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これまでのあらすじと主な登場人物

 俺、相沢祐一。どこにでもいる平凡な高校二年生だ。
 何故か、来週の日曜日に、一番好きな人を発表しないとならなくなっている。
 今は、火曜日の5時間目だ。
 ……俺は生き残ることができるのか?

 相沢祐一(あいざわ ゆういち)
  俺だ。
 水瀬名雪(みなせ なゆき)
  俺と同じ歳のいとこで同居人の女の子。いつでもどこでも3秒で眠れるうえに、ベスト睡眠時間が12時間というジオン驚異のメカニズムだ。いつもぼーっとしているが、どういうわけか陸上部の部長でもある。好きなものは猫とかえる(ぬいぐるみ限定)とイチゴ。苦手なものは秋子さんの謎ジャム。
 沢渡真琴(さわたり まこと)
  多分年下だと思うがはっきりしない自称記憶喪失の水瀬家の居候。定職もなくぶらぶらしていたが、現在特例としてうちの学校に一週間だけ来ている。何故か俺を目の敵にしていて、しょっちゅう攻撃してくるが、攻撃力が低いのでうっとおしいだけだったりする。好きなものは肉まんだが、最近は暑くてコンビニに肉まんが売ってないので欲求不満らしい。
 美坂栞(みさか しおり)
  下級生の女の子。元気に見えるが持病があるらしく、学校をずっと休んでいた。ここのところは暑いせいか、元気に学校に通っていたりする。アイスクリーム(特にバニラ)が好き。結構強引なところは姉譲りなのかもしれん。
 川澄舞(かわすみ まい)
  上級生の女の子。夜の学校で剣を片手に魔物と戦っているという非常識な奴。無口で何も考えてないが、義に厚く、特に親友の佐祐理さんに何かあったときには、自分の身も省みずに動く。好きなものは動物としりとり(ただしすぐに自爆)と形式不明武装多脚砲台。苦手なものは悲しい話。
 月宮あゆ(つきみや あゆ)
  「うぐぅ」が口癖の食い逃げ犯の女の子。俺の幼なじみだったりもする。本人は同じ歳だと主張しているが、どう見ても年下だよなぁ。いや、からかうと面白いんだこれが。好きなものはたい焼きだが、最近は暑さのせいで売ってなくて、食い逃げの腕の見せ場がないので欲求不満らしい(「そんなことないもん。うぐぅ」) 料理の腕は……、まぁ某偽善者なみだとだけ言っておこう。ちなみに現在水瀬家に長期滞在中。
 倉田佐祐理(くらた さゆり)
  舞の親友で、上級生の女の子。大体が明るく「あははー」と笑っている事が多い大人物。父親が市議会議員というお嬢様だったりもするが、本人にとってはどうでもいいことらしい。舞のためならなんでも一生懸命になる。なんだか悲しい過去があるらしいが、詳細は不明。
 美坂香里(みさか かおり)
  名雪の親友で、栞の姉。なんだかよくわからんが、不思議な力を持っていたりする。最初は栞という妹がいることを否定していたが、一旦認めてしまうと、今度は必要以上に妹思いの姉に豹変してしまった。最近は一に栞、二に栞、三、四がなくて五に名雪、という感じだ。
 天野美汐(あまの みしお)
  真琴の友達の不思議系の下級生。無口で無表情っていうのは舞に通じるところがあるが、中身は全然違うらしい。何故真琴にだけあんなに構うのか、謎だ。この謎は絶対に俺が解く。じっちゃんの名にかけて!
 水瀬秋子(みなせ あきこ)
  名雪の母親で、俺にとってはおばさんに当たる女性。水瀬家のオーナー。全てにおいて超越している人。職業がなんなのかは未だに謎である。謎といえば、あのジャ……いやいや。趣味はジャムを作ることらしい。……いやいや。
 ぴろ
  真琴に懐いている猫。現在は水瀬家公認の飼い猫だが、名雪が猫アレルギーなのであまり登場してこない。人をくったような顔が特徴。ちなみに名前は……真琴に知られると殴られるから言わないでおこう(笑)
 北川潤(きたがわ じゅん)
  端役。(「おい!」)

Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 9

 シーン
 授業中のせいか、保健室は静まり返っていた。壁にかかっている時計が時を刻む「カチカチ」という音まで聞こえてくるほどだ。
「で、わたし、どうすればいいの?」
 名雪が訊ねた。
 授業中の保健室で女の子と二人きり、といえば、放課後の体育倉庫と同じく定番のシチュエーションだよな。
 などと一瞬思って、慌てて首を振る。
 何を考えてるんだ、俺はっ!? 相手は名雪だぞ!
「どうしたの、祐一?」
「え? わぁっ!」
 思わぬ近くに名雪の顔があったので、俺は思わずのけぞった。
「?」
 きょとんとしている名雪。
「祐一、変だよ……」
 確かに変だ。俺自身もそう思う。
 こういうときは、まず深呼吸して、落ち着いて……。
 すーはー、すーはー。
 よし、落ち着いたぞ。
「……なぁ、名雪」
「何? 祐一」
「えっと、だな……」
 ううっ、話題がない。えーと、何か差し障りのない話題は……と。
「名雪、恋してるか?」
 ……どこが差し障りのない話題なんだ?
 思わず自分にツッコミを入れてしまう俺だった。
「えっ?」
 名雪は、かぁっと赤くなった。
「な、なに言ってるんだよ、祐一……」
「あ、いや……」
 沈黙が流れる。
 名雪は、耳まで赤くなって俯いた。
「……うん」
「え?」
「恥ずかしいから、もう言わないよ」
 窓の外に視線を向けながら、名雪は言った。
 外は相変わらずいい天気で、太陽がグラウンドに照りつけていた。
「……今日も暑いな」
「……うん、そうだね」
「名雪は、冬が好きなんだろ」
「うん、そうだよ」
 名雪は、話題が変わったのでほっとしたように俺の方に向き直った。
「花が咲く春も、短い夏も、枯れ葉が散る秋も好きだけど、この街が真っ白になる冬が一番好きだよ」
「……俺は、冬は嫌いだけどな」
 俺は肩をすくめた。
「なぜか知らないけど、冬は嫌いだ」
「それは、きっと悲しいことがあったせいだよ」
 何かを知ってるような口振りで言う名雪。
「全てを忘れてしまいたいくらい、悲しいことがあったんだよ。きっと」
「……そうなのかな?」
 どういうわけか、最後の冬――最後に名雪と逢った7年前の冬の記憶は、霞んでしまっていてよく思い出せない。
 でも、それでいいような気もする。
 辛いだけの思い出なら……。
「でもね、祐一が帰ってきてくれて、わたしは嬉しいよ」
 名雪はそう言って微笑んだ。
 俺はなんとなく照れくさくなって、頭を掻いた。
「まぁ、いろいろあったしなぁ」
「そうだね。いろいろあったよね」
 そう言うと、名雪はふわぁとあくびをした。
「……なんだか、眠くなってきたよ」
「ベッドならあるぞ」
 冗談交じりにベッドの方を指すと、名雪はこくりと頷いて、そのままベッドに潜り込んだ。
「お、おい?」
「うにゅー。おやすみ〜」
 小さく呟いて、目を閉じる名雪。かと思うと、もう寝息が聞こえてくる。
 あのなぁ……。
 俺はベッドに歩み寄ると、名雪の上に屈み込んだ。
「くー、くー」
 名雪は本気で眠っていた。

「……うにゅ」
 小さな声を出して、もぞもぞと体を起こすと、名雪はきょろきょろと左右を見回した。
「……あれ? ここ、どこ?」
「保健室だ」
 俺が答えると、名雪は俺の方を見て目を丸くした。
「あれ? 祐一? あ、あれ?」
「ちなみに、今はちょうど6時間目が終わったところだぞ」
 時計を指して教えてやる。
「ええっ? もしかしてわたし、ずっと寝てたの?」
「おう。豪快に寝てたぞ」
「……もしかして、ずっと見てた?」
「ああ。よだれたらして豪快に寝てるところをな」
 そう言うと、名雪は慌てて口元を拭った。
「う、嘘だよね?」
「ああ、よだれは冗談だ」
「……意地悪だよ」
 あ、膨れた。
 俺は大きく伸びをした。
「まぁともかく、あとは帰るだけだな」
「あーっ!」
 不意に名雪が大声を上げた。
「な、なんだ?」
「わたし、午後の授業さぼっちゃった?」
「おう。しょうがないから俺も付き合ってやったぞ」
 俺がVサインをしながら言うと、名雪は「うー」とか「あー」とか言いながら頭を抱えた。
「どうしよう、祐一〜。わたしおさぼりさんになっちゃったよぉ」
「あきらめろ」
「うん、そうだね」
 ……あっさりした奴だ。
「考えてみれば、祐一も一緒なんだもん。毎朝一緒に遅刻してるのとあんまり変わりないよね」
「……それは嫌な納得のされ方だな」
「それじゃ、とりあえず今日はもう終わりだから、教室に鞄取りに行こ」
「……うーむ」
 俺は腕組みして考え込んだ。今から教室に戻ると、昼休みのあれが拡大再生産されんとも限らんしなぁ。
「大丈夫だよ」
 名雪は、そんな俺の様子をみて笑った。
「なんで大丈夫なんだ?」
「わたしが一緒に行ってあげるよ」
 名雪に笑顔でそう言われると、なんとなく、なんとかなりそうな気もしてくるから不思議なもんだ。
 それに、考えてみると、俺がここにいるって事は他の連中も知ってるはずだが、5時間目と6時間目の間の休み時間には誰も来なかったわけだ。つまり、それって、もう俺は狙われてないってことじゃないか。うん、きっとそうに違いない。
「そうだな。行くか」
 俺は立ち上がった。
「あっ、祐一待ってよ」
 名雪はベッドから降りると、パタパタと制服を叩いた。それから俺に視線を向ける。
「わたしが寝てる間、何もしなかった?」
「おう。別にスカートをめくってその奥をのぞき込んでみたり、ブラウスのボタンを外して胸の谷間に顔を埋めてみたりなんてしてないぞ」
「……なんか妙に具体的なのが気になるよ」
 胸元を押さえながら、赤くなる名雪。
「してねぇって。第一お前相手にそんな気になるかよ」
 俺は苦笑した。名雪は今度は拗ねたように口を尖らす。
「それはそれでなんかやだよ」
「贅沢な奴だな……」
 俺ははぁ、とため息をつくと、保健室のドアに手を掛けた。
「先に行くぞ」
「あ、待ってよ」
 名雪が駆け寄ってくるのを待って、俺はドアを開けた。

 教室に着くと、既に部活組はいなくて、帰宅部の連中が少し残っているだけだった。
 俺は自分の鞄を肩に担いで、名雪に尋ねた。
「よし、帰ろうぜ」
「うん」
 名雪も自分の鞄を手にして頷いた。

「……何事もなく、家に着いてしまった」
 俺は、水瀬家の門を前にして、感慨深くため息をついた。
 帰りに絶対誰かが待ち伏せしてると思ったんだが。
「俺は今猛烈に感動しているっ! 平穏な日常の繰り返しがこれほどまでに感動を呼ぶものだとはっ! なぁ、名雪っ!」
 ばっと振り返って、後ろにいる名雪に俺は同意を求めた。
「……嘘つき」
 名雪は拗ねていた。
「な、なんだよ?」
「イチゴサンデー4つ……」
 そういえば、そんな約束してたような。……あれ? 数が増えてないか?
「とりあえず今日はあきらめろ。明日にしようぜ」
「今からでも遅くないよ〜」
 名雪は俺の手を引っ張る。
「イチゴ〜、イチゴ食べる〜」
「お前は駄々っ子か!?」
「だって〜」
 俺はため息を付いた。
 でも、今日は名雪には世話になったし、まぁいいか。
「それじゃ、とりあえず鞄を置いて着替えてから、商店街に行くか」
「うんっ!」
 一転、満面の笑顔で頷くと、名雪は玄関をくぐった。その後に俺も続く。
「ただいまぁ〜」
「あっ、お帰りなさい、名雪さん、祐一さん」
 いそいそとエプロンで手を拭きながら出てきたのは、栞だった。
「……ごめん。家を間違えたみたいだ。行くぞ名雪」
「えっ? でも、ここわたしん家……」
「そうですよ。あってます」
 こくこくと頷く栞。
 俺は額を押さえた。
「じゃあ、なんで栞がエプロン姿で、あまつさえ「お帰りなさい」などとのたまいながら出て来るんだ?」
「ちゃんとお昼に話はしたじゃないですか。今日からしばらくお世話になりますからって」
 ……そういえばそういう話も聞いたような気がする。
 と、
「祐一、遅い」
 リビングから顔を出したのは舞だった。
「あははー。随分ゆっくりだったんですね〜」
 その後ろからひょっこりと佐祐理さんも顔を出す。
「なっ、佐祐理さんまでっ? まさか、佐祐理さんまでここに泊る気なのかっ!?」
「あははー。残念ですけど佐祐理はもう帰らなくちゃいけません」
 そう言われてみると、栞や舞は私服だが、佐祐理さんは制服のままだった。
「それじゃ、祐一さん。舞のことよろしくお願いしますね〜」
 笑顔でそういうと、佐祐理さんは「お邪魔しました〜」と声をかけて帰っていった。
 とりあえず、俺と名雪はキッチンに顔を出してみた。
 キッチンでは、エプロン姿の栞と秋子さんが、なにやら楽しそうに話をしながら料理を作っていた。
 と、秋子さんが振り返って俺達に気付いた。
「あら、祐一さん、名雪、お帰りなさい」
「ただいま、お母さん。お仕事終わったの?」
「ええ」
 秋子さんが頷くと、名雪は慌ててキッチンを見回す。
 俺はその肩をつついて、冷蔵庫の上を指した。
 そこには、オレンジ色の物体がなみなみと満たされた巨大な瓶があった。がっくりと肩を落とす名雪。
「はぁ〜」
 名雪、とりあえず今はアレについては触れないことにしよう。
 うん、そうだね。
 見事なアイコンタクトが成立し、俺は改めて秋子さんに向き直った。
「あの、栞から聞いたかもしれないんですけど、今日からしばらくこの栞ともう一人、リビングにいる舞ってヤツがうちに泊りたいって言ってるんですが……」
「了承」
 ……相変わらずのキレだった。
 俺はため息混じりにお礼を言った。
「ありがとうございます。迷惑かけて済みません」
「いいのよ。私も名雪も賑やかなのは好きだから」
「秋子おばさま、こっちの大根も切っちゃっていいんですか?」
 包丁を片手にして栞が秋子さんに訊ねた。
「ええ、短冊に切ってくれるかしら?」
「はーい」
 元気よく答えると、トントントンと大根を切り始める栞。むぅ、なかなか上手い。
「あゆの12.7倍(当社比)上手いな」
「うぐぅ……。ボクだって料理できるもん」
「うわぁっ、あゆあゆいたのかぁっ!」
「あゆあゆじゃないもん」
 あゆは涙目になって、鼻歌混じりに大根を切る栞を見ていた。
「ううっ、でもやっぱりボクよりちょっと上手い……」
「あゆ、後で名雪に広辞苑借りて、“ちょっと”の定義をひいておけ」
「うぐぅ、遠回しに否定しなくてもいいよっ」
「祐一、それじゃ行こっ!」
 いきなり後ろから名雪が言った。振り返ってみると、いつの間にかタンクトップに着替えている。
「行くって何処にだ?」
「……嘘つき」
「わかったわかった。わかったからいちいち拗ねるな」
 俺は苦笑して名雪の頭にぽんと手を置いた。
「あら、商店街に行くんなら、ちょっと買ってきて欲しいものがあるんだけど」
「うん、いいよ、お母さん。何?」
「名雪、玄関で靴を履いて待ってろ。着替えてくるから」
「あ、うん」
「いいか? 絶対に靴を履いて待ってよ」
 頷く名雪に念を押して、俺はキッチンを出た。
「祐一くん、どこか行くの?」
 後ろからとことことあゆがついてくる。
「部屋に着替えに行くんだが、見たいのか?」
「違うよっ! 名雪さんとだよっ!」
 慌ててぶんぶん手を振りながら言うあゆ。
「ああ。ちょっと約束でな。それより、舞や真琴は?」
「リビングで動物番組見てたよ」
 なるほど、静かなわけだ。
 階段を上がって、自分の部屋のドアに手をかけて、俺はあゆに言った。
「じゃ、俺は着替えるから」
「う、うん……」
 こくりと頷くあゆを残し、部屋に入ると、手早く着替えて外に出る。
「あのね、祐一くん……」
「じゃ、また後でな、あゆ」
 さっそうと手を振って、俺は階段を駆け下りた。
「あ……」
「さらばだ、また逢おう!」
 階段の下から、もう一度手を振って、俺はダッシュで玄関に向かった。そして、予想通り三和土で立ったまま寝ていた名雪の腕を掴んで走る。
 名雪だけならともかく、あゆにまでおごる羽目になったらたまったものではないからだ。
「わわっ!」
 と、名雪が驚きの声を上げた。流石に外の暑さのせいで、目も覚めたらしい。
「……あ、あれっ? 気が付いたら家の外……」
「……ほっといたら良かったかもしれん」
「それはダメだよ。約束は守らないとね」
 名雪はうんうんと頷きながら、嬉しそうに言った。
「楽しみだな〜、イチゴサンデー5つっ!」
「どんどん増やすんじゃねぇっ!」

Fortsetzung folgt

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あとがき

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