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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 11

「ただいま〜」
 拗ねまくった名雪をなんとかなだめ(イチゴサンデー4つだ。くそ)、俺達は家に戻ってきた。
「ただいま、お母さん。頼まれもの買ってきたよ〜」
「はい、ご苦労様。もうすぐ出来るから、手を洗ってきなさいね」
 玄関まで出てきた秋子さんが、名雪からスーパーのビニール袋を受け取って、キッチンに戻っていく。と、不意に振り返った。
「そうそう、祐一さん」
「あ、はい。なんです?」
 聞き返す俺。
「あ、わたし先に手洗ってくるね」
 気を利かせたのか、名雪はパタパタと洗面所に向かった。
 パタン、とドアが閉まる音。それを聞いてから、秋子さんは俺に尋ねた。
「栞ちゃんって、体の調子が悪いのかしら?」
「え……?」
 確かに、なんだか知らないが病気持ちとは聞いたが……。
「どうしてです?」
 聞き返すと、秋子さんは小首を傾げた。
「なんだかすごくたくさん薬を持ってるみたいだから……」
 そう言われてみればそうだった。栞は、個人薬局を開けるくらい大量の薬を四次元ポケットの中に常備してるからなぁ。
 何かあったら困るから、秋子さんにはちゃんと話しておいた方がいいだろうな。
「栞本人は、何か言ってました?」
「いいえ。もし、本人が言いたくないことなら、聞くのも悪いと思ったのよ」
「俺も詳しいことは知らないんで……。香里に聞くのが一番早いかな」
「ああ、名雪のお友達の香里さんね。判ったわ。あとで電話で聞いてみる。それから、もう一人の……」
「舞ですか?」
「ええ」
 秋子さんはこくりと頷いた。
 やっぱり、舞は物騒だから泊めるわけにはいかない、という話か。
 海に行ったときもさんざん剣を振り回してたしなぁ。
 俺は頭の中で、佐祐理さんにどう言い訳するか考え始めていた。
「……とってもいい娘ね」
「すみません。ああ見えても根はいい奴だと思うんで……はい?」
 謝りかけたところで、俺は秋子さんの言った言葉に思わず顔を上げた。
「いい娘……ですか?」
「ええ。あんな娘さんなら大歓迎よ」
 笑顔でそう言うと、秋子さんは頬に手を当てて首を傾げた。
「確か、舞さんって3年生よね。卒業後の進路って、もう決まってるのかしら?」
「さ、さぁ……。でも、多分大学に行くんじゃないんですか?」
「あら、そう? それじゃあと4年待たないとだめね」
 秋子さんは、ほぅとため息をついて、キッチンに戻っていった。
「……あれだけの逸材なのに、惜しいわ……」
 キッチンに入り際に漏らしたつぶやきが、微かに聞こえた。
 ……秋子さんって、一体?
 廊下で考え込んでいると、手を洗い終わったらしく、名雪が洗面所から出てきた。
「あ、祐一。洗面所空いたよ」
「お、おう」
「お母さんと何話してたの?」
「栞が俺の嫁にふさわしいかどうかという話をしてた」
 俺が答えると、名雪は真顔で言った。
「嫌だよ」
「……冗談だ」
「冗談でも、嫌だよ」
 そう言い残して、名雪はリビングに入っていった。
 ……あれって、もしかして、俺を栞には取られたくないっていうことなんだろうか?
 俺は頭を振って、洗面所に入った。そして、冷たい水で、顔をざぶざぶと洗った。

 夕食は、人数がまた増えたせいもあって、いつも以上に豪勢だった。
 さすがに、7人が食卓を囲むと、いつもは必要以上に広いテーブルも狭く感じる。
 ちなみに、今日の夕食は中華だ。
 というわけで……。
「わぁ、これ美味しいね。ボク、中華も好きなんだよ」
「あーっ、祐一、真琴の海老取った〜っ!」
「栞、このエビチリ美味いぞ。俺が取ってやろう」
「……エビチリは、人類の敵です」
「あ、栞ちゃん辛いの嫌いなんだよね」
「はぐはぐ……。うぐぅっ、熱いぃ〜〜〜っ!」
「もう。祐一、全部の皿を自分の方に引き寄せないでよ〜」
「……祐一、とれない」
「どれが欲しいんだ、舞?」
「祐一、真琴の海老返してよ〜」
「あらあら、大丈夫? あゆちゃん」
「あ、この赤いのは美味しそうですね」
「栞ちゃん、それ翡翠餃子……」
「……それ」
「……あうっ……」
「ボク、猫舌……」
「すまん、中華料理のメニューは舞には判らなかったか」
「真琴の海老〜っ!」
「おうっ! ま、舞、箸で眉間を刺すのはやめてくれ、危ないから」
「あっ、この焼売美味しいよ〜。でもイチゴが入ってないね〜」
「うるさいぞ真琴っ! 食べ物でゴチャゴチャ言うな、見苦しいっ!」
「……ううっ、ひどいです、祐一さん」
「うーっ。こうなったら、祐一の全部食べてやるぅっ!」
「あらあら、そんなに急いで食べなくてもいいのよ、真琴」
「お前が勝手に食ったんだろうが、その翡翠餃子は」
「祐一、取って欲しい……」
「そんなこと言う人は嫌いです」
「おかーさん、しょうゆ取って」
「はい。祐一さん、ご飯のお代わりは要りますか?」
「あ、すみません」
「祐一……」
「はぇ〜、賑やかですね〜」
「あっ、それならボクがよそってくるっ!」
「そう? じゃ、あゆちゃん、お願いね」
「あ、わたしの隣りの席が空いてますよ、倉田先輩」
「……すごく不安だぞ、あゆ」
「あはは〜、ありがとうございます〜。あ、おばさま、これおみやげです〜」
「ごはんよそうくらい、ボクできるもん。行って来るねっ!」
「……おい、真琴っ! 俺が大事に取って置いた海老焼売、全部食ったのかっ!」
「へへーん。ぶいっ」
「あら、ありがとう、倉田さん」
「てめーっ! くらえ、怒りの唐揚げ全部没収っ!」
「ああーーっ! 真琴の唐揚げがーーっ!」
「お父様から、よろしくと言付かって参りました」
「えへへっ、祐一くん。はい、どうぞ」
「……翡翠餃子なんて嫌いですっ!」
「祐一、取って」
「おい、あゆっ! なんだ、この山盛りご飯はっ! しかも圧縮済みだぞっ!」
「じゃあ、倉田さんも食べて行ってちょうだいね」
「ボク、一生懸命よそったよっ!」
「あ、栞ちゃん。こっちの杏仁豆腐は甘いよ〜」
「祐一が唐揚げとった〜っ!」
「はい、それじゃ遠慮なく頂きますね〜」
「お前なぁっ! これじゃご飯じゃなくて団子だっ! ほら見ろ、箸が刺さるぞっ!」
「わぁ、ほんとに甘いですね、名雪さん」
「あらっ? 舞、なにしてるの?」
「うぐぅ……、一生懸命やったもん……」
「わたしもお気に入りなんだよ〜。これでイチゴが入ってれば完璧なんだおー」
「祐一が取ってくれない……」
「一生懸命すぎだっ! 見ろ、逆さにしても落ちてこないじゃないか!」
「上にバニラアイスを浮かべるのもいいと思います」
「でも、祐一さん忙しそうよ。私が取ってあげようか?」
「祐一に取ってもらう」
「うぐぅ……」
「それもいいかもしれないね。じゃ、ストロベリーとバニラのアイスを並べるのは?」
「あらあら、真琴ったら、そんなに口の中に詰め込まなくても……」
「はぇ〜。もしかして、佐祐理はお邪魔でしたか〜?」
「ほれっ、やり直しだ!」
「ふぁっふぇ、ひゅーひひふぁぁ」
「それ、いいですね、名雪さん。私も賛成ですっ」
「えっ? あ、うん。ボク、今度は頑張るねっ!」
「……そんなことない」
「もう、名雪も栞ちゃんも無茶言わないで。そんなことしたら杏仁豆腐じゃなくなっちゃうわよ」
「ああっ! ふと気付くと俺の前の皿が全部からになってるじゃないかぁっ!」
「よかった。舞に邪魔って言われたら、佐祐理どうしようかと思いました」
「ふぇふぇーん。ふひ」
「真琴、口にもの入れたまま喋っちゃダメじゃない」
「残念だよ……」
「そんなこと、言わない」
「てめ、真琴っ! またおまえかぁっ!!」
「私も残念です……」
「祐一くんっ、こんどはどうかなっ?」
「もぐもぐ……ごくん。へへーん。もう祐一の食べるものはないよ〜だ」
「それじゃ、そっちのチンジャオロースーは祐一さんに取ってもらうとして、こっちのカンシャオシャーレンとってあげますね〜」
「あっ、それじゃあ、イチゴジャムを乗せるっていうのはどうかな? ね、お母さん」
「てめ、真琴っ! 表に出ろっ! 勝負付けてやるっ!」
「それならいい」
「ジャ、ジャムですか? 私は、えっと、遠慮します」
「祐一くん、ご飯よそってきたんだけど……」
「望むところよっ! 今こそ、ええと、とにかくぎゃふんと言わせてあげるっ!」
「えーっ? 美味しいのに……」
「それじゃ、……はい、これくらいでいい?」
「もう、祐一さんも真琴もやめなさい。食事中ですよ」
 秋子さんに言われて、俺は渋々腰を下ろした。それから、はたと気付く。
「あれ?」
 名雪の隣でかいがいしく小皿にエビチリを取っているのは……。
「佐祐理さん?」
「はい?」
 舞にエビチリの小皿を渡しながら、佐祐理さんが俺の方を見た。
「……いつの間に」
「あははーっ。佐祐理はずっといましたよ〜」
 いつものように笑う佐祐理さん。うーん、全然気付かなかった。
「うぐぅ……」
「あ? おお、あゆか。明日のない土地と知ってもやはり守って戦うのだな」
「何言ってるのか、全然わかんないよっ!」
「安心しろ。俺もよく判ってない。それはともかく、どうした?」
「……うぐぅ、もういいよっ!」
 なんだか知らないうちに、あゆはそのままキッチンにばたばたっと走って行ってしまった。
 ……あれ? さっきあゆが持ってたのって、俺の茶碗じゃなかったか?
「意地悪だよ」
「意地悪ですね〜」
「意地悪だと思います」
「やーい、意地悪〜」
 いきなり集中砲火を食らう俺。って、俺が一体何をしたぁっ!!
「祐一さん」
 秋子さんが静かに俺に言った。
「あ、はい」
「あゆちゃんをあんまりからかっちゃいけませんよ」
「いや、別にからかってるわけじゃ……」
 俺が言いかけると、秋子さんは首を振った。
「あの娘、一生懸命にやってるのよ。だから、こちらも一生懸命に応えてあげないと。ね?」
「……ええ、まぁ、一生懸命なのは認めますけど……」
 でも、いつも結果がついてこないんだよなぁ。
「それが判ってるなら、いいのよ」
 秋子さんは、立ち上がった。
「お茶、淹れてきますね」
 秋子さんはそのまま、キッチンに入っていった。
 見るともなくそれを見送っていると、舞がぼそっと言った。
「……祐一、意地悪」
「なんだよ、舞っ! しつこい……ぞ?」
 振り返った俺の前に、舞がいきなり小皿を突き出した。
「取って」
「……お前、話の筋を無視してるだろ?」
「祐一さん、舞はずっと祐一さんを待ってたんですよ〜。ね、舞」
 ビシッ
 空いている手でさゆりさんの眉間にチョップをする舞。
「へいへい。で、どれだ? この牛肉とピーマンの炒め物か?」
「はちみつくまさん」
「……祐一さん、前から聞こうと思ってたんですけど、川澄先輩が時々言ってるそのはちみつくまさんって何ですか?」
 栞に聞かれて、俺は皿に炒め物を山盛りにしながら答えた。
「それは、舞の愛の告白の言葉だ」
 ガスッ、スパーン
 同時に眉間と後頭部に衝撃を受けて、俺はもんどり打ってその場に倒れた。
「……祐一、大丈夫?」
 名雪が上からのぞき込む。
「……ものすごく痛かった」
 とりあえず、箸で眉間にツッコミをいれたのは舞として、後頭部をハリセンでどついたのは誰だ? ……って、そんなことするのは一人しかおらん。
「真琴っ! なんでお前に殴られないといかんのだっ!」
「えっとぉ〜、あっ、そうそう。真琴の唐揚げ食べたでしょーっ!」
 ハリセンを片手に、真琴がびしっと俺を指す。
「絶対許さないんだからっ! 食べ物のねたみはおそろしーのよっ!」
「恨みです」
 脇から栞がツッコミを入れる。
「あははーっ。こぼさなくてよかったです〜」
 いつの間にか、佐祐理さんが、俺が放り出したはずの皿を片手にしている。
 ……山盛りにしていた炒め物は、少しもこぼれていなかった。
「はい、舞。祐一さんが取ってくれたよ」
「……」
 佐祐理さんから皿を受け取って、ぱくぱく食べ始める舞。
 なんていうか、マイペースな奴だ。
「いつまでも床に寝てると、風邪引くよ〜」
 名雪がのほほんと言う。
「そうだな。……いや」
 俺は起き上がりかけて、再び横になった。
「どうしたの、祐一?」
「俺はなんとなく床に横になりたい気分なんだ」
「……変なの」
 ん〜、ベストアングル。

 数分後、俺は状況に気付いた真琴に蹴り殺されかけたのだが、それはまた別の話である。
「祐一の変態〜っ!!」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 我が家のメインマシン「ますたーしいこさん」(ミドルタワー)が、パワーアップして「佐祐理さん」(フルタワー)になりました。
 ……しいこさんがロールアウトしたのが去年の12月だったのになぁ。月日がたつのははやいものです。はい。
 SS書き用とはとても思えないスペックのマシンになりました。はい。
 でも、CPUのクロック数が上がっても、SS書く速度は上がらないんだな、これが。
 書いてる速度って、PC-9801RX(80486SX 16MHz)使っていた頃と、そう変わってない。……ううっ、佐祐理さんのPentiumIII 450MHzが泣くなぁ。もっと頑張らないと。

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