トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 13

「……しかし、こうして並んで出陣っていうのも、なんか妙なもんだな」
「……」
 俺と舞は、学校の周りを囲むブロック塀の前にいた。
 他の奴がついてきたりしたら困るな、と思ってたが、名雪は寝てたし、あゆは「オバケ退治に行く」と言ったらおびえて部屋に逃げていったし、栞は「お姉ちゃんに無理はするなって言われましたから」と言ってたし、佐祐理さんは「はぇ〜。でも、2人でデートなら、佐祐理は邪魔しませんよ〜」と言って暖かく見送ってくれた。その結果、俺達は2人で出かけることが出来たわけだ。
 さて、と。
 俺は塀をよじ登り、塀の上から舞に手を差し出す。
「ほら」
「……」
 舞は、俺の方を見ていなかった。
 俺達が来た方を、じっと見ている。
「どうした?」
「……なんでもない」
 首を振って、塀の上の俺を見上げると、舞は意外と素直にその手に掴まった。
「よいしょっと」
 声を掛けて舞を引っ張り上げると、俺は訊ねた。
「ところで舞」
「……?」
 俺に視線を向ける舞に、俺は訊ねた。
「一つ聞きたいんだが、なんでわざわざ制服に着替えてるんだ?」
 いつも舞が制服で来ているのは、単純に家に帰ってから着替えないで来てたんだと思っていたが、今日は夕食の時まで私服だったのに、出る前にわざわざ制服に着替えてきていたのだ。
 舞は答えた。
「……学校には、制服で来ないといけないから」
「……」
 なんていうか、舞らしい答えだった。
 俺が絶句している間に、舞はひらりと学校の敷地に飛び降りた。
 俺もその後に続く。
 と、いきなり舞が立ち止まった。その背中に衝突する俺。
「いて。どうした?」
「……」
 舞は黙って、校舎を見上げた。
 緊張する俺。
「まさか、いるのか?」
「いるのは、いつも」
「……それもそうだけど……」
 俺も舞にならって校舎を見上げてみたが、やっぱり俺には何もわからない。
 ……いや。
 教室のカーテンが、揺れている。
 もちろん、夜だから窓が閉まってる。風で揺れる、なんて事はあり得ないはずだ。
 あそこは……。
「1年の教室か?」
「……」
 舞は無言で駆け出した。慌てて俺はその後を追いかける。
「魔物か?」
「……わからない」
 そう言いながら、舞は非常口のドアを開けた。
「……祐一」
「なんだ?」
「そばに、いて」
 どきっと鼓動が高鳴った。
 やっぱり、舞も心細かったりするんだな。
「お、おう。俺はいつでもそばにいるぞっ」
 ちょっと声が上擦りながらも、俺は余裕のあるふりをして言った。
「……そばにいないと、囮役にならないから」
「……おとり、ですか?」


 まいはへいぜんといった。          
 ゆういちのやるきが60ぽいんとさがった。  



 なんか文字が下のステータス画面に出そうな感じだった。
「……?」
「いや、なんでもない。お前はそういう奴だったよ」
 俺が肩をすくめてそう言うと、舞は前に向き直って、すたすたと歩き出した。
「あ、こらっ。待てよ舞っ!」
 俺は慌ててその後を追いかけた。

 1年生の教室が並ぶ辺りまでやって来ると、さすがに緊張してくる。
「この辺りだったな」
「……」
 無言で舞は周囲を見回している。と、不意に駆け出した。
「舞!?」
 シュン
 右手の剣(……って、いつの間に持ってたのか、俺にもよくわからないけど)を水平に薙ぐ。と同時に、その場で踏みとどまり、振り返った。
「祐一、上!」
「っ!」
 俺はとっさに右に飛んだ。その俺をかすめるように、上から何かが落ちてきたような気配。
 ブンッ
 向こうから剣が飛んできた。舞が投げつけたらしい。
 その剣は、廊下のガラスに当たって、ガラスが派手に砕け散る。
 ガッシャァァン
「あらら……」
 また明日、生徒会の連中が騒ぐぞ、こりゃ。
 ガスッ
 鈍い音がして、俺は慌てて振り返る。
 舞が廊下に倒れていた。
「舞っ!」
「祐一、右」
 倒れたまま、舞が言った。俺は頷いて駆けた。床に落ちている剣を拾い、振り向きざまに舞の右の方を目掛けて軽く放り投げる。
 次の瞬間、バネのように舞が飛んだ。空中で俺の投げた剣の束を掴み、そのまま反転して袈裟掛けに振り下ろす。
 ビュッ……ザッ
 着地した姿勢のまま、舞は動きを止めた。
 静寂が辺りに戻る。
「……やったか?」
 無言で首を振る舞。
「そっか」
 俺は、服の埃を叩いて落とすと、訊ねた。
「また来そうか?」
「わからない」
 首を振ると、舞は片手に剣を下げたまま、周囲を見回した。
「……祐一」
「なんだ?」
「そばに、いてほしい」
「まぁ、囮だからな」
 俺は苦笑して、舞に近寄った。
「祐一」
「ん?」
「どうして?」
 ……舞の話は、いつも突然で困る。
 佐祐理さんならついていけるんだろうが。
「なにが、どうしてなんだ?」
「……」
 ちょっと考え込むと、舞は俺の背中に自分の背中をぴたっとひっつけた。
「舞?」
「こうしてると、なんだか懐かしい」
「……!?」
 その瞬間だった。
 俺の脳裏に、一面の金色の世界が広がったのは。
 ……麦畑。そう、刈り入れを待つ、金色の穂の実った麦畑だ。
 なんだ、この光景は?
 俺はこんな風景、見たことなんて……。
 ないはずなのに、どうして懐かしいんだ?
「……祐一」
 舞の声に、俺ははっと我に返った。
「えっ? どうした、舞?」
 振り返ると、舞がぽろぽろ泣いていた。
「舞……?」
「ぐすっ……」
「ど、どうした?」
「わからない……」
 そう呟いて、舞は俺の胸に顔を埋めた。
 薄いTシャツを通して、舞の涙が俺の胸を濡らす。
 俺は、そっと舞の背中に手を回して、舞を抱きしめた。

 どれくらい、そうしていたか。
 不意に舞は顔を上げた。
 濡れた碧の瞳が、俺の顔を映す。
「……ま、舞」
 俺は、思わずごくりと生唾を呑み込んで、言った。
 誰もいない、深夜の学校。
 薄暗い廊下で、2人きりで抱き合っている俺達。
 これって、かなりやばいシチュエーションじゃないか。
 それに、改めてこうしてみると、性格はともかく、舞はかなりの美少女だ。
 まずい。俺の中の“雄”が、反応し始めている。
「ま、舞、まずいって。離れて……」
「……嫌じゃない」
 舞はそう言って、俺の背に手を回した。そして、目を閉じる。
 こ、これって、いわゆるひとつの“据え膳”って奴なのかっ!?
 俺だって、健康な男子高校生だ。深夜の学校で、美少女に抱きつかれて「……して」なんて言われた日には、冷静になんていられるわけがない。(【注】誰もそんなこと言ってません)
 でも、いいのか?
 このまま、舞と……そうなってしまっていいのか?
 別に俺は、一度そういう関係になったら死ぬまで添い遂げないといけないとか、そういう考えを持ってるわけじゃない。でも、やっぱり男としては、それなりの責任ってもんがあるだろう。ちょっと古いのかもしれないけど、そう思ってる。
 それなら、俺にその覚悟がない状態で、舞を抱くってことは、許されるべきじゃない。
 他にも、どこまで本気なのかは判らないけど、俺にそれなりの好意を持ってくれてる娘がいる。彼女達に胸を張って、俺はこの娘を選んだんだって言いきれる状態でなければ、ダメなんだ。
「……祐一?」
 いつまでたってもリアクションがなかったからか、舞が目を開いた。
 俺は、そっと舞を押し返した。
「……ごめん、舞。でも、今はまだ、俺は舞を受け入れるわけにはいかない」
「……」
「さってと、それじゃそろそろ今日は帰るか」
 ことさら明るく、俺は言った。
「この調子じゃ、今日はもう出ないだろうし。な、舞?」
「……わかった」
 舞は、こくりと頷いた。そして、手にした剣を一振りする。
 ビュッと風を薙ぐ音が、舞の呟きに聞こえた。

「待ってるからっ……」

「……なんか言ったか?」
 訊ねると、舞は首を振った。
「何も言ってない」
「……そっか」
 気のせいだったかな。
 俺は肩をすくめて、歩き出した。そして、振り返る。
「なぁ、舞……」
「……?」
「……いや、なんでもない」
 あの突然見えた、一面の小麦畑のビジョンのことを聞いてみようかと思ったけれど、何故か俺はそれをやめた。代わりに、明るく言った。
「さっさと帰ろうぜ。きっと秋子さんが牛丼つくって待ってるか……ら……」
 ビュン、と風を巻いて、舞が俺の脇を通り過ぎた。そのままさっさと前を歩いていく。
「おーい、舞!」
 何かあったのか、と思って声を掛ける俺に、舞は振り返りもしないで言った。
「牛丼」
 ……やれやれ。
 まぁ、舞なりの照れ隠しなのかもしれないな。
 俺は苦笑して、その後を追いかけた。

 来たときと同様にして、塀によじ登ると、学校の外の道を歩いている人影があった。
 今飛び降りると、どう考えても夜中の学校に侵入した不審人物が出てきたところにしか見えない。……っていうか、そのものなんだが。
 構わずに飛び降りようとする舞を慌てて止め、俺は下を伺った。
「早く帰って牛丼……」
「いいから、静かにしろって」
 さっさとどこかに行ってくれ、と思ったが、その人影は、校門の前を通り過ぎてしばらく行ったところで立ち止まり、今度はこっちの方に戻ってきた。
「やべ」
 慌てて内側に体を沈めて、首だけ出した状態で様子をうかがう俺と舞。……舞は多分、俺の真似をしてるだけだろうけど。
 と、そいつは、今度は俺達のちょっと前まで来たところで、また方向を変えて校門の方に歩いていく。
 どうやら、校門を中心に行ったり来たりを繰り返してるみたいだ。
 街灯の明かりに照らされたシルエットを見る限り、長い髪の女だ。背はあまり高くない。ときどき、門の所から校舎の方を眺めたりしている。
 ……もしかして、こいつも学校に侵入しようとして、様子をうかがっているのか?
 さすが、夜の校舎は千客万来だ。
「祐一、牛丼……」
 俺の隣で、壁にぶら下がっている舞が呟いた。俺もいい加減、腕がしびれてきた。
「そうだな。こうしててもらちがあかないみたいだし。あいつを倒してさっさと帰ろう」
「倒すの?」
「おう」
 俺が頷くと同時に、舞が塀の上にひらりと舞い上がり、そのまま駆け出した。さすが舞。幅10センチくらいしかない塀の上をかろやかに全力疾走していく。
 思わず感嘆して見送っていると、門のところまで来た舞が、ふわりと飛び降りた。その手には、例の剣。
 って、まさか本気で!?
「ちょ、ちょっと待てっ!」
 俺が叫ぶと同時に、門のところで悲鳴が上がった。
 俺は慌てて外に飛び降りると、門の所まで走った。
「舞、殺すなっ!」
 叫びながら駆け寄ると、門の脇で、舞が剣を片手に立っていた。その傍らに、少女が倒れている。
 ……遅かったか。

 校門で少女惨殺! 犯人は高校三年生と二年生

 新聞の見出しが目に浮かんだところで、その少女がもぞっと動いた。
「いたたた……。あうーっ、痛いよぉ〜っ」
「……なんだ、真琴か。それじゃ舞、帰ろうぜ」
「……うん」
 俺と舞は、そのまま帰路についた。
「ちょっと、待ちなさいようっ!」
 1歩も進まないうちに後ろから声が聞こえた。俺はため息混じりに振り返った。
「ったく。何やってんだお前はっ!」
「何って、えっと、その……。そう、たまたま通りかかったのよ」
「ほほぉ。それは興味深い話だな。じゃあな」
 軽く手を振って立ち去ろうとすると、はっしとTシャツの裾を掴まれた。
「なにするんだっ、伸びるじゃないかっ!」
「女の子をこんな所に放り出して行く気っ? ちゃんと連れて帰ってようっ!」
「たまたま通りかかったんだろ?」
「……それは、えっと……。あうーっ」
 困ったように口をぱくぱくさせると、真琴はさらにTシャツを引っ張る。
 ……だんだん幼児化してねぇか、こいつは?
「立てないのようっ!」
「なんだ、腰が抜けたのか?」
「いきなり空から剣を振り下ろされてみなさいようっ! 誰だって腰抜かすわよっ!」
 そう言われればそうかもしれんが。
 そこで、ふと気付いて振り返ると、舞はさっさと一人で歩いていくところだった。
「こらっ、舞! 待てよっ!」
「牛丼」
「……しょうがねぇ。背負ってやるから100円払え」
「……持ってないよぉ」
 ポケットをひっくり返して、泣きそうな顔をする真琴。
 俺はやれやれと肩をすくめて、真琴の前にしゃがみ込んだ。
「しょうがねぇからただで送ってやる」
「うんっ!」
 嬉しそうな声で俺の背中にしがみつく真琴。
 しかし、何が悲しくて1日に2回もこいつを背負って帰らないといかんのだろうか?
「わっ、こら真琴、あんまりしがみつくなっ!」
「いいじゃないのぉ」
 そう言って、さらにぎゅっと体を密着させる真琴。
 む、背中に柔らかな感触が。あゆや栞よりは大きいとみた。
 ……って、何考えてんだ、俺は?
 俺は、ずっと前に行ってしまった舞に追いつくべく、走り出した。
「わわっ! 急に走らないでよっ!」
「るせいっ!」

Fortsetzung folgt

 トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 真琴が校内に入らずに、校門でうろうろしていたのは、以前祐一を脅かそうとして舞に斬り殺されかけた経験があるからです(笑)
 それにしても、まだ火曜日……。うぐぅ。

 プールに行こう2 Episode 13 99/9/8 Up