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「そ、それじゃ、えーっと、どうする?」
Fortsetzung folgt
自分で提案した以上引っ込みがつかなくなってしまった俺は、旧校舎の誰も使っていない教室で、栞と「新婚さんごっこ」をする羽目になっていた。
「えーっと」
栞はほっぺたに指を当てて考え込んでいたが、ぽんと手を叩いた。
「それじゃ、祐一さんが帰ってきた所からやり直しましょう」
「帰ってきたところ? って、もう一度入ってこい、と?」
「はい」
にっこり笑って頷く栞。
……マジ?
ええい、こうなった以上仕方ないな。
俺は覚悟を決めて、廊下に出た。
……あれ?
その俺の目の前を、舞がすーっと通り過ぎていく。
「おーい、舞」
俺が呼びかけると、舞はじろっと俺を見た。
「どうしたんだ? いつもなら佐祐理さんと弁当食ってるだろ?」
「佐祐理は、今日は忙しいから祐一と食べろって」
そう言われてみると、舞は片手にいつもの四段積みの弁当箱をぶら下げていた。
「それじゃ、俺を捜してたのか?」
「はちみつクマさん」
「……それはもういいって」
しかし、絶対に見つからないと思ってこんな所まで来てたっていうのに。舞恐るべし。
待てよ……。しかし、考えようによっちゃある意味栞と二人きりで新婚さんごっこという状況を打破するにちょうどいいかもしれない。
よし。
「舞、いいか。とりあえず俺に話を合わせるんだ」
「……」
いつも通りの仏頂面のまま、舞はこくりと頷いた。
大丈夫かなぁ。ま、やってみるか。
俺はため息を付くと、ドアを開けた。
「ただいまぁ。今帰ったよ〜」
「あっ、お帰りなさぁい……。あら?」
俺の後ろにいる舞に気付いて、栞は笑顔を一転させた。
俺は振り返った。
「母さんも長旅お疲れさま。ほら、栞。母さんがおみやげ持ってきてくれたぞ」
そう言って、舞からお弁当を奪って栞に渡す。
「あ、どうもすみません、お義母さん」
「……」
「さて、と。食事の用意は出来てる?」
「出来てますけど……。祐一さん、お義母さんが今日来るなんて言ってなかったじゃないですか。お義母さんの分まで用意してないですよ」
さすが栞。しっかり対応している。
「いや、駅前でたまたま見かけたんだよ。ほら、母さん、座って」
「……」
こくりと頷くと、舞は俺が引いた椅子に座った。
「それじゃ、祐一さん。お食事にしましょうか。お義母さん、こちらも頂いてもよろしいですか?」
栞が弁当箱を指して訊ねると、舞は頷いた。
「構わない」
「……お義母さん、何か私のすることに不満でもあるんですか? あるならはっきり言ってください」
「こらこら栞。母さんは昔からこうじゃないか」
「でも、祐一さん……」
「ごめんよ、母さん。栞が変なこと言ってさ」
「……祐一さんはどっちの味方なんですか?」
「おいおい、栞。何を言い出すんだよ」
「……」
「こらこら、母さん。さっさと食べ始めるんじゃない」
「どうして……?」
「どうしてって……」
「祐一さん、やっぱりお義母さんは私のこと嫌いなんですね〜。よよ〜」
「し、栞……。どうしてお前達は、顔を合わせるたびにそうなんだよ〜」
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴って、俺達は教室を出た。
「考えてたのとは、ちょっと違っちゃったけど、面白かったです」
にこにこしながら栞が言うと、身を翻した。
「それじゃ、またです」
「あ、うん」
栞は廊下をたたっと走っていった。
俺は、振り返って、からになった弁当箱をぶら下げた舞に言った。
「舞も、すまなかったな。いきなり巻き込んで」
「……嫌じゃないから」
「え?」
「それじゃ」
そう言って、舞も去っていった。
……舞のヤツ、あれで楽しかったんだろうか?
佐祐理さんなら舞の感情の動きも見切れるんだろうけど、俺にはまだ無理なようだった。
おっと、いけない。
俺も教室に戻らないとな。
「……うそつき」
教室に戻ると、名雪が拗ねていた。
「な、なんだよ? 俺がなにかしたか?」
「今日一緒にお弁当食べようって約束……」
「へ?」
そう言われてみると、そういう約束をしたような気もしないでもなかった。
「せっかくお弁当も用意してたのに……」
「それはすまん」
謝ると、名雪はくすっと笑った。
「……へ?」
「冗談だよ、祐一」
「……」
俺は無言で名雪の頭を叩いた。
「……痛いよ、祐一」
「心臓に悪い冗談を言うなっ!」
「……くー」
「寝て誤魔化すなっ」
と、トントンと後ろから肩を叩かれた。
「北川、うるさい。今取り込み中だ」
「俺はこっちだが」
前から北川が歩いてきた。そして腕組みしてにやりと笑う。
「まぁ、将来北川になる可能性は……」
「ないけど」
「……美坂、夢くらい見させてくれよぉ」
滂沱と涙を流す北川をほっといて、俺は振り返った。
「で、どうしたんだ、香里?」
「何処に行ってたのよ? ま、いいけど。とりあえずスケジュールは決めたから」
「……ほぉ」
「とりあえず、今日は名雪と一緒に帰っていいから」
「でも、わたし部活だよ」
困ったように言う名雪。
「あのね、名雪。部活くらい休みなさいよ」
「そういうわけにもいかないよ。わたし部長さんだもん」
「それじゃ、祐一は栞がもらっちゃうわね」
……どうして栞と決めつける?
「それは困るよ」
名雪が本当に困った顔をする。
「なら……」
「でもぉ。うーん。とりあえず郁未ちゃんに相談してみるよ」
そう言って名雪が立ち上がろうとしたとき、チャイムが鳴った。
キーンコーン……
「あ、鳴っちゃったよ。それじゃ次の休み時間に話してみるよ」
そこに先生が入ってきた。日直が号令をかける。
「祐一、放課後だよっ!」
「なにぃっ、そうなのかっ!?」
「うんっ、そうなんだよっ!」
「そ、そうだったのかぁっ!」
「……お前ら、突っ込み入れるヤツはいないのか?」
「いや、北川に期待してたんだよ」
そう言うと、俺は鞄を担ぎ上げて、名雪に尋ねた。
「で、結局どうなったんだ?」
「うん。郁未ちゃんに話したら、部活はいいから行って来なさいって」
「そっか」
「でも、なんだったんだろ?」
しきりに首を傾げている名雪。
「どうした?」
「うん、なんだかよく判らないんだけど、あたしたちはあなたに賭けたんだからねって言われたんだよ」
「……賭けた?」
振り返って北川に視線を向ける。
「おい、北川。まさかとは思うけど……」
「さて、俺は帰るからな。それじゃアディオスごきげんよう。はははははは」
笑いながら逃げていく北川。……あの野郎……。
「それじゃ、帰ろうよ」
名雪に言われて、俺は立ち上がった。
「そうだな」
「あ〜っ、祐一っ!」
校門を出たところで、そんな素っ頓狂な声が聞こえた。俺は額を押さえた。
「真琴、お前なにしてるんだ?」
「何って、待ってた……んじゃないわよっ。そう、たまたま通りかかったのよっ!」
「そっか。それじゃまたな。行くぞ名雪」
そう言って、俺は真琴の前を通り過ぎて行こうとした。
「えっ? でも……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
慌てて俺の背中にぶら下がる真琴。
「わわっ、こら重いっ!」
「……くすっ」
笑い声が聞こえて、振り返ると、天野がいた。
「こんにちわ、みなさん」
「……お前、今笑わなかったか?」
「そんなことはないですよ」
いつも通り、舞に匹敵するような無表情さだった。
ま、いいか。
「それじゃ、天野も一緒に帰らないか?」
「私ですか?」
天野はちらっと、俺の背中にしがみついている真琴を見て、こくりと頷いた。
「わかりました」
「それじゃ、百花屋に寄って行こうよ」
名雪が笑顔で言った。
「こんどね、スーパーイチゴサンデーが出たんだよ」
「なんだよ、そのスーパーって?」
「なんだか判らないけど、スーパーっていうからすごいんだよ、きっと」
そう言って、名雪はたたっと駆け出す。
「先に行くよ〜」
「こらこら。真琴、重いから降りろっ!」
「祐一のけち〜」
そう言いながらも、俺の背中から降りる真琴。
「ほら、リボンが解けてる」
天野が、その真琴の髪のリボンを結び直している。
「あうーっ」
「ほらほら、動かないで」
……なんていうか、微笑ましい風景だった。
暑さのせいか、百花屋はほぼ満員だった。ちょっと待って、空いたテーブルに案内されて、俺達は席に着く。
名雪が宣言通りスーパーイチゴサンデー、真琴は散々悩んだあげくチョコパフェ、そして俺と天野はブレンドを注文する。
ウェイトレスがカウンターに戻っていくのをなんとなく見送りながら、俺は天野に尋ねた。
「天野もパフェ頼まなくていいのか?」
「……甘いものは好きじゃないですから」
あっさり答える天野。
「それじゃ、キムチラーメン大盛りが好きなのか?」
「極端です」
じろっと俺を見て言う天野。
「そっかな?」
「はい」
こくりと頷くと、天野は真琴に尋ねた。
「一つ、聞いてもいい?」
「えっ? う、うん」
きょとんとする真琴。
「……幸せ?」
「……えっと、どうかなぁ」
考え込む真琴。
「まだ祐一に復讐してないから……」
「おいおい」
「……そう」
「だけど、ぴろや秋子さんや名雪さんや、えっと、祐一もいるから」
真琴は、照れたように窓の外を見ながら、言った。
「幸せっていうのかもしれないよ」
「……はい」
天野は、頷いた。
いつもと同じ表情だったけど、でも、笑顔を浮かべているように、俺には思えた。
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あとがき
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