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「ボクが、みんなを護るよっ!!」
Fortsetzung folgt
あゆはそう叫ぶと、きっと死人達を睨み付けた。
「もう、失うのは嫌だもんっ!」
「あゆ……」
……俺は、目を閉じた。
夕焼け。
泣いている女の子。
ああ、そうだな。
もう、失うわけにはいかないんだ。
みんながいる、この暮らしを。
「うぉぉぉっ!!」
その瞬間、俺は吠えていた。同時に、全身を縛り付けていた何かが、一瞬で霧散する。
「あゆっ!!」
「祐一くんっ!」
俺の声に、振り返るあゆ。その背後から死人が腕を伸ばすのが見えた。
「しゃがめっ!」
俺の声に、慌てて頭を抱えてその場にしゃがみ込むあゆ。
俺は雪を蹴って、あゆを飛び越えて死人に蹴りを食らわした。
ぐしゃっ、という感覚と共に吹っ飛ぶ死人。
「うぐぅっ!」
屈み込んだまま、妙な悲鳴を上げるあゆ。どうやら蹴飛ばした時に、何か汁でも飛んだのだろうか。
俺はそのあゆの頭をぽんと叩いてやってから、死人達の方に向かって身構えた。
蹴り倒した死人が、もぞもぞと動き出している。それよりも早く、別の死人がそれを乗り越えるように迫ってくる。
どっちにしろ、このままじゃ……。
「名雪、栞、佐祐理さん、香里、お前らは動けないのかっ!?」
「ごめんね、祐一……」
「うーっ、動けないですっ」
「佐祐理も、動けません……」
背後からの返事を聞いて、俺は内心でため息をついた。どうやら、動けるのはやはり、俺とあゆだけのようだ。
「でも、なんとか、しゃべれるようには、なってるみたいね」
香里の声に、多少は希望の光が見えたような気がした。どうやら、プレッシャーは、少しは弱くなっているようだ。
「ようし、あゆ! えんぜるうぐぅに変身だっ!」
「そんなことできないよっ! 祐一くん無茶苦茶言わないでっ!」
「くそ、どうすれば……」
「祐一さんっ!」
佐祐理さんの声が聞こえた。
「舞を、助けてくださいっ!」
「そうか!」
俺は、一つ深呼吸をして、舞の方に視線を向けた。
社の手前、死人達の群の向こう。ここからの距離は……およそ30メートル。
「……あゆ、俺は今からあいつらの囲みを突破して、舞達を助けに行く。その間、名雪達を頼むぞ」
「うっ、うん。ボク、みんなを護るから」
こくこくと頷くと、あゆは死人達に視線を向けた。
「……うぐぅ、やっぱり怖いよ……。でも、ボクがやらないといけないんだよね」
自分に言い聞かせるように呟いて、ぎゅっと拳を握るあゆ。
俺はその頭をもう一度ぽんと叩くと、ダッシュした。先頭から来る死人を蹴飛ばして倒し、ついでに起きあがりかけていた奴を踏みつけてもう一度倒す。そして、身体を低くして、前を塞ぐようにしている死人達に、肩からタックルしていった。
「うぉぉぉぉっ!!」
……結果的に言えば、死人の囲みはあっさりと突破できた。もっとも、肉体的なダメージよりも精神的なダメージが深かったが。
その情景描写を詳しくしてもいいのだが、あゆでなくてもあまり気持ちいいものではないので省略だ。
どうにかこうにか、俺は舞の縛り付けられている柱にたどり着いた。そして、舞の身体に手を掛けて揺さぶった。
「舞っ、しっかりしろ、舞っ!!」
「……う、うん……」
微かにうめき声を上げるが、舞は目を閉じたままだった。
くそっ、どうすれば……。
そのとき、昨日スーパーサイヤ人モードになった舞を、キスをして正気に戻したのを思い出したのだが、さすがに名雪の目の前なので躊躇してしまう。
「うぐぅっ、来ないでっ!!」
背後からあゆの悲鳴が聞こえて、俺ははっとした。
そうだ、ためらってる場合じゃない。やれることは全部やらなければ。
俺は、そのままそっと舞と唇を合わせた。
「ゆっ、祐一っ! なにしてるのっ!?」
「そっ、そんなコトするの嫌いですっ!」
背後から名雪と栞の非難の声が聞こえたが、とりあえず無視。
と、舞の手がピクリと動いた。
お、効果ありか?
俺は唇を離して、肩を掴んで揺さぶった。
「舞っ! 起きろっ! 佐祐理さんと牛丼が危ないんだぞっ!!」
このままだと牛丼を食べる約束が反故になりそうなのだから、嘘は言ってない。
俺の渾身の叫びに、舞はゆっくりと目を開けた。
「……牛丼……嫌いじゃない」
「舞っ!!」
「……祐一……相当に嫌いじゃない」
まだぽやーんとしている様子の舞の頬を、軽くぺちぺちと叩く。
「舞、起きろっ!!」
「きゃぁっ!」
佐祐理さんの悲鳴が聞こえて、俺は慌てて振り返った。
いつの間にか、みんなの背後から出てきた死人が、一番後ろにいた佐祐理さんを羽交い締めにするようにのしかかっていた。
「佐祐理さ……」
「佐祐理に、触るなぁっ!!」
ずばばばばばっ!!
俺の後ろから、ものすごい勢いで雪を吹き上げながら、何かが一直線に飛んでいったかと思うと、佐祐理さんにのしかかろうとしていた死人を、文字通り粉砕していた。
驚いて振り返ると、舞が、文字通り死人も震え上がりそうな形相をして、そこに立っていた。
縛られていた縄は、と思って見ると、こちらもバラバラになって下に落ちている。
そういえば、舞には手刀切りなんて技もあったっけ。
「佐祐理っ!!」
そのまま佐祐理さんに駆け寄っていく舞。緩慢な動きで、それを阻もうとする死人は、舞に触れることも出来ずに、文字通り左右に吹き飛ばされていく。多分、半ば無意識に“ちから”を使っているのだろう。
俺は、この間にと天野の所に駆け寄った。そして頬をぺちぺちと叩いてみる。
「天野っ、天野っ、起きろっ! 早く起きないと出番が無くなるぞっ!」
「……随分と酷なことを言いますね」
そう言いながら、天野は目を開けた。そしてもそもそと身体を動かそうとしてみてから、俺に言う。
「すみません、縄をほどいてもらえませんか?」
「いや、そう言われても、カッターすら持ってないんだけど……。あ、栞なら持ってるかもな。ちょっと待っててくれ」
俺は、みんなのところに駆け戻った。
まだみんなは身動き取れない様子だったが、舞がいるせいか、死人達は近づこうとはせずに遠巻きにうろうろとしているだけだった。
とりあえず、舞が戻ってきて一安心したようにその場に座り込んでしまっているあゆの頭をぽんと叩く。
「よくやったな、あゆあゆ」
「うぐぅ……、ボク、頑張ったよね……。だから、もうゴールしてもいいよね……」
「すなっ!」
あゆの頭を掴んで思い切りシェイクしてやってから、俺は栞に訊ねた。
「で、カッターかなにか、とにかく切るものないか?」
「カッターは使わないことにしてるから、無いですけど……。あ、でも肥後の守ならありますけど……」
ポケットに手を入れようとして、栞は困った顔をした。
「ごめんなさい。まだ身体が動かせません……」
「ってことは、今は触り放題ってことかっ!?」
「相沢くん、栞に何かしたら、後で判ってるでしょうね?」
うぉ、このプレッシャーはっ!?
「もう、お姉ちゃんったら。せっかく既成事実を作ってもらえるチャンスだったのに……」
「冗談やってる場合じゃないでしょ!」
香里に怒られて、俺と栞は肩をすくめた。
「とにかく、右のポケットに入ってるんですけど……」
「それじゃ、ちょっと手を入れさせてもらうぞ」
そういえば、今まで色々とあったけど、栞のポケットに手を入れるのは初めてだった。
ちょっとドキドキしながらポケットに手を入れる。
と、あっさりと肥後の守が手に触れた。
「きゃっ、祐一さん、そんなとこダメですっ!」
「わ、誤解だっ! 何もしてないっ!」
慌てて手を引っこ抜きながら、俺は香里に向かって弁明していた。栞がぺろっと舌を出す。
「変なところを触られないうちに、手を抜いてもらいたかったんです」
「……あのな」
俺はため息混じりに、手にした肥後の守の刃を出した。
うん、切れ味良さそうだ。
「じゃ、天野と真琴を助けてくる」
「頑張ってね、祐一〜」
なんだかのんびりとした名雪の声援を受けて、俺は再び駆け出した。
だが。
「おかしいな、切れないぞ」
天野の身体を縛り付けている縄は、肥後の守でいくら切りつけても、藁一本切れなかった。
「どうやら、一種の封印のようになっているようですね」
俺が悪戦苦闘するのをじっとみていた天野が、ため息をついて、手を動かそうとする。が、ちょうど胸から腹の辺りにかけてぐるぐる巻きになっているので、動かせるのは手首から先だけだった。
「……破封の印が組めれば、この程度の封印は破れるのですが……」
「はふのいん?」
「……相沢さん、左手にその肥後の守を持って、それで私の右手と合わせてもらえますか?」
天野は、唐突に妙なことを言いだした。
「え?」
「お願いします」
「あ、ああ。えっと、こうか?」
ちょうど肥後の守を間に、手をぴたりと合わせる。
「それから、指の力を抜いてください」
「お、おう」
と、天野の右手の指が、俺の左手の指を挟むようにして動かし始める。
「天野、何を……」
「力を抜いてください」
もう一度言われて、俺はとりあえず指の力を抜いた。
しばらく指を挟み込んでうにょうにょと動かしてから、天野は目を閉じてブツブツと呟き始めた。
と、天野の手から、何か熱いものが流れ込んでくるような感じがして、俺は思わず声を上げた。
「天野っ、何を……」
「……相沢さん、もう一度やってみてください」
目を開けた天野がそう言ったので、俺は天野から手を離して、肥後の守を握り直した。そして、縄に当てる。
ブヅッ
さっきまであれほど切れなかった縄が、肥後の守の刃が触れた瞬間に、バラバラになって下に落ちた。
「な、なんだ?」
「肥後の守に呪力を少し移したんです。少しの間ですが、破魔の力を宿している、というわけです」
……わかりやすく言えば、剣に魔法をかけたようなもんだな?
俺が納得している間に、柱から解放された天野は、ほっとしたように大きく息を付いて、両腕をぐるっと回した。それから、俺に軽く頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いや、元はと言えば俺のせいだし。それより、真琴も助けないと」
「はい」
こくりと頷くと、天野は俺から肥後の守を受け取って、真琴の所に駆け寄った。
「真琴っ!」
「ダメっ!」
気を失ったままだと思っていた真琴が、いきなり目を開けて叫んだ。思わず立ち止まる天野。
「真琴……?」
「真琴は祐一に助けてもらうんだからっ! 美汐じゃダメようっ!」
ガガーン
その場に固まる天野。
俺は苦笑した。
「気絶した振りして、あわよくばキスしてもらおうと思ってたのか?」
「えへへ〜」
にへらっと笑う真琴。
「いつから気が付いてたんだ?」
「うーんとね、舞がだーっと走っていった辺りから」
「つまり、最初っからずっと気が付いていた、と?」
俺が怖い顔をしてみせると、真琴は「あう〜っ」と身を竦めた。
「だ、だって、最近、祐一とこみゅにけーしょんしてないんだもん」
おお、今回はちゃんと合ってる。
少し感動したが、まぁそれはそれ。
「人を騙した罰だ。もうしばらくそうしてろ……と言いたいところだが、今は緊急事態だしな。さっさと天野に解いてもらえ」
「あう……。美汐、お願い〜」
真琴に声を掛けられて、固まっていた天野が復活した。
「はいはい。ちょっと待ってくださいね」
「……なんか言い方がおばさんくさいぞ、天野」
「失礼ですね。物腰が上品だって言ってください」
そう言いながら、天野は真琴を柱に縛り付けていた縄を、肥後の守で切断した。
「わぁい。祐一〜っ! っとっと」
俺の方にまっすぐ駆け寄って来かけた真琴が、くるっとUターンした。そして天野の手をきゅっと握る。
「美汐っ、ありがとねっ!」
「真琴……」
にっこり微笑む天野。真琴は再びUターンして、俺のところに駆け寄ってきた。
「えへへ〜、祐一っ!」
そう言って俺のジャケットの裾を掴む真琴。
なんとなくその頭を撫でてやりながら、俺は天野に声をかけた。
「天野、とりあえず、名雪達が動けないんだ。なんとかならないか?」
「動けない……ですか?」
天野も、名雪達の方に視線を向けた。
「ここに来た途端に動けなくなったんだ。なぜか、俺とあゆは動けるんだが……」
「魔物の放っている邪気のせいでしょう。普通の人間は、本能的に動けなくなりますから」
「……どういうことなんだ? 本能的に動けなくなるっていうのは」
「ヘビに睨まれたカエルというやつですよ。細胞の一つ一つに刻まれた、大古からの遺伝子が、動くなと命じるんです。こうなったら、普通の人間は動けませんよ」
「じゃ、俺やあゆはどうして……。いや、とりあえず謎解きは後にして、今は……」
「判ってます」
こくりと頷くと、天野は小走りに皆のところに駆け寄って行った。俺と真琴もその後を追う。
みんなのところに戻ると、天野は両手で印を組んで、呪文を唱えていた。
「〜〜〜〜〜っ!」
最後にぱっと大きく手を振ってから、天野は名雪達に訊ねた。
「これで動けるはずですが、どうですか?」
「あ、本当。動けるよ、祐一っ」
「本当です。すごいです、天野さん」
名雪と栞が声をあげる。
佐祐理さんは、舞に抱きついていた。
「ありがと、舞。護ってくれて」
「……佐祐理が無事だったから、よかった」
「うんうんっ」
笑顔で頷く佐祐理さん。
俺は、まだ周りをうろうろしている死人をぐるっと見回して、天野に声を掛けた。
「のんびりしてる場合じゃなさそうだな。これからどうする?」
「……秋子さんは、どちらに?」
ぐるっと見回して訊ねる天野。
俺は、秋子さんが残って死人が外に出るのを防いでいることを、手短に説明した。天野は一つ頷いた。
「なるほど。それでは、私達だけでやらないといけないですね」
「何をどうするんだ?」
肥後の守を栞に返しながら訊ねる俺に、天野はあっさりと答えた。
「魔物を封印するんです」
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