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Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 32

「祐一くんっ、ちょっと待ってよっ」
 部屋から出ようとした俺に声をかけたのはあゆだった。
「どうした咲耶?」
「うぐぅ……、声優ネタはやめようよ……」
「そうですよっ。私なんて大変な事になるじゃないですかっ」
 何故か栞が声を上げたので、俺は肩をすくめた。
「まぁ、それはそれとして、どうしたあゆあゆ?」
「あゆあゆじゃないよぅ……」
 落ち込むあゆあゆことあゆ。
「じゃなくって!」
 あ、復活した。
「祐一くん一人だと危ないよっ」
「……俺にはどちらかといえばあゆが一人に見えるが」
「えっ?」
 慌てて部屋を見回してから、あゆは俺の方に視線を向けて、目を丸くした。
「あ、あれ? みんな、いつの間に……」
 俺の隣には、栞と舞、佐祐理さんがいた。つまり、部屋に残っているのはあゆだけである。
「うにゅ……。ピーマンだって食べられるよ……」
 訂正。夢の国に旅立った名雪もいた。
「それじゃさらばあゆあゆ」
「うぐぅっ、ま、まってようっ! あっ」
 慌ててこっちに駆け寄って来ようとして、寝ている名雪の身体に躓くあゆ。
 結果、名雪の身体の上にそのまま倒れ込んだ。
「うぐぅ……」
「うにょ……」
 あゆの悲痛な声と、名雪ののんびりした声が聞こえてくる。
「あらら〜。大丈夫でしょうか?」
「あゆと名雪だから大丈夫」
 佐祐理さんに答えると、栞が苦笑する。
「なんとなく説得力があるような無いような……」
「ぜんっぜんないよっ!」
 がばっと顔を起こすあゆ。
 と、そのあゆに名雪が腕を回してぎゅーっと抱きしめた。
「うぐぅっ!?」
「ねこさん……、つかまえた〜〜」
 そのまますりすりを始める名雪。
「うぐっ、な、名雪さんっ、くすぐったいよぉっ……。わ、そ、そこはだめぇっ!」
「……ねこさん」
 おお、名雪の絶妙な指使いがあゆを責めているっ!
「うぐぅっ!! だ、だめっ、そこだけはだめっ!!」
「……祐一さん、そろそろ助けてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「いや、この際だから少しくらい快感に目覚めたほうがあゆも、女の子として、こう、ブレイクするんじゃないかと……」
「ブレイクしなくてもいいんですっ! もういいですっ」
 何故か奮然として言うと、栞があゆを救出しに行ってしまった。
「むぅ、残念」
「あはは〜、祐一さん、えっちですねぇ〜。ね、舞?」
「……」
 うわ、舞と佐祐理さんもいたんだったっ!
 慌てて振り返ると、いつも通りに笑顔の佐祐理さんと、何故か赤面して俯いている舞だった。
「でも、そんな祐一さん、佐祐理は嫌いになっちゃいますよ〜」
 いつも通りの笑顔のままで怖いことを言う佐祐理さん。
 俺は慌てて平身低頭した。
「すまん、出来心というか男の本能というか……」
「佐祐理に謝るよりも舞に謝ってくださいね〜」
「は、はいぃ」
 秋子さんが怒るのを見たこともほとんど無いが、それにもまして佐祐理さんが怒るのはまったく見たことがない。だが、怒ったら、多分こんな感じなんだろうなと判った。
「舞、すまん。俺が浅はかだった」
「……知らない」
 ぷいっとそっぽを向く舞。
「舞〜」
「うぐぅ……、ひどいよ祐一くん……」
 後ろから、今度は息も絶え絶えなあゆの声がした。
 俺は振り返って、涙目になっているあゆの頭にぽんと手を置いた。
「何を言うあゆ。今のは快感によって女性ホルモンの分泌を促すことで、少しでもあゆが成長するようにという……」
「そ、そうだったの?」
 驚いた顔で聞き返すあゆ。
「うぐぅ……、そうだったんだ……」
「あゆさん、あっさり騙されないでくださいっ」
 栞がその肩を掴んでぐらぐらと揺さぶる。
「うっ、うぐぅっ、で、でもっ……」
「第一、気持ち良くなるだけで胸がおっきくなるなら、私なんてとっくにおっきくなってますっ!」
「そ、そうなの? ……うぐぅ、知らなかったよ……」
 ……一瞬、栞のその言葉を追求してみたくなったが、これ以上紛糾すると、話が全然進まないので断念する。
「とにかく、秋子さん達のところにいくぞ」
「でも、全員で行くと、名雪さんが一人になっちゃいますよ」
 佐祐理さんが指摘して、俺は唸った。
 確かに、今の状況で名雪を一人残していくのは危険だ。
「しょうがない。俺が背負って行く」
 俺は部屋に戻ると、名雪を抱き上げた。
「う、重い……」
 ばきぃっ
「うにゅ……、祐一きらい……」
 ……今のは寝言だよな……?
 俺は、頬の痛みを感じながら、すやすやと眠る名雪を覗き込んだ。うん、確かに寝てる。
「祐一さん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな。とにかく行くぞ」
 心配そうに顔を覗き込む栞に答えてから、俺は歩き出した。

 階段を下りて露天風呂の前まで来て、俺は息を飲んだ。
 扉が破壊されて、ただの木片となって廊下に転がっていたからだ。
「こ、これは……」
 ばっしゃぁぁあん
 中から激しい水音が聞こえた。
「よし、行くぞっ!!」
 俺は名雪をその場に下ろして、そのまま風呂場に突入しようと……。
「待って」
 ぐいっと襟を後ろから掴まれて、息が詰まった。
「ぐはっ、な、なんですか舞さん?」
「ここは女湯」
「そりゃそうだけど、でもそんな場合じゃないだろっ」
「私が行くから」
 そう言い残して、舞は俺を残して風呂場に飛び込んでいった。
「ちょっと待て、俺も……」
「祐一さんはダメですっ」
「うぐぅ、やっぱりよくないと思うよ……」
 左右から言われて、言い返そうとしたその時。
 ドバァァァッ
 いきなり風呂場の方から噴き出してきた湯に、俺達はそのまま飲み込まれていた。

「……ぐっ、げほげほげほっ」
 咳き込んで、俺は目を開けた。
 のっぺりと曇った夜空が見える。
「……って、みんなはっ!?」
 跳ね起きると、身体から湯気が上がっているのに気付いた。どうやら湯を被ったらしい。
 辺りを見回して、栞とあゆと名雪と佐祐理さんが倒れていることを確認して、とりあえずは佐祐理さんの脇にかがみ込んで、抱き起こす。
「佐祐理さんっ、しっかりしろっ! うむ、意識が無いときは人工呼吸しかないか?」
「……うぐぅ……」
「そんなこと言う人は嫌いですっ」
「……やっぱり気付いていたのか貧乳コンビ」
 ばきっ
 どかっ
「……うぐぅ、少しはあるもん」
「そんなこと言う祐一さんは、人類の敵ですっ」
「うぉぉっ、頭が痛てぇっ!」
 どうやら、背後からそれぞれが手にしていた洗面器で俺の後頭部をどついたらしかった。
 と、騒いだせいか、佐祐理さんが目を開けた。
「はぇ? 祐一さん……? 佐祐理はどうしたんですか?」
「いや、向こうからお湯が流れてきたのは確かなんだが……」
 俺は女湯の方に視線を向けて、目を丸くした。
 女湯を視界から遠ざけていた壁が、そっくり倒れてしまっていたのだ。
 どうやら、さっきのお湯は、その壁を押し倒して流れてきたと見える。
「よしっ、行くぞっ!」
「うぐぅ、祐一くん、急に元気になってる……」
「何を言うあゆあゆ。俺はだなぁ……」
 と言いつつ、女湯の方に目を凝らす。くそ、湯気がもうもうと上がっててよく見えない。
 と、その湯気の中をすごい勢いでこっちに向かってくるものがあった。
「なっ!」
 とっさに佐祐理さんを背後にかばって、そっちに身構えようとする。が、向こうの方が早い。
「祐一ーーーーっっ!!」
 ふわり
 勢いを見事に殺して、そのまま俺に抱きついたのは、真琴だった。ちなみに狐耳と尻尾を出しているモードである。
「あはっ、やっぱり祐一ったら、真琴のこと心配して来てくれたんだぁ」
「なにやってるんですかっ!! 離れてくださいっ」
 素早く駆け寄ってくると、栞が真琴の尻尾を掴んで引っ張る。
「ひゃぁん! こらぁっ、しおしおっ! 真琴の尻尾を引っ張らないでようっ!」
「そんなコトしてる場合かっ! 真琴、天野や秋子さんは? それに舞もいただろっ!?」
「私たちならこちらですが」
 湯気の向こうから声が聞こえてきた。そっちを見ると、天野と秋子さん、そして舞の3人がいた。
 と、そこに不意に神風が吹いて、湯気がさぁっと晴れた。
「ありがとう、川澄さん。来てくれて助かったわ」
 バスタオルを巻いただけというあられもないお姿の秋子さんが、舞に笑顔で礼を言っている。
「……うん」
 舞はいつもの仏頂面だが、佐祐理さんに言わせると……。
「あはは〜、舞ったら照れちゃってますね〜」
 ……ということらしい。
 し、しかし……。
 俺は思わずごくりと生唾を飲み込んでいた。
 風呂に入るためか、いつもの三つ編みを解いた髪をアップにしている秋子さんは、またなんていうか大人の魅力のあふれるうなじがやっぱり色っぽいというか。
「……うぐぅ、祐一くんのえっちぃ」
「読むな、あゆあゆ」
「あら、祐一さんったら、やっぱり若いのねぇ」
 ころころと笑う秋子さん。……って、ぬぉっ! 俺の身体の一部が元気になってるっ!!
 と、背後から、声が聞こえてきた。
「ゆ〜う〜い〜ち〜」
「どうわぁっ!! ななな名雪さんっ、いつ頃からお目覚め遊ばしていらっしゃったのでございましょうかっ!?」
 慌てて振り返ると、名雪が恨めしそうに俺を見ていた。
「よりによって、お母さんに……なんて、わたし、許せそうにないよ……」
「ま、待て名雪っ、話せば判る……ぶぇっくしゅん!」
 言い訳しようとして、派手にくしゃみをする俺。よく考えると、まだ寒い夜に外でびしょぬれのままなのである。
「このままじゃ、みんなも風邪を引いてしまいますね。それじゃお風呂に入って暖まっていくことにしましょうか」
「おお、ナイスアイディアだ秋子さん。それじゃ俺も一緒でいいですか?」
「了承」
「なんて、冗談言ってみたりして……って、ええっ!?」
「おっ、お母さんっ?」
「秋子さんっ、それはボクやっぱり良くないと思うよっ!」
「真琴はさんせーっ!」
「真琴は黙ってなさい。やはり私も風紀上問題があるかと」
「あら、残念ね」
 秋子さんはころころと笑うと、俺に視線を向けた。
「それじゃ祐一さんは男湯で暖まってきてくださいね」

 かぽーん

「……男って、辛いよなぁ」
 俺は男湯で、一人、涙していた。
 後で考えてみれば、いつ“魔物”が襲ってこないとも限らない状況で、一人で露天風呂に入っているというのはとんでもなくデンジャラスな状況だったのだが、その時の俺は失意でそこまで頭が回らなかった。
 とりあえず身体も暖まったので、立ち上がって風呂から出ようとした。
「……祐一」
 へ?
 俺の名を呼ぶ声が聞こえて、俺は立ち止まった。
 声の聞こえてきた方向は湯気でよく見えない。
「誰?」
「わたし……だよ」
 その声は、名雪だった。
「名雪? なんでお前が?」
「えへへっ、来ちゃった」
 そう言って、名雪はゆっくりと歩いてくる。
 湯気の間から現れたその姿は、一糸まとわぬ全裸だった。
 って、全裸っ!?
「なっ、名雪っ!? お前、何を……」
「わたしだって、祐一とお風呂に入りたいんだよ」
 そう言いながら、名雪は湯船に足をつけた。
 ちゃぽ
 名雪の起こしたさざ波が、ゆっくりと俺のところまで広がってくる。
「祐一、一緒に……ね」
 ほんのりと頬を赤く染めた名雪が、にっこりと微笑んだ。
「……名雪」
 俺は、その名雪に向かって、湯の中を、歩き出していた。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 言わんこっちゃない。

 月姫、という同人ソフトがありまして、これがまたコンシューマに比べても遜色ないというかむしろ出来の良い部類に入るというものなわけですが。あ、分類はいわゆるビジュアルノベルですか。
 かなり以前に手に入れてたんですが、いろいろあってなかなかプレイする機会がなかったのですが、先日ようやくプレイしました。
 まだアルクトゥルーだけですけど、やっぱりいろんな意味ですごいですなぁ。
 あ、ちなみに青本片手にやりました。ええ(爆笑)

 他に最近やったといえば、みずいろとやきいもですか。
 特にみずいろはかなりツボにはまりました。どれくらいかというと、どうも最近名雪を書くとへっぽこになってしまうくらい(笑)
 あとは……。あ、もちろんリリカルなのはもやりましたけどね。そちらは大事典の近日更新をお楽しみにってことで。

PS
 シエルルート、第七聖典にぶち抜かれてエンド(苦笑)

 プールに行こう5 Episode 32 01/7/9 Up

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