠然と席を立って出ていった。その背中に声をかける。
「舞!」
「……」
黙って振り返る舞に、俺は言った。
「佐祐理さんのことは、くれぐれも頼むぜ。昨日はああ言ってたけど、佐祐理さんのことだ。絶対に生徒会に……」
「佐祐理は、親友だから」
舞はそう言うと、ダイニングを出ていった。
「私が守るから……」
「……頼むぜ」
俺は、何にも出来ない自分が歯がゆかった。
でも、舞は、ああ言った以上、佐祐理さんを意地でも止めてくれるはずだ。
それを信じるくらいしか、今の俺にできることはなかった。
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