『朝〜、朝だよ〜』
Fortsetzung folgt
枕元から聞こえてくるいとこの声に、俺は眠りの淵から引きずり上げられるのを感じつつ、目を開けた。
『朝御飯食べて学校行くよ〜』
今日は月曜日。
『朝〜、あ……』
白い目覚まし時計を叩いて止めると、俺は大きく伸びをした。
「さぁて、今週も頑張りますかぁ」
と。
トントン
ノックの音がした。……なんだ? 今までこんな事無かったぞ。新しい展開か?
いぶかしがりながら、返事をする。
「ふぁぁい」
……あくび混じりになってしまったが。
「祐一くん、起きてる?」
「なんだ、あゆか?」
「うん。開けてもいい?」
「おう」
そう答えながら、俺はベッドから体を起こした。
カチャ
ドアが開いて、あゆがぴょこんと顔を出す。
「おはよう、祐一くん!」
「ああ。どうした?」
「えっ? えっと、何となく」
えへへ〜っと笑うあゆ。なんのこっちゃ。
「ま、いいけどさ」
そう言いながら、俺はパジャマ代わりのスウェットをがばっと脱いだ。
「わぁっ!」
「な、なんだ?」
「びっくりしたんだよっ!」
慌てて手で顔を覆っているあゆ。でも指の隙間からしっかりこっちを見ているのがバレバレだった。
「さて、それじゃぱんつも変えようかな。なんだかそんな気分だ」
大きな声でそう言いながら、ズボンに手をかけると、あゆは案の定あたふたする。
「わわっ! えと、えと、ボク先に下に行ってるからっ!」
そのままばたばたと廊下を走っていく足音。
俺は苦笑して、ズボンをおろした。と、指が引っかかってパンツも一緒にずり落ちる。
「きゃぁぁぁぁっっ!!」
いきなりすごい悲鳴が上がった。びっくりしてドアを見ると、あたふたと走っていく足音と、振り落とされたらしく、床の上で目をぱちくりさせている猫。
ってことは、今のは真琴か?
と思う間もなく、階段でものすごい音がした。
ガタガタガタガタッ!
とりあえず、ズボンを上げて廊下に出ると、案の定真琴が階段の下でのびていた。
「わっ! 真琴さん、大丈夫っ!? しっかりしてっ!」
あゆが傍らに屈み込んで、真琴をゆさゆさと揺さぶっている。
と、リビングの方から秋子さんが出てきた。
「何、今のは?」
「あっ、秋子さん! 真琴さんが階段から落ちてきたんだよっ!」
「あらあら。真琴、大丈夫?」
秋子さんも屈み込んで声をかける。すると、真琴はうーんと唸りながら目を開けた。
「体中痛い……」
「もう。階段は慌てて降りると危ないわよ」
そう言うと、秋子さんは上から見下ろしている俺に気付いて声をかけてきた。
「おはようございます。もうすぐ朝ご飯にしますから、着替えて降りてきてくださいね」
「あ、はい」
答えて、俺は部屋に戻った。手早く制服に着替える。男の夏制服なんて、ワイシャツにズボンだけだから単純なもんだ。
1分かからずに着替え終わって部屋を出ると、俺は深呼吸した。これから、朝の一仕事が待っているのだ。
俺の隣の部屋のドアをノックする。
「おーい、起きてるか!?」
「……」
返事がない。
「開けるぞ〜」
断って、ドアを開ける。
すると、いきなり目の前に緑色の物体があった。
「……おい」
1歩下がると、それが大きなカエルのぬいぐるみだと判る。
ドアを開けた俺にそれを押しつけた奴は、一言言った。
「けろぴー」
……相変わらず、豪快に寝惚けてやがる。
俺は無言でそのカエルを奪い取ると、部屋の奥のベッドに放り投げた。それから返す手で頭を叩く。
ガン
「……痛い」
ようやく、目を開けると、名雪は驚いて俺を見る。
「あれっ? 祐一、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろっ! さっさと着替えて降りてこないと朝飯無いぞっ!」
「嫌だよ」
すごく不満そうな顔をする名雪。
「だったら、早くしろっ!」
そう言い残して、俺はドアを閉めた。それから、念のために、もう一度ドアを叩いてから開ける。
「……くー」
やっぱり思ったとおり、立ったまま寝ていた。
とりあえず、もう一度頭を叩いて起こすと、俺は下に降りた。
リビングに入ると、元気にパンをかじるあゆと、全身湿布だらけの真琴が俺を見る。
「やぁ、真琴。今日も満身創痍だなっ」
「誰のせいよっ! あうーっ、まだ痛いよぉ〜」
怒鳴ったせいで全身の痛みがぶり返したらしく、真琴は涙目で恨めしそうに俺を睨んだ。
「そりゃお前がいきなり階段から転げ落ちるからだろうが。ったく……」
「あらあら、朝から喧嘩しちゃだめよ」
「うん、そうだよ。朝食は楽しくしないとねっ」
キッチンからティーカップを持って来た秋子さんが、それをテーブルに置きながら、俺と真琴に声をかけた。
「名雪はまだなのかしら?」
「はぐはぐ……。このパン美味しいよっ!」
「一応起こしてきたつもりですけど」
「……うぐっ! の、喉……」
「まぁまぁ、そんなに急いで食べなくてもいいのよ」
俺はため息をついた。
「もしかしたら、もう一度寝てしまったかも」
「ごくごく……うぐぅぅっ、熱いぃ〜っ」
「あ、祐一目玉焼食べないんだ。いただきぃっ!」
「くぉらぁっ、俺が楽しみに残して置いた卵焼きに何をするっ!」
「……ふぅ、死ぬかと思った……」
「へっへぇーん。取ったもの勝ちだも〜ん」
「真琴、お行儀悪いですよ」
「あうーっ」
「やーい、怒られてやんの〜」
「うっ、うるさいわねっ!!」
と、不意に賑やかな食卓が静まり返った。全員が一斉にキッチンの入り口を見つめている。
緑色のぬいぐるみを抱えた名雪が、皆の視線の中を悠々と歩くと、そのぬいぐるみを椅子に置いた。
「けろぴーは、ここ」
どうやらまた寝惚けているらしい。
俺はため息をつくついでに、真琴の前にあったデザートのメロンを奪い取った。真琴はというと、けろぴーに唖然としていて気付いていないようだ。
「な、なによ、それっ!」
「けろぴー」
自分の席に座りながら答える名雪。
「けろぴーって……」
絶句する真琴。
「可愛いねっ、名雪さん」
「くー」
思った通り、名雪は座ると同時に眠っていた。
しょうがない。最後の手段だ。
「秋子さん」
「はい、なんですか?」
「昨日、名雪が言ってたんですけど、明日の朝は秋子さんのあのジャム……」
「おはようっ、祐一っ!」
びしっと目を覚ました名雪が慌てて口を挟んだ。
「わ、わたしっイチゴジャムが食べたいなって思ってたんだよっ! ホントだよ。お母さんのイチゴジャムって美味しいんだもん」
「うん、ボクも秋子さんのイチゴジャム好きだなっ」
……効果覿面だった。
「そう? それなら、取ってくるわね」
嬉しそうに答えると、秋子さんはキッチンに戻っていった。それを見てから、名雪は俺に非難の視線を向けた。
「祐一、ひどいよ〜」
「お前が朝っぱらから寝惚けてるからだろうが」
「寝惚けてないよ〜」
反論する名雪に、俺はけろぴーを指した。
「あれは何だ、あれは?」
「あれ? なんでけろぴーがここにいるの?」
「名雪さんが持ってきたんだよっ」
「わたしが? ええっ、いつの間にっ?」
本気で名雪が不思議がっている間に、秋子さんがお手製ジャムセットを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ。……ところで名雪」
「え? どうしたの、お母さん?」
聞き返す名雪に、秋子さんは静かに訊ねた。
「時間は、まだいいのかしら?」
名雪と俺は同時に壁にかかっている時計を見上げた。それから、名雪が答える。
「……ものすごく危ないよ……」
「全力疾走で五分五分ってところか」
俺はため息を付いた。そして立ち上がる。
「名雪、先に外で待ってるから」
「ああっ、祐一待ってよぉ〜」
「へへーん、ご苦労さまぁ」
真琴がヒラヒラと手を振る。色々言いたいこともあったが、とりあえず構ってると本格的にやばいので、その脇を素通りして廊下に出る。
と、その俺のシャツがしっかりと掴まれた。
「うぐぅ、無視しないでよぉ」
「あれ? あゆ、いつからいたんだ?」
「最初っからずっといたよぉっ!」
涙目になって俺を見上げるあゆ。そう言われてみれば、時々どこからともなくあゆの声が聞こえていたような気がしないこともない。
「……うぐぅ、ボクのこと嫌いなの?」
「いや、お前がいないと俺も困る」
俺が答えると、あゆはパッと明るい笑顔になった。
「ホントっ!?」
「ああ。何しろお前がいないと、俺がからかう相手がいないからな」
「……うぐぅ」
「というわけでさらばだアディオスまた逢おうっ!」
俺はそう言って廊下に飛び出した。
間一髪だった。
「ああーーっ! 真琴のメロンが無くなってる〜っ!!」
真琴の叫び声を背中に聞きながら、俺は廊下を走って玄関に急いだ。靴を履いて外に飛び出す。
ミーンミーンミーンミーン
外に飛び出した俺を迎えたのは、蝉の鳴き声と熱波だった。
「ぐわぁ……」
その姿勢でしばし固まっていると、後ろから真琴の怒声が近づいてくる。
「祐一っ! 待ちなさいよぅっ! 真琴のメロン返せぇ〜っ!」
やばい。あいつに絡まれたら、今度こそ遅刻だ。
俺は慌てて左右を見回し、植え込みに隠れた。
ほとんど同時に真琴が飛び出してくると、左右をキョロキョロ見回している。
「逃げたかぁ……。覚えてなさいよ、祐一っ! 明日の朝は絶対メロン食べてやるんだからねっ!」
拳を振り上げて高らかに宣言すると、やっぱり暑かったのか、真琴はそそくさと家の中に戻っていった。それに代わるように名雪が出てくると、小首を傾げた。
「あれ? 祐一、どこ?」
「ここだ、ここ」
植え込みの後ろから立ち上がると、名雪はきょとんとして俺を見た。
「そんなところで何をしてるの?」
「男には、たまに植え込みに隠れたくなることがあるんだ」
「そうなんだ。初めて知ったよ」
……信じるなよ、名雪……。
「それより、時間は!?」
名雪は腕時計を見て、笑顔で言った。
「一生懸命走れば、まだ間に合うよ」
「一生懸命って、どれくらいだ?」
「えっとね、100メートルを3秒かな」
……人間が時速120キロで走れれば、この世に車は必要ないだろうな。
俺はため息をついて、歩き出した。
「とりあえず、朝のホームルームはあきらめよう」
「……そうだね」
こちらもため息を付く名雪だった。
「月曜早々、2人揃って遅刻してくるとはねぇ」
2時間目の休み時間。
1時間目を立ったまま廊下で過ごした――要は立たされていたわけだが――俺達が教室に入ると、香里が呆れたように言った。
「別にしたくてしてるわけじゃないぞ。何なら香里も朝名雪を起こしてみるか?」
「謹んで辞退させてもらうわ。あたしは、その点に関してだけは相沢くんを尊敬するもの」
肩をすくめる香里。名雪はぷっと膨れた。
「なんだかひどいこと言ってない?」
「それよりも、相沢くん。昨日の……」
「ああ、そういえば北川! お前潤って名前だったんだってな?」
「いきなり何だよ。俺はずっと前から潤だぞ」
「話を逸らさないで」
香里に言われて、俺は渋々振り返った。
「いや、あれからふと思い出したんだが、俺は婆さんの遺言で、日曜に市民プールには行ってはいけないことになってるんだ」
「そうだったんだ。わたし知らなかったよ〜」
名雪が感心したように頷いた。
「何を馬鹿なこと言ってるのよ。相沢くんのお婆さんってまだ生きてるでしょうが」
「げ、なんでそんなトップシークレットなことを香里が知ってるっ!?」
「ふふ〜ん」
何故か鼻で笑う香里。むぅ、あなどれん奴だ。
「いや、それはだな……」
返事に窮して、俺は思わず信じてもいない神に祈った。
「祐一さぁ〜ん」
その時、天使の声が俺の耳に届いた。振り返ると、佐祐理さんがたたっと俺に駆け寄ってきた。
おおっ、やはり神はいたのだっ!
俺はさっと両手を広げて訊ねた。
「なんだい、佐祐理さんっ! あ、香里、佐祐理さんが俺に用事があるそうだから、その話はまた今度な」
「あのねっ!」
「佐祐理は後でもいいんですけど……」
「いやっ! ここはやはり年長者の方が優先なのだっ! さぁ佐祐理さん、どうぞっ!」
俺がばっと手を広げて促すと、佐祐理さんは笑顔で頷いた。
「はい。それじゃお話しますね。日曜の事なんですけど……」
……どうやら、神様は避暑にでも出かけているようだった。
あとがき
というわけで、とうとう書き始めてしまいました(笑)
水瀬家の朝、あゆと真琴も加わったフルバージョンってすごく賑やかでしょうねぇ。
とりあえず、栞と舞の出番は次回ってことで。あ、天野も出てなかったな(笑)
しかし、それにしても暑いですねぇ。もうすぐ大きなお友達の夏のお祭りだし(笑)。
そうそう。私の書いたかのんSSの掲載されている同人誌の件ですが、聞いた話によると、コピー誌で40部しかないそうです。
ここにブースの場所を書くと、そのために混乱が予想されますので、今回はなしよってことで勘弁して下さい(笑)
ではでは
プールに行こう2 Episode 1 99/8/12 Up