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「さささささっきボクのボクのせなっ背中っ!!」
Fortsetzung folgt
わたわたと両手を振り回すあゆ。
本当なら俺もびびりまくってしかるべき状況なのだが、あゆのあまりの慌てように、かえって落ち着いてしまう。
「あゆ、気にするな」
「だだだってってってっ!」
まだわたわたしているあゆの頭にぽんと手を乗せると、あゆは「うぐぅ」と言いながら、とりあえず落ち着いたようだった。
俺はそんなあゆの頭をぐしぐしと撫でてやりながら、辺りを見回した。
無論、とうにその姿は見えなくなっている。
しかし、このままじゃジリ貧だな……。
「……真琴、やつが見えたか?」
おそらくは、このメンバーでは一番そういう感覚に優れているだろう真琴に訊ねる。
真琴は、耳をピンと立てて答えた。
「今は近くにはいないけど、でもさっきあゆあゆをかすって行ったときに、姿はばっちり見たんだからっ!」
俺は頷き、天野に視線を向けて叫んだ。
「天野!」
「……」
天野は、無言で首を振った。それから、言う。
「すみません。手持ちの符も全て昨日使い果たしました」
つまり、相手の場所が判っても、攻撃する手段がない、ということか。
「……ますますジリ貧かよ」
思わず、天を仰いでため息をつく俺。
その時だった。
「来るよっ!!」
真琴が叫んだ。
「どこに!?」
「えっと……」
反射的に聞き返した俺に、口ごもった真琴は、指をつうっと走らせた。そして、びしっと指す。
「そこっ!」
「えっ?」
指を突きつけられたのは、佐祐理さんだった。きょとんとする佐祐理さん。
「佐祐理がどうかしたんですか?」
「佐祐理っ!」
舞がその前に飛び出していた。
次の瞬間。
ガツッ
鈍い音がしたかと思うと、舞の身体が宙に舞い、そして地面に叩きつけられた。
「……舞っ!!」
佐祐理さんが悲鳴を上げた。そして、地面に倒れている舞に駆け寄ると、その脇に屈み込む。
舞は、うっすらと目を開けて、微かな声で訊ねた。
「……佐祐理……、無事……?」
佐祐理さんは、その手をぎゅっと握りしめて、うんうんと頷いた。
「無事だよ。舞が、護ってくれたから……」
「良かった……」
舞は、にこりと微笑んだ。
「佐祐理……が、無事なら……、それで……」
「舞……?」
舞の手が、佐祐理さんの頬を撫でた。その手が、ぱたりと落ちる。
佐祐理さんが、声を上げた。
「……舞っ! しっかりしてっ、舞っ!」
俺は慌てて舞に駆け寄った。そして佐祐理さんとは反対側に屈み込んで、その身体を揺さぶる。
「舞っ、しっかりしろっ!」
「……祐一……」
舞は、うっすらと目を開けた。
「ありが……」
俺はその舞の口を塞いだ。
「馬鹿野郎。舞に礼なんて言われたくないぞ! まだまだ俺達はこれからなんだからなっ!」
「……一つだけ、約束……して欲しい……」
「なんだ?」
俺は舞の口元に耳を寄せた。
「……牛丼……食べにいきたい」
「ああ。俺と舞と佐祐理さんの3人で行こう」
「約束した」
むくりと起きあがる舞。
「……はい?」
思わず、目が点になる俺をよそに、佐祐理さんがぽんと手を叩いて喜ぶ。
「舞、元気になったんだね!」
「私は……魔物を狩る者だから」
その決めセリフに、舞は付け加えた。
「……佐祐理や、祐一や、みんなを護るために」
「祐一っ! また来たわようっ!」
後ろから、真琴の叫ぶ声。
「佐祐理と祐一は下がって」
そう言いながら、舞は立ち上がった。
「舞っ!」
思わず止めようとする俺の手を、佐祐理さんが押さえた。
「佐祐理さん?」
「大丈夫ですよ、祐一さん」
佐祐理さんは、にっこりと笑った。
「でも……」
「佐祐理は、舞を信じてます」
その佐祐理さんの、言葉通り舞を信じ切った表情に、俺は頷いた。
「……わかった」
でも、今の舞は、いつも手にしてきた剣が無い。そんな状況で、どうするのか……。
ボッ
舞の前の雪面が一瞬爆ぜた。
そして……。
舞も同時に、雪を蹴っていた。
「はぁぁぁぁぁっっ!!」
居合い切り。剣を納めた状態から抜き放ち、そして目標を切断する。
「やったぁっ!」
それを見ていた真琴が歓声を上げた。と同時に、舞の背後にある茂みに、何かが2つ突っ込んで、派手に雪を巻き上げた。
2つ? ……ってことは、あれを切断しちまったってことなのか?
俺は舞に視線を向けた。
剣を抜き放った姿勢のままだった舞が、それと同時に身体を起こして、俺達に視線を向けた。
「……斬った」
勿論、最初からその手に剣などはない。じゃ、どうやって斬ったんだろう?
「すごいすごい、舞!」
俺がそんなことを考えている間に、佐祐理さんが舞に駆け寄って、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、舞」
「……大したことじゃない」
照れたらしく、そっぽを向きながらぶっきらぼうに言う舞。
「……で、結局、今のはどういうことなんだ?」
「川澄先輩は、“ちから”で、剣を創り出したんですよ」
じっと舞を見つめていた天野が、ほうっと息を吐きながら、言った。
「“ちから”で?」
「はい。川澄先輩なら、出来るでしょう」
なるほど。舞の“ちから”で、剣を……か。
栞が、自分の服に付いた雪を払い落としてから、頬に指を当てて言った。
「でも、そんな“ちから”があるなら、直接その魔物を倒してしまえば良かったのに、どうして、いちいち剣を使ったんでしょう?」
「強いて説明を付けるなら……、そうですね、“ちから”を自分でわかりやすく使う為には、あえて形のあるものにしなければならなかった、ということではないでしょうか?」
「あ、なるほど。自分でイメージ出来るものでなくちゃいけないってことなんですね」
うんうんと頷く栞。
俺はあゆに訊ねた。
「あゆ、今の判ったか?」
「……うぐぅ」
「ちなみに、天野も栞も下級生だぞ、あゆ」
「……言わないでよぉ。ボク哀しくなっちゃうから……」
「祐一、あゆちゃんをいじめたらダメだよ」
名雪に口を挟まれて、俺は苦笑した。
「いや、そういう訳じゃないんだが」
「さて、と」
天野がおばさんくさいかけ声をかけながら、俺達を見回した。
「時間を取られてしまいましたね。それじゃ、そろそろ行きましょうか」
「ちょっと待って」
香里が言った。
「ここから先、あんなのがぞろぞろ出てくるのかしら?」
「……おそらく」
天野は頷いた。
腕組みして、香里は顔をしかめる。
「まいったわね……」
と、北川が香里の肩を叩いた。
「心配するな、美坂。お前は俺が護る!」
「北川くん?」
珍しく、かぁっと赤くなる香里。
「な、なに莫迦なこと言ってんのよ……」
「香里ったら、真っ赤だよ〜」
普段から俺とのことでからかわれている名雪が、ここぞとばかりにツッコミを入れると、香里はぷいっとそっぽを向いた。
「名雪まで、変なこと言わないでっ!」
と、栞がすすっと俺の脇に入り込んでくると、言った。
「祐一さん、私もあんな風に言われてみたいです」
「ああーーっ、なにしてんのようっ、しおしおっ!!」
即座に真琴が、さらにその間に割り込んでくる。
「もう、真琴ちゃんも栞ちゃんも、ケンカしたらダメだよっ」
「うるさいわようっ、あゆあゆっ」
「うぐぅ……。ボクお姉ちゃんなのに……」
あっさりと真琴に言い返されて、涙目になるあゆ。
なんていうか、緊迫してても、あっという間にいつもの雰囲気に戻ってしまうのは、こいつらの持ち味なんだろうな。
「はいはい、みんな」
パンッ、と秋子さんが手を叩いて、皆は静かになって注目する。
こういうところ、流石は秋子さんだな。
「それじゃ、そろそろ行きましょう」
「はーい」
……緊迫感があまりないのは変わらないけどな。
「……だからって、緊迫感があればいいってもんでもないんだけどなぁ……」
「何か?」
「いや」
天野は、じろっと俺を睨むと、視線を前に戻した。
俺と天野は、茂みの中に身を隠して、前の様子を窺っていた。
向こうに、小さな社が見える。そして、その回りを、人が歩き回っている。
「で、あの連中は?」
「おそらく、死人(しびと)です」
「……いわゆるゾンビみたいなもんか?」
「ええ。ここで殺された人たちの身体だけを、魔物が使っているのでしょうね」
あゆが見たら、一発で気絶だな。
そんなことを考えて気を紛らわせてないと、俺自身も叫び出しそうだった。
あの後、幸運なことに、他には何にも遭わないで、俺達は魔物が封じられていた場所の近くまで来ることが出来た。
だが、向こうにとってもウィークポイントとなるであろう場所を無防備のまま放置してあるということも考えにくい。
というわけで、俺と天野がまずは偵察に来た、というわけだ。
ちなみにこのメンツを決めたのは秋子さんである。でなければ、真琴や栞が自分もと言い出して、大騒ぎになっていたことだろう。あの2人も、さすがに秋子さんには逆らえないというわけだ。
「……相沢さん、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「いくら相沢さんでも、アレを見てはあまり平気ではないのではないかと思いまして……」
ちらっと死人に視線を向ける天野。
「そういう天野こそ、どうなんだ?」
「私は……、もう慣れてますから……」
それはそうなんだろうけど……。
「でも、天野は女の子だからな」
「……ありがとうございます」
天野は、微かに微笑んだ。そして、はっとしたように顔を逸らした。
「……どうした?」
訊ねる俺に、直接答えず、天野は呟いた。
「……戻りましょうか」
「お、おう」
頷いて、俺は後ろ向きに歩き出そうとした。
だが、その足が雪の深いところにはまってしまう。
「わわっ!」
思わず声を上げてしまった。反射的に口を押さえたが、もう遅い。
死人が一斉に俺達の方を向く。
「相沢さんっ!」
「す、すまん……」
「……仕方ありませんね」
天野は立ち上がった。
「とりあえず、私が防ぎますから、相沢さんは先に皆さんの所に戻ってください」
「防ぐって……」
「それくらいなら、まだ私にも出来ますから。さぁ、早く!」
「……すまん、頼む」
俺は駆け出した。
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あとがき
夏休みです。
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