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「ふんふん、ふんふ〜ん」
Fortsetzung folgt
場所はおなじみ百花屋で、上機嫌でイチゴサンデーをぱくつく名雪を前に、俺はふとかねてからの疑問を尋ねてみた。
「ところで、名雪」
「うん? なぁに?」
スプーンをくわえたままでこっちを見る名雪。
「そんなに甘いものばっか食って太らないのか?」
「大丈夫だよ。わたしちゃんと運動してるもん。でも……」
不意に名雪はスプーンを置いた。
「そんなに太ってるように見える?」
「いや、別に」
俺は首を振った。名雪は安心したように笑顔になった。
「なら、大丈夫だよ」
「なにがだ?」
「祐一がわたしのことを太ってないって思ったんなら、太ってないんだよ」
そう言って、イチゴサンデーの攻略に戻る名雪。
うーむ。
とりあえず、秋子さんに頼まれた買い物もしないといけないので、今日はイチゴサンデー1つで切り上げた。
「あと5回おごってもらえるんだね。わたし楽しみだよ〜」
「だから、どんどん増やすのはやめろって」
俺が拳を振り上げると、名雪は「きゃぁ」と笑いながら俺から離れた。
「それじゃ、買い物してくるからここで待っててね〜」
「おう」
俺が片手を上げると、名雪はそのまま商店街の奧に走っていった。
夕方ということもあって、商店街は人混みに溢れていた。
夕焼けが辺りをオレンジ色に染める。
……あれ?
向こうからキョロキョロしながら歩いてくるの、あれ真琴じゃねぇか?
何してるんだろ?
「おーい、こっちだ越前っ!」
「えっ? あ、祐一っ!」
真琴は、一瞬ほっとして、それから慌てて「何でもないんだよ」という表情をつくった。余裕かましてる演出のつもりか、わざとのろのろと近づいてくる。
……わかりやすい奴だ。
「こ……」
「どうしたんだ?」
こんなところで逢うなんて奇遇ね、とかなんとか言いかけた真琴の機先を制して俺が訊ねる。
「あうっ、えっと、たまたま」
「たまたま?」
「そう、たまたま逢ったのよ」
そう言って、偉そうに胸を張る真琴。
「そうか。じゃな」
「あっ、ちょっと待ちなさいよっ!」
手を振って去ろうとした俺を、慌てて真琴が呼び止める。
「なんだよ?」
「えと、別に用はないけど……」
「じゃあな」
「あうーっ」
相変わらずからかいがいのある奴。
「冗談だ、冗談。なんだよ、遊んで欲しいのか?」
「そ、そんなわけないわよぅ」
ぷんと横を向く真琴。
「そっか」
俺は、商店街の入り口の柱にもたれた。
「……」
「……」
「……」
「あうーっ」
やっぱり、先に我慢できなくなったらしく、真琴は俺の腕を掴んだ。
「あのねっ、祐一、あれやろうよ、あれっ!」
そう言ってゲーセンの入り口を指す。
「あん? キャッチャーか?」
「へぇ、キャッチャーっていうんだ」
相変わらずものを知らない奴だ。
「しょうがねぇな。それじゃ俺があれの遊び方を直伝してやろう」
「うんうん」
「あれはだな、あの透明なガラスを石で叩き割って、中のぬいぐるみを取り出すというゲームなのだ」
「嘘だぁっ!」
「嘘じゃないぞ。ほら、さっさと石を捜しに行け」
「う、うん……」
頷いて、きょろきょろと辺りを見回す真琴。けけっ、信じてるな。
「嘘を教え込まないでください」
いきなり、後ろから声が聞こえた。さすがの俺もびっくりして振り返ると、制服姿の天野がいた。
「天野、なんばしおっと?」
「どうして博多弁なんですか?」
聞き返されて、俺は胸を張って答える。
「なんとなくだ」
と、俺の首に後ろから腕が巻き付いた。
「祐一〜っ、真琴に嘘教えたんだぁ〜っ!」
そのままスリーパーホールドをかけられて、俺は慌てて真琴の腕を叩いた。
「チョークチョーク!! お茶目な冗談じゃないかっ!」
「お、し、え、た、の、ね〜」
「ぐぎぎぎゃ……」
さらに後ろから真琴に締め上げられ、さすがに目の前が暗くなってくる。
「それくらいにしないと、相沢さんが死にますよ」
「えっ? あっ、祐一っ、大丈夫?」
天野に言われて、俺の顔が青を通り越して土気色になりかけているのに気付き、ようやく真琴は腕を解く。
「……ゲホゲホゲホ」
咳き込む俺の顔を、天野がのぞき込む。
「大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな……」
「汗びっしょりですよ。これ使って下さい」
天野はポケットからハンカチを出した。
「いいのか?」
「どうせ、一度相沢さんに貸してますから」
……そう言えば、昼休みにそんなこともあったな。
とりあえず、天野のハンカチを借りて汗を拭うと、俺は振り返った。
「真琴、おのれわぁっ! って、……あれ?」
そこに真琴はいなかった。って、まだ俺の背中にくっついてるじゃないか。
「離れろっ!!」
ぶん、と体を振る。あゆならこれであっさり振り落とせるのだが、真琴はなかなかしぶとかった。
「こ、このっ! は、な、れ、ろ〜っ!」
「やだやだ〜っ」
ますますしがみつく真琴。
ふと気付くと、そんな俺と真琴を、買い物に来ている主婦連中が遠巻きに眺めて話をしている。
「まぁ、別れ話のもつれかしら?」
「いえいえ、奥様。きっとあれですわよ。隠し子が父親に「認知して」って迫ってるんですのよ」
「違うのよ〜。あの男は麻薬の密売人で、あの娘に薬を売りつけてたんですのよ。それで、薬が切れた娘に、新しい薬をよこせって迫られてるんですの」
「怖い世の中ざますわねぇ〜」
……なんでやねん。
俺は改めて辺りを見回したが、いつの間にか天野もいなくなっていた。薄情だな、あいつは。
ともかく、このままおばさん達の批評が続けば、警察が飛んで来ることになりかねん。
とりあえず俺は、真琴を背中にひっつけたまま、この場から逃げ出した。
「……はぁはぁはぁ」
荒い息を付きながら、俺は背中の真琴に言った。
「お前、いい加減に降りろっ!」
「ふんだ」
ぷいっと横を向く真琴。
「そっか。俺は実は今からトイレに行こうかと思ってたんだが、真琴も一緒に来るのか」
「わわっ! 誰がようっ!」
慌てて飛び降りる真琴。
俺は肩をトントンと叩きながら、腰を伸ばした。
「ふぅ、重かった」
「ああっ! また騙したのね〜っ!!」
真琴が地団駄踏むが、それを無視して周囲を見回す。それから、真琴に尋ねた。
「なぁ、真琴」
「なによっ!」
「……ここ、どこだ?」
「……え?」
そう言われて、真琴も辺りを見回した。それから首を傾げる。
「知らないところ」
「そっか。偶然だな。実は俺も知らない所なんだ」
「ええっ!? それじゃ、どうやって家に帰るのようっ!」
慌てて叫ぶ真琴。
辺りは次第に暗くなり始めていた。
「とりあえず、歩いてみよう。どこか知ってる所に出るかもしれん」
「う、うん」
真琴も頷いて、俺達は歩き出した。
「あうーっ! 疲れたぁ! お腹空いたぁっ!」
「うるさい。誰のせいでこんな羽目になってると思ってるんだっ!」
「祐一が適当に走り回るからよっ!」
歩いて5分とたたないうちに、俺と真琴は口げんかを開始していた。
と、目の前で、道が左右に分かれていた。
俺はなんとなく右に曲がる。
「あ、祐一がそっちに行くなら、あたしこっちに行くからねっ!」
真琴は左に曲がった。そして振り返ってあっかんべーと舌を出す。
「真琴についてこないでよっ!」
「誰が行くかっ!」
俺も言い返すと、背を向けた。
後ろから声が追いかけてくる。
「……こっちに来ないでよっ!」
「行かねぇって言ってるだろ! さっさと行けよっ!」
振り向きもしないで怒鳴り返すと、俺は足を早めた。
「祐一の、ばかーっ!!」
パタパタパタッ
怒鳴る声と、そして小さくなる足音。
……あいつ、最後は泣いてなかったか?
やれやれ。
俺はため息をついて、振り返った。
どうやら角を曲がっていったらしく、真琴の姿は見えなかった。
ここでまたいなくなられても、目覚め悪いしな。しょうがねぇ。
苦笑して、歩き出そうとしたその時。
キキーーーッ
「きゃぁっ!」
車のけたたましいブレーキの音と、そして悲鳴。
「真琴っ!!」
俺は駆け出した。
角を曲がると同時に、前から走ってきた黒っぽい車が、その俺をかすめるように走り去っていった。
「うわぁっ! てめ、危ねーだろーっ!」
振り返って怒鳴るが、あっという間にテールランプが小さくなっていく。
それより真琴は!?
慌てて、向き直る。
細い路地のブロック塀にもたれるようにして、真琴が座り込んでいた。すぐそばの電柱についている街灯の光のおかげで、辺りは明るく照らされている。とりあえず、辺りが赤く染まってるような様子もないので、まずほっと胸をなで下ろす。
「真琴っ!」
俺が叫びながら駆け寄ると、真琴は俺を見てぱっと表情を明るくして、それから慌ててそっぽを向いた。
「何しに来たのよ。来ないでって言ったでしょっ!」
「……元気そうでなによりだ。腰抜かしてるみたいだけどな」
ほっとして、俺は肩をすくめた。真琴は奮然と立ち上がった。
「うるさいわねっ! ……あいたっ」
ぐらっとよろめく真琴。とっさに俺は手を伸ばしてそれを支えた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫よっ! ……あうーっ」
屈み込んで右足を押さえながら、情けない声を上げる真琴。
俺も屈み込んだ。
「見せてみろ」
「やっ!」
「いいからっ!」
「……あうーっ」
俺が強い口調で言うと、真琴は思ったよりもあっさりと大人しくなった。
「さっきの車にぶつけられたのか?」
「ううん、車はかわしたんだけど、転んじゃって……」
転んだときにぶつけたのか、膝から血が出ていた。とりあえずポケットを探るとハンカチが出てきたので、それで膝を縛る。
……あ、これ天野のハンカチだった。
ま、真琴の怪我の手当に使ったって言えば、天野も納得してくれるよな。
「で、どこが痛いんだ?」
「足首……」
真琴は右の足首を指した。俺はスニーカーと靴下を脱がせて、足をちょっと曲げてみる。
「いた、いたたっ!」
「……捻挫かな。しょうがねぇな」
俺はとりあえずスニーカーに靴下を丸めて詰めると、それを片手に持って真琴に背中を向けた。
「え?」
「背負ってやるから」
「……ありがと」
えらく素直だな。
そう思いながら、俺は真琴を背負って立ち上がった。
「さて、どっちかな……」
考えていると、真琴が不意に鼻をくんくんさせて、右の方を指さした。
「あっち……だと思う」
「なんでだ?」
「なんと、なくだけど……」
「ま、どっちにしろあてがないんだし、たまには真琴の言うことも聞いてやるか」
俺は歩き出した。
「……ねぇ、祐一」
しばらくして、不意に真琴が言った。
「なんだ?」
「なんだかさ、前にもこんな事、無かったかな?」
「こんな事って?」
「あたしが怪我して、祐一に連れて帰ってもらったこと……」
「……無いはずだぞ」
一拍、間が空いたのは、俺も同じ事を考えてたからだった。
真琴が俺を襲撃して水瀬家に転がり込んでからは、少なくともこんなことは無かった。それは間違いない。
それじゃ、どうしてこんな記憶があるんだろう?
「……デジャビューってやつだろ、きっと」
「……そう、だよね」
ぽすっと、真琴は俺の背中に頭を埋めた。
「えへへっ」
「人の背中で妙な笑い声を上げるなよ」
「だって、なんだか嬉しいんだもん」
俺に重労働させて嬉しいとは何事だ?
そう言い返そうとも思ったが、何故か俺は、黙って歩き続けた。
「着いたなっ!」
「うんっ!」
俺と真琴は、顔を見合わせて笑った。
あれから十数分、真琴の言うとおりに歩き続けた俺達の前に、見慣れた水瀬家の玄関が出現したのだ。
「よし、これからはカーナビ真琴と呼んでやろう」
「……それは嫌」
「わがままな奴め」
そう言いながら、俺は真琴を背負ったまま、玄関をくぐった。
「ただいまぁ〜」
「ただいま」
声を揃えて挨拶すると、キッチンから秋子さんが顔を出す。
「あら、祐一さん、真琴、お帰りなさい。……真琴、どうしたの?」
俺におんぶされている真琴を見て、秋子さんはパタパタと駆け寄ってきた。
「足、捻ったの〜」
「あらまぁ。ちょっと見せてみなさい」
俺は真琴を玄関の上がり口におろした。
明るい光の下で見ると、くるぶしの辺りちょっと青くなっている。
秋子さんは、真琴の足首を左右に曲げては、痛いか痛くないかと聞いていたが、やがて一つ頷いた。
「捻挫ね。ちょっと痛いけど我慢してね」
「えっ? あいたぁいっ!!」
いきなり秋子さんはぐいっと真琴の足首をひねった。そして、手をパンパンと叩きながら立ち上がり、訊ねる。
「これでどうかしら?」
「……あ、あれ? 痛くなくなってる」
足をぶらぶらと振りながら、真琴は首を傾げた。
「膝にも怪我してるわね。リビングにいらっしゃい。手当てするから」
そう言いながら、秋子さんは廊下を歩き出しかけて、不意に振り返った。
「そうそう、祐一さん。名雪と一緒じゃなかったの?」
……しまった、すっかり忘れてた。
「……うそつき」
商店街の入り口まで戻ると、案の定、名雪が拗ねまくっていた。
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……いよいよ、あれが復活、か?(笑)
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