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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 15

「……祐一」
 静かになったリビングで、ソファにもたれてのたぁっとしていると、リビングの入り口から声が聞こえた。
「おう、ま……い?」
 声を掛けようとして、そのまま固まる俺。
 舞は、何故か男物のワイシャツ一枚という姿だった。リボンを解いたせいで腰まで届きそうな長い洗い髪が、リビングの灯りを照り返して、艶やかに光っている。
「お、お前、なんでそんな格好……」
「着るものがなかったから」
 そう言うと、舞はリビングに入ってきた。
「どうわぁっ!」
 思わず俺はソファの背もたれによじ登った。
「……?」
「お、お前なぁ、もうちょっと慎みっていうか恥じらいっていうか、そういうのはないのかっ!?」
 俺がその姿勢のまま指さして言うと、舞は少し考えるように小首を傾げた。それから、両手を広げて自分の格好を見直す。
 うぉ、やっぱり胸が大きいなぁ。あゆや栞にわけてやりたいくらいだ。
 ……って何を考えてる俺っ!
「……ある」
「へ?」
 唐突に言われて、俺は考えて、思い当たる。
「そうか?」
「……他の人の前では、こんな格好はしないから」
 そう言うと、舞は俺の前のソファに、俺に背を向けて、ぽすんと腰を下ろした。
 ぬぅ、下着はつけていたか。
 一瞬ちらりと見えた白い下着に、妙にほっとして、俺はすすぅと視線を上げた。
 うわぁっ、白いうなぢがっ! ヌグレオチドぉぉぉ(意味不明)
「……祐一、息が荒い」
 ぼそっと言われて、俺ははっと我に返った。
「はぁはぁはぁ、そ、そんなことはないぞ」
「さっきからくすぐったい」
 言われてみると、俺の息がちょうど舞のうなじの辺りに当たっているようだ。後れ毛がそよいでいる。
 しかし、くすぐったいのか。意外と敏感なのかも知れないぞ。
 これはやはり女体の神秘を開発せねばならないのだ。じっちゃんの名にかけて!
 なんかどんどん自分がディンジャラスになっていくような気がするが、いや、俺も男だし、男なら戦う時が来るのだ。
 訳の分からない理由を付けて、俺はふっと息を吹きかけてみる。
「……」
 特に反応がない。
 うーん、やっぱり舞だからなぁ。
 でも、もうちょっと……。
「……っ」
 お?
 舞がぴくっと動いたような……。よし、もう少しやってみよう。
「……んっ」
 注意して見てみると、舞は小指を噛んで声を出さないようにしていた。
 うりゃーーーっ! やったぁーーーーっ!
 これは、舞に“タコさんウィンナー”を言わせたときよりも達成感があるぞっ!
 上気した頬で耐える舞の、なんとも色っぽいこと。あゆにはこの色っぽさは出せまい。
「うぐぅ。ボクだってできるもん」
「嘘つけ……って、うわぁっ!!」
 ドシィン
 俺はそのままソファの背もたれから、後ろに転がり落ちた。
 あゆがちょっと赤くなって俺をのぞき込む。
「祐一くん、大丈夫?」
「あああああああああ」
「あめんぼあかいなあいうえお?」
「違うっ! あゆ、お前いつからそこにいたっ!?
「祐一くんが、舞さんにふーふーしてる辺りからだよ」
「やっぱり祐一さんってエッチです」
「どひゃー、栞までいたのか!?」
「はい、いました」
 にっこり笑って答える栞。
「まだお風呂にも入ってないですから」
「うぐぅ」
「うぐぅ、真似しないで……」
「すまん。うぐぅはお前だけのものだったな」
「もうっ、ホントに知らないもんっ!」
 どうやら本気で怒ってしまったらしかった。
「悪い、言い過ぎた」
「そうですよ」
 脇から栞が口を挟む。
「それだけ言われれば、いくら温厚なあゆさんでも怒りますよ」
「そ、そうか?」
「はい。もう烈火のごとく怒って、絶対に祐一さんを許したりはしないでしょう」
 平然と恐ろしいことを言う。
「えっ? ボ、ボク、そんなに怒っては……」
「そうか、もう俺はあゆに許してはもらえないのか……」
「そ、そんなこと……」
「ええ、決して」
「だ、だから……。うぐぅ、栞ちゃんもいじわるだよ」
 あゆはすっかり涙目になっていた。俺は苦笑してその頭にぽんと手を置く。
「お前、栞にまでいじめられてどうする?」
「どうもしないよっ! 2人とも嫌いだよっ!」
「あらあら、みんな楽しそうね」
 そう言いながら、秋子さんがお盆に牛丼を乗せてキッチンから出てきた。
「はい、舞さん。お待たせ」
「……」
 無言で、舞は箸を片手に牛丼に挑んでいた。さっきの色っぽさ、かけらもなし。
 俺は立ち上がった。
「さて、俺も風呂に入って寝るか。あゆ、一緒に入るか?」
「入らないよっ!」
 あゆの声を背に、俺は笑いながら、着替えを取りに部屋に向かった。

 洗面所まで来ると、水の滴る磨りガラスの向こうの真琴に一声かける。
「真琴ーっ、入るぞーっ」
 服を脱いで、タオルで前を押さえて入室する。
「おっ、ぴろもいたのか」
「……」
「ほら、もっと端に寄ってくれないと……」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっっっ!!」
 叫び声と一緒に、石鹸やらシャンプーやら桶やらが飛んでくるが、俺は強引に前進して風呂桶に入った。
「……いつつ。ったく、お前もいい加減に慣れろよなぁ。って、あら?」
 返事がないと思ったら、真琴の姿はなかった。

 風呂から出て、濡れた髪をタオルで拭きながら廊下を歩いていると、前から濡れた髪の真琴がやって来た。その頭に、同じように濡れたぴろを乗せている。
「お、真琴。いい加減慣れたらどうだ?」
「慣れるわけないックション」
「マコピー語か?」
「くしゃみがでたのようっ!」
「なんだ、湯冷めしたのか? しょうがないなぁ」
「誰のせいだと思ってんのようっ!」
 そう怒鳴ると、真琴はあっかんべーと舌を出して、洗面所の方に歩いていった。
 その背中を見送って、俺は苦笑した。
「いつまでたっても集団生活になじめないやつだなぁ」
 そう独り言を言ってから、あくびをした。
 さすがにちょっと疲れたかな。一日、大変だったしな。
 よし、もう寝よう。
 俺はそう決めて、リビングに顔を出した。
 もう舞は牛丼を食い終わったらしく、そこにはいなかった。キッチンから水音が聞こえてくるところをみると、秋子さんは洗い物をしているらしい。
 というわけで、リビングにいたのは残りの2人だけだった。
「あがったぞーっ」
「あっ、祐一さん。真琴ちゃんに何してたんですか?」
 俺が声をかけると、栞がじろーっと俺を見た。
「何って、何かあったのか?」
「真琴さん、素っ裸でお湯をぼたぼた垂らしながら走ってきたんだよっ」
 あゆが説明する。
「そうか。それはいわゆるストリーキングって奴だな。貴重な体験だぞ、あゆ」
「うぐぅ、あんまり体験したくないよ」
「いや、真琴は時々ああやって野生に還ることがあってな」
「そうなんですか?」
 思い切り疑わしそうな栞だった。
「へぇ、そうだったんだ。勉強になるねっ」
 対照的に、疑うことを知らないあゆだった。
 やっぱり、この2人はいいコンビかも知れないな。
「んじゃ、俺はそろそろ寝るぞ。2人ともさっさと寝ろよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみっ、祐一くん」
 2人の声を背に受けて、俺はリビングを出た。階段を上がり、名雪の部屋の脇を抜けて、自分の部屋に入る。
 そのままベッドに倒れ込むと、すぐに睡魔が襲ってきた。最後の気力を振り絞って電気を消し、俺はそのまま眠りについた。

 ギシッ、ギシッ
 何かがきしむような音が聞こえた。
 なんで目が覚めたのかよく判らなかったけど、俺はだんだん近づいてくるその音を聞きながら、薄く目を開けた。
 月の光が、カーテンを閉め忘れた窓から差し込んできている。
 カチャ
 微かな音がして、ドアがきしみながら開く。
「……祐一、もう寝てるよね〜」
 うなぁ〜
「わっ、ぴろ、声出しちゃだめっ!」
 ……何をやってるんだか。
 しかし、ここしばらく夜中の襲撃はなかったから、てっきり、真琴も少しは大人になったんだなと思ってたのに。
 俺は真琴の行動に対応できるように、手足に力を込めた。
 と、俺が体にかけている毛布がめくられた。
 いよいよか?
「ぴろが一緒に寝たいっていうんだからねっ」
 小さな声でそう言うと、真琴はそのまま俺の横に潜り込んできた。
 ……へ?
 何を言ってるんだこいつは?
「おやすみ……」
 そのまま、俺の脇腹にぴたっと暖かいものがくっついた。
 俺はため息をつくと、目を閉じた。
 本当なら、追い出すべきなんだろうけど、それも面倒なくらい眠くなってきた。
 だから、追い出さなかった。それだけの理由だ。
 微睡みに落ちる直前に、真琴が言った言葉も、だから本当に真琴が言ったのか、俺には判らなかった。

「祐一……、ありがと」


 回想シーン終わります。

 で、爽やかに目を覚ました俺の腕に、真琴がしがみついているというわけだ。
「おいっ、真琴! 起きろっ!」
 俺は腕をぶんぶんと振った。
「あうーっ」
 そう呟くと、真琴がうっすらと目を開けた。
「……あれっ? 祐一?」
「おう」
「……きゃぁぁぶっ」
 慌てて、真琴の口を塞ぐ俺。名雪なら、この程度で起きてくるわけもないが、あゆや栞や舞なら起きてくるかも知れないからだ。
 別にやましいところはないのだが、朝から一悶着起こすのは避けたい。
 と、真琴がじたばたと両手足を振り回し始めた。何発かが俺にヒットする。
「いて、いてっ! やめろこの馬鹿っ!」
 すると、今度は真琴の口を押さえていた手に噛みついた。
「いてーっ!!」
「はぁはぁはぁ、この痴漢っ! 変態っ! 真琴になにするつもりだったのようっ!」
「馬鹿野郎! お前の方から入ってきたんじゃないかっ!」
「嘘だぁっ! 私がそんなことするわけないもん!」
「嘘なもんか!」
 半分寝ていたけど、確かに真琴がごそごそと入ってきたのは覚えている。
 俺は、毛布に手を突っ込んで、中からまだ寝ていたぴろを引っぱり出した。
「ほれっ、こいつが入りたいからとか言い訳して入ってきたんだろうが」
「あっ、ぴろーっ」
 うなぁ、と鳴くと、ぴろは俺の手から飛び出すと、床に降りて体をぷるぷると振った。
「わぁ、可愛い。ぴろ〜っ」
 真琴はそんなぴろを抱き上げてすりすりと頬をすりつけた。
「いいから、それ連れて自分の部屋に戻れ」
「あうっ」
 急に困った顔をすると、真琴は俺のベッドに座り込んだ。
「なんだよ。さっさと帰れって。それとも俺と一緒がいいのか?」
「嫌よっ。嫌だけど、部屋に戻るよりはマシなのよっ」
「なんだそりゃ? 部屋にネワンガペガモリでもいるのか?」
「なによ、そのねわ何とかって?」
「知らないのか。アフリカにいるっていう、足が10本、目が7つで口から火を噴きながら空を飛ぶ怪物だ」
「へぇー、すごいね、ぴろ」
 すっかり信じ込んでぴろに話しかけている真琴。
 ……あ、そうか。
 名雪の部屋にあゆと栞がいるとしたら、当然残った舞が真琴の部屋で寝る事になるわけだ。だが、真琴は舞に、昔剣で刺されかけた(悪いのは真琴だが)ことがあるから、身の危険を感じたってわけか。
「大丈夫だって。お前が悪いことしなけりゃ、舞だって剣で刺そうなんてしないぞ」
「……あの人、普通の人じゃないみたいな感じがするのよ」
 真琴が、珍しくシリアスな顔で呟いた。……が、頭の上にぴろが乗っかって、あまつさえあくびをしているので、雰囲気は台無しだった。
「馬鹿なこと言ってねぇで、さっさと部屋に戻れ。それとも、俺の着替えを見たいのか?」
「わぁっ! そんなの絶対見たくないっ!」
 そう叫んで、真琴は慌てて俺の部屋のドアを開けて、外に飛び出した。
「きゃぁ!」
 ドシン
 派手にぶつかる音。
 俺がドアから外を覗くと、真琴とあゆが倒れていた。
「おーい、大丈夫か?」
「あいたたた」
「うぐぅ……、目の前に星が飛んだよ……」
 どうやら2人とも全然無事なようだった。
「無事じゃないよっ! とっても痛かったよっ!」
「真琴も痛かったっ!」
 途端にくってかかられた。……って、どうして2人とも俺の考えてることがわかるんだろう?
「やぁ、おはよう、あゆ」
「うぐぅ。何事も無かったかのように話を進めないで……」
 赤くなった鼻を押さえているので、なんか変な声になっている。
「大体、どうして真琴さんが祐一くんの部屋から出てきたの?」
「えーと、それはだな、そ、そう。ぴろが俺の部屋に来てだな、真琴がそれを取りに来てたんだ。なぁ、真琴」
「う、うん、そうよっ。祐一の部屋で寝てなんて、絶対ないんだからっ」
 俺は無言で真琴の頭を殴った。
「あいたっ! 何で殴るのようっ!」
「あらあら、朝からみんな元気ね」
 階段を上がってきた秋子さんが、楽しそうに笑っていた。
「でも、早く降りてきなさいね。出ないと遅刻しちゃうわよ」
「わぁっ! 大変だよ祐一くん。遅刻しちゃうよっ!」
 そう言って、階段をぱたぱたと駆け下りるあゆ。
 俺は苦笑して、その後から降りていった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 はう〜。火曜日がやっと終わったら、もう15話になってるぅ〜(泣)
 しばらく反省して、山に籠もります。

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