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Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 40

「ただいま〜」
「おう、今帰ったぞ〜」
「あっ、お帰り、祐一くん、名雪さん」
 ロビーのソファに座ってテレビを見ていたあゆが、玄関から入ってきた俺達に気付いてぴょんと立ち上がった。そのまま駆け寄って……。
「うぐぅっ!」
 でぇん
「……あゆ、とりあえず何かフォローを入れた方がいいか?」
「……うぐぅ、いいよ……」
 見事に床にヘッドスライディングしたままの格好で呻くあゆ。
「しかし、こういうときにキュロットだと色気がないなぁ。ミニだと派手におパンツが……」
「祐一、そんなにあゆちゃんのパンツが見たいの?」
 後ろから名雪が声を掛けてくる。俺は即答した。
「全然」
「うぐぅ、喜んでいいのか、旅立っていいのかわかんないよぉ……」
 よくわからない表現をしながら立ち上がると、あゆは俺に視線を向けた。
「それで、祐一くんは元気になったの?」
「おう。もう今夜はバリバリだぞ」
「うぐぅ……」
 珍しくシモネタが理解できたのか、かぁっと赤くなるあゆ。一方の名雪はきょとんとしている。
「祐一、なにがばりばりなの?」
「いや、気にするな」
「気になるよ〜」
「とっ、とにかくっ、秋子さんやみんなは部屋にいるからっ、みんな待ってるよっ、きっと!」
 これ以上会話が進展するのはまずいと思ったのか、あゆが両手を振り回しながら口を挟んだ。

「……で、これが、みんな待ってる状態だとあゆは強弁するわけだな?」
「うぐぅ……」
 部屋には誰もいなかった。
「みんな、どこに行っちゃったんだろ……?」
 きょろきょろと辺りを見回すあゆ。
 俺は部屋に入ると、テーブルの上にメモが置いてあるのに気付いた。手にして読んでみる。

『お帰りなさい。みんなで露天風呂に行っています。よかったら、どうぞ。 秋子』

「こっ、これはぁっ!」
「どうしたの、祐一?」
「ぬわぁっ!」
 すぐ後ろから声を掛けられて、俺は思わず飛び上がった。慌てて振り返ると、名雪が俺の肩越しにメモを覗き込んでいた。
「そっかぁ、みんなお風呂だったんだ」
「そ、そうらしいなっ」
「……祐一、何慌ててるの?」
 名雪に顔を覗き込まれて、慌ててぶんぶんと首を振る。
「何もやましい事なんてこれっぽっちも考えてないこともない」
「……? ま、いいよ。さて、それじゃわたしもお風呂に入って来ようかな」
「それじゃ、ボクも一緒に入るよっ!」
 しゅたっと元気良く手を上げるあゆ。
「それじゃ俺もっ!」
「祐一はちゃんと男湯に入ってね」
 笑顔で釘を刺す名雪。
「ぬおっ、何故名雪なんかに俺の遠大な野望を感づかれたんだっ!?」
「だってわたし、祐一の恋人さんだもん」
 ちょっと恥ずかしげにそう言うと、名雪は自分のバッグのところに走っていった。
「……えーっと」
「祐一くん、もしかして照れてるの?」
 笑いながら俺の顔を覗き込んだあゆの頭をがっちりと腕で固め、ヘッドロックの体制に持ち込む。
「うぐぅっ! うぐうぐうぐっ!」
「祐一〜、あゆちゃんいじめたらだめだよ〜」
 名雪がバッグの中をかき回しながら言う。
「へいへい。それじゃ俺も部屋に戻るから」
 俺はあゆを解放して、名雪達の部屋を出た。

 男部屋に戻ったが、久瀬は当然として、北川の姿もそこには無かった。
 とはいえ、部屋で一人でぼーっとしているのもなんだし、汗も流したくなったので、風呂に入ることにして、俺は着替えを持って部屋を出た。
 せっかくだから、露天風呂の入り口までは一緒に行こうと思って名雪達の部屋に寄ってみたが、ドアには鍵がかかっていた。どうやら既に行った後らしい。
 仕方なく、一人で行こうとしたところで、声を掛けられる。
「やぁ、相沢くん。戻ってたのか」
 その声の方を見て、俺は驚いた。
「八汐さん?」
 そこにいたのは、天野の兄さんの八汐さんだったのだ。
 八汐さんは軽く頭を下げた。
「美汐から詳しい話は聞いたよ。あいつが世話になったな。礼を言わせてくれ」
「いえ、それより魔物の封印はどうなったんです?」
 まぁ、名雪から一応話は聞いてるが、本職の人からちゃんと聞いておきたかったのだ。
「ああ、それなら問題ない。魔物は美汐が再度封印を施した。もう二度と出てくることはないだろうな」
「そりゃ良かったです……。ところで、その格好は?」
「ああ、これか?」
 俺の質問に、にやりとして服の裾を引っ張って見せる八汐さん。
 いつもの作務衣姿でも、さっきの白い服でもなく、アロハシャツに短パン、そしてサングラス。
 加えて、女の子達は皆、露天風呂に行っているという現状。
「……もしかして、覗きですか?」
「そういう言い方は好きじゃないな」
 ふっと笑うと、八汐さんはサングラスをずらして、俺に視線を向けた。
「よかったら、君もどうだい?」
 俺は、がっちりと八汐さんの手を握った。
「さすが八汐さん、見直しましたよ。いやぁ、男たるものこうでなくっちゃ!」
「判ってくれたようだな。よし、行くぞ」
「はいっ、お供します!」
 俺達は、迅速に行動を開始した。

 ぽちゃん
「……ふぅ、あったまるよ〜」
「やっとのんびりできるわ。ここに来てから騒ぎ続きだったしね」
「……すみません」
「お姉ちゃん! もう、天野さんのせいじゃないですよっ」
「そうね、ごめんなさい」
「あう〜っ! しゃんぷが目に入ったぁっ!」
「ほら真琴ちゃん、ボクが流してあげるから、暴れちゃだめだよっ」
「舞、背中流してあげるねっ」
「……ありがと」
「うふふっ、みんな元気ね」
 目の前には桃源郷が広がっていた。
 さすが八汐さん、絶好なポイントを押さえているな。
 俺は、別のポイントにいるはずの八汐さんに感謝を捧げながら、じぃーっと目を皿にして感動していた。
 とりあえず、名雪は言うまでもなく、他の娘も個別には全裸や半裸を見てしまった(そう、あくまでも事故である、と弁明させてもらおう)ことはあるのだが、それが一堂に会したこの光景。俺は決して忘れない。
 ざばーっ
「はい、おしまい。綺麗になったよ、舞」
「それじゃ、次は佐祐理の背中を流すから」
「うんっ、お願いするね」
 うぉっ、さすが舞や佐祐理さんクラスになると見事に揺れるもんだな。
 まぁ、名雪も揺れるが、ダイナミックさではあの2人、特に舞には遅れを取ってしまうのは仕方ないというものであろう。
 ……いや、俺が巨乳好きというわけではないぞ。むしろそれは北川であって……。
 そういや、北川はどうしたんだろう?
 一瞬、そんなことを思ったが、とりあえずそんな雑念は追いやって、俺は目の前のワンダーパラダイスに集中することにした。
 なにしろ、向こうには俺の考えを読むという特殊能力を持つあゆがいる。つまり、いつ見つかってしまってもおかしくはないのだ。そんな状況で覗くというこのスリリングこそ、漢のアドレナリンを最大限に活性化させると言えよう。
 ……もはや、何を言ってるのか自分でもよく判らなくなってきたので、視線を洗い場から湯船の方に移す。
「……ぶくぶく」
「ちょっと名雪、風呂の中で寝ないでよっ!」
 案の定というか、風呂に浸かったまま眠りかけ、沈もうとしている名雪を、香里が引っ張り上げている。
「うにゅ……、大丈夫、だお……」
「もうっ、そう言いながら寝るなっ!」
 しかし、香里もなかなかのナイスなプロポーション。栞の一つ違いの姉とは思えないなぁ。こうして見ると、つくづく北川には惜しい。
 ……待てよ。栞のプロポーションが多少貧弱なのは病気のせいだったとすれば、その病気が治った以上、今後は本人の言うとおり、香里のように立派に成長する可能性が高いってことじゃないか?
 その栞は、と思って視線を巡らせると、天野となにやら話をしていた。
「でも、天野さん、格好良かったですよ」
「ありがとうございます」
 元々色白の2人が、お湯で暖まったせいか、ほんのり頬を赤くしているのも、なんとも風情があってよろしい。花丸を付けておこう。
「でも、今回は美坂さんにも随分と助けられましたし……。特に、彼の芝居を見抜いたのは流石です」
「えへへっ」
 照れたように笑う栞。
「病気してた間に、京極堂シリーズを読破した甲斐がありました」
「……そ、そうなんですか……」
「でも、秋子さんも格好良かったですよね。特にあの祐一さんにじゃ……」
 振り返って秋子さんに言いかけた栞が、急に口ごもる。
 秋子さんは、タオルを頬に当てて、にっこりと笑った。
「栞ちゃん、ありがとう」
「い、いえ……」
 ぶんぶんと、髪に付いた水滴が辺りに飛び散るような勢いで首を振る栞。
 しかし、祐一さんにじゃ……って、何だ?
 まさか……。
 怖い考えになりそうだったので、俺も首を振ってから、さらに視線を移した。
「♪う〜んめいのこ〜いとぉ、ひと〜はよぶのでしょ〜ぉ〜、っと。お客さぁん、かゆいところはないですかぁ?」
 上機嫌に鼻歌を歌いながら、しゃかしゃかと真琴の髪を泡立てるあゆあゆ。その前に、あゆに背を向けるようにぺたんと座った真琴は、あうあうと呻き声をあげていた。
 珍しく、あゆがちゃんとお姉さんに見える一コマである。
 最後に、洗面器にお湯を張って、それを上からざばーっとかける。その前にちょっと手を入れて、温度をみてるあたりが、あゆにしては細やかな心遣いである。
 ぷはぁ、と息を付いてから、ぷるぷると頭を振って水を切る真琴。
「わわっ、真琴ちゃんっ、水がっ、髪がっ!」
 水が散ったうえに、長い髪でぺしぺしと顔面をはたかれて悲鳴をあげるあゆ。
「あっ、ご、ごめん」
 うぉ、真琴が素直に謝ってる。お兄さんちょっとびっくり。
 にしても、真琴も結構胸あるなぁ。
 ……結局そこに視線がいってしまうのは、男としてのサガというものであろう。うん。
「……うぐぅ。ボクももうちょっと、あればなぁ……」
 自分の胸と見比べて、はぁとため息をつくあゆ。
「えっ、なに?」
「うぐぅ、なんでもない……」
「それじゃ、こんどはあゆの頭、真琴が洗ってあげるわようっ」
「えっ? そ、そんな、悪いよぉ……」
「いいから、そこ座るっ!」
 びしっと床を指して言う真琴に、あゆはうぐうぐしながらぺたんと座った。
「ええっと……、これでいいの?」
「いいわよっ。さて、とぉ……」
 真琴はどこから出したのか、あゆにシャンプーハットを被せて、シャンプーをべしゃっとふりかけた。
「うぐっ!」
 冷たい感触に悲鳴を上げるあゆ。真琴はそんなあゆの頭をぐりぐりと手でかき回し始めた。
「お客さぁん、気持ちよかったらうぐぅって言ってくださいねぇっ」
「うぐぅっ、うぐぅっ」
「そーですかぁ、気持ちいいですかぁ〜」
「うぐぐぅっ!」
 ……さっきまでのあゆのお姉さんぶりはどこへやら、まったくもっていつものあゆまこコンビであった。

 存分に堪能してから、見つからないうちに無事に撤収を果たした俺は、気分良く男湯に入っていった。
 もう少し見ていたかったような気もするが、こういうことは引き際が一番肝心なのである。うんうん。
 残念に思う心にそう言い聞かせながら、服を脱いで、湯殿への引き戸をがらっとあける。
「おう、相沢じゃないか」
「なんだ、北川。生きてたのか」
「それはこっちのセリフだ」
 湯船に浸かっていた北川は、そう言って笑うと、手招きした。
 言われるままにその隣に身を沈める。
「くぅっ、傷に湯がしみるぜっ」
「ここの温泉の効能は打ち身や切り傷だそうですから、ちょうど良かったじゃないですか」
「まぁな。……って、久瀬っ!?」
 びっくりして声の方を見ると、久瀬が湯に浸かっていた。ちなみに眼鏡をかけたままなのでいい人モードなのであるが、その眼鏡が湯で曇っているので、結構情けない状況になっていた。
「ま、久瀬には借りが出来ちまったな」
「いえ、別に相沢くんや北川くんに貸した覚えはないですから」
 しれっと言う久瀬。まぁ、根は同じ穴のやんばるくいなって奴だ。
「なるほど。久瀬としては、佐祐理さんに個人的に貸しを作っておきたかったというわけなんだな」
「ま、率直に言えばそうなりますよ」
 あっさりと認める久瀬。
 俺はため息をついた。
「やれやれ。でもまぁ、一応俺達も助けられたのは事実だから、感謝はしといてやるからありがたく受け取っておけ」
「そうですね。特に相沢くんは、彼女たちにかなりの影響力を持ってますから、貸しを作るのはそれなりに意味があるというべきでしょうし」
 そう言うと、久瀬は不意に頭まで湯の中に潜った。そして顔を出す。
「ふぅ、これで見えるようになりましたよ」
「……なかなかいい性格してるな、久瀬」
「いや、まったくな」
 さっきからこの調子の久瀬に付き合っていたのか、北川が腕組みしてうんうんと頷く。
「お褒めにあずかり、どうも」
 あっさり言うと、久瀬は立ち上がった。
「それじゃ、お先に。……あ、そうそう」
 湯船から上がりかけたところで振り返ると、久瀬は俺に言った。
「相沢君。女湯を覗くのは、程々にした方がいいですよ。それじゃ」
「なっ、何故それをっ!」
 驚いて聞き返すと、久瀬はもう一度振り返った。
「冗談だったですけどね。では」
「……あのやろぉ……」
「あいざわぁっ!」
 怒りに震えていると、いきなり隣にいた北川にヘッドロックを掛けられた。
「俺が風呂に入っている間にお前だけそんなことしてたなんて、見損なったぞっ!!」
「お、落ち着け同志北川スキー!」
「ゆるさーんっ!」

「……あんた達、男湯でなにしてたのよ」
「ふっ。男と男の語らいだ。なぁ、同志相沢?」
「……ううっ、痛てぇ」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 
 プールに行こう5 Episode 39 01/8/21 Up Update 01/09/02

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