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「封印するって、どうやってだ?」
Fortsetzung folgt
聞き返す俺に、天野は社を指した。
「あの社の中に、魔物を封印していた“鍵”があるはずです。それを使えば……」
「よし、それじゃそれを早速……」
「待ってください」
社に駆け寄ろうとした俺を呼び止める天野。
「なんだよ?」
「迂闊に近寄っては、先ほどの二の舞になりますから」
「……呼んだ?」
佐祐理さんに抱きしめられていた舞が顔を上げる。天野は軽く手を振った。
「いえ、まったく」
「……そう」
「何があったのよ、一体?」
香里が尋ねた。天野は、社の方を見た。
「おそらくはもう一人……いたんです」
「……はい?」
「なによ、それ?」
思わず聞き返す俺と香里。
天野は、視線を俺達に戻した。
「昨日、私や相沢さん達が逢った2人のことは覚えているでしょう?」
「ああ。あのいけ好かない奴らか」
俺は頷いてから、慌てて社に視線を向けた。
「あいつらの仲間がいたっていうことか!?」
「正確には仲間じゃないでしょうが……。むしろ、今回の黒幕と言った方がいいかと」
「そいつが、あそこにいるの?」
「おそらく。あそこで“鍵”を守っているのでしょう。魔物が力を取り戻すまで……」
「事情は後で聞かせてもらうとして、当面はどうするんだ?」
「とりあえず、“鍵”を奪い、それを使って魔物を封印するわけですが……。今の私では……、いえ、私たちでは、あそこに入ることが出来ません……」
あっさりと、絶望的なことを言ってくれる天野。
「入ることが出来ない?」
「はい。強力な結界が張ってあるのです。近づくことすら敵わないほどの……」
天野は唇を噛んだ。
「あれを破るには、奇跡でも起きない限りは……」
「大丈夫ですよ」
不意に栞が、手にした肥後の守を玩びながら言った。
「私たち、奇跡なんていくらでも起こしてきたじゃないですか」
「栞……。そうね」
香里はその肩を抱き寄せながら、頷いた。
天野は、そんな2人を見て、微かに微笑んだ。そして、表情を引き締める。
「方法がまったく無いわけでもないのですが、それには疾風丸が必要ですから……」
「はやてまる? ああ、あの弓か」
俺は、以前天野が、舞との一件のときに使っていた銀色の弓を思い出していた。
「はい。疾風丸さえあれば、この結界も、あるいは破れるかもしれませんが……」
「ここに、ありますよ」
背後から声が聞こえた。俺達は全員、一斉に振り返った。
佐祐理さんが声を上げる。
「久瀬さん!」
そこにいたのは、やんばるくいな改め久瀬だった。
かつて、散々、舞や佐祐理さんにひどいことをしてくれた、生徒会役員(当時、風紀委員長)の久瀬だったが、天野の奇策によってそれが失敗し、生徒会をクビになってしまった。その後、色々と思うところあったらしく、舞と佐祐理さんが卒業してから一緒に暮らしているアパートを世話したりと、いい人ぶりを発揮してたりする。
なお、その時に、実は二重人格であることが判明した。ちなみに、今の眼鏡を掛けている方が“いい人”久瀬であり、眼鏡を外すと嫌な奴になるというお手軽変身が出来る奴だ。
「はい、天野さん。疾風丸です」
久瀬は、背負っていた細長い包みを天野に渡した。
佐祐理さんが首を傾げた。
「でも、久瀬さんがどうしてここに?」
「倉田さんが危険に陥ってると知りまして」
そう言ってから、皆の視線に気付いて咳払いする久瀬。
「ええと、こう見えても、僕にも色々とネットワークがありますから」
「ですが、なぜ疾風丸を久瀬先輩が?」
包みを解きながら尋ねる天野に、久瀬は答えた。
「僕に出来るのは、これくらいしかありませんでしたから」
「でも、ここには魔物の結界が……」
そう言いかけて、天野は言葉を止めて久瀬をじっと見つめた。そして、一つ頷く。
「……そういうことですか」
「あ、判りましたか?」
「一応、こちらは本職ですから」
「おい、何わけのわかんねぇ会話してんだよっ!」
前回辺りから存在が省略されかけていた北川が割り込んできた。そして、久瀬の襟首を掴む。
「おい久瀬っ! 佐祐理さんは渡さねぇからなぁっ!!」
「目からびぃむ」
どぉぉぉん
久々の一撃で吹き飛ばされていく北川。
「まったく、進歩のない……」
ため息混じりに言うと、香里は、疾風丸の弦を張っていた天野に尋ねた。
「それで、その弓があったらどうにかなるのね?」
「はい」
頷き、天野は立ち上がると、弦を指で弾いた。
ピィィィン
凛とした音が辺りに響く。
その音に、死人達がざわめいた。
続いて、天野は辺りを見回し、落ちていた木の枝を拾いあげ、それを矢の代わりにつがえて弓を引いた。そしてその先を死人達に向ける。
「天昇封魔……」
久し振りに聞く真言。
弓が、ぼうっと光を放ち、死人達がそれを恐れるようにゆらゆらと後ずさりしようとする。
だが。
「二の矢、龍!」
放たれた、何の変哲もない木の枝が、まるで意志を持つかのように複雑な軌跡を描きながら、死人達を一掃する。
最後の一体が吹き飛ばされる光景をバックに、俺達に向き直って一礼する天野。
「お粗末様でした……」
思わず拍手する俺達。
「お見事」
「さすが美汐っ! すごいすごいっ! あうっ!」
その首筋に抱きつこうとして、疾風丸に触ってしまい、慌てて飛び退く真琴。
「あう〜っ、びりっときたぁ……」
そういえば、前にも同じようなことがあったなぁ。
「真琴、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だけど……」
「良かった」
ほっとした口調で呟き、天野は表情を引き締めると、社に視線を向けた。
「今度は、さっきのようにはいきませんよ……」
「どうするんだ?」
「……栞さん、その肥後の守、貸してください。それから、紐か糸があれば、それも」
「あ、はい」
栞は肥後の守を天野に手渡し、ポケットから裁縫セットを出した。
天野は別の木の枝を拾い、栞からもらった糸で刃を出した肥後の守をその木の枝に縛り付け始めた。
と。
「うぐぅっ! ゆ、祐一くんっ! 何か出てくるよっ!!」
あゆが悲鳴を上げた。その指さす方を見ると、地面が盛り上がっていた。それも、かなり大きそうだ。
舞が佐祐理さんの腕を解いて、身構える。
「舞……」
「大丈夫」
心配そうな佐祐理さんの声に、いつも通りの調子で答える舞。
と、ぼこっと大きく地面が裂け、それが飛び出してきた。
様々な白骨を組み合わせた、巨大な蛇のようなもの。頭の大きさだけで1メートルはありそうだ。
「うぐぅっ!」
その場に腰を抜かすあゆ。
「あゆっ!」
「あゆちゃん!」
俺と名雪が叫ぶ中、舞が地面を蹴った。そして、目に見えない剣を腰から抜き放つ。
ヴン
微かな金色のきらめきが、蛇を切断した。一気にバラバラになって地面に落ちる骨。
だが、それぞれがまた動きだし、次々とくっついていき、見る間に蛇に再生する。
「うぐぅっ、くっついてるっ!」
「下がって」
尻餅をついたままのあゆの前に立ち、舞は見えない剣を構える。
慌てて頷き、ずりずりと手でいざるようにして下がるあゆ。はっきり言って格好悪い。
「うぐぅ、祐一くんの意地悪……」
「だったら、せめて立って逃げろ」
「こ、腰が抜けてるんだよっ」
「もうっ、あゆあゆ、世話焼かすんだからっ!」
あゆに駆け寄ると、後ろから引っ張り起こす真琴。
「あっ、真琴ちゃん、ありがと……」
「貸し一つよっ!」
そう言いながら、真琴はあゆをずりずりと引っ張って戻って……来ようとした。
「あう〜っ、重い〜〜」
「うぐぅ、そんなに重くないもん……」
「あ、私も手伝います!」
栞も駆け寄り、2人がかりであゆをこっちまで引きずってきた。
その前方では、舞が苦戦を強いられている。なにしろ、何度切ってもすぐに再生するのだから。
「天野!」
「すみません、舞さんの援護まで手が回りませんけど、少し時間を稼いでくだされば……」
天野は、糸を縛り終わり、立ち上がった。そして、その即席の矢をつがえる。
「根元を絶てますから……」
「判った。それじゃそっちは頼むぞ!」
俺は、名雪に声をかけた。
「名雪!」
「うん。祐一……」
「なんだ?」
名雪は、足下に落ちていた木の枝を拾い上げながら、俺に笑顔を見せた。
「街に帰ったら、イチゴサンデー」
「ああ、百花屋でな」
「うんっ」
頷き合い、俺達はそれぞれ棒を手にして、舞に駆け寄った。
「加勢するぜ、舞!」
「わたしもっ!」
「……」
荒い息をつきながら、俺達を見て頷くと、舞は骨の蛇に向かって切り込んでいった。
見えない剣が一閃し、再びバラバラになる骨。
と、その骨がいきなりふわりと浮き上がったかと思うと、一斉に俺達に向かって飛んできた。
「名雪っ!」
とっさに名雪の前に飛び出す俺のこめかみに、正面から飛んできた骨がまともに命中する。
その骨の動きが、妙にスローモーションのようにゆっくりに見えた。
そう言えば、絶対的な危機に陥ったとき、人間の脳は、助かる方法を模索するために、普段使わない部分まで一気に解放して情報処理を行うために、妙に回りの動きが遅く感じるのだと聞いたことがあるな。
そんなことを思っている間にも、骨はその動きを止めていた。
……ちょっと待て。スローモーションはまだしも、止まっただと?
思わずじぃっとその骨を見つめてしまう俺。と、その骨がいきなり砕け散った。
「わっ!」
「大丈夫」
白い粉を頭から浴びて慌てる俺に、涼やかな声が聞こえた。
「私が、護るから」
「えっ?」
「祐一、大丈夫?」
名雪がそう尋ねながら、粉を払ってくれた。
「ああ、サンキュ……」
「ううん。わたしこそ……」
嬉しそうに微笑む名雪。
照れくさくなって、俺は舞の方に視線を向けた。
舞の回りに、白い粉が舞っていた。その粉のせいで真っ白になりながらも、舞はいつも通りの無表情で、油断なく辺りを見回していた。
「……それで、何があったんだ?」
「わたしにもよく判らないんだけど……、でも、わたし達に向かってきた骨が、全部爆発しちゃったんだよ」
「……なるほど」
と、どうやら次はない、と見たらしく、舞は構えを解いて、すたすたと歩み寄ってきた。
俺は片手を上げた。
「よう」
「……よう」
真似をしてみせる舞。ということは、昨日のようなスーパーサイヤ人モードではなく、いつも通りの舞ってことだ。
何となく安心して、俺は尋ねた。
「とりあえず助かったけど、何をどうしたんだ?」
「……途中で気付いたから」
素っ気なく言う舞。だが、流石に言葉が足りないと思ったのか、付け加える。
「“ちから”は、剣だけじゃないって」
……余計に訳がわからなくなったんですけど。
「つまり、舞の“ちから”は、剣の形以外にもいろいろな形が取れるってことですよね」
駆け寄ってきた佐祐理さんが、俺達の話は聞こえていたらしく、舞の頭をパタパタとはたいて粉を落としながら笑って補足してくれた。それから、舞に尋ねる。
「それで、さっきは何にしたの?」
「……網」
「あ、なるほど〜。さすがだね、舞っ」
「……」
佐祐理さんに褒められて、照れたらしく赤くなって俯く舞。
まぁ、俺にもそれで納得できた。
舞はあの瞬間、“ちから”を見えない剣から見えない網に変えて、飛散した骨を、文字通り一網打尽にした、というわけだ。
「でも、骨を粉々にしちゃったのは?」
「……粉にしてしまえば、もう戻れないと思ったから」
俯いたまま答える舞の頭に、ぽんと手を乗せる。
「助けに行ったつもりが、助けられちまったな。サンキュ、舞」
「……」
舞は俯いたまま、なにやらごにょごにょと呟いた。
「えっ? 何?」
「祐一さんがキスしてくれたから、力が出たんですって。舞ったら、大胆ですよね〜」
べしべしべしっ
笑って言う佐祐理さんに、耳まで赤くなってチョップする舞。
俺は、それを微笑ましく見守る暇もあらばこそ、無言のプレッシャーを背後から浴びて、慌てて振り返って説明する。
「ええとだな、名雪さん。これには深い訳があってだな……」
「祐一、嫌い〜」
拗ねてそっぽを向く名雪。俺はあきらめて、言った。
「イチゴサンデー」
「7つで手を打つよ」
「……了解」
がっくりうなだれる俺に、名雪は笑顔に戻って言った。
「それじゃ、みんなのとこに戻ろっ」
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DC版あとがき
プール5の最終回の感想で、「最後のシーンで祐一が気絶してて、どうなったのかよく判らなかったのが残念です」というものが多かったので、公開時にはカットしていた部分を再編集して、「ディレクターズカット版」としてお送りしています。
そのため、1エピソード公開時よりも長くなっています。
プールに行こう5 Episode 38 01/8/20 Up 01/09/01 Update 01/09/03 Update&Separate