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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 6

「朝〜、朝だよ〜」
 耳元で、いとこの声が聞こえる。
「早く起きて顔洗って歯磨いて朝ご飯食べて学校行くよ〜」
 ……今日の目覚ましはいやに親切だな。
 そんなことを、頭の隅で思いながら、ごろんと寝返りを打つ。
「……起きてくれない」
「そういうときは、こうよっ!」
 べちゃ
 冷たいものが俺の顔に乗せられた。
 ……。
「なななななんだぁっ!?」
 俺は顔に乗っている冷たいものを払いのけながら、体を起こした。
「わーい、起きた起きたぁ」
 ぺちぺちと手を叩いて喜んでいる真琴。
「もう、祐一。食べ物を粗末にしたらダメだよ〜」
 苦笑しながら、床からこんにゃくを拾い上げている名雪。
「……お前ら、何してる?」
「何って、起こしてあげに来たんだよ」
「うん、そう」
 ベッドに座って、二人をじっくり見てから、俺は訊ねた。
「二つほど質問があるんだが」
「うん。でも手短にね。あんまりゆっくりしてると、また遅刻しちゃうから」
 名雪がのほほんと言う。その名雪に俺はぴっと指を突きつけた。
「なんで名雪が早起きしてるんだ? まだ7時半だぞっ」
「昨日はね、早めに寝たんだよ」
「……そうなのか?」
 そういえば、飯食ってから俺は舞に逢いに学校に行ったからなぁ。こいつがいつ寝たかはよくわからんが、飯を食ってすぐに寝たなら、ちょうど12時間。こいつのベスト睡眠時間だ。
「うん。だから気持ちよく起きたんだよ」
 名雪は恐ろしいほど上機嫌だった。
 俺はため息を付いて了承した。
「ま、それならいいとしよう。今日は傘を持っていくとして……」
「……祐一、さりげなくひどいこと言ってる?」
 拗ねる名雪を無視して、俺は真琴をびしっと指した。
「なんだ、これは?」
「あたしは沢渡真琴」
「誰がお前の名前を聞いたっ! その服だ、その服っ!」
「へっへー。似合うでしょ〜」
 上機嫌で襟元のリボンをぴっと引っ張る真琴。そう、真琴が着ているのは、名雪と同じく、うちの学校の制服だったのだ。

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 ちなみにうちの学校の夏服は、左の通りである。
 と、トントンとノックの音がして、あゆが顔を出した。
「祐一くん起きた? あ、祐一くん。おはよ〜」
「……あゆ、お前もか?」
 あゆもうちの学校の制服を着ていたのだ。
 俺が指摘すると、あゆはスカートの裾をもじもじといじりながら、顔を赤くして訊ねた。
「えっと、どうかな、この服」
「ああ、似合ってる似合ってる」
 おざなりに答えると、あゆはぱっと顔をほころばせた。
「ホントっ? よかったぁ。ボク嬉しいよっ」
「似合ってるから何故制服着てるか教えろ……って、おいこらっ!」
 呼び止めたが、あゆはそのままスキップしながら出ていってしまった。
 しょうがねぇヤツ。
 ため息を付くと、俺は真琴の方に向き直った。
「なぁ、真琴……って、いねぇし」
「あ、ホントだね〜」
 真琴も既にいなかった。名雪が、相変わらずこんにゃくを片手にのほほんとしているだけだった。
「で、名雪は知ってるんだろ? なんであいつらがうちの学校の制服着てるんだ?」
「……くー」
「寝るなぁっ!!」

 朝食の席(ちなみに朝飯は名雪が作った)で、俺は改めてあゆと真琴に制服を着ているゆえんを尋ねてみた。
「昨日の夜にね、美坂さんと倉田さんが来たんだよ。あ、美坂さんはお姉さんの方だよ」
 はぐはぐとパンを食べながら、あゆが言った。
「香里が? でもわたしは知らないよ」
「うん。名雪寝てたし」
 口を挟む真琴。名雪はイチゴジャムティーをすすりながら言った。
「起こしてくれれば良かったのに……」
 起こしても無駄だ。
 全員がそう思ったが、誰も言わなかった。
「それで、この制服渡してくれて、明日から今週いっぱいはうちの学校に来なさいって」
「何考えてるんだ、あの二人は……」
 俺は頭を抱えた。
「ぷーたろーの真琴はともかく、あゆはいくら小学生に見えても、現役高校生だぞ……」
「うぐぅ……、小学生じゃないもん」
 あゆがぶつぶつ言う。
「それに、今週学校休みだもん」
「嘘をつけっ!」
「嘘じゃないよ。試験休みだもん。ボク、前にも言ったよ?」
 そう言われてみれば、そうだったような気もするが……。
「でも、うちの学校に来てどうするんだ?」
「……さぁ」
「どうするんだろ?」
 小首を傾げる二人。
 俺はもう一度頭を抱えて名雪に言った。
「なぁ、俺今日休んで良いか?」
「ダメだよ〜」
 明るく言われて、俺はがっくりと肩を落とした。
「あ、そ……」

 というわけで、俺は3人を連れて学校に向かっていた。
 いつもの角を曲がったところで、見慣れた二人の後ろ姿を目にする。
 よし、今日は後ろからそっと近寄って、脅かしてやろう。
 そーっと、そーっと……。
「おはようございます、祐一さん」
「……おはよう」
「……」
「はら〜っ? 何してるんですか?」
 わっ、と脅かす寸前の状態で固まっている俺に、佐祐理さんがにこやかに尋ねた。
「……コホン。おはよう、舞、佐祐理さん」
 後ろでくすくす笑う声が聞こえる。真琴のヤツ、あとでせっかんだ。
 と思っていると、佐祐理さんが後ろの2人にも声をかけていた。
「おはよーございます。良かった。ちょうどいいサイズでした〜」
「あの、ホントにボク、これもらってもいいの?」
「あははー。あげませんよ。貸すだけです」
「あ、そうだよね。あははっ」
 なんか和んでいる。
 俺は佐祐理さんの制服をちょいちょいと引っ張った。
「あの、佐祐理さん。ちょっと聞きたいんだが……」
「はい、なんでしょうか、祐一さん?」
「えっとだな……」
「祐一さんっ、おはようございますっ!」
 声と一緒に、ふわりと背中に抱きつく感触。
「……背中で押しつぶされた胸の膨らみは小さかった」
「わぁっ、ひどいですっ」
 背中から離れたので、振り返ると、栞が自分の胸を抱くようにしていた。
「気にしてるんですから言わないでくださいっ」
「大丈夫だ。あゆとあまりかわらん大きさじゃないか」
「それって小さいって言ってるじゃないですか」
「うぐぅ、二人ともひどいよ……」
 振り返ると、あゆが涙目になっていた。
「いいもん。そのうち大きくなるから……」
「そうですよねっ! もっとちゃんと大きくなりますよねっ」
「うん、絶対そうだよっ!」
 手を取り合って友情を確かめ合っているあゆと栞をほっといて、俺はその姉に尋ねた。
「で、どういうことなのか説明してくれるか、香里?」
「沢渡さんと月宮さんはうちの学校の生徒じゃない。つまり、学校であなたと一緒にいられない。それはちょっと不公平だと思わない?」
 淡々と言う香里。
「ま、それもそうだが、でも、だからって……」
「というわけで、特別に今週だけ学校に来てもらうことにしたのよ。大丈夫。学校側には体験入学ってことにしてあるから」
「体験って、そんな制度あるのかっ!?」
「さぁ。でも倉田先輩が交渉したら、あっさりOKが出たわよ」
 ……まぁ、佐祐理さんだからなぁ。
「でもよ。お前は栞を応援してるんだろ? 真琴やあゆをうちの学校に入れるとなると、それだけ栞が不利になるんじゃないのか?」
「……」
 一瞬言葉に詰まった後で、香里は口に手の甲をあてておほほっと笑った。
「さて、それじゃそろそろ行かないと遅刻するわよ」
 そう言って歩きだしかけた香里が、不意に振り返った。
「あ、それから、今夜から栞も名雪の家に泊らせるから」
 名雪の家って、つまり俺の家じゃないか!
「ちょ、ちょっと待て香里っ!」
 ……香里は振り向かずに、さっさと歩いて行ってしまった。俺は栞の方に視線を向けた。
「栞、今のマジ?」
「はい。祐一さんがよろしければ」
 笑顔で頷く栞。あゆがわぁいと嬉しそうに手を挙げる。
「それじゃ、ボクの部屋で一緒に寝ようねっ」
 ……あゆの部屋じゃなくて名雪の部屋だろ?
 ま、秋子さんは、栞が来ると言っても、いつもの通り1秒で了承してしまうんだろうなぁ。
「それじゃ、舞も負けてられませんね〜。今日から祐一さんの家にお泊まりです〜」
「……ちょ、ちょっと待てっ! 舞も来るのかっ!?」
「はい」
 佐祐理さんが笑顔で頷く。
「佐祐理さん、ちょっとそれは……」
「舞のこと、嫌いなんですかぁ? 佐祐理、ショックです……」
 ああっ、そんな暗い顔して俯くなんて反則じゃないかっ!
 チャキッ
「佐祐理を悲しませたら……」
「わかったわかった!」
 俺が慌てて言うと、舞は俺の首筋に突きつけていた剣を引いた。顔を上げた佐祐理さんが嬉しそうに頷く。
「祐一さんは判ってくれたんですね。佐祐理は嬉しいですよ」
「でも、舞の方はどうなのさ」
「私は構わない」
 ……舞が即答した。俺は驚きの余り硬直していた。
「これで決まりですね〜」
 佐祐理さんは嬉しそうに言った。
 ……もう、どうとでもなってくれ。
 ちなみに、名雪は……。
「くー」
 ……俺の隣で、立ったまま寝ていた。

 なんとか遅刻せずに学校に着いた俺達は、そのままそれぞれの教室に別れた。真琴とあゆは、佐祐理さんが職員室に連れていったのだが。
 そして、朝のホームルームで。
「えー、今日から今週一杯の短い間だが、うちのクラスメイトになることになった。みんな、仲良くしてやってくれ。えーっと、名前は……?」
「月宮あゆ、です」
 あゆは、教壇でぺこりと頭を下げると、俺の顔に気付いてえへへっと笑った。
「こらそこっ、嬉しいからって机の上で踊るな! ウェーブもするんじゃないっ!」
 やれやれ。
 俺は、盛大にため息を付いた。

 ホームルーム、1時間目と順調に進み、休み時間になった。
 教師が教室を出ていくと同時に、あゆがとてとてっと俺の席にやってきた。
「祐一くんっ! 同じクラスになれたねっ。ボク嬉しいよっ」
 あいかわらずこいぬのようなヤツだ。
「……あれ? 名雪さんは?」
「そこ」
 名雪は自分の席に突っ伏して眠っていた。
「1時間目が始まったら速攻で寝た。今朝は早起きしたからなぁ。ところで、あゆ。真琴はどうした?」
「うん、真琴さん、別のクラスに連れて行かれた……」
「祐一っ!!」
 怒鳴りながら、真琴がうちのクラスに入ってきた。談笑していた他の生徒が何事かと見る中を、ずかずかと突っ切って俺の所にやってくる。
「よう、真琴」
「よう、じゃないわよ。どうしてあたしは祐一と同じクラスじゃないのよっ! あ、別に同じクラスになりたいってわけじゃないのよぅっ」
 ……じゃあ、どういう訳なのだ?
「で、真琴さんはどのクラス?」
「……B組」
 あゆの言葉に、真琴は渋々という感じで答えた。あゆは小首を傾げた。
「でも、さっきB組の横を通ったけど、真琴さんいなかった……」
「1年B組です」
 不意に静かな声がした。言われてから気付いたが、天野がそこにいた。
「天野、いつの間に?」
「この娘に引っ張ってこられました」
「祐一のクラスがわかんなかったのよう」
 口を尖らす真琴。
「ってことは、天野と同じクラスか。よかったな真琴」
「何がいいのようっ! どうしてあたしが祐一よりも下のクラスなのよう」
 さらに膨れると、真琴は地団駄を踏み始めた。
「あーっ、もう腹が立つぅっ!」
「いいから、お前ら自分のクラスへ帰れ」
「そうします。行こ」
 天野は真琴の袖を引っ張った。抵抗して暴れるかと思ったが、真琴は大人しく頷いて、教室を出ていった。
「覚えてなさいようっ! いつか学会に復讐してやるんだからぁっ!」
 ……あんまり大人しくもなかったか。
 唖然としていたあゆが、はたと我に返った。
「あ、そうだ! あのね、ボク……」
 キーンコーンカーンコーン
 チャイムが鳴り響いた。
「残念だったな、あゆ。時間切れだ」
「うぐぅ……」
 肩を落として、あゆはしおしおと自分の席に戻っていった。
 これから、ずっとこんな生活が続くんだろうか?
 俺は、窓から校庭の方を眺めながら、ため息をついた。
 ちなみに、隣の席では、名雪がずっと夢の中へ行ったきりだった。井上陽水もびっくりである。

Fortsetzung folgt

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あとがき

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