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Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 34

「一言で言えば、進退窮まった状況です」
「……」
 天野の答えに、思わず沈黙する俺。
 代わって、香里が訊ねる。
「天野さん。さっき、相沢くんが起きたら、ちゃんと説明するって言ってたわよね?」
「はい。相沢さんが起きてからもう一度説明し直すのは、二度手間ですから」
 相変わらずおばさんくさいことを言う天野。
「ええ、そうね。だったら、相沢くんが起きたところで、どういうことになってるのか、ちゃんと説明して欲しいんだけど」
 香里は腕組みをしながら言った。ちなみに、香里が腕組みをしたということは、いらいらし始めたことを示すので、要注意である。
「うぐぅ……、そうだったんだ。ボク知らなかったよ……」
「……だから、俺の考えを読むなって……」
「だって……」
「そこ、うるさいわよ」
 香里がじろりと俺とあゆを睨む。
「……すみません」
「うぐぅ、ごめんなさい……」
 とりあえず謝る俺とあゆ。
 香里は、天野に視線を戻した。
「……魔物の封印が、夜のうちに完全に解けてしまったようです」
 天野は、ちらっと視線を窓の外に向けた。そこには“闇”が広がっている。
「この“闇”は、間違いなく、この旅館を含めてこの辺りがすべて魔物による結界に取り込まれてしまった結果です……。どうやら、うちの人は間に合わなかったようですね。すみません」
「封印が解けた……って、どういうことなのよ?」
「かつて、この地に封印されていた魔物の、その封印が解けてしまった。それも、予想よりもずっと早く、ということです。もう少し……、せめて、うちの人が来るまでは保つと思っていたのですが……」
 天野は、悔しそうに唇を噛んだ。
「その結果、どうなるのかって、あたしは聞いてるのよ」
 うぉ、香里の瞳がオレンジ色にっ!
 その威力を知っている俺達は、思わず一歩下がる。
 しかし、こりゃ香里のやつ、相当にかりかりしてるな。あの日か?
「うぐぅ……、祐一くん、えっちだよ……」
「だから読むなって」
 そんな中、天野は動じる様子もなく頭を下げた。
「すみません。その魔物がどのようなものなのか、はっきりしたことは私も知らないのです。ただ、この日本でも十指に入る強大な力を持つ魔物であることは確かです」
「マジ?」
 思わず呟いた俺に、天野は向き直って頷いた。
「はい。確か、数百年前に封じるときにも、大勢の退魔師が生命を落としたとか聞いたことがあります……」
「それじゃ、倒すのは、難しそうね」
 秋子さんが「困ったわね」と頬に手を当ててため息をついた。と言っても、いつもの、夕ご飯のメニューが決まらないで困っている様子とあまり変わらないのが秋子さんらしい。
「とすると、もう一度封印し直すのが簡単なのかしら?」
「……どちらも難しいとは思いますが、倒すよりは封印する方がまだ簡単ではないかと……。ですが、今の私だけでは、再封印も出来ないと思います……」
 天野は考えながら答えた。
「それじゃ、外からの助けを待つしかないわけね?」
 とりあえず、目を元の色に戻した香里が、組んでいた腕を解いて訊ねた。
 天野は首を振った。
「いえ。さっき部屋から出た時に、ちょっと様子を探ってみましたが、ここに結界が張られていることは、魔物も気付いているようです。今の魔物の力で攻撃を掛けられては、この程度の結界はひとたまりもありません」
「……怖いことを言ってくれるわね」
 顔をしかめる香里。
 済まなさそうに付け加える天野。
「そして、十中八九、助けが来る前に、魔物はこの結界に攻撃を仕掛けるでしょう。もちろん、私は、全力で皆さんをお護りするつもりですけれど……」
 そこで、天野は口ごもった。
 そういえば、そんなそぶりを全然見せないので忘れかけていたが、天野は昨日の朝のときに、結構怪我してたんだよな。
 普通に動くくらいなら問題なさそうだが、強力な魔物と戦うともなると、万全じゃないのはきついだろう。
 と、考え込んでいた天野が、不意に顔を上げた。
「あの方法なら……」
「何か方法があるのか?」
 いい方法を思いついたにしては冴えない表情をしているのが気にはなったが、訊ねてみた。
 天野は、こくりと頷いた。
「たった一つだけ、助けが来るまでの時間を稼ぐ方法がありますけれど……」
「時間を稼ぐ方法?」
「はい……」
 もう一度頷いて、天野は俺達をぐるりと見回した。
「……?」
 妙に間が空いたので、皆きょとんとした顔をする。
「どうした、天野?」
「……いえ」
 首を振って、天野はドアに歩み寄ると、ノブに手をかけて開けた。
「美汐?」
 真琴の声に、一瞬振り返り、微かに微笑むと、天野は外に出ていった。
 パタン
「美汐っ!?」
 真琴がドアに飛びつき、ノブをがちゃがちゃと回した。だが、鍵を掛けたような様子もないのに、ドアは開かなかった。
 真琴は、ドアをどんどんと叩いて叫んだ。
「ちょっとっ! 美汐っ! 開けてようっ!!」
「私が時間を稼いできます。時間さえ稼げば、うちの人達も来てくれるはずですし。……なにより、これ以上、皆さんを危険な目に遭わせるわけにはいきません」
 そう言ってから、天野は付け加えた。
「私にだって、本職のプライドがありますから」
「天野……さん?」
 栞が声をかけた。
「どうしたんですか、急に……?」
 天野は、それには答えず、閉ざされたドアの向こうから言った。
「……秋子さん、お願いします。このドアは開けないでください……」
「……」
 無言の秋子さん。
「うぐぅ。ボクも……」
 何か言いかけたあゆを遮るよう、天野は言った。
「それでは、善は急げ、と言いますから。……相沢さん、真琴と仲良くしてあげてくださいね」
 軽い足音が小さくなり、聞こえなくなる。
「美汐っ!!」
 真琴は叫びながら、もう一度ノブをがちゃがちゃと回した。だが、やはりドアは開かなかった。
「祐一ぃっ! 美汐が一人で行っちゃうっ!!」
「どけ、真琴っ!」
 俺は叫ぶと、そのまま助走を付けて、ドアに体当たりした。
 ドシィッ
「……つーーーっ」
 ドアの前でしゃがみ込み、肩を押さえて呻く俺。
 ただの合板で出来た安っぽい造りのドアが、まるで鋼鉄で出来てるかのように、俺の体当たりを跳ね返したのだ。
「だ、大丈夫ですか、祐一さん?」
 慌てて駆け寄ってくると、栞は俺の浴衣の肩の辺りをはぐった。
「わ、えっち」
「そんなこと言う人嫌いですっ。あ、やっぱりあざになってます。ちょっと待ってくださいね」
 栞はポケットから湿布を取り出すと、フィルムを剥がして俺の肩に貼った。
「とりあえずは、治療終わりです」
「サンキュ、栞」
 浴衣の襟を直すと、俺はもう一度ドアを叩いてみた。
「硬てぇ。何をしやがったんだ、天野の奴」
「祐一っ、何とかしてようっ! 美汐が、美汐がっ……」
 そんな俺にすがりついてわめく真琴。
「でも、ドアも開かないのにどうすれば……」
 と、今まで黙っていた秋子さんが立ち上がると、歩み寄ってきた。
「秋子さん?」
 秋子さんは、俺の前に屈み込むと、訊ねた。
「祐一さん。このドアを開けるということは、名雪や、他のみんなも危険にさらすことになるんですよ。それに、このドアを閉めて行った天野さんの心遣いも無にすることになるんです。それでも、ドアを開けたいんですか?」
「……」
「祐一」
 思わず黙り込んだ俺に声を掛けたのは、名雪だった。
「……名雪?」
 顔を上げた俺に、名雪は笑顔で言った。
「昨日と同じ、だよ」
「……そうだったな」
 俺は頷いた。そして、秋子さんに向き直った。
「すみません。でも、俺は、天野だけを犠牲にして俺達が助かっても、そんなの意味がないと思うんです。助かるなら、みんなが助からないとダメなんですよ」
「ちょっと待ちなさいよ。相沢くんはそれでいいかもしれないけど、あたし達はどうなるのよ」
 香里が口を挟んだ。
「あたしはともかく、栞が危ない目に遭うかもしれないのなら、あたしは反対よ」
「そんなこと言うお姉ちゃんは嫌いですっ」
 栞はすっと立ち上がった。
「私は、祐一さんの言うとおりだと思います。お姉ちゃんの気持ちは嬉しいけど……。でも、やっぱりみんなで楽しく笑っていたいじゃないですか」
「……栞」
 姉妹はしばし見つめ合った。それから、香里は肩をすくめた。
「まったく、変に頑固なんだから。誰に似たんだか……」
「きっと、お姉ちゃんですよ」
 にっこり笑うと、栞は香里の隣に歩いていくと、そっと身体をもたれさせた。
 その肩を抱きながら、香里は俺に視線を向けて、頷いた。
 俺は、佐祐理さんと舞の方を見た。
「舞と佐祐理さんは?」
「佐祐理は、あまり難しいことはよく判らないですけど……。でも、判ってることが一つだけあります。佐祐理は舞を幸せにしてあげたいんです。ですから……」
 佐祐理さんは、にっこりと笑った。
「佐祐理は、祐一さんに賛成ですよ」
「……私も、佐祐理に賛成だから」
 舞が、いつものようにぼそっと言った。
「名雪と真琴は、昨日と同じだよな」
「うんっ」
「もちろんようっ!」
 元気よく答える名雪と真琴。
「ついでに、参考までに聞いておくが、北川は?」
「おおっ、友よ! 俺のことを忘れないでいてくれたんだなっ!」
 がしっと俺の手を握ると、北川はうんうんと頷いた。
「美汐ちゃんのような物静かな美少女を失うようなことになっては、我が千年王国の野望に傷が付く。無論、俺も賛成だぞ、同志相沢スキー」
「北川くん、あたしにも是非、その千年王国とやらのお話しを聞かせてくれないかしら?」
 ズゴゴゴゴ、とバックに擬音が付きそうな勢いで、香里が北川に尋ねた。
「わわっ! 聞いていたのか香里っ! ま、待て、早まるなっ!! 話せば判るっ!」
「……さらばだ北川」
 とりあえず北川の事は爽やかに見捨てて、俺は秋子さんに言った。
「これで全員の意見を聞いたわけで……」
 ぐいぐいっ
「うぐぅ。ボク、聞かれてないよぉ……」
 あゆが俺の袖を掴んで引っ張っていた。
「ひどいよぉ、祐一くん……。いくらボクが可哀想なヒロインだからって……」
「……お前、まだこだわってたのか?」
「こだわるよっ!!」
「胸の大きさとどっちが問題だ?」
「胸」
 きっぱり答えてから、はっと気付いて赤面するあゆ。
「うぐぅ……。気にしてないもん……」
「嘘付け。で、あゆはどうなんだ?」
「絶対おっきくなるもん」
「違うっ! 胸じゃなくて、天野を追いかけるかどうかだっ!」
「あ……」
 かぁっと赤くなると、あゆは慌てて答えた。
「もちろん追っかけるよっ! だって、天野さんのこと、ボク、好きだもん」
「真琴は、大好きなのようっ!」
 何故かあゆに対抗すると、真琴は俺の腕にしがみついて、秋子さんに視線を向けた。
「美汐は、とっても大事な人なんだからっ」
「了承」
 秋子さんは頷いた。そして、立ち上がると、ドアノブに手をかけた。
 固く閉ざされていたドアは、いともあっけなく開いた。
 そのドアの向こうにある廊下は、まだ昼前だというのに、夜のように暗かった。
 天野の言う、魔物の結界とやらの効果なのだろう。
 俺は大きく深呼吸して、気を引き締めると、叫んだ。
「よし、天野を追いかけるぞっ!」
「おーーっ!!」
 みんなが声を上げ、俺達は部屋から出た。

「あっ、見〜つけたぁっ! 美汐ーーーっ!!」
 真琴の声に、振り返った天野は、驚いたように振り返った。そして、ため息混じりに俯いて、呟く。
「……まったく」
 旅館を出たところで、俺達は天野に追いついたのだった。
「どうした、天野? 腹でも痛いのか?」
 わざと冗談ぽく言う俺に、天野は顔をあげて答えた。
「昨日といい、本当に相沢さんには呆れます」
「まぁ、それが俺の持ち味だからな。ところで、ちょっといいか?」
 俺は天野の肩を掴んでこっちを向かせた。
「なんで……」
 ピシャッ
 何か言いかけた天野の顔を、両手で挟むように軽く叩いた。そして、顔を挟んだままで言う。
「天野。一人で行くなんて、無茶するなよ」
「ですが……」
「それで天野に万一のことがあってみろ。置いて行かれる者の苦しみは、天野が一番よく判ってるんじゃないのか?」
「……!」
 俺の言葉に、天野ははっと目を見開いた。
「相沢……さん」
「ああ」
 俺は頷いて、天野から手を離した。
「俺が言いたいのは、それだけだ」
「……ごめんなさい」
 天野は、俺達に頭を下げた。
「判れば、よし。な、みんな」
「そうね。それよりも、これからどうするか、の方が先よ」
 香里がいいタイミングで口を挟んだ。天野は頷いた。
「今から部屋に戻るのは逆に危険でしょうから……。私は、魔物が封じられていた場所に行こうと思います。そこに、封印するための手がかりが必ず残っているはずですから」
「なるほど」
 頷く俺に、天野は言った。
「相沢さん。それに皆さん。正直、私の力では、皆さんをお護りすることは出来ないでしょう。ですから……」
 そう言いかけ、天野は振り返った。
 次の瞬間、天野の小柄な身体が、文字通り吹き飛ばされていた。

「美汐っ!!」
 一番早くそれに反応したのは真琴だった。耳と尻尾をぶわっと出したかと思うと、文字通り旅館の壁を駆け上り、そして壁を蹴って空中で天野の身体を受け止める。
 ……までは良かったが、そのまま地面に落っこちる辺りが真琴らしい。
「うぐぅっ!!」
「あいたたた。美汐っ、大丈夫?」
「……はい」
 背中をさすりながら、天野は身体を起こした。
 俺は3人のところに駆け寄って、まず天野を、それから真琴を引っ張り起こした。
「よし、よくやったぞ、真琴」
「えへへ〜。もっと褒めてっ」
「うぐぅ……」
 足下から呻き声が聞こえた。
「……あゆ、お前のことも、褒めた方がいいか?」
「うぐぅ……。なんだかもっと惨めになりそうだからいい……」
 たまたま真琴の落下点にいて、そのまま下敷きになっていたあゆは、そう言いながら俺に手を伸ばした。
「……どうした、あゆ?」
「うぐぅ……」
「祐一、あゆちゃんいじめたらダメだよ」
 名雪が口を挟んだので、俺は肩をすくめてあゆを引っ張り起こしてやった。
「あゆあゆっ」
 そんなあゆに、真琴が声をかけた。
「なっ、なに?」
 いつもの展開から、反射的に身構えるあゆに、真琴は、しばらく「あう〜っ」とうなっていたが、唐突にぶんっと頭を下げた。
「ありがとっ」
「……うぐ?」
「そ、それだけようっ!」
 また、ぶんっと頭を上げると、偉そうにそう言う真琴を、秋子さんと名雪はにこにこして見ていた。
 あゆも、礼を言われたことに気付くと、嬉しそうに笑った。
「どういたしまして、真琴ちゃん」
「……それより天野。さっきのは一発芸か?」
「相沢さん、言うに事欠いて、それはあまりに酷でしょう」
 辺りに視線を配りながら言う天野。どうやら、あれだけ派手に飛ばされた割には、ダメージはそれほど無かったようである。
「それじゃ、さっきのは、例の魔物とかいう奴の仕業ってこと?」
 そう訊ねながら、香里はさりげなく栞を背後にかばっていた。
「栞ちゃん、大丈夫だよ。未来の兄として、ちゃんと君のことは守ってみせるからねっ」
 どこから現れたのか、その栞の手をぎゅっと握って言う北川。
「あははっ、ええっと、北川さん……」
「潤兄さんって呼んでくれていいんだぞ、栞ちゃん。それで、どうしたんだい?」
「あの、私の心配をしてくれるよりも、ご自分の心配をした方がいいんじゃないかと……」
「へ? わわっ、待て美坂っ!」
「うふふっ、そんなに怯えることないのよ、北川くん」
 顔を上げた北川の目に映った香里がどんな顔をしていたかは、まぁご想像にお任せするとしよう。
 栞は、そんな修羅場をよそに、小声で呟いた。
「それに、北川さんに心配してもらわなくても、私のことは、ちゃんと祐一さんが心配してくれますから」
「あーっ、どさくさ紛れにわけわかんないこと言わないでようっ! 祐一は真琴のことを心配してくれるんだからねっ!」
 だだっと俺に駆け寄ってきた真琴が、そのまま俺に抱きつきながら叫ぶ。
 それに栞が言い返そうとした時だった。
 栞の背後から、すごい勢いで飛んでくる“もの”が見えた。
「っ!!」
 俺はとっさに、栞に飛びつくようにして、そのまま雪の上に押し倒した。
「きゃぁ!」
 悲鳴を上げる栞と、まだ俺にしがみついたままだった真琴の3人で、雪の上に倒れ込む。
 そして、俺達の背後にあった旅館の壁に、ぼこっと大きな穴が開いた。
「……」
 悲鳴を止めて、じぃっとその穴を見てから、栞はぎゅっと俺にしがみついた。
「ゆ、祐一さん……」
「ああっ、しおしおっ! なにしてんのようっ!」
 すぐに真琴が声を上げる。
 俺はそれに構わずに、天野に声をかけた。
「天野、今の奴か!?」
「ええ」
 天野は、油断なく辺りを見回しながら頷いた。
「魔物の本体ではありませんが……、でも、かといって侮るわけにもいかないですね」
 間違いない。あれが、さっき天野を吹き飛ばした奴だ。
「……天野、あれ、一つだけか?」
「……おそらく」
 そんな会話を交わして、俺は唇を噛んだ。
 一つだけだとしても、俺にはそれを倒すすべがない。
「……動きが早すぎて、私にも、どうにもできません……。せめて、疾風丸があれば……」
 天野も、悔しそうに呟いた。ちなみに、疾風丸というのは、天野が退魔に使っている弓の銘だ。
 俺は、舞に視線を向けた。
「……ごめんなさい」
 うなだれる舞。
 そう。いつもの舞なら、剣を片手に前に進み出るところなのだが、その肝心の剣は、昨日折られてしまった。つまり、今の舞は丸腰なのだ。
 俺から見れば、舞は素手でも充分に強いと思うのだが、舞にとって剣は、単なる武器じゃない。自分の“強さ”そのものの象徴のようなところがあった。それを折られてしまったのは、俺なんかには想像も出来ないくらいにショックだったのだろう。
「いや、いいって」
 俺は肩をすくめて、辺りを見回した。
 相変わらず真っ暗なのだが、どういうわけか、名雪達や旅館の建物といった“もの”の形ははっきりと判る。ただ、その間にある空気が真っ暗に見えるのだ。
「なんだか、気持ち悪いね、祐一くん……」
 あゆが、俺のジャケットの袖を掴んで言った。
 この袖を掴むというのは、あゆが怖がっている時の癖みたいなもんだ。
「うぐぅ……」
「こういうところを見ると、あゆもそれなりに女の子らしいところがあるんだなと思う」
「祐一くん、そんなこと口に出して言わないでよっ」
「あれ?」
 どうやら、いつの間にか口に出してしゃべっていたらしい。
「そんなことはどうでもいいんだよっ! それよりも、祐一くん、ボクどうしたらいいんだろ……」
「別にどうにも……」
 言いかけて、あゆのダッフルコートを掴んで引っ張る。
「うぐぅっ!!」
 一瞬おいて、そのあゆの背中を掠めていく。あゆは慌てて俺にしがみついた。
「ゆゆゆゆ祐一くんっ! いまのいまのいまのっ!!」
「いいから落ち着け」
 そう言いながらも、これは困ったことになったな、と思わずにいられない俺だった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 
 プールに行こう5 Episode 34 01/7/23 Up 01/07/24 Update 01/07/25 Update 01/07/26 Update

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