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「あのぉ、日曜のことなんですけど」
Fortsetzung folgt
天使のような微笑みを浮かべたまま、佐祐理さんはとんでもないことを言いだした。
「祐一さんは、舞を選んでくれるんですよね?」
「……えっと、佐祐理さん?」
「ちょっと待って下さい、倉田先輩」
慌てて香里が割り込んできてくれたおかげで、この場で即答させられる事態だけは避けられた。……のだが。
「倉田先輩、相沢くんに圧力をかけるのは卑怯じゃないですか!」
「えっ?」
きょとんとする佐祐理さん。
確かに、佐祐理さんの性格からして、上級生の立場を使って圧力を掛ける、なんてことは考えてもみなかったんだろう。単純に、舞のことを心配して俺に確かめに来ただけだと思う。
でも、香里には、そうは思えなかったんだろう。腕組みして佐祐理さんを睨んでる。
「あの、佐祐理が、なにか悪いこと言いました?」
「あのねっ!」
大声を出そうとした香里が、急にその言葉を呑み込んだ。
「こんにちわ〜」
そう言いながら、教室のドアから中をのぞき込んでいるのは、栞だった。
「お姉ちゃんいますか〜」
「栞、どうしたの?」
香里が駆け寄ると、栞は笑顔で答えた。
「なんとなく」
そう言いながら俺に視線を送って、軽く手を振る。俺も手を振り返すと、佐祐理さんに言った。
「ともかく、まだ何も決まってないんで……」
佐祐理さんは、ぽんと手を打った。
「じゃ、まだ選挙期間中なんですね」
「選挙……期間?」
「はい」
にこにこしながら頷く佐祐理さん。
「おおっ、そうだ」
不意にぽんっと手を打ちながら北川が言った。
「いたの、北川くん?」
「美坂〜」
「はい?」
名前を呼ばれたと思った栞が律儀に返事をする。
「あ、栞ちゃんじゃなくて、えーい、面倒なっ! よし、こうしよう。これからは美坂姉、美坂妹って呼ぶ」
「そんなこと言う人は嫌いです」
ぷっと膨れる栞。無言で無視する香里。
俺は北川の肩を叩いた。
「泣きたいときは泣きたいだけ泣くがいい。ただし俺の胸は貸してやらん」
「誰が相沢の胸で泣くかっ! 俺としては美坂の」
「死になさい、内臓ぶちまけて」
キィン
「わぁっ、香里待て早まるなっ!」
不可視の力発動モードに入ろうとした香里を慌てて止めながら俺は北川に訊ねた。
「で、何が言いたいんだお前は? 生きているうちに言った方がいいぞっ!」
「いや、な。考えてみると、この勝負、圧倒的に水瀬が有利と思わないか?」
「うにゅ?」
自分の名前が出たのを察知したのか、机に伏せていた名雪が顔を上げた。
「けろぴー、どこ?」
きょろきょろ見回して、また伏せた。……こいつ、ぜってー判ってないな。
「確かにそうよね。同居しているうえに、クラスまで同じなんだもの。その気になれば24時間アタックできる立場よね」
うんうんと腕組みして頷く香里。
栞は……と思って見回してみると、いつの間にか佐祐理さんと楽しそうにおしゃべりしている。
確かに、ちょっとキャラ被ってるから話が合うんだろう。
「というわけで、だ。俺が1時間目にこういうものを作っておいた」
北川は、ごそごそと自分の机からノートを出して広げた。
「どれどれ? 『第1回相沢くんは誰のものチキチキ強奪戦 ルール』?」
「最低なネーミングセンスね」
腕組みして言い放つ香里。
「まぁ、それはともかくだ」
後頭部に汗を浮かべながら答える北川。
「とりあえず、授業時間はアタック禁止」
「当然ね。授業時間にアタックできるのは名雪くらいだし」
頷く香里。
「で、だ。とりあえずこういうスケジュールで相沢にアタックしてもらうというのはどうだろう?」
ぺらっとノートをめくる北川。
香里はそれをのぞき込んで、眉をしかめた。
「汚い字ね」
「……ま、それはおいといてくれ」
泣きながら言うな、北川。
どれどれ……、と覗きこもうとした俺の頭に手を置いて押し返す香里。
「あなたが見たら意味ないじゃない。あっちに行ってなさい」
……今の香里に逆らうと危険だ。そう警告する本能に従って、俺はしばらく自分の席から2人の様子を眺めることにした。
それからしばらくノートを眺めていた香里。……だんだん表情が険しくなっているような気がするのは気のせいか?
やがて、彼女はぱさりとノートを北川の机に置くと、一言だけ言った。
「……却下」
「なんでだよっ!」
ドンと机を叩いて立ち上がる北川。だが、じろりと香里が睨むと腰砕けになって座り込む。
「あ、いや、その、でもだなぁ……」
その北川に、香里は言った。
「栞のアタックできる回数が少ないじゃない」
「いや、そう言われても、あと水瀬さんや川澄先輩との兼ね合いもあるし……」
「……」
無言の圧力をかける香里。北川は瞬時に降参したらしく、消しゴムを片手に書き直し始めた。
「わ、わかった。それじゃこっちをこうしよう」
「それじゃ名雪が少ないわね」
「水瀬さん? で、でも……」
「あたしは、名雪の親友でもあるのよ。その辺りはちゃんと考慮して欲しいものね」
……香里って一体……。
「これをこう……」
「そうね、それなら……」
「それでは舞の時間が少なすぎると思います」
いつの間にか、2人の手元をのぞき込んでいた佐祐理さんが言った。びくっとする北川と香里。
「わわっ、倉田先輩っ!?」
「きゃぁ! びっくりしたぁ」
あれ? 佐祐理さんはさっきまで栞と話してたんじゃ……?
「祐一さん、お待たせしました」
そう思っていると、栞が俺の席に来て、ぺこりと頭を下げる。
「よぉ、栞。で、どうしたんだ?」
「はい、良かったら、お昼、一緒にしませんか?」
「え? まぁ、俺はいいけど……」
「よかった。実は、お弁当作ってきたんです。良かったら食べて下さいね」
にこっと笑って言うと、栞は時計を見た。
「あ、もうすぐ時間ですから、私はこれで失礼します」
もう一度ぺこりと頭を下げて、栞はぱたぱたと教室を出ていった。
俺は、まだやいやいとやっている3人を見てため息をつくと、残りの休み時間、名雪を見習って一眠りすることにした。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴って、休み時間になった。
俺はまた北川や香里に何か言われる前に、素早く席を立つと、教室を飛び出した。左右を見回すと、ちょうど栞が廊下の角を曲がって姿を現した。
「あっ、ゆうい……」
「こっちだ越前、じゃなくて栞っ!」
名雪顔負けのスピードで廊下を駆け抜けると、俺は栞の手を取って踊り場に引っ張り込んだ。そして角からそっと顔を出して教室の方を伺う。
……よし、まだ俺の逃亡は気付かれてないな。今のうちだ。
「どうしたんですか、祐一さん」
「あ、いや。せっかくの昼飯はゆっくり食べたいじゃないか」
「そうですけど……」
「というわけで、どこで食おうか?」
俺が訊ねると、栞は嬉しそうに言った。
「中庭はどうですか?」
「いや、あそこは香里も良く知ってるから……」
「え? お姉ちゃんがどうしたんですか?」
「あ〜、ま、それはそれとして、たまには違う場所で食うっていうのも新鮮で良いぞ」
「それはそうかもしれませんね」
こくりと頷く栞。
「それで、何処に行くんですか?」
「うーん。栞はいい場所を知らないか?」
「私は、中庭か食堂でしかお昼食べたことないですけど……」
よく考えてみれば、俺も栞もこの学校に通うようになったばかりなのだった。そんなちょうどいいスポットを開発する暇なんてなかったわけで。
俺は、腕組みして考え込んだ。
とりあえず、俺の教室、中庭、食堂は×。屋上……もダメだ。屋上へ出る唯一の出口では、多分舞と佐祐理さんがお弁当を広げているだろうから。とすると……。
「よし、あそこに行こう」
「あそこって何処ですか?」
「行けばわかるって」
俺はそう言って歩き出した。後から栞が、手に大きめの巾着袋を提げてついてくる。
「重そうだな。持ってやろうか?」
栞はにこっと笑った。
「優しいんですね、祐一さんは」
「おう、そうだぞ」
胸を張って答えると、俺は栞の手から巾着袋を受け取った。多分、弁当が入っていると思われる袋は、思ったよりは軽いような気がした。
「うわぁ……」
ドアを開けたとたん、栞は歓声ともため息ともつかない声を上げた。
「すごいです……」
「……まったくな」
俺も同じ意見だった。
乱雑に散らかった机や椅子の上にはうっすらと埃が積もっている。長い間掃除されていない様子がありありと分かった。
カーテンの隙間から、日の光が斜めに射し込んできている。
旧校舎の、今は使われていない教室。
ドアには鍵が掛かっていたが、廊下側の窓の一つが運良く開いたので、そこから進入して内側からドアを開けたわけだ。
だけど、こんな埃まみれのところで飯を食うのはあまり健康上よろしくないような気がする。
おまけに、この暑さで締め切られていた教室の中は、むわっとする熱気が立ちこめていた。
栞は、そのまま教室を横切ると、カーテンを引いて窓を開けた。
カラカラカラ
窓が開くと、風が吹き込んできた。埃が舞い上がる。
「わっ!」
「……気持ちいいです」
風を受けながら、栞が振り返った。ショートボブにした濃い茶色の髪が、風に煽られて揺らめく。
「埃まみれになるのが気持ちいいのか? 変わってるな」
「わっ、誰もそんなこと言ってないです」
慌てて否定する栞。
「風が気持ちいいって言ったんですよ」
確かに、窓から入ってきた風が、立ちこめていた熱気をあっという間に吹き飛ばしてくれたのは確かだった。
俺はため息をついて言った。
「とりあえず、飯の前に掃除するか?」
「そうした方が良さそうですね」
栞は頷いた。
一通り掃除が終わってみると、もう昼休みは半分過ぎていた。
バケツの水を捨てて戻ってきてみると、栞が机を2つ合わせて、その上に弁当を並べているところだった。
「あっ、祐一さん。お帰りなさい」
「たでーま」
そう言ってドアを閉めながら、俺は栞と顔を見合わせて、同時に吹き出した。
「なんだか新婚家庭みたいじゃないか」
「ほんとですね……。あっ……」
栞がそう言ってから、ぽっと顔を赤らめて俯いた。
言ってから自分で照れてるんだろう。
「えっと、あの……」
「よし、それじゃそうするか?」
「え?」
俺は、机を挟んで栞の向かい側に座りながら言った。
「新婚ごっこ」
「えっ? ええっ?」
栞は真っ赤になって、俯いてしまった。
うーん、やっぱり冗談が過ぎたか。
「なんてな、あははっ」
「……いいですよ」
「やっぱりいいか。だよなぁ〜、そうだと思ったんだ……。はい?」
思わず聞き返すと、栞は顔を上げて、にこっと笑った。
「それじゃ、私は若奥さんですね、祐一さん」
それは、すごく嬉しそうな表情だった。
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あとがき
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