トップページに戻る 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
俺達が旅館の建物が見えるところまで戻ってくると、真琴と栞が駆け寄ってきた。
Fortsetzung folgt
「祐一ーっ! わっ、血が出てるっ!」
「祐一さん!? 怪我してますよっ!」
左足を引きずるようにしていた俺を見て、悲鳴を上げる2人。
「あ、まぁいろいろあって……」
「いろいろじゃありませんっ! すぐに治療しないと。とにかくこっちに来てくださいっ!」
栞が俺の腕を取ってぐいぐいと引っ張る。
「わっ、こら栞っ、そんなに引っ張るなっ」
ロビーで治療をするというわけにもいかないので、俺達は青の間……つまり、水瀬一家以外の女の子の泊まっている部屋に場所を移した。
ちなみに、名雪は既に夢の国、秋子さんとあゆあゆは親娘水入らずでお風呂とのことである。
あゆあゆはともかく、秋子さんの入浴シーンは覗いてみたいような気もするが、この状況で覗きに行くことも出来ないし、それに後々が怖いので、断腸の思いであきらめた。
ギュッ
「あいたたっ、もうちょっと優しく……」
「我慢してください。私に何も言わないで危ないコトしてた罰ですっ」
そう言いながら、栞は俺の左足に巻いた包帯をさらにぐいっと引っ張ると、金具で止めた。
「はい、これで、愛情治療は終わりです」
「うう。余計痛みが増したような……」
「そんなこと言う人嫌いですっ」
「はいはい。それよりも、一体何がどうしたっていうわけ?」
香里がぱんぱんと手を叩いて辺りを鎮めてから訊ねた。
俺は肩をすくめた。
「俺にも何がなんだかさっぱりだ」
「……そう言って誤魔化そうとしてるんじゃないでしょうね?」
うぉ、香里の目がオレンジ色にっ。
「そ、そんなことはないぞっ。ところで北川はいずこ?」
「北川くんなら自分の部屋で寝てるわよ」
「なんでそんなことまで知ってるんだ、香里?」
ちょっとカマをかけてみると、香里はぽっと赤くなった。
「そ、そんなこと、どうでもいいじゃないのっ」
「あ、お姉ちゃんが照れてますっ」
「し〜お〜り〜」
「きゃぁきゃぁ、祐一さん助けてください〜っ」
……まぁ、姉妹仲の良きことは美しきかな、と言っておこう。
「佐祐理も聞きたいです」
佐祐理さんが、ずいと膝を進めて、俺に尋ねた。
「何があったんですか? 舞に怪我がなかったからいいんですけど……」
ちなみに、“魔物”と戦ったときの舞の怪我は、その後スーパーサイヤ人状態になったときに治ってしまったらしく、今は傷一つ無くけろりとしている。まったくもって便利なことこのうえない“ちから”である。
まぁ、舞のこれまでのことを思うと、一概にうらやましがるようなことでもないんだが。
「ええっと、それが俺にもいまいちよくわからんのだ」
俺は頭を掻いた。そして天野に視線を向けた。
「でも、きっとここにいらっしゃる天野先生ならご存じではないかと」
「さすが美汐〜」
ぱちぱちと真琴が手を叩く。
天野は、はぁとため息をついた。
「いえ、いいんですけれども……」
まず天野は、朝のことを栞達に説明した。
朝の一件は、美坂姉妹や舞達にはまったく知らせていなかったので、初めて聞いた4人はそれぞれに驚いていた。
「……黙っていてすみません。余計なご心配をおかけしたくなかったものですから」
説明を終えた天野は、深々と頭を下げた。
「ひどいです、祐一さん。愛する私を蚊帳の外に置いておくなんて〜」
「えへへ〜。真琴はちゃんと祐一のために戦ったんだもんっ」
膨れて拗ねる栞に、俺の脇にぴとっとひっついて笑う真琴。
「うう〜〜〜っ」
「栞も拗ねないの。それに、栞がいても役には立たなかったでしょ?」
「お姉ちゃんもひどいですっ。傷つきましたっ」
香里、火に油を注いでるぞ。
「ま、栞はほっといても、バニラアイスをやれば3秒で機嫌を直すからいいとして」
「聞こえてますっ!」
「で、朝、俺達を襲った2人は、もう力を失ったって聞いてたんだけど……、だとすると、さっき俺や舞が襲われたあれは、いったいなんなんだ?」
「……はい。おそらくは……あの2人のせいで、目覚めようとしていたもの、でしょう」
「……どういうこと?」
香里が訊ねる。
「あの2人は、ただ、自分たちの楽しみのためだけに、ここで人を殺していた訳じゃない、ということです。……もっとも、あの2人もそれに気付いていなかったかもしれませんけれど」
「まわりくどいぞ、天野」
俺が言うと、天野は肩をすくめた。
「すみません。それじゃ、判りやすく言います。相沢さんと川澄先輩が戦った相手は、はるか昔にこの地に封じられた悪霊でしょう。……いえ、正確には、その悪霊の先触れ、と言うべきでしょうね」
「悪霊?」
「はい。あの2人が無差別に人を殺し、そのために生じた“負”の思念が、悪霊を封じている、その封印を解き掛けているのだと思われます」
そう言うと、天野は窓の外に視線を向けた。
「幸い、まだ本体は封じられているようですが、あの様子では近いうちに全ての封印を解いて出てきてしまうでしょうね」
「……それって、かなりまずい状態なんじゃないの?」
香里が顔をしかめながら言った。頷く天野。
「はい。一応、実家の方には連絡を入れておきましたけれど、ここに来てくれるまでに封印が解けてしまうかもしれません」
一応説明しておくと、天野の実家は何とか流という退魔師の本家である。
「そんな! それじゃここにいるのも危ないってことじゃない」
「はい。ですが、今から移動するというのも危険です。夜は、“負”のものの力が増しますから。朝になるまでここで待ち、それから出発した方が危険は少ないかと思います」
「……」
不満そうではあったが、香里は口をつぐんだ。
と、いきなりドアが開いた。
「大変だよっ!! 秋子さんがっ、秋子さんがっ!」
飛び込んできたのは、バスタオル1枚という姿のうぐぅだった。……まぁ、うぐぅではバスタオル姿でも別にどうってことはないのだが。
「そんなことないもんっ! って、わわっ、ゆ、祐一くんっ!?」
慌てて胸元をかきあわせるあゆ。
「ど、どうして祐一くんが秋子さんが大変でここに怪我してるしうぐぅっ!」
なにやら混乱しているあゆあゆである。
「あゆさんっ、しっかりしてくださいっ」
栞が、あゆの肩を掴んで揺さぶった。あゆは栞に視線を向けた。
「あ、詩織ちゃん大変だよ伝説の樹が伝説の鐘がっ」
「違いますっ! 私は栞ですっ! あっちと一緒にしないで下さいっ!」
やれやれ。
「そういえば、今度は浜崎あゆみがCMで天使の羽を付けてたよなぁ」
「うぐぅ。ボクの方が先行なのにぃ」
「先行者?」
「違うもん。……ふぅ、やっと落ち着いたよ」
大きく深呼吸するあゆ。それから慌てて立ち上がる。
「うぐぅっ、それどころじゃないんだよっ! 秋子さんが秋子さんがっ!」
「いいから落ち着け! 何があったんだ!?」
「う、うん……。秋子さんと一緒にお風呂に入ってたら、急に壁が壊れてなにかが入ってきて、秋子さんはボクに逃げなさいって言って……うぐぅ……」
俯くあゆ。
「ボク、怖くて逃げて来ちゃったんだ……」
「天野……」
「判りました」
天野は頷いて立ち上がった。
「あっ、真琴も行くよっ!」
半分うつらうつらしていた真琴が、天野の動きに目を覚ましたのか、立ち上がった。
「真琴、危険ですから……」
「ううん。真琴は、秋子さん、助けるんだもん」
半分くらいは話を聞いていたようだ。
「そ、それじゃボクも……」
「お前はいいから着替えてこい」
「うぐぅ……、そうする……」
とぼとぼと部屋を出ていくあゆ。
と、廊下で悲鳴が上がった。
「うぐぅっ!!」
俺達は慌てて廊下に飛び出した。
「なんだ、どうしたっ!?」
廊下には、ぺたんと尻餅をついたあゆと、その前に立つ浴衣姿の名雪。
「名雪?」
「……わたし、行かないと……」
そう呟くと、そのまま裸足でぺたぺたと歩き出す名雪。
糸目の表情を見るまでもなく、どう考えても寝ている。
俺は慌ててその名雪の腕を掴んで、振り返った。
「天野、真琴、とにかく秋子さんは頼むぞ」
「……はい」
「真琴にお任せっ!」
そのまま、2人は廊下を走っていった。
「うにゅ……」
訳のわからない呟きを漏らしながら、どこかへ歩いていこうとする名雪を、俺は必死になって引っ張った。
「こら名雪っ!」
「……名雪も私たちの部屋に連れてきた方が良さそうね。一人で寝かせて置いたら危ないわ」
そう言ってから、香里ははっとして俺に言った。
「えっと、私、ちょっと用事を思い出したから」
「へ?」
「じゃね」
そのまま、廊下を小走りにすたすたと行ってしまう香里。
「……なんなんだ、いったい?」
「……うぐぅ、怖かったよぉ……」
栞に手を引っ張られてようやく立ち上がったあゆが、大きく息を付いた。
「それじゃ、あゆさん、早く着替えてきてくださいね」
「……うぐぅ、栞ちゃん……」
そのまま部屋に戻ろうとした栞の手をぎゅっと引っ張るあゆ。
俺は苦笑して、栞に言った。
「栞、あゆを頼むぞ」
「はい。それじゃあゆさん、行きましょうね」
栞も苦笑して、あゆの手を引いて、赤の間(あゆ達の部屋)に入っていった。
しかし、どっちが年上かわからんな、あれじゃ。
名雪を引っ張りながら青の間に戻ると、急須でお茶を入れていた佐祐理さんが俺に視線を向けた。
「あ、祐一さんも、お茶飲みますか?」
「お、サンキュ。さすが気が利くなぁ、佐祐理さんは」
「いえいえ、そんなことありませんよ〜」
にっこり笑ってから、こぽこぽとお茶を入れる佐祐理さん。
俺は、とりあえず敷いてあった布団に名雪を寝かせると、訊ねた。
「佐祐理さんは、怖くないの?」
「はぇ?」
「いや、さっきの話は聞いてただろ?」
「はい。でも、祐一さんも舞もいてくれますから」
全幅の信頼をおいてます、という笑顔で答える佐祐理さん。
と、そこで表情を曇らせる。
「でも、舞が……」
「舞がどうした?」
聞き返しながら、舞に視線を向ける。
舞は、壁にもたれて座り込んでいた。見ようによっては放心状態なのだが、いつも通りと言われればそうも見える微妙な状態だ。
「さっきからずーっとああなんですよ。疲れてるのかな、と思ってそのままにしてるんですけど」
「ずっと?」
「はい。佐祐理が声を掛けても生返事なんです」
それは、変だ。
「本当に?」
「はい。それじゃ、ちょっとやってみますね」
佐祐理さんは、舞に声を掛けた。
「舞〜〜、祐一さんがキスしてくれるって」
「……」
「ほら」
いや、ほら、って言われても……。
でも、どうしたんだろう? 怪我は治ってるし。
と、俺ははたと思い当たった。
森の中で戦っていたときに、舞の剣が折れてしまったのだ。
確か、本人は二代目と言ってたが、“魔物”との孤独な戦いの間ともにいた剣だ。やっぱりショックなんだろうな。
「舞」
俺は舞に歩み寄ると、その前に屈み込んだ。
舞は、初めて顔を上げて俺を見た。
「……祐一。私……どうしていいのかわからない」
ドキッとした。
舞が、こんな心細そうな顔をしているのは、初めて見たような気がした。
「剣を無くした私は……本当に弱いから……」
「……大丈夫だ。俺だっているし、佐祐理さんだっている。だから、心配することはないんだ」
「……うん」
舞は、俺のおでこに自分のおでこをこつんとぶつけた。
「……このままで、いてほしい」
「ああ……」
俺達は、しばらくの間そうしていた。
「あーっ、祐一さん、なにやってるんですかぁっ!」
「うぐぅ……。祐一くん、そういうのって、ええっと……」
「あはは〜。舞、時間切れみたいですね〜」
……ほんのしばらくの間であったが。
騒ぎをようやく収めてから(ちなみに、代償はバニラアイス1リッターとたい焼き10匹だった)、俺は疲れを感じながら壁の時計を見上げた。
「……そういえば、天野達はどうなったんだろう?」
「お姉ちゃん達も戻ってきませんね」
栞が呟いて、俺は香里も戻ってきてないことに気づいた。
「そういえば香里も……。ちょっと待て、栞。今、お姉ちゃん“達”って言ったか?」
「はい。お姉ちゃんは北川さんを迎えに行ったんですから」
しれっと答える美坂妹。
「祐一くん、そんな呼び方失礼だよっ」
ぽかっ
「やかましいあゆ、俺の心を読むな」
「うぐぅ……」
頭を押さえて涙目になるあゆはとりあえず置いておいて、俺は立ち上がった。
「よし、秋子さんの様子を見に行くぞ」
「お姉ちゃんはいいんですか?」
栞に聞かれて、俺はきっぱり答えた。
「露天風呂が先だ」
……。
沈黙が痛かったので、俺は早々に部屋を出た。
トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
なんていうか、全然話が進まないうちにもう夏ですねぇ。
更新が遅いって責められるし。
……鬱だ。
プールに行こう5 Episode 31 01/7/6 Up 01/7/9 Update