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結局、百花屋でそれぞれ食った後、俺達は駅前で天野と別れて、家に向かって歩いていた。
Fortsetzung folgt
「美味しかったね、祐一」
スーパーイチゴサンデーを食べた名雪はご満悦だった。
「チョコパフェも美味しかった〜」
こっちもご満悦の真琴。
「また行こうね」
「また連れてってよ」
「うがーっ、ステレオでしゃべるなっ!!」
俺は頭をかきむしった。
「第一、よく考えたら、なんで俺がおごらないといかんのだっ!?」
「だって、あたしお金持ってないもん」
……威張るな、真琴。
「……くー」
……寝るな、名雪。
「さすがに冗談だよ」
「ホントに冗談か?」
「早く帰ろうよ。お母さん、きっと待ってるよ」
「うんうん」
結局、俺一人で二人を相手にするのは無理なようだった。
「ただいま〜」
名雪がドアを開けて声をかけると、奧から軽い足音がとたとたっと聞こえて、あゆが顔を出した。
「あっ、お帰りみんな」
「あれ? 誰だお前?」
「……うぐぅ、意地悪」
「もー。祐一、あゆちゃんいじめたらだめだよ〜」
「やーい、いじめっ子〜」
……やはり俺は不利なようだった。
「ま、それはともかく、秋子さんは?」
「あ、そうそう。さっき電話があって、秋子さん今日は家に帰れないんだって」
あゆがそう言うと、名雪はぎょっとしたように目を大きく開けた。
「……あゆちゃん、それホント?」
「うん」
「……わっ、わたしもう寝るからっ。お休みっ!」
うわずった声でそう言いながら、名雪は靴を脱ぎ散らかして階段を駆け上がっていった。残された俺達は、目をぱちくりとさせる。
「……名雪さん、どうしたの?」
「俺が聞きたい……けど」
名雪がああいう反応を示すときは、大体が例の謎のジャム絡みの時だ。
とにかく、ちゃんと説明してもらわないといかんな。
「祐一くん、何か心当たりあるの?」
あゆに聞かれて、俺は腕組みして、推測を二人に話してみる。
「ジャムって、あれ?」
「あうーっ」
この二人も、あのジャムの猛威を体験している。
「とにかく、名雪に詳しいことを聞いてみないと話にならん」
「そ、そうだよね。ボク行って来るよ」
「あっ、あたしもっ!」
慌ててあたふたと階段を駆け上がる2人。
とりあえず、俺だけ玄関でぼーっとしているのもなんだから、靴を脱いで階段を上がった。
トントントン
「名雪さんっ、開けてよ〜。ボクだよ〜」
「真琴もいるのよっ!」
名雪の部屋のドアを叩く二人。
着替え終わった俺が、自分の部屋から出てくると、二人はぱっと俺の方を見た。
「どうしよう。名雪さん、出てきてくれないよ〜」
「あうーっ」
やれやれ。
俺は二人に代わってドアの前に立つと、ドアを叩いた。
「名雪、起きてるか〜」
「寝てる〜」
ドアの向こうから、小さな声が聞こえた。
「寝てるから声かけてもダメだよ〜」
「うぐぅ……。さっきからずっとこうなんだよ〜」
あゆが困り切った顔で俺に言う。
俺はため息を付くと、言った。
「しょうがない。それじゃあゆ、真琴。寝てるやつはほっといて、下でイチゴミルクでも飲むか」
「!」
ドアの中でごそっと動く気配がした。かと思うと、ドアが薄く開く。
「祐一、わたしも〜」
「……」
イチゴのシーズンでもないので、当然フレッシュなイチゴなどない。
仕方なく、イチゴミルクは秋子さん特製のイチゴジャムを使ったロシアンティーに変更となった。ちなみにロシアンティーの入れ方は、こないだ佐祐理さんに習った。
……しかし、相変わらず名雪のは、紅茶よりもイチゴジャムが多い、恐るべき物になっている。
「さぁ、話してもらおうか」
「う、うん」
名雪は、マグカップ(そう、マグカップだ)を手に、リビングのテーブルを囲む俺達の顔をくるっと見回した。
「聞いても、後悔しないよね?」
「いいから話せって」
俺は先を促す。
「うん。……お母さんが、家に帰ってこなかった日の翌日は、必ずあのジャムを持って帰って来るんだよ」
こくんとイチゴジャムティー(たった今、俺が命名した)を一口飲んで、名雪は呟いた。
「ひぃっ」
真琴が総毛立つような悲鳴を上げる。
……あゆは、と思って見ると、とっくに床にしゃがみ込んで耳を塞いでいる。
「ボボボボクは食べても美味しくないです〜」
誰が食べる話をしたんだ?
とりあえず、あゆと真琴はほっといて、俺は名雪に尋ねた。
「でも、別に持って帰ってきたからって、食わされるわけじゃないだろ?」
「それはそうだけど……」
名雪は困ったように言った。
「でも、あのジャムが増えるんだよ」
「……それは困るな」
俺は腕組みした。
「それにしても、あのジャムは一体何なんだ?」
「わたしもわからないよ。お母さんは企業秘密って言ってたけど」
「……」
「……」
顔を見合わせて、俺と名雪はため息をついた。
それから、俺はふと重要なことに気付いた。
「それじゃ、今夜の夕飯はどうなるんだ?」
「あっ、それならボクが」
「却下」
すくっと立ち上がったあゆが言いかけたが、俺は速攻で却下した。
「……うぐ」
「祐一、ひどいよ」
「なら、名雪。お前が食べるか?」
「いやだよ」
……あ。あゆが泣きそうになってる。
「真琴は?」
「いらない」
「……うぐぅっ、ひどいよみんな〜」
本格的に泣き出したあゆを、名雪が抱いて慰めてる。
「大丈夫だよ、あゆちゃん。きっと祐一は喜んで食べてくれるよ〜」
うん、こういうところを見ると、名雪は秋子さんの娘なんだなと思うよなぁ。
……って、ちょっと待てっ!」
「うぐっ、でも、祐一くんが……」
「祐一は照れてるだけだよ。ね、祐一」
「だからっ!」
「うん、それじゃボク、がんばるよ!」
瞬時に立ち直ったあゆが、にこっと笑う。
どうやら俺に拒否権はないようだった。
俺と真琴は、リビングのソファでテレビを見ている。
……見ていると言っても、俺にはテレビの内容なんて全然入ってこなかった。
全神経は、背後のキッチンに集中しているからだ。
と、真琴が俺の顔をのぞき込んだ。
「祐一、楽しみだね〜っ」
こ、こいつはぁっ!
俺が真琴に梅干しぐりぐり(左右のこめかみを両拳で挟んでぐりぐりするあれだ)をお見舞いしてやろうと思ったとき、不意に背後で爆発音が響いた。
ドドォン
「きゃっ!」
「なんだぁっ!?」
慌ててキッチンに走ると、入り口に名雪が立っている。
「名雪っ、今のはなんだっ!?」
「なんでもないよ〜」
「嘘つけっ! 煙が出てるぞっ!」
キッチンのドアの隙間から、細くたなびく煙が天井に沿って流れている。
「大したことないから。ほら、祐一はリビングで待ってて」
そう言って、名雪は俺をリビングまで押し戻すと、にこやかに笑う。
「祐一はキッチンに入ったらダメだからね」
「あのなぁ、せめて何をしてるかだけでも見せてくれよ」
「だめだってば」
あっさりといなして身を翻す名雪。と、ちらっと俺を見て言う。
「あゆちゃん、すごく頑張ってるから、期待しててね」
「……ああ」
俺は肩をすくめた。
と、その間キッチンを覗いていた真琴が、とたたっと戻ってきた。
名雪がキッチンに戻るのを確認して、俺は真琴に尋ねた。
「真琴、キッチンの様子はどうだった?」
「……祐一ぃ」
真琴は、珍しく真面目な顔で言った。
「あんたを倒すのはあたしなんだから、それまで死んじゃだめだよ」
「あのなぁ……」
それから1時間ほどして、3回ほど爆発音を聞いた後、名雪が顔を出した。
「夕食の準備が出来たよ〜」
「うんっ。あたしお腹空いた〜」
嬉しそうに立ち上がる真琴。
……とうとう、この時が来てしまったか。
俺は立ち上がった。そして、真琴の頭を撫でる。
「思えば、お前とも結構長い付き合いだったな。最後はお前の手にかかってやってもいいと思ってたけど、それも叶わんことになりそうだ」
「祐一……」
「なに言ってるんだよ〜。ほら、あゆちゃん待ってるよ」
名雪に言われて、俺はしぶしぶダイニングに歩き出す。
「あっ、待ってよ、祐一っ!」
慌てて後から真琴が追いかけてきた。
ダイニングに入ると、既に料理が並べられている。そして、エプロン姿のあゆがテーブルの傍らに立っていた。
「祐一くんっ。ほら、ちゃんとボクが料理したんだよっ!」
嬉しそうに言うあゆ。
俺は、十三階段を上る気分で自分の席に着くと、訊ねた。
「で、どれだ? あゆが作ったのは?」
「うん。ボクが作ったのは、これだよ」
あゆは、俺の正面でほかほかと湯気を立てている皿を指した。
「これ、何だ?」
「キノコのリゾットだよ」
一瞬、空気が凍った。
「よ、よりによってキノコのリゾットかっ!」
「な、なに?」
「セイカクハンテンダケ入りなんだなっ! 庭に生えていたキノコを使ったんだろ、ええっ!?」
俺は立ち上がると、あゆに詰め寄った。
「な、何のこと?」
「祐一、それはゲームが違うよ〜。何となくだけど」
後ろからのんびりと言う名雪。
「それに、材料は大丈夫だよ。わたし、ちゃんと見てたから」
「……」
怪しい。絶対こいつは寝てたはずだ。
「うぐぅ。祐一くん、そんなに食べたくないの?」
あゆが上目遣いに俺を見る。
……しょうがねぇ。
俺は覚悟を決めて座った。スプーンを右手に取って、そのキノコのリゾットとやらを見る。
……見た目は、少し焦げているけど問題なさそうだ。匂いは……、うむ、それなりに食欲をそそるいい匂いじゃないか。
さて、中身は……。
スプーンで皿の奧をかき分けてみる。もうっと湯気が上がり、食欲をそそられる。
見たところ、問題なし。
よ、よし。それじゃ食うぞ。
もう一度覚悟を決め直して、俺はスプーンでリゾットをすくい取った。それを口に放り込む。
「……あちちちちっっ! 名雪水っ!」
「雪水? 氷水のこと?」
こんなときまでボケをかますかっ!
「は、はいっ、水っ!」
あゆがコップを差し出し、俺はそれで口の中を冷やした。
「……うーっ、死ぬかと思った」
一息ついて、名雪の頭を殴っておく。
「……痛いよ、祐一」
「ばっかみたい。熱いの判ってるのに、そんなに口一杯ほおばるなんて」
ううっ、真琴に言われるとホントに馬鹿みたいで落ち込むじゃないか。
俺は改めて、リゾットをスプーンですくうと、今度は冷ましてから口に入れる。
「……」
「祐一くん、どうかな?」
不安そうに見守るあゆ。
「……あゆ」
俺はあゆを手招きした。
「う、うん……」
とてとてと近寄ってくるあゆの頭を抱え込む。
「きゃっ!」
「やったな。美味いじゃないかっ!」
あゆの頭をシェイクしながら、俺は誉めてやった。
「えっ? ちょっと祐一、食べてみてもいい?」
名雪も、スプーンで一口食べてみて、大きく頷いた。
「うん、大丈夫だよ、あゆちゃん」
「あうーっ、あたしも食べる〜」
「こ、こらっ! 真琴、それは俺のだっ!」
「へへーん。食べた者勝ちだよ〜」
「おのれぇっ!」
リゾットの皿を巡って真琴と激烈な戦いを繰り広げる俺を見て、あゆは顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
「よかったぁ。うぐぅ……、ボク嬉しいよっ!」
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