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「ノックもなしとは、非常識だね」
Fortsetzung folgt
そいつは、開口一番そう言った。
俺は確信した。
こいつはやんばるくいなだと。
「まぁいい。よく来てくれたね。……呼ばれてない者もいるようだが」
その生徒は、眼鏡の位置を指で直した。
「あまり時間もないことだから、単刀直入に用件を言ってくれないかしら?」
香里が腕組みして言った。やんばるくいなは頷いた。
「そうだね、美坂くんの言うとおりだ」
「……」
無言でそのやんばるくいなを睨む香里。北川なら速攻腰砕けになるところだが、感受性が鈍いのか、やんばるくいなは鼻を鳴らしただけだった。
「生徒の間で、いかがわしい噂が流れているのはご存じと思うが」
「わたし、知らないよ」
あっさり答える名雪。やんばるくいなは……。
「生徒会役員の久瀬さんですよ〜」
後ろから佐祐理さんが囁いてくれた。いや、名前はどうでもいいんだが、まぁ佐祐理さんがわざわざ教えてくれたのだから使ってやるとしよう。
やんばるくいな改め久瀬は、眉をひそめた。
「水瀬部長はどうも世間の噂には興味がないみたいだね」
「佐祐理もありませんよ〜」
笑顔で口を挟む佐祐理さん。久瀬はこほんと咳払いした。
「倉田さん。あなたのような方がどうしてこんな連中に肩入れするのか、理解できませんね」
「それは、佐祐理が舞やみんなのことが大好きだからですよ」
笑顔で答える佐祐理さん。久瀬は肩をすくめた。
「ま、あなたの交友関係までどうこう言うつもりはないですが、友人は選んだ方がいいと忠告して差し上げますよ」
「それはご丁寧にどうもありがとうございます。でも、佐祐理もちゃんと選んでるつもりですよ」
「そうとも思えませんがね。まぁ、いいでしょう」
久瀬は俺に向き直った。
「で、君が相沢くんか?」
「……ああ」
佐祐理さんへの横柄な態度を見て、この野郎は嫌いになってしまった俺だった。
「転校早々、騒ぎを起こしてくれるじゃないか」
「そりゃどうも。でも、俺は騒ぎを起こしてるつもりはねぇんだけどな」
「……」
俺の口調が気に入らなかったらしく、久瀬は眉根を寄せた。
「ふぅん、そういう態度かね」
「男に愛想良くする習慣はあいにくないんでね」
「祐一さん」
後ろから佐祐理さんが袖を引いた。
「気に入らない相手でも、礼儀は正しくしないとダメですよ」
「礼儀を尽くすのは、相手を選ぶべきだって言うのが、俺の信条なんですよ」
ちなみに、たった今決めた信条である。
と、壁にもたれていた香里が体を起こした。
「久瀬さん。そろそろ次の授業が始まる時間なので、私たちは失礼するわね。みんな、帰りましょう」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ。まだ僕の話は……」
「あらそう? なら、生徒会に尋問されていたので学生の本分である授業を受ける権利が侵害されました、と報告してもいいのよ。私はクラス委員として、みんなに授業を正常に受けさせる義務があると思うんだけど、違うかしら?」
「……」
久瀬は微かに舌打ちすると、俺に向き直った。
「どうやら、短い時間じゃ君たちの相手は出来ないようだ。放課後に、また来てもらおうか」
「それは、命令なのか?」
「ああ。生徒会からの命令と思ってくれていい」
居丈高に言う久瀬をじろっと見て、俺は踵を返した。
廊下に出て、生徒会室が見えないところまで来てから、俺は大きく伸びをした。
「ふぅ。香里、佐祐理さん、助かった」
「別に相沢くんを助けたつもりじゃないわよ」
「祐一さん、喧嘩しちゃダメですよ」
2人に言われて、俺は苦笑した。
「どうも、ああいう偉そうな奴は嫌いでね。ところで、あいつが生徒会長なのか?」
「いいえ。久瀬さんは風紀委員長ですよ」
佐祐理さんが言った。
と、香里が腕時計を見て言った。
「ほら、もう行かないとホントに次の授業に遅れるわよ」
「それじゃ、とりあえず解散だ。昼休みにみんな集まって対策を練ろう」
俺はそう言って、廊下を歩きだした。
「祐一くん、格好よかったね」
「あゆか? お前いたっけ?」
「うぐぅ。ちゃんといたよっ!」
膨れるあゆの頭を撫でてなだめながら、俺はため息をついた。
やれやれ。
「というわけで、昼休み、俺達は図書室に集まっていたっ!」
「相沢さん。図書室では静かにして下さい」
天野に言われて、俺は肩をすくめて謝った。
「すまん」
俺達は、図書室の大きな机をまるごと一つ占領して、佐祐理さんお手製のお弁当を前に作戦会議を開こうとしていた。
「……でも、具体的にどうするつもりなの?」
香里に突っ込まれて、俺は腕組みして天井を見上げた。
「さぁてなぁ……。生徒会が何をさせたいのかよく判らんからなぁ」
「きっと、いろんな事を言って停学とか退学とかにしたいんだと思います」
珍しく、佐祐理さんが暗い表情で言った。
「そうなのか?」
「……多分、ですけど」
「そして、倉田先輩を生徒会に引きずり込もうって寸法ね」
香里が言った。俺は香里に尋ねた。
「どういうことだ?」
「……まぁ、相沢くんはまだ転校したばっかりだから知らないでしょうけどね」
そう言って、香里は佐祐理さんに視線を向ける。
「本人がいる前で言うのもちょっとなんだけど、倉田先輩と生徒会の間には確執があるのよ」
マジ?
こののほほんとした平和主義者の佐祐理さんには、“確執”なんて単語は縁がないと思ってたぞ。
俺の表情を見て、香里は肩をすくめた。
「ま、はっきり言えば、生徒会が一方的に逆恨みしてるって部分が大きいけど」
「はぇ〜、そうだったんですか〜」
佐祐理さんが感嘆の声を上げる。
「佐祐理はちっとも知りませんでした〜」
おいおい、本人が知らないって言ってるぞ。
「でも、わたしもちょっと噂で聞いたことあるよ〜」
眠そうな声で名雪が言う。
「聞いたことあるから、寝ててもいい?」
「ああ、寝てろ」
起きてても、あんまり役には立たないだろうと思って俺が言うと、名雪はにこっと笑って、そのまま机に顔を伏せた。
「……くー」
2秒後にはもう眠っていた。
「あうーっ」
真琴は退屈らしく、足をぶらぶらさせている。と、俺の後ろにやって来て、髪を引っ張り始めた。
「いてて! なにすんだっ!」
「退屈だよ〜っ。祐一、本読んで〜」
「一人で読めっ!」
「だって、難しい字が多いんだもん。ほら」
ばっと持っていた本を広げてみせる。
……俺も読めない。
「なんだ、これ?」
「そこにあった本」
俺は真琴から本を取り上げると、ひっくり返してタイトルを見てみた。……“金瓶梅”?
「中国の古典です。しかも、それ原文のままの本ですよ」
天野が俺の持っている本を見て言った。さすが図書委員。
「読まないっ、読めないっ、読めるかっ!」
「あーっ、それ真琴が言ったのに〜」
地団駄踏んでる真琴を放って置いて、俺は天野に尋ねる。
「で、どんな本なんだ?」
「……言えません」
うぉっ、天野が赤くなってるっ! これはまた珍しい。このままお持ち帰りして額に入れて飾っておきたいぞ。
って、天野が赤くなるような本なのか、これは?
「日本語訳は無いのかっ!?」
「相沢くん、いいかしら?」
後ろから香里が声をかける。うぉ、声が怒ってるぞ。
「はい、すみません」
素直に謝って座り直す。くそ、あゆがくすくす笑ってやがる。あとでせっかんだ。
「で、何の話だっけ?」
「生徒会の目的よ。多分、最終的な目的は、倉田先輩を生徒会に取り込むことよ」
「佐祐理さんを? 何のためにだ?」
まぁ、こういう人が生徒会にいてくれると、ホントに平和な生徒会になりそうだが、あのやんばるくいなと一緒の組織にいさせるなんて、俺のDNAが拒絶している。
と、今まで黙って佐祐理さんの弁当を食べていた舞が、ぼそっと言った。
「佐祐理の父親が議員をやっているから」
「舞っ!」
佐祐理さんが、珍しく(っていうか初めて)激しい口調で、舞の言葉を遮った。
「お父様のことは関係ないですよ」
「倉田先輩はそうでも、生徒会はそう思ってないわけよ」
香里が言うと、佐祐理さんは困惑した表情をして、座り込んだ。
「そうなんでしょうか?」
「自分には理解できない価値観を持つ人っていうのも、いるものなのよ」
香里はそう言うと、肩をすくめた。
「あたしが偉そうに言えた義理じゃないけど」
香里や舞の説明を要約すると、こういうことになる。
佐祐理さんは入学して早々に生徒会のメンバーとして迎えられた。無論、その父親の威光を考慮して、といういわゆる七光り人事だ。
だが、その直後、事件が起こる。舞が夜中にガラスを割って回ったのだ。
無論、舞はただ魔物と戦い、その時に副次的にガラスが割れただけなのだが、目に見えるものしか信じようとしない連中は舞を非難した。
しかし、孤立無援でそのまま退学にされかけた舞を、ただ一人かばったのが佐祐理さんだった。佐祐理さんは舞のしでかしたことの責任を自分で被る形で、生徒会を去る。
だが、生徒会側から見れば、それは佐祐理さんに「逃げられた」と写った。いや、生徒会だけではなく、その他の生徒達にとってもそう写った。それが不幸の始まりだった。
いつしか、佐祐理さんは勝手に「反生徒会のシンボル」として祭り上げられていく。
「それじゃ、何か? 俺達のスキャンダルを不問に付す代わりに、佐祐理さんを生徒会に入れようって魂胆なのか? あのやんばるくいなは?」
「久瀬よ」
香里はため息混じりに言った。
「あいつ、父親が倉田先輩の父親と知り合いらしいのよね。だから、余計に倉田先輩を籠絡することに執念を燃やしてるみたいよ」
「はぇ〜」
佐祐理さんが感嘆の声を上げた。……なんかすごく他人事みたいだなぁ。本人のことだっていうのに。
「そんなことになってたんですか〜。舞も知ってたの?」
「……」
舞が無言で頷くと、佐祐理さんはしなしなと悲しそうな顔をした。
「舞が佐祐理に隠しごとをしてたなんて……。佐祐理はショックです……」
どうやら、佐祐理さんは、自分が原因で生徒会で暗闘があったことより、舞に隠し事をされた方がよほどショックが大きいらしい。
「……聞かれなかったから」
舞はそう答えた。……知らないことは聞きようがないと思うが。
「あ、そういえばそうですよね〜。佐祐理は安心しました」
おいおい。
ほっと胸をなで下ろす佐祐理さんを見て、俺は香里と顔を見合わせてため息をついた。
どうしてこう、緊迫感の無い連中が多いんだろう?
そう思って周囲を見回すと、天野は真琴になにやら本を読んでやってるし、名雪は寝てるし、あゆははぐはぐと、舞は黙々と弁当を食ってる。真面目な顔をして話を聞いていたのは栞だけという有様だった。
「まぁ、とりあえず生徒会の目的が判っただけでもよしとするか」
俺はため息混じりに呟くと、腰を下ろした。
そして、放課後。
さすがに生徒会との対決が待ってるからか、特に騒ぎが起こることもなく、この時を迎えた。
「よし、行くか名雪」
「うにゅ」
名雪が目をこすりながら立ち上がる。……寝てたのか、こいつはっ!
と、その俺の目の前にいきなり木の棒が突き出された。
「なんだ?」
「まだ行っちゃダメよ。掃除当番なんだから」
俺の前にモップの柄を突き出したのは、香里だった。
「いや、俺は今から生徒会と宿命の対決をだな……」
「その前に掃除して行きなさい」
そう言って、モップを俺に押しつける香里。
「しかし、俺には重大な使命が……」
「何が使命よ。名雪を見なさい」
そう言うと、香里はさっさっと床を掃き始めた。
「掃除っ、掃除っ」
謎の歌を口ずさみながら、名雪は楽しそうに黒板消しを叩いていた。
仕方なく、俺もモップを片手に掃除に没頭することにした。
「うりゃぁ〜〜〜〜っ!」
「おりゃぁ〜〜〜〜っ!」
「どりゃぁ〜〜〜〜っ!」
……一人でやるとむなしかった。やはり、こういうことはメイドロボと一緒にやらないと意味がないのだと痛感する。
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