とりあえず、風呂の後は飯、というわけで、俺達(久瀬や、八汐さんをはじめとする応援に来てくれた天野の親戚一同含む)は、旅館の大広間に集まって、食事をすることになった。
das Ende
ちなみに時間はというと、色々とあったせいか既に夕方。朝から、というより夕べから、飯を食ってるような状況じゃなかった俺達にとっては、ほとんど丸一日ぶりの食事となるわけで、当然、「いただきます」を言うか言わないかの間に、皆は猛然と“食べ”に走っていた。
それでも天野や美坂姉妹、佐祐理さんの食べ方はまだ、女の子らしいものだったが、他の連中はもう……。
「うぐぅ、お腹減ってたんだよ……」
「そうようっ!」
ちなみに、俺の隣に座っていた名雪は、朝食バージョンの食べ方だったことを付け加えておく。
「……くー。いちごじゃむ、おいしい……」
「名雪さんっ、それ納豆だよっ!」
「納豆さん、嫌いじゃない」
「はい、舞。ほっかほかのご飯ですよ〜」
舞も、黙々とだが、結構なハイペースで箸を運んでいる。その隣で佐祐理さんが甲斐甲斐しくご飯をよそってあげてるあたりが、なんとも微笑ましいというかなんというか。
……それにしても、この旅館の従業員さんは、あんなことがあったってのに、ちゃんと仕事をしてる辺り、好感度高いを通り越してちょっと不気味かも。ま、こっちが文句を付ける筋合いでもなし、料理の方は文句なく美味いので、ありがたく頂いておくことにする。
ついでにもう一つ付け加えて置くと、俺の右側は名雪が当然のごとく座ったのだが、左側は抗争の末、今日は秋子さん裁定により、あゆが座っている。
「うぐ、うぐ、……やっぱりご飯は、みんなで美味しく食べるのが一番だねっ」
妙に上機嫌なのがちょっと不気味である。
「うぐぅ、不気味じゃないもん」
「だから読むなっ」
最初に猛然とスパートをかけて、ある程度食欲を満たしてから、俺は聞きたかったことを色々と、最近すっかり解説おばさんの地位を確立した天野から聞くことにした。
「……そんな酷な言い方はないでしょう」
「すまん。で、質問なんだが……」
それで判ったこと。
まず、敵の黒幕だったあの男は、蟻田という術者だった。彼はここに封印されていた魔物のことを知り、それを自分のものにして力を得ようとした。
天野曰く、「力を得てどうする、というビジョンは無かったようですが」
だが、魔物には厳重に封印が掛けられている。その封印を解くためには、大量の“邪気”が必要だった。
そこで彼が目を付けたのが、例の橘と三神という2人の術者だった、というわけだ。
蟻田は、魔物のことは伏せて、彼らに“狩り場”としてこの場所を提供し、さらに追っ手の目をくらますのにも協力した。彼らは喜々として、この地で“狩り”を続け、そして犠牲者達の怨念が“邪気”となり、封印を緩めていった。
そしてついに封印がもうすぐ解けようというところに“たまたま”現れたのが、俺達だった、というわけだ。
「最終的には、魔物は封印し直すことが出来ました」
そう話を締めくくると、天野はもう一度俺達に頭を下げた。
「皆さんには大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。天王蒼穹流当代として、心からお詫びします」
「いいんですよ、気にしないで」
秋子さんが素早くあっさりと言ったので、一番文句を言いそうだった香里も「仕方ないわね」というように肩をすくめた。
「ま、退屈はしなかったから、よかったってことにしておくわ」
「……すみません」
もう一度頭を下げる天野に、後ろから真琴が抱きついた。
「美汐、頑張ったんだから、おっけーよっ」
「……真琴」
天野は表情を緩めて、真琴の腕に触れた。
「ありがとう」
「……くー」
そういえばさっきから静かだと思ったら、案の定、名雪はお箸を片手に寝息を立てていた。
「まったく、やれやれだなぁ」
俺は苦笑して、そのままもたれかかってきた名雪を揺さぶった。
「こら、名雪。起きろっ」
「うー、地震だぉー」
「……ダメだこりゃ」
秋子さんに視線を向けると、秋子さんも苦笑していた。
「祐一さん、名雪を部屋まで連れて行ってもらえますか?」
「わかりました」
俺は頷いて、名雪をよいしょと抱き上げた。
「わ、祐一さん、ずるいですっ」
「真琴もやるの〜っ」
「うるさい、お前らはちゃんと飯食ってろっ」
「でも……」
「栞、食事中にお行儀悪いわよ」
「真琴」
「……はぁい」
「わかってるわようっ。もうっ」
それぞれの保護者から言われて、片方はしゅんとして、もう片方は奮然と食事に戻る2人。
俺は苦笑して、部屋を出ていった。
「さて……と」
名雪達の部屋に戻ると、俺は名雪に囁いた。
「名雪、部屋についたぞ」
「……うにゅ……お部屋……」
もぞっと頭を動かして、それから名雪は再びくーっと寝てしまった。
「……まったく」
俺は苦笑すると、名雪を既に敷いてあった布団に下ろした。そして、上から毛布を掛けてやる。
「……祐一……」
「ん?」
起きたのか、と思って名雪の顔を見てみたが、しっかり眠っていた。どうやら寝言だったらしい。
「明日にはもう帰るんだからな。今日はゆっくりと眠ってくれ」
「……くー」
「それから……、サンキュ、な」
俺は、その額にキスして、部屋を出た。
みんなのところに戻って夕食を取り終わると、俺達はそのまま後始末についての協議をするという天野とその親戚一同を残して、大広間を出た。
さて、風呂にも入ったし飯も食ったし聞くことも聞いたから、あとは寝るだけか……。
「祐一さんっ」
「わっ、なんだよ栞?」
不意に後ろから、栞が腕を絡めてきた。
「だって、ここしばらく祐一さんといちゃいちゃする暇が無かったですから」
「ここしばらくも何も、栞とそんなことをした覚えはないぞ」
「そんなこと言う人嫌いですっ」
「あーーっ、なにやってんのようっ、しおしおっ!!」
大声を上げながら、真琴が突進してきた。そして、俺と栞の間に割り込む。
「祐一とべたべたしないでようっ!」
「わっ、何するんですかっ」
「あっかんべー、だっ」
俺の腕にしがみつくようにして、思い切りべーっと舌を出す真琴。
「……相変わらず、モテモテだな、相沢」
「北川、そう見えるか?」
「それ以外の何ものにも見えん」
「ええ、まったく」
どこから現れたのか、久瀬が腕組みして頷く。
「まぁ、ここは学校じゃないからとやかくは言いませんけどね」
「学校でもお前に言われる筋合いはねぇぞ」
そんな俺達をよそに、言い合いがヒートアップしていく栞と真琴。
「大体、なんでいつも真琴さんが私の邪魔するんですかっ」
「なにようっ、しおしおが祐一にべたべたするからようっ」
「だから、そのしなびそうな呼び方はやめてくださいっ」
「やーい、しおしおしおしお〜」
「そんなこと言う人嫌いですっ。それじゃ私も、これからマコピーって呼びますからねっ」
「よけいに腹が立つわようっ!!」
……保護者はどうした、と思って辺りを見回すと、香里と天野は秋子さんとなにやら楽しげに話をしていた。
保護者としての心得でも伝授してもらっているのだろうか?
「はぇ〜、栞ちゃんも真琴ちゃんも積極的ですね〜。これは、舞も負けてられないねっ」
びしっ
そんな俺達を見て、嬉しそうに舞に話しかける佐祐理さんと、真っ赤になってチョップを返す舞。
まったくもって、いつもの日常であった。
そして翌日。
ずっといたような気がする旅館に別れを告げ、俺達は再び秋子さんの運転する市役所のマイクロバスで、住み慣れた街に向かっていた。
ちなみに、来るときのメンバーに加えて久瀬が同乗しているが、八汐さんは一緒に来た術者達と、今回の一件の後始末をするために残っている。ちなみに天野は、疲労がたまっているし、怪我もしているからという理由で俺達と一緒に帰る組に入っている。
「でも、いろいろあったけど、過ぎてみるとあっという間だったね」
開けた窓から吹き込んで来る風を楽しむように顔に受けながら言う名雪。
長い髪が、風に踊っている。
「……そうだな」
俺は苦笑した。
「祐一さん、怪我は大丈夫なんですか?」
「ああ、大したことないぞ」
栞に答えて、それから思い出して尋ねた。
「それより栞こそ、車酔いの薬は飲んだのか?」
「はい。今度は眠くならないやつだから大丈夫ですっ」
ガッツポーズをしてみせる栞。
「これで、車中でもずっと祐一さんのお相手出来ますっ」
「祐一の相手するのは、真琴ようっ!」
ずいっと出てくる真琴。
「わ、急に出てこないでくださいっ」
「うるさいわようっ、しおしおっ」
「お前らなぁ……」
俺はため息混じりに、また言い合いを始めた栞と真琴を見やった。
まぁ、とっくみあいの喧嘩にならないだけマシかも知れないけど……。そうなったら、栞に勝ち目はないような気がするが。
とりあえず、その場を退散して、バスの前の方の席に移動する。
ちらっと振り返ると、俺がいなくなったのにも気付かずに言い合いを続ける2人と、その騒ぎをよそに早速寝てしまった名雪の姿が、まったくもっていつも通りだった。
「やっほー、お二人さんあんどうぐぅ」
「あんどうぐぅってなんだよっ!」
舞と佐祐理さんと雑談していたあゆが、その後ろから声をかけた俺に憤然として振り返る。
俺はその頭をぽんぽんと撫でてやりながら、2人に言った。
「で、あゆと何の話をしてたんだい?」
「……ねこさんの話」
ぼそっと答える舞。佐祐理さんが補足する。
「ほら、前に天野さんが入り込んじゃった白い猫さんですよ」
「ああ、あの……。あれからずっと佐祐理さん達が?」
「はい。あ、旅行中は実家の方に預かってもらってますけど」
そういえば、ぴろは旅行中どうしてるんだろう? 外に出してるなら、あいつのことだからなんとか生きてるだろうけど、家の中に閉じこめてたらえらいことになってるんじゃ……。
「その猫さんがとっても可愛いって話をしてたんだよ」
撫でてるうちに機嫌を直したらしく、あゆがにこにこしながら言う。
「今度、ボクも見せてもらいに行くんだっ」
「そっか。俺も見に行こうかな」
「はい、是非来てくださいね」
「そうだ、ぴろちゃんも連れて行ってあげようよ。きっとその猫さんと仲良く出来るよ」
ぽんと手を打って言うあゆ。
と、俺はふと思い出して、あゆに訊ねた。
「そういえば、あゆ。昨日のことなんだが、お前だけどうして動けたんだ?」
「あ、それは祐一くんが帰ってくる前に、美汐さんにちゃんと聞いたんだよ。えっとね、確か……」
あゆは首を傾げた。
「えっと、えっと……。うぐぅ、忘れた……」
「確か、あゆさんの精神的キャパシティの話じゃなかったですか?」
佐祐理さんが、頬に指を当てて、思い出すようにしながら言った。
「あ、そうだよ。うん。そのきゃんぱすとっぷの話だよ」
「キャパシティ、ですよ、あゆさん」
「うぐぅ……」
さすが佐祐理さん。元・成績トップだけのことはある。
「佐祐理さんも聞いてたのか?」
「あ、はい。佐祐理たちも、その場に同席してましたから」
こくりと頷くと、佐祐理さんは話を続けた。
「なんでも、あゆさんは普通の人よりも心理的な術は受けにくいんだそうです。あのときみんなにかけられていたのは、精神の方に「動けないんだぞ」っていう暗示を掛けて動けなくさせる術だったんだそうです。でも、あゆさんだけはそれにかからなかった、と」
「えへん」
無い胸を張るあゆ。
「……うぐぅ、ちゃんとあるもん……」
そう言われてみれば、昨日見たときには、ちゃんとそこそこあった……ことは俺の心の中に納めておくことにして。
「……ところで佐祐理さん、そのきゃぱなんとかっていうのは?」
「あ、キャパシティを日本語にすると、容量のことです」
なるほど。そういえば、あゆの精神的容量が普通よりも大きいって話は、前に聞いたことがあったな。それで、あゆには術は効かなかった、と。
とりあえず納得して、俺は話題を変えた。
「それはそうと、帰ったら舞と佐祐理さんは大学生だな」
「はい。祐一さん達と同じ学校じゃないのは残念ですけど。ね、舞?」
「……でも、佐祐理がいるから」
「うふふっ、舞ったら素直に寂しいって言えばいいのに」
びしっ
赤くなってチョップを繰り出す舞。
「ま、いつでも家に遊びに来ればいいさ」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑って頭を下げる佐祐理さん。
舞は、ちらっと俺を見て、こくりと頷いた。
「……そうする」
「ああ、そうしてくれ」
と、背後から声が聞こえた。
「あーっ、祐一どこっ!?」
「あ、あそこですっ!」
ち、見つかったか。
俺はため息をついて振り返った。
「あのな、お前ら。俺はどこにも行ったらいけないのか?」
「えっと、そんなことないけど……」
口ごもる真琴。
「えっと、えっと……。あうう〜っ」
「ごめんなさい、祐一さん。祐一さんを困らせるつもりはなかったんです」
栞は素直に謝ると、不意にぽんと両手を合わせた。
「そういえば、祐一さんも、まだお休みは残ってますよね」
「あと3日くらいは残ってるけどな。大体、春休みの長さは栞達も同じだろ?」
「だったら、デートしませんか?」
「栞とか?」
「はい、と言いたいところですけど、そうするとみんなに怒られそうですから」
頬に指を当てて、悪戯っぽく微笑む栞。
「ですから、みんなで、です」
「なんでまた……」
「だって、今回の旅行は、あんまり祐一さんと遊べなかったですから」
拗ねたように頬を膨らます栞。
確かに、前半はまだしも、後半は遊びどころじゃなかったしなぁ。
「そうだな、それもいいか。でも、どこに行くんだ?」
「そうですね……」
考え込むように、バスの天井を見つめる栞。
「みんなで、となると……、商店街でショッピングはどうですか?」
「みんなでぞろぞろと、か?」
「それもそうですね……。あ、それじゃ遊園地はどうですか?」
「遊園地なんて近所にあったっけ?」
「ええと……」
栞は頬に指を当てて、天井を見上げた。
「確か、電車に乗って1時間くらいはかかるんじゃないか、と……」
「却下。ただでさえ温泉旅行から帰ったばかりで、またそんな遠くまで行くのは勘弁してくれ」
「それもそうですね。それじゃ遊園地は別の日のために取っておくとして……。それじゃ、どうしましょう?」
「うーん」
2人して、腕を組んで考え込む。
俺は、ふと思いついて真琴に振ってみた。
「真琴はどこがいい?」
「えっ? えーっと、えーっと、ゲーセン……」
「ゲーセンって、またシール作る気か?」
「あう〜」
再び口ごもる真琴。と、舞が手を伸ばして、その真琴の頭を撫でながら俺を睨む。
「祐一、まこちゃんいじめた」
「いや、別にいじめたわけじゃ……」
「まこちゃんいじめた」
「悪かった」
その口調に、このままだと舞がいきなり人工台風を発生させかねないような気がして、慌てて謝る俺。
舞は真琴に視線を移した。
「祐一、叱ったから」
「あう、ありがと……」
なんと反応して良いのかよく判らないのでとりあえずお礼を言っておく、という感じの真琴だったが、舞は嬉しそうに(といっても仏頂面だが)頷いて、真琴の頭を撫でた。
「こんこんまこさん……」
「あうあう」
と、それまで舞と真琴をにこにこしながら見ていた佐祐理さんが、不意にぽんと手を打って、俺に言った。
「それじゃ、ここしばらく行ってませんでしたから、プールに行きませんか?」
「プール?」
「はい。あったかいですし、それに割と近くですから。遊園地もいいんですけど、電車に乗っていかないといけないですし……」
そうだな。のんびりとプールで遊ぶのもいいかもしれない。
それに、前に瑞姫とは行ったけど、他のみんなとは、名雪と付き合うことをみんなに言ったあの時以来行ってなかったしな。
「それ、いただき。んじゃ、明日はプールに行こう」
「はいっ」
満面の笑顔で頷く栞。佐祐理さんもぽんと手を合わせて微笑む。
「わかりました。ね、舞?」
「はちみつくまさん」
こちらはいつもの通りの仏頂面で頷く舞。でも、これでもかなり嬉しそうな部類にはいることが、今では判る。
「真琴も行くっ!」
しゅたっと両手を上げる真琴。
「ボクも……行ってもいいんだよね?」
遠慮がちに尋ねるあゆの頭を、OKの代わりにくしゃっとかき回す。あゆは困ったような顔で目を細めた。
「うぐぅ、祐一くん、くすぐったいよぉ」
真琴はその間に、バスの最後部の座席で文庫本を広げていた天野のところに駆け寄っていた。
「美汐っ、明日プールに行くのようっ!」
「真琴?」
天野は文庫本を閉じると、その頭を撫でながら、話しかけた。
「ゆっくりと、判るように、話してください」
「うんっ、あのねあのねっ」
俺は、天野に一生懸命に説明している真琴から、視線を目の前の栞に戻して尋ねた。
「栞、香里は呼ばないのか?」
「後で話します。今は、お邪魔ですから」
しれっと言う栞。
そういえば香里が全然出てこないなぁ、と思ってバスを見回すと、後ろの方の座席に北川と並んで座って、何やら笑いながら話をしているところだった。
「……なるほどな」
「はい。だから、後で、です」
くすっと笑う栞。
俺は運転席に座る秋子さんに声を掛けた。
「秋子さん、そんなわけで明日はプールに行こうと思うんですが……」
「了承」
ステアリングを切りながら、1秒で答える秋子さん。
あとは名雪に……、と思ってそちらを見ると、相変わらず夢の国だった。
まぁ、起きてから話せばいいか。
苦笑して、俺はシートに座り、伸びを一つした。
いつしか、バスは市街地に入っていた。
「それじゃ、また明日です」
「楽しかったですよ。ね、舞?」
「……うん」
「じゃね」
「では、失礼します」
市役所にバスを返した後、それぞれの家に帰る美坂姉妹、佐祐理さんあんど舞、天野と別れ、(当然ながら北川と久瀬とも別れ)、俺達は家路についた。
「楽しかったね、祐一」
ようやく目を覚ました名雪が笑顔で言う。
「そうだな。……しかし、バスの中でもよく寝てたな、名雪」
「うん……」
名雪は、俺を見て微笑んだ。
「昔の夢、見てたよ」
「昔の?」
「うん。……7年前の、ね」
「7年前っていうと、……最後に俺がこっちに来てたときの……か?」
「うん……」
名雪は頷いて、真琴となにやらしゃべりながら俺達の前を歩いているあゆを、ちらっと見た。それから、俺に視線を向ける。
「祐一は……」
「うん?」
「……全部思い出した? あの時の……こと」
「……」
確かに、あゆが木から落ちた事件のことを含めて、俺は7年前のことは思い出していた。でも、それは普通の人並みに7年前のことを憶えている、というレベルに過ぎないわけで。
だから。
「わたしが、駅前まで祐一を迎えに行ったときのこと……」
名雪に言われてみれば、そうだったような気もするんだが、何しろ俺はその時、それどころじゃなかったわけだし。
「……そっか」
名雪は、俺の表情から答えを読みとったのか、寂しそうに笑った。
「やっぱり、忘れてるんだね」
「……」
俺は、何も答えられなかった。
名雪の表情を見れば、その時にとても重要なことがあったことくらいは判る。だが、俺はそれを憶えていない。
ただそれが、無性に悔しかった。
「……ごめんね、変な話しちゃって」
俺が黙っていると、名雪はいつもの表情に戻って、明るく言った。
「そうだよね。そんな昔のこと、祐一が憶えてるわけないもんね」
「名雪……」
「うん、だから、今のは、なし。ね?」
俺の顔を覗き込むようにして言う名雪。
ここでそれを追求しても、名雪を傷つけてしまうだけだろう。
それくらいの判断は出来たので、俺は話を逸らした。
「……ああ、そうだ。名雪、明日は空いてるか?」
「明日? えっと……」
急に聞かれて、名雪は空を見上げた。どうやらそうやって、予定を思い出しているらしい。
「……うん、部活は明後日からだから、明日は空いてるよ」
「実は、かくかくしかじかというわけなんだ」
「うん、わかったよ」
俺は無言で名雪の頭を小突いた。
「あいたっ。ひどいよ祐一……」
「いい加減な返事をするからだ」
「祐一くんが無茶苦茶だよっ」
いつの間にか脇で話を聞いていたあゆにツッコミをくらってしまった。
「あのね、名雪さん。明日、みんなでプールに行こうって話になったんだよ」
あまつさえ、説明までされてしまった。
「あ、そうなんだ……」
「その時は、名雪さん寝てたから、後で誘おうって……」
「ま、そういうことだ。で、どうだ?」
「うん、もちろん行くよっ」
笑顔で頷く名雪。
「それじゃ、ボク、真琴ちゃんにも教えてくるねっ」
あゆは、パタパタと秋子さんとしゃべっていた真琴のところに駆け寄っていった。そして、嬉しそうな顔で話しかける。
それに答えて、こっちも笑顔でなにか言い返す真琴。
そして、そんな“娘”達を、幸せそうに見守る秋子さん。
俺は、大きく息を吸って、みんなに向かって言った。
「よし、明日は……プールに行こうっ!」
「おーっ!!」
あとがき
えっと、とりあえずここでプール5はおしまいです。
長い間のおつきあい、ありがとうございました。
しかし、シリーズの書き始めが99年6月……ということは、既に足かけ2年以上。
我ながらよくも続いたもんです。
やっぱり、読者の皆さんの反応がいいのが、このシリーズが延々と続いた最大の理由だと思います。
正直な話、このシリーズの感想メールは他の作品に比べてコンスタントに2〜3倍は来ますから。
(今のところ、これに匹敵する数の感想メールが来るのは、シスプリくらいですか)
頂ける感想メールは、SS作家にとっての、執筆の最大の原動力ですから。特に私は、別に書いたところで利益が上がるわけでもないので、モチベーションを上げて行くには感想メールに頼らざるを得ないものですから。そういう意味で、プールシリーズは感想メールが多い→執筆意欲が沸くの好循環に乗っていけたのではないかと。
プール6はあるのかなぁ……。
とりあえず、今はプロットも何もないまっさらな状態ですんで。
まぁ、この連中とはここでお別れ、というのもアリかもね。(某CMふうに)
プールに行こう5 Episode 40 01/8/21 Up 01/8/22 Update 01/8/23 Update
・最終回記念特別アンケートです