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昨日と同じメンバーでの、だが、昨日とはうって変わって静かな夕食が終わった。
Fortsetzung folgt
秋子さんが皆の前に食後のお茶を置き、席に着くと、俺に視線を向けた。
「さて、説明してくれるかしら」
「……ええ。実は……」
俺は、頭の中で今日の出来事を思い返しながら、説明した。
説明しながら、情けなくなった。
なんで、俺はあんな挑発に乗るようなことをしちまったんだろう……。
「で、俺は久瀬をぶっ飛ばして、その場から逃げ出しちまったんだ」
「あら、まぁ。……でも、了承」
秋子さんはあっさりと言った。
「秋子さん?」
「いいわね、若いって」
微笑むと、秋子さんは名雪に尋ねた。
「名雪は、どう思ったの?」
「えっ?」
「祐一さんが、その久瀬って人をぶっとばしたのを見て」
秋子さんが「ぶっとばす」何て言うのを聞くと、なんかすごい違和感がある。
名雪は頬に手を当てて、小首を傾げた。
「よくわかんなかったよ。わかんなかったけど、……でも嬉しかった」
最後の言葉とともに、名雪はにっこりと笑った。
秋子さんは俺に向き直った。
「名雪がそう言ってるんだから、名雪の母親としては、祐一さんの行動は了承するわ」
「は、はぁ……」
「でも」
不意に真面目な顔になる秋子さん。
「冷静に見れば、浅慮の至り。それは認めるわね」
「……はい」
俺は頷いた。
「でも、俺はともかく、他のみんなまでさげすまれるのは……」
「そうね。でも、本当にそう? 本当は、祐一さんが、その男を単純に殴りたかっただけ。名雪が馬鹿にされたことは、その欲求に理由をつけたに過ぎないんじゃないのかしら?」
「……」
俺は沈黙した。
確かに、秋子さんの言うことには、思い当たるところがあったからだ。
「お母さん、それはひどいよ」
名雪が、黙り込んだ俺に代わって秋子さんに抗議した。
「祐一は、そんな人じゃないよ」
「いや、名雪……」
俺は、名雪を制した。
「祐一?」
「秋子さんの言うとおりかもしれない。俺は、あの時、純粋に、名雪が侮辱されたから、あいつを殴ったわけじゃないんだ、きっと……」
「そんな……」
「だからね、名雪」
秋子さんが口を挟んだ。
「このことで名雪が責任を感じる必要はないのよ」
「でも、でもお母さん、わたしのせいで祐一が……」
そういうことか。
俺は、名雪の髪を乱暴にくしゃっとかき回した。
「ひゃぁ」
「名雪のせいじゃねぇって。手を出したのは俺だ」
「……祐一……」
名雪は、まだ承伏しかねる、という表情だったが、とりあえず頷いた。
「わかったよ。祐一がそう言うんなら……」
秋子さんは、ぽんと手を叩いた。
「さて、次に問題になるのは……と。生徒会側が祐一さんにどんな処分をしてくるか、ね。理由はどうあれ、生徒会役員に手を上げちゃったんですから」
「退学になってしまうんでしょうか?」
栞が不安そうに訊ねた。
「とりあえず、生徒会の人は何て言ってたの?」
「処分が決まるまで、自宅謹慎だそうです」
そう言って、栞はポケットから小さな機械を取り出した。……テープレコーダー?
「あそこでのやりとりはすべてこれに録音しておいたんです。何かの役に立つかな、と思って」
栞はそう言いながら、そのテープレコーダーをしばらくかちゃかちゃやっていたが、やがて顔を上げた。
「どうぞ」
久瀬の声が聞こえてきた。
「とりあえず、僕に対して暴力を振るったのは事実ですからね」
「振るわれるようなことをしたのはそっちでしょう?」
「何事も腕力でかたをつけようとするのは、およそ文明的な人間のすることじゃありませんよ」
「……汚いわね。それが生徒会のやり方ってこと?」
「美坂香里さん。その発言は生徒会に対する侮辱と見なしてもいいですか?」
「……ごめんなさい。今の発言は、撤回するわ」
「……お姉ちゃん……」
「まぁ、いいでしょう。僕も寛大な人間だ。今の発言は聞かなかったことにしてあげましょう」
「……くっ」
「相沢祐一に対する処分は追ってお知らせします。それまでは自宅謹慎してるように、彼に伝えてください」
「そんなっ! 祐一は……」
「おお、背中が痛い。早く医者に診せないといけないので、僕はこれで失礼します」
久瀬のわざとらしい声が、遠ざかる。
「あっと、倉田さん」
「……はい」
「明日にでも、少しお話したいので、少々時間をいただけますか?」
「……佐祐理は、かまいませんよ」
「では。皆さん、ごきげんよう」
カチャ
栞は、ドアが閉まる音がしたところで、テレコを止めた。
佐祐理さんが笑顔で言った。
「大丈夫ですよ〜。明日、もう一度佐祐理が久瀬さんにお話しして、祐一さんのことは、許してもらいますから」
俺は、首を振った。
「ダメだ」
「はぇ〜。どうしてですか?」
「佐祐理さんを犠牲にするわけにはいかないよ」
昼休みの時に聞いた、生徒会との確執を考えれば、俺を許すという条件の代わりに、佐祐理さんに何か要求してくることは、火を見るより明らかってやつだ。
「でも……。それでいいじゃないですか」
佐祐理さんは、いつもの通り微笑んでいた。
「みんながそれで幸せになれるんなら……」
「俺は、幸せになれない。だから、そんなことはしないでくれ」
「祐一さん……」
「舞、頼みがある」
俺は、黙々とお茶をすすっていた舞に視線を向けた。
「……判ってる」
舞は、佐祐理さんの親友だった。今更言うまでもなく。
「佐祐理は、私が止めるから」
「でも、それじゃ祐一さんが……」
「いいって」
俺は強引に話を打ち切ると、肩をすくめた。
「学校に行くだけが人生じゃないし。なぁ、真琴?」
「なんで真琴に話を振るのようっ!」
「だって、お前プータローじゃないか」
「そんな名前じゃないわよう! 沢渡真琴っていう可愛い名前があるんだからっ!」
ぷっと膨れる真琴。って、こいつプータローも知らないのか?
「それじゃ、学校からの正式な通知があるまで、祐一さんは自宅謹慎っていうことなのね?」
秋子さんが名雪に尋ねた。
「そういう事みたいだぉ」
もう眠くなっているらしく、目をこすりながら名雪は答えた。
「わかったわ」
秋子さんは頷くと、ぽんと手を打った。
「それじゃ、この話はこれまでにしましょう」
確かに、ここでいくら話をしてても、生徒会側の打ってくる手が判らないことには対応出来ない。そういうことだ。
部屋に戻ると、俺はすることもなく、ベッドに寝転がって天井を見上げていた。
と。
不意にトントン、とノックの音がした。
「はぁい」
返事をしたが、ドアは開かない。
奇妙に思って状態を起こすと、ドアの向こうから声が聞こえた。
「……もう、行くから」
舞の声だった。
そっか。
魔物に休日はない。俺が自宅謹慎だろうと退学になろうと、学校に魔物は出るんだ。
それにしても、まさか出かける前に俺に声を掛けてくるなんて、以前の舞を知っていれば想像も出来ないだろう。以前の舞だったら、何も言わずにふらっと出かけて、何食わぬ顔でふらっと帰って来るに違いない。
「よっ、と」
トン
校舎の塀を乗り越えて、校庭に足を降ろすと、俺は苦笑した。
「それにしても、こんなところ生徒会の連中に見つかったら、間違いなく退学だな」
「……」
俺の隣りに立つ舞は、無言で校舎を見上げていた。
「いそうか?」
「いる」
舞は頷くと、駆け出した。それから、ぼそっと言う。
「……私から、離れないで」
「そういうことは、駆け出す前に言えっ!」
慌てて追いかけながら怒鳴る俺。だが、舞は俺の声など聞こえないのか、数メートル先を疾風のごとく駆けて行く。
いつものように非常口のドアを開け放ち、廊下を走り、階段を駆け上がると、2階への踊り場で片膝を付いた。
やっとそこで俺が追いつく。
「はぁはぁはぁ、お、お前なぁっ」
ガッシャァァァァーーーン
不意に、上の方でガラスの割れる音が聞こえた。
同時に、舞が行動を起こす。
バネを弾くように、片膝をついた姿勢から一気に飛んだ。そして、途中で一回階段を蹴り、その次の一歩を踏むときは、もう舞の体は2階にあった。
信じられないほどの跳躍力だった。
俺は3段飛ばしでその後を追った。
「舞っ!」
俺が2階に駆け上がったとき、舞はガラスの破片が飛び散った廊下で、剣を振り下ろした姿勢のまま、動きを止めていた。
「舞っ!」
もう一度名を呼んで、駆け寄る。
「……祐一!」
舞が不意に顔を上げ、俺の名を呼んだ。
その瞬間だった。
ズグゥン
鈍い音がして、俺の右肩を何かが貫いた。衝撃で俺の体がコマのように回転し、そのまま俺は壁に打ち付けられるように倒れた。
その俺の目の前を、舞が駆け抜けた。光の飛沫を飛び散らせながら。
パラパラッ
その飛沫が、倒れている俺の体の上にも降りかかる……。
……光の飛沫に見えたのは、砕けたガラスの破片だった。それが、窓から差し込んだ月の光を反射しただけだ。
ブンッ
廊下の向こうで、舞が剣を薙いだ。それから、立ち上がってこっちに駆けてくる。
「……ま……い」
声を出すだけでも、体に痛みが走る。それでも、俺は片腕を上げて、舞にさしのべた。
その目の前を、舞が駆け抜けていった。
……って、あれ?
「後で」
その言葉が耳に入る頃、舞は階段を駆け上がっていった。足音が聞こえなくなり、静寂が訪れる。
仕方なく、俺は痛みが引いて立ち上がれるようになるまで、その場でじっとしていることにした。
窓ガラスの割れた窓から、風が吹き込んでくる。冬場なら凍死しかねないが、今はかえって涼しくていい。
しばらくして、舞が片手に剣をぶら下げて、戻ってきた。
「やったか?」
そう訊ねながら立ち上がると、舞は首を振った。
「逃がした」
「そうか。まだ出そうか?」
「……」
舞はもう一度首を振る。
「それじゃ、帰るか」
今度は、頷いた。
その体が、ぐらりと揺れた。
「舞?」
慌てて俺が支えると、そのまま舞は俺に体重を預けてぐったりとしてしまった。
「お、おいっ、舞っ! 大丈夫かっ!?」
舞は、俺の肩に頭をもたれかけるようにして、呟いた。
「……ぽんぽこタヌキさん」
「こんなときに何を……」
言いかけて、俺ははっとした。
「イエスはクマさん。ノーはタヌキさんだ」
「……?」
「返答だよ、返答。イエスのときは、はちみつクマさん、ノーのときはぽんぽこタヌキさんって言うんだ」
ってことは、大丈夫かって聞いてノーってことだから……、ダメってことかっ!?
俺は慌てて、その場に舞を座らせようとした。
その手がぬるっと滑った。驚いて、自分の手を見ると、濡れている。
……血なのか!?
「舞っ! どこか怪我したのかっ!? そこんとこどうなんだっ!?」
「……祐一、うるさい」
本当にうるさそうに、舞は怠そうに目を開けて呟いた。そして、もう一度目を閉じる。
と、とにかく、家に連れて帰らないと。
舞を抱き上げると、床でカランと音がした。視線を落とすと、舞の手にしていた剣が、床に落ちていた。
剣を持つ力も出なくなってるのか? だとすると、本当にやばいじゃないか。
俺は、改めて舞を背負い、片手に剣を拾い上げて、歩き出した。
「秋子さんっ!」
なんとか、水瀬家の玄関にたどりつき、安堵のあまりそのままへたり込みそうになる自分をなんとか押さえながら、大声で叫んだ。
パタパタと秋子さんが出てくる。
「あら、お帰りなさい。どうしたの?」
「舞が怪我したみたいなんです。診てくれませんか?」
「あらまぁ。とにかく、明るいところでないとよく判らないわ。リビングまで運んでもらえるかしら?」
そう言って、秋子さんは戻っていった。入れ替わるようにあゆや栞が出てくる。
「舞さん、どうしたの?」
「加減悪そうですね」
「詳しいことは後だ、後。あゆ、舞を運ぶの手伝え」
「うん、わかったよ」
「あの、私も……」
「栞は、秋子さんの手伝いを頼む」
俺の言葉に、栞はこくりと頷いた。
15分ほどして、血塗れになった制服を手にした秋子さんがリビングから出てきた。
「秋子さん」
外で待っていた俺(舞の制服を脱がさないといけない、ということで追い出されたのだ)が声を掛けたが、秋子さんは立ち止まらずに廊下を歩きながら言った。
「ごめんなさい。先にこっちを洗濯してしまわないと。血ってすぐに落とさないとなかなか落ちないんですよ」
「それより、舞は?」
俺は、洗濯機のある脱衣場に向かう秋子さんの後に続きながら訊ねた。
「ええ、大丈夫よ。出血は多いけど、傷は浅いから、すぐによくなると思うわ。とりあえず、増血剤と痛み止めを打っておいたから」
「そりゃよかった。……え? 打ったって?」
胸をなで下ろしてから、俺は聞き捨てならぬセリフを耳にしたことに気付いて、聞き返した。
「注射よ」
洗濯機の中に舞の制服を放り込みながら、あっさり答える秋子さん。
「ちゅ、注射?」
「そうよ。栞ちゃんがお薬を持ってたから助かったわ。祐一さんも疲れたら言ってくださいね。元気の出るやつがありますから」
「い、いえ、俺は大丈夫ですから」
「そうですか。それじゃ、私はリビングに戻ってますから」
秋子さんは、そう言ってリビングに戻っていった。
……まぁ、栞がいろいろと薬を持ってるのは知ってるけど、それにしても、あっさりと注射を打つ秋子さんって……。
ゴウンゴウンと鳴る洗濯機の横で、俺はしばらく物思いに耽っていたのだった。
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