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「な、名雪……」
Fortsetzung folgt
名前を呼びながら、湯の中を歩いて、俺は近づいていった。
「祐一……」
名雪は、一糸まとわぬ姿で、妖しい笑みを浮かべて、俺に手をさしのべている。
ゆっくりと手を伸ばし、その名雪の手を取ろうとした刹那だった。
祐一くんっ!!
あゆの悲鳴のような叫び声が聞こえたような気がして、俺ははっとした。
「なっ!?」
「どうしたの、祐一?」
名雪が訊ねる。
「ほら、私のところにおいでよ……」
そして大きく手を広げる。その弾みに胸が揺れて……って、あれ?
微かな違和感を感じて、俺は一歩下がった。
「名雪……なのか?」
「そうだよ、祐一」
微笑む名雪。
「私は名雪だよ?」
「……違う」
俺は首を振った。そして、もう一歩下がってから、びしっと指を突きつけた。
「お前は誰だっ! なんで名雪の姿をしてるっ!」
「祐一、何を言ってるんだよ。私は名雪だよ」
「違う、お前は名雪じゃないっ!! 断じて違うっ!!」
俺が叫ぶと同時に、不意に辺りが暗転した。
「なっ!?」
「……ち、祐一っ!!」
ぐらぐらと揺さぶられて、ゆっくりと目を開ける。
目に入ったのは、名雪の顔。
「……名雪……?」
「よかった。気が付いたんだね。……気が付かなかったら、わたし……」
ぐすっと涙ぐむ名雪。
俺は右腕を伸ばして、名雪を抱き寄せた。
「きゃっ! ゆ、祐一?」
「……しばらく、このままでいさせてくれ」
「……は、恥ずかしいよ。……だけど、祐一がそう言うんなら……」
そう言って、名雪は目を閉じて、俺の胸に頭を預けてくる。
間違いない。今度こそ、本当の名雪だ。
理由はないけど、そう言い切れる。
でも、さっきのはいったい……。
「こほん」
と、咳払いの声が聞こえた。
「お取り込みとは思いますが、そろそろよろしいでしょうか?」
「なんだ、天野か」
「……はい」
微妙な間をおいて答える天野……なんだが。
「天野、どうして後ろを向いてるんだ?」
「……ご自分の格好を見てから言ってください」
「……は?」
言われて見てみると、……全裸だった。
「きゃぁ、天野のえっち」
「誰がですかっ!!」
あ、珍しく天野が逆ギレ。
「相沢さんがなかなか男湯から戻っていらっしゃらないので、水瀬さんと一緒に見に来たら、ここでそんな格好で倒れていたんですっ!」
ちなみにこことは、男湯の洗い場である。
「……そうなのか、名雪?」
「うん、そうだよ」
こっちは見慣れているせいか、ちょっと赤くなっている程度の名雪。……いや、見慣れてるって言っても、別に変なプレイをしてた訳じゃないぞ。念のため。
「うーん、なんでまた……」
「いいから、早くそれをしまってくださいっ!」
まだ逆ギレ状態の天野が声を上げた。おお、後ろから見ていると、うなじのあたりまで真っ赤になってるのが判る。
まぁ、あんまり天野をからかっている場合でもないので、俺は辺りを見回した。そしてタオルが落ちているのを見つけて、拾い上げて腰に巻く。
「よし、これで見えないぞ天野」
「……本当ですか、水瀬先輩?」
「うん、大丈夫だよ、天野さん」
……なぜ名雪に確認する、天野?
ちょっとむっとしたので、天野が振り返った瞬間にタオルを外してみようかとも思ったが、あんまりセクハラなことをするのも可哀想になったし、第一話が進まないのでやめておく。
振り返った天野は、大きく深呼吸した。まだ顔が真っ赤だが。意外と純情なのかもしれない。
「……相沢さんは相変わらず失礼ですね」
「なっ!? も、もしかして天野も俺の考えが読めるのかっ!?」
「……やっぱり失礼なことを考えてたんですね」
うぉ、カマをかけられたのか。
「と、とにかく、だ。何があったのか説明してくれないか?」
訊ねると、天野はぐるりと男湯を見回した。
「……どうやら、もういないようですね。相沢さん、ちゃんと着替えて出てきてください。説明は、みんなと合流したほうがいいと思いますから」
そう言い残して、すたすたっと男湯から出ていく天野。
「祐一、大丈夫?」
名雪が心配そうに俺を覗き込む。
その姿に、さっきの全裸の名雪が被って、ドキッとする。
「だ、大丈夫だっ」
「そ、そう? それじゃ、わたしも出てるね」
声を上げた俺を怪訝そうに見て、名雪も男湯を出ていった。
しかし……。あのままだとやばいことになっていたような気はするが、同時にすごく惜しいことをしたような気もするのは、男のサガってやつでしょうか? まだ下半身はモーニング息子。状態だし。
しかし、天野が真っ赤になっていたのはこれを見たせいだと思うが、名雪があまり照れた風でなかったのは、何となく初々しさが薄れてきたかなぁ。でも、それはそれでえっちになってきたってことだから、これからはプレイにもバリエーションを……。って、さっきからそんなことばかり考えてるような気がしてきた。
さっさと着替えよう。
俺はため息をついてから、頭の中で四則演算をしながら脱衣場に向かった。
「相沢さんが一人になった隙を突いて、魔物が襲ったんです」
男湯の外で待っていた名雪と天野に連れられて、赤の間に戻ると、別行動になっていた香里と北川を含めて、みんなが部屋に集まっていた。まぁ、十畳敷きの部屋なので全員集まっても入れることは入れるのだが、11人集まると流石に手狭ではある。
「ごめんなさい。普通に襲ってくるなら判ると思っていたんですけど」
秋子さん(ちなみにまだ髪をアップにしている)に謝られて、俺は慌てて手を振った。
「いえ、そんな。それよりも天野、でも、魔物って言っても今までのとは違ったぞ」
「はい。たまたまなのか、魔物が方針を変えたのかまでは判りかねますが、相沢さんを襲った魔物は、精神的な攻撃をするタイプのようでした。ですから、私たちが相沢さんを見つけたとき、相沢さんは意識を失った状態だったわけです」
「……美汐、どうして顔が赤いの?」
唐突に真琴がツッコミを入れた。
「なっ! そ、そんなことないです!」
珍しく慌ててどもりながら答えると、天野は咳払いした。
「こほん。と、ともかく、この部屋に周囲には精神攻撃に対する結界を張りましたから、相沢さんのと同じ攻撃は通じなくなってます」
「それじゃ、安心っていうわけですね」
栞が頷く。
「でも、これからどうするんだ?」
北川が、時計を見ながら言った。
時刻は午後11時過ぎ。
「美坂の話だと、朝になるまで動けないってことらしいけどさ、それじゃ朝になるまでみんなでここでカンヅメになってないといけないってことか?」
「申し訳ありませんが、お願いします」
天野が丁寧に言った。
「もちろん、皆さんはお休みになってもらって結構です。朝までは私が見張っていますから」
「はいはーい! 真琴も見張ってるからっ!」
ぴっと手を上げる真琴。まぁ、元々狐は夜行性なので、半分狐の真琴も夜起きているのは別になんでもないらしい。
対照的に夜に弱い名雪はというと、この部屋に戻って秋子さんの顔を見た時点で安心したらしく、俺の隣でこくりこくりと舟を漕いでいる。
「こら、名雪。寝るなら布団で寝ろ」
「うう……、だって祐一が心配だよ……」
目をこすりながらそう言う名雪に、あゆが笑顔で言う。
「大丈夫。ボクが祐一くんのことは見てるから、名雪さんは寝ててもいいよっ」
「……うにゅ」
あゆの言葉に安心したのかどうか判らないが、一瞬で名雪は眠りの国に旅立ってしまっていた。
俺は、もたれかかってきた名雪を抱き上げると、布団の上に下ろした。
「すみません、祐一さん」
秋子さんが俺に礼を言いながら、名雪の上に掛け布団を掛ける。
「いえ……。さて、それじゃ俺も寝かせてもらうぞ」
「ええーーーっ!!」
何故か真琴が声を上げる。
「祐一も一緒に起きててくれるんじゃないのっ!!」
……そういう魂胆だったのか、まこぴーは。
「馬鹿なこと言わないでくださいっ。祐一さんは私と寝るんですっ」
俺よりも早く奮然と言う栞。……って、なんかどさくさ紛れにとんでもないこと言ってないか?
「あうーっ!」
「むむーっ!」
にらみ合う真琴と栞を無視して、俺は隅の布団に潜り込んだ。こういうとき、浴衣だと、いちいち寝間着に着替える手間が省けるので助かる。
「それじゃお休み」
「お休み」
俺は目を閉じて……、って、あれ?
隣の布団を見てみると、いつの間にか舞がそこに寝ていた。
「あれ? 舞、いつの間に?」
「最初から」
きっぱり答える舞。
「あはは〜。舞ったら、祐一さんが端っこの布団に入るって判ってたんだよね〜」
さらにその隣の布団からぴょんと顔を出して言う佐祐理さんに、舞は赤くなってチョップをすると、そのまま布団の中に潜ってしまった。
さすがの真琴と栞も、舞を押しのけるというわけにもいかないようで、恨めしそうにこっちを見ているが、何も言わなかった。
とりあえず、その後も小さな抗争があったり、香里と同じ布団に入ろうとした北川がぶっとばされたりしたものの、どうやら全員のポジションが決まったところで、秋子さんが声をかけた。
「それじゃ、電気を消しますね」
「はぁ〜い」
ほぼ全員の返事とともに、電気が消されて部屋が暗くなる。
女の子(北川除く)と一緒に同じ部屋で寝る羽目になったわけで、普通ならなかなか眠れないところなのだろうけれど、朝からいろいろあったおかげで身体の疲れも極大だったとみえ、俺はそのまますぅっと眠ってしまった。
「朝〜、朝だよ〜」
枕元から声がして、俺は反射的に目覚ましを叩いて止め……。
べしっ
「はうっ、祐一痛いよぉ〜」
「あれ?」
身体を起こしてみると、枕元で名雪が頭を押さえて涙目になっていた。
「はう〜〜、ひどいよ〜〜〜」
「……名雪、へっぽこ?」
「違うもん。それより大変なんだよ」
うーむ、普段の天然ぶりといい、名雪だって見事にへっぽこポンコツ幼なじみの称号に値すると思うんだがなぁ。
他の皆は部屋にはいないが、布団が乱れたままになっているということは、起きたばかりで、多分顔を洗いに行ってるんだろう。
部屋には結界を張ったから安全だって天野が言ってた。ということは、逆に言えば部屋を出ると危険だっていうことなんだろうけど、まぁ天野と秋子さんが一緒なのなら問題はないだろうし。
「で、何が大変なんだ?」
状況を把握してから聞き返した俺に、名雪は窓の外を指した。
外はまだ暗かった。
「あれ? まだ暗いうちに起きてるとは、名雪にしては早起きだな」
「違うよ。ほら」
今度は時計を指す名雪。
……10時?
「あれ? 夜の10時じゃないよな?」
「うん、朝だよ」
「……どういうことだ?」
俺は窓に近寄ると、外を見て絶句した。
「な、なんだっ!?」
外は、漆黒の闇だった。
全ての光が吸収されているような、正しく一寸先も見通せないような闇。
一瞬、窓に黒いビニールでも貼っているのかと思ったくらいの黒さだった。
と、ドアが開いて、みんなが入ってきた。
「あ、祐一っ、おはよっ!」
ぴょーんとジャンプ一番、俺に抱きつく真琴。
「あっ、真琴ちゃん、だめだきゃうっ!」
慌てて俺に駆け寄ってこようとしたあゆが、足下の布団に蹴躓いてそのままスライディングを敢行する。
「……あゆも、朝から元気だな」
「うぐぅ……」
「ま、それはどうでもいいとして……」
「よくないよっ!」
がばと起き上がるあゆ。
「でも、下が布団だから痛くは無かっただろ?」
「それはそうだけど……」
「そんなことはどうでもいいんですっ! とにかく、真琴さんっ! 祐一さんから離れてくださいっ」
その間に俺の隣に来た栞が、そう言って真琴を引っ張るが、真琴はしがみついて離れようとしない。
「あっかんべー、だ」
あまつさえ、栞にベロを出してる。
栞ははぁ、とため息をついた。
「仕方ないですね。それじゃぁ……」
「な、なにようっ!」
その口調にただならぬ雰囲気を感じた真琴が振り返るよりも早く、栞は真琴の耳にふっと息を吹きかけた。
「ふみゃぁぁっっ!」
効果覿面。
文字通り飛び上がると、真琴は俺を挟んで栞と反対側に逃げた。それから、俺を盾代わりにして、声を上げる。
「なななななにするのようっ!」
「あはっ、やっぱり効果あるんですね」
ぽんと手を打って笑う栞。
なるほど。今度真琴がだだをこねたら、俺もやってみよう。
「うーっ、い、今に見てなさいようっ! 学会に復讐してやるんだからねっ!」
そう叫ぶと、真琴は天野のところに走っていった。どうやら撤退したということらしい。
ま、それはそれとして、と。
俺はかがみ込んで、布団に突っ伏したままうぐうぐしているあゆに声をかけた。
「あゆ、生きてるか?」
「うぐぅ……、どうせボクは、どうでもいいんだよね……」
どうやら、栞に「そんなことはどうでもいい」と言われたのが堪えたらしい。
「やれやれ、しょうがないなぁ。ほら、掴まれ」
手を差し出して、あゆを引っ張り起こすと、俺は真琴をなだめていた天野に声を掛けた。
「で、一体どういう状況なんだ、今は?」
「一言で言えば、進退窮まった状況です」
天野は、実にあっさりと、とんでもない返答をした。
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あとがき
なんか激しい誤解を受けてしまったようなので書いておきますが、月姫のSSもみずいろのSSも書くなんてひとっことも言ってません。てゆうか、たまにはSSのことを考えないでゲームさせてください(苦笑)
ちなみに、シエル先輩のグッドとトゥルー完了。次に秋葉ルートに入っています。
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