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「あ、祐一。どうだったの?」
Fortsetzung folgt
みんなの所に走って戻ってきた俺を出迎えたのは、名雪だった。
「名雪っ、みんなっ、天野が奴らと戦ってる! 早くっ」
息を切らしながらも、それだけを言い終えると、俺はそのまま、その場に膝を付いて座り込んでいた。
「祐一、大丈夫? 疲れてるみたいだよ?」
その俺の顔を覗き込むようにして尋ねる名雪を押しのけて、真琴が噛み付くように聞き返した。
「どういうことなのようっ! 美汐がどうしたのようっ!」
秋子さんが、その真琴の肩に手を置いて、言った。
「天野さんが危ないっていうことですよ」
「えっ?」
思わず秋子さんの方に視線を向けた真琴。
秋子さんは舞に声を掛けた。
「川澄さん、お願い出来るかしら?」
「……」
こくり、と頷くと、舞は雪を蹴って駆け出していた。
「あっ、待ってようっ!!」
その隣を、真琴が走っていく。
「まこさん、危ないから……」
「美汐が危ないんだったら、真琴が行くに決まってるでしょっ!」
「……そう」
そんな会話を交わしながら、並んで走っていく2人の姿が闇に消えていく。
「祐一くん、大丈夫?」
そう言いながら、あゆが座り込んでいる俺の背中をさすってくれた。
「ああ、悪いな、あゆ」
「それで、何がどうなったわけなの?」
香里に尋ねられて、俺はさっきの様子を話した。
「うぐぅっ! ボ、ボクは何も見てません聞いてませんっ!」
「大丈夫ですよ、あゆさん。怖いところは終わりましたから」
両手で耳を塞いでしゃがみ込んでいるあゆの背中をぽんぽんと叩いてなだめている栞。しかし、こうしてみるとどっちが年上かわからんなぁ。
「そんなことないもんっ」
「だから、耳を塞いだままで俺の考えを読むなっ」
「そんなことより、わたし達も天野さんを助けに行かないと!」
「でも、あたし達が行って何の役に立つっていうの?」
俺をせかそうとした名雪に、香里が至極もっともな意見を述べた。そして、くるっと辺りを見回して、言葉を続ける。
「どうやら、こっちから行くまでもなく、向こうから来てくれたみたいね」
「なっ?」
俺達の前にある茂みが、風もないのにがさがさと揺れていた。そして、いきなりそれを割って、死人が現れた。
「わぁぁっ!!」
ちょうどその正面にいたおかげでまともに向き合ってしまい、文字通り腰を抜かすあゆ。
そのあゆに手を伸ばした死人が、いきなり動きをぴたりと止めた。
「あゆちゃん、大丈夫?」
そう声をかけながら、あゆを引っ張り起こしたのは秋子さんだった。
「うぐぅ、秋子さん、秋子さぁん!」
半泣きになりながら、そのまま秋子さんにしがみつくあゆを、秋子さんは「あらあら」と微笑みながら、優しく抱きしめた。
「大丈夫ですよ、あゆちゃん」
「こっちからも来ましたよっ!」
栞が指さして声を上げる。
「でやぁぁっ!!」
北川が、木の枝を手にして、そいつに殴りかかった。あっさりとその木の枝は折れたが、死人もその場に倒れて動かなくなる。
半分になってしまった木の枝を手に、それでも北川は香里と栞を背後にかばって、さらに出てくる死人達に向かい合った。
「北川くんっ!?」
「へへっ、一度くらい、こういう見せ場があったっていいだろ?」
肩越しに、香里に向かって笑ってみせると、北川は怒鳴った。
「来やがれっ!」
……北川にばかり、いいとこ見せられないな。
俺も、その場に落ちていた木の枝を拾い上げた。そして、身構えようとしたとき。
「きゃぁっ!」
背後で悲鳴が上がった。慌てて振り返ると、さらに背後の薮から出てきた死人に、佐祐理さんが掴みかかられていた。
「佐祐理さんっ!」
「あ、大丈夫ですよ〜」
掴みかかられた手をひょいっとかわして、俺達のところに駆け寄ってくる佐祐理さん。
「ちょっと、びっくりしましたけど……、こう見えても佐祐理、運動神経悪くないですから」
ガッツポーズを取ってみせる佐祐理さんだが、流石に顔色は少し悪かった。
しかし……。
「あれ? 囲まれてるね〜」
口調はのんびりと、でも俺の横にピタリと寄り添うようにして、名雪が言った。
「どうしよう、祐一〜」
「孤立するのはまずいな。こうなったら、こいつらの囲みを突破して、天野達と合流した方が良さそうだ。……北川」
「おう」
俺の呼びかけに、北川は死人達を睨み付けながら応えた。
「俺と北川で、こいつらの囲みを破って、みんなを逃がすぞ」
「オッケー。……男は辛いなぁ、同志相沢」
にやりと笑って頷く北川。
「……意外と、余裕ありそうだな、北川」
「伊達にお前らと付き合っちゃいないって。非常識にはいい加減慣れた」
「それは、そうよね」
香里が腕組みして頷く。
「誰かさんが転入してきてから、非常識続きだものね」
……余り深く追求するのはやめておいた方がよさそうだった。
「よし、それじゃ行くぞっ!」
「はい、いってらっしゃい」
「……」
一瞬、「いってきます」と言いかけて、俺は慌てて振り返った。
朝の水瀬家で、みんなが学校に行くのを見送るように、秋子さんは微笑んでいた。
「お母さんっ?」
「祐一さん、名雪とあゆちゃんのこと、お願いしますね」
駆け寄った名雪と、まだしがみついていたあゆの頭を撫でて、秋子さんは俺に言った。
「秋子さん、どうしたんですか?」
「私は、ここに残らないといけないようですから」
「どうしてっ!?」
名雪が声を上げる。
「どうしてお母さんが、ここに残るのっ!?」
「そうだよ! 秋子さんが残るなら、ボクも残るっ!」
あゆも頷く。
秋子さんは、無言で辺りを見回した。
それにつられるように辺りを見回したあゆが「うぐぅっ」と悲鳴を上げる。
周囲には、他にも死人達がうろうろとしていたのだ。
さっき北川がどつき倒した奴も、再び起き上がっていた。あゆを襲いかけた奴だけは、どういうわけか止まったままだったが。
「このままでは、あれがどんどんと外に出てしまいますから」
外とは、つまり魔物の結界の外のことだろう。当然、人家があって、大勢の人がいる。そんなところにあれが出ていったら、とんでもないことになるだろう。俺達みたいに非常識慣れしてる人ばかりじゃないのだから。
でも……。
「それじゃ、秋子さんがあれを止めるって言うんですか?」
「それくらいのことなら出来ますから」
あっさりと答える秋子さん。
確かに、秋子さんならそれくらいのことは出来そうな気がする。
「それなら、わたしも……」
「名雪、あゆちゃん」
秋子さんは、2人の娘と視線を合わせた。そして、微笑む。
「私よりも、祐一さんのそばにいたいんでしょう?」
「……ずるいよ、お母さん。そんなこと言われたら、わたし、行かないといけないじゃない……」
「うぐぅ……」
俯く2人に、秋子さんはもう一度微笑んだ。
「大丈夫。終わったら、また一緒にお風呂に入りましょうね」
「……うん、そうだね、お母さん」
「……約束、だよ……」
2人は頷いて、俺のところに駆け寄ってきた。
「それじゃ、みんな……。いってらっしゃい」
「いってきます」
俺達は、雪の上に残っている舞達の足跡を追って、駆け出した。
正面に、死人が現れる。
「行くぞ、北川っ!」
「おうっ!」
正面を塞ぐように手を伸ばしてくる死人を、思い切り蹴飛ばす。
ぐしゃっ
嫌な感触が靴から伝わるが、そんなものより後ろの名雪達を護る方が優先だ。倒れた死人を踏みつけて、その後ろにいた奴に、木の枝を振り下ろす。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ど、どうやら、抜けた、か?」
俺と北川は、荒い息を付きながら、前方に目を凝らした。そして、お互いにぐっと親指を立てた。
「ふ、久し振りに高得点だな」
「おう。この後のボーナスステージが楽しみだ」
「何馬鹿なこと言ってるのよ」
後ろから香里の呆れたような声。
俺は振り返った。
「全員いるか? またあゆあゆがいない、なんてことはないよな?」
「大丈夫です、祐一さん。私がちゃんと手を引っ張ってましたから」
えへんと胸を張る栞と、その栞と手を繋いでいるあゆ。
「うぐぅ……、ボクっていったい……」
「全員ちゃんといるわよ」
ぐるりと見回して答える香里。
「さすが学級委員だな。仕切屋と呼んでやろう」
「変な名前で呼ばないでよね」
じろりと睨まれたので、俺は視線を前方に戻した。
舞と真琴の足跡が、木の間を縫うように、前に続いている。
「じっとしてたら、他のが出てくるかも知れない。すぐに出発するぞ!」
「そうね」
頷いて、香里は栞に尋ねた。
「栞、大丈夫?」
「もう、お姉ちゃん。私、もう身体は何ともないですっ!」
ぷぅっと膨れると、栞は俺の腕を取った。
「それに、何かあったら祐一さんが責任取ってくれますっ」
「おう、責任持ってカレーを食わせてやろう」
「そんなこと言う人嫌いですっ!」
「うぐぅ、ボクたい焼きが……」
「イチゴサンデー……」
「お前らには言ってないっ!」
「うぐぅ」
「祐一、嫌い〜」
「それよりも、早く行きましょう」
舞のことが心配らしく、珍しく佐祐理さんが急かした。
俺達は、やや速度を落として進み始めた。
「……確か、この茂みを抜けた先に、社があって……」
そう言いながら、俺は茂みをかき分けて、社の方を伺い、絶句した。
背後で、息を飲む気配。
大声が上がらないな、と思って振り返ると、名雪があゆの口を押さえていた。
ナイスだ、名雪。
しかし……。
俺はもう一度、社の方に向き直った。
社の回りを死人がぐるぐる回っているのは、前と同じだった。
ただ、それと違っているのは、社の前に3本の柱が立てられていることと、それに見慣れた3人が縛り付けられていることだった。
香里が俺の隣に来て、尋ねる。
「どうするの、相沢くん?」
「当然、助ける」
「そりゃそうでしょうけど、でもどうやってよ?」
「それは……」
「あの3人は、私たちよりもずっと強いですよね。ということは、その3人でもかなわないほど強い相手がいるっていうことになりますよね」
その香里の隣にしゃがみ込んだ栞が、頬に指を当てながら言った。
「今あそこにいる死人は、祐一さん達でも倒せたわけですから、それ以外にもっと強い敵がいるってことですね」
「あんまり楽しくないな、それ」
「でも、事実よ」
香里の言葉に、俺はため息をついて、もう一度3人の方を眺めた。
「3人とも、生きてるよな?」
「ちょっと待ってくださいね」
栞はポケットをごそごそと探ると、小さな黒いボタンのようなものを3つ出した。
「それって、例の盗聴器か?」
「はい。これを、これで……」
さらにポケットからエアガンを取り出すと、栞はその黒いボタンを弾代わりに込めて、狙いを付けた。
ぱしゅっ、ぱしゅっ、ぱしゅっ
微かな音がした。……ってことは、ガス銃?
続いて、イヤホンを耳に付ける栞。
「……まずは川澄先輩……。あ、心臓の音は聞こえますから、大丈夫です。生きてますね。……呼吸も正常、脈も正常、ですから、気を失ってるだけです、きっと」
後の2人も同じことを確認してから、栞はイヤホンを外した。
その間、周囲を伺っていた北川が言う。
「辺りには、死人以外はいないみたいだし、助けるなら今がチャンスじゃないのか?」
「でも、罠かもしれないわよ」
香里が言う。
俺は言った。
「俺が助けに行く。他のみんなは、俺に何かあったら……」
「ダメだよ、祐一」
あっさり名雪に遮られた。栞が頷く。
「ここまで来たら、一蓮托生ですよ」
「えっと、よくわからないけど、きっとそうだよ」
あゆも頷いた。
「佐祐理も、同じ意見ですよ」
佐祐理さんは、舞に視線を向けたままで答えた。
……やれやれ、だな。
俺はもう一度ため息をついて、それから立ち上がった。
「行くぞっ!」
だが。
茂みから飛び出した俺達は、その場でいきなり金縛りにあったように身動きが取れなくなった。
正面の社の中に、何かがいる。
その何かが放つ、強烈なプレッシャーとでも言うべきものが、俺達をその場に釘付けにしたのだった。
そして、社の回りをうろうろしていた死人達が、一斉にこちらに向かってきた。
動きが鈍いだけに、じりじりと迫ってこられると、結構精神的にくるものがある。
「く、くそっ!」
必死になって、俺は足を、手を動かそうとしたが、全然動かない。
「み、みんな、逃げろ……」
「だめだよ……、祐一……、わたし達も、動けない……よ……」
名雪の声が背後から聞こえた。
残ったメンツの中では、おそらく一番パワーがある名雪(こう見えても、陸上部の部長だ)が動けないとなると、誰も動くことが出来ないはずだった。
それどころか、声も出せないのだろう。
「ゆ、祐一くん! 名雪さん! 栞ちゃん! 香里さん! 佐祐理さん! うぐぅ、ど、どうしよう、どうしようっ」
一人慌ててるあゆの声。ちなみに名前を独り呼ばれ損なった北川が、俺の隣でだぁーと涙を流しているが当然無視である。
……って、ちょっと待て。
「あゆっ!」
「祐一くんっ!?」
俺の声に、あゆは慌てて駆け寄ってきた。そして俺の前に回り込むと、死人達の方を指さしておろおろと叫ぶ。
「ど、どうしようっ、ゾンビが来るよっ! 来るんだってばっ!」
どうして、あゆだけは動けるんだろう?
後ろから、名雪の声が聞こえた。
「あゆちゃん、だけでも、逃げて……」
「名雪さんっ! そ、そんなことできないよっ! こ、こうなったらっ!」
あゆは、死人達に向き直ると、大きく両手を広げる。
「ボクが……」
その膝ががくがくと震えているが、それでもあゆは、俺達を護ろうと必死になって叫んだ。
「ボクが、みんなを護るよっ!」
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あとがき
なんていうか、頭が夏ばてしてるらしくて、全然話が思い浮かばない状況になってます。
書かなくちゃいけないなとは思うんですが……。いわゆるスランプってやつでしょうか。
とりあえず、夏コミは3日とも行ってました。2日目と3日目は売り子でしたけど。
3日目はあわよくば買い物に行こうと思ってたんですが、あまりの人にスペースの近くをふらふらっと回っただけで、あとはお客さんの応対に追われてました。もしかしたら、私と顔を逢わせた人もいるかもしれませんね。
プールに行こう5 Episode 36 01/8/14 Up 01/08/16 Update