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「舞っ! ちょっと待てよっ!」
Fortsetzung folgt
叫んでも、舞は立ち止まろうとせずに、そのまま雪の上を軽やかに駆け抜けていく。
俺は仕方なく、その後を追いかけるのだが、どうも舞のようにはいかずに、雪をかき分けながら進んでいるような有様だった。
そんなわけで、ようやく舞が立ち止まったのを見ると、俺は心底ほっとしたのだった。
「ぜいぜい……。ま、舞、なにが……。舞?」
舞は、俺の方を見ようともせず、片手に剣を握りしめたまま、前を睨んでいた。
「……祐一」
ぼそっと呟く舞。
「どうした?」
「祐一は、帰って」
「……へ?」
「佐祐理たちのところへ……」
そう言うと同時に、ざっと舞のいたところに雪煙が舞った。
「えっ!?」
次の瞬間、舞の身体は宙を舞っていた。そのまま、剣の軌跡が大きな弧を描く。
ざしゅぅぅぅっ
なにかわからないが、そのなにかを舞の一撃が確かに切断したのを、俺も感じ取っていた。
だが。
「舞っ、右だっ!」
「……っ」
小さく呻いてそのまま左に飛ぶ舞。そして振り向きざまに剣を振り上げる。
ずばぁっ、と小気味よく引き裂かれて、消え失せる気配。
……あれ?
なんで、俺にもそれがわかるんだ?
深夜の学校じゃ、全然それが判らないで、舞のいいお荷物になってたのに。
「祐一……、まだいる……」
舞が呟いた。
どうやら、今はそんなことを考えている場合じゃないってことらしい。
「ああ、いるな……」
舞の前方に、なにかがわだかまっているのが、俺にも感じ取れた。
確かに、旅館から天野を呼んできた方が良さそうだ。
「舞、旅館まで戻ろう!」
「……私が戻ると、佐祐理たちに迷惑がかかるから」
「……それもそうか」
ここから戻ると、旅館までこいつらが着いてきてしまうかもしれない。そうなると、戦闘能力のない佐祐理さん達が危険にさらされてしまう。
でも、舞一人を残していくっていうのも……。
どうすれば、いい?
俺は深呼吸して、心を決めた。
「舞。10分……。いや、5分でいい。一人で頑張れるか?」
無言で、舞は頷いた。そして、小さく付け加える。
「……信じてる」
「おうっ!」
俺は頷いて、全力で駆け出した。
30秒ほど全力で走ったところで、俺は立ち止まった。
……旅館は、どっちだ?
考えてみれば、帰り道が判らなくなってたんじゃないか。
自分の浅はかさにため息をつき、それから向き直る。
帰り道が判らないのなら、舞と一緒に居た方がいい。
幸い、ここまで走ってきた跡はしっかり残っている。それを辿って行けば、舞のところには戻れるわけだ。
よし、戻るぞ!
自分に気合いを入れて、走り出そうとした時だった。
♪〜〜
不意に、この場には不釣り合いな軽やかな電子メロディが流れ出す。
流石に驚いたが、それが自分のポケットから流れ出してきていることに気付くと同時に、俺は栞の携帯を持ったままだったことを思い出した。
そうか! これで天野を呼べば良いんだ!
俺は携帯をポケットから出して、通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもしっ!!」
『あ、祐一さんですか? ひどいですよ〜。いきなり切るから、佐祐理はびっくりしました……』
「佐祐理さんっ!」
安堵のあまり、大声になってしまった。
『きゃん! ゆ、祐一さん、どうしたんですか?』
「ああ。すまない、佐祐理さん。事情はあとでゆっくり説明するから。近くに天野がいないか?」
『はぇ? いますけど……。代わりますか?』
「頼むっ!」
『あ、はい。ちょっと待ってくださいね』
ややあって、天野の声が聞こえてくる。
『どうしたんですか、相沢さん?』
「また出たんだ! 朝の連中が!」
『えっ?』
「今、舞が相手をしてるんだが、一人じゃとてもじゃないが敵いそうにないんだ。手を貸してくれっ! 頼むっ!」
『……判りました。朝と同じ森ですね?』
「ああ! 頼むぞっ!」
『……はい』
天野のいつも通りの無愛想な答えが、これほど嬉しく聞こえたことはなかった。
元の場所に駆け戻りながら、俺は大声で叫んだ。
「舞! 天野が来てくれるぞっ!!」
「……」
返事が、ない。
俺は左右を見回したが、“魔物”を狩る少女の姿は、どこにも見えない。
嫌な予感が胸を締め付ける。
「……舞っ! どこだっ!? どこにいるんだっ!?」
俺の声が、樹の間をすり抜けていく。
くそっ。
俺は懐中電灯の光を左右に振って、探した。
だが、どこにも……。あ!
動かしていた光の輪が、一瞬黒っぽいものを捉えたのだ。
慌てて、光をそっちに戻す。
その光に写し出されたのは、雪の上に倒れる舞の姿。
「舞っ!!」
叫んで、俺は駆け寄った。
いや、駆け寄ろうとした。
その瞬間、俺は本能的に、右に跳んでいた。
ガッ
避けきれなかった。
鈍い音と、左足に鋭い痛み。
「ぐぅっ」
俺は呻いて、そのまま雪の上に倒れ込んだ。
左足から、何かが流れるのが感じられた。そして、血の臭い。
「やられ、ちまったのか……」
「……祐……一」
微かな声に、俺はそっちの方を見た。
倒れていた舞が、剣を杖にして立ち上がろうとしていた。が、立ち上がれず、再び突っ伏す。
「どうして……戻って……きたの……」
「馬鹿っ。舞を置いて逃げると思ってたのか!」
そう言いながら、俺は両腕と右足で這いずるようにして、舞の倒れているところまで近づいた。
舞の服のあちこちが切り裂かれて、白い肌が見えていた。その白い肌も、赤い鮮血に汚れている。
「……ごめんな、舞」
「どうして……謝る?」
「だってよ……」
その時、舞が上から覗き込んでいた俺を突き飛ばすようにして、右手にまだ握っていた剣を突き上げた。
「くぅっ!」
ミシッ
舞が呻くのと同時に、剣がきしみを上げ、大きくたわんだ。そして。
パキィィィン
「……えっ?」
折れた。
「……っ!!」
次の瞬間、舞の身体が大きく跳ねて転がった。あたかも、上から何かに殴られたかのように。
「舞っ!」
駆け寄ろうとした俺の身体も、大きく跳ね飛ばされる。そのまま数十メートルも跳ばされて、大きな樹の幹に背中からたたきつけられる。
「……かはっ」
肺から、空気が一気に抜けたように息苦しくなり、視界が暗くなる。
「ま……舞……」
「ゆう……いち……」
舞が立ち上がろうとしているのが見えた。
その身体が、後ろから何かにぶつかられたように跳ばされ、倒れる。
「やめろっ! もう、やめてくれぇっ!」
俺は叫んだ。
“魔物”達が、こっちを見た。
そうだ。俺の方に来い! そうしたら……。
次の瞬間、“魔物”達は、一斉に俺に向かってきた。
とても、避け切れそうにない数と、圧倒的な力。それが俺のところに押し寄せたとき、それが俺の最後になるんだろう。
……でも、舞がそれで助かるのなら、それでもいいか。
ごめん、名雪……。イチゴサンデー7つでも、許してはもらえそうにないけど……。
俺は、樹の根本にだらしなくうずくまりながら、微かに微笑んだ。
そして、“魔物”が俺の目の前に迫ったとき。
金色の光が、その“魔物”を貫いた。
「……祐一のためだったら、わたしは強くなれるから」
「どこまでも、強くなれるから」
「それが、わたしの、ちから」
カァッ
金色の光が、暗くなりかけた視界を照らし出した。
必死に痛む全身を叱りつけながらその光の差してくる方向を見る。
「……舞、なのか?」
金色の光に包まれて、神々しくまで見える少女の姿。
いつもポニーテイルにしている髪が、解けてふわりと広がっているせいもあって、別人のようにも見えた。
でも、それは間違いなく、舞だった。
「……強く、強く願えば、必ず願いは叶う。これが川澄先輩の真の力……」
その声に、俺は苦笑した。
「遅かったな、天野」
「済みません。真琴がついてくるって言って聞かなかったもので、説得するのに手間取ったのです。それよりも、大丈夫ですか?」
そう言いながら、天野が俺に肩を貸してくれた。……身長差があるので、俺は膝立ちの状態にしかなれないのだが。
俺は、舞の方に視線を向けた。
周囲の“魔物”達が、舞の放つ金色の光に次々と吹き飛ばされて行くのが判る。
「……すげぇな、舞。あの“魔物”が全滅するのも時間の問題だな」
「……相沢さん、判るのですか?」
「え?」
「“魔物”の存在が、です」
天野に言われて、俺は首を傾げた。
「俺にもよく判らないんだけど、なんとなく判るんだ」
「……やはり、そうですか……」
「天野には、何か心当たりでも……?」
「それは後で。それよりも問題は……」
天野は、舞に視線を向けた。
「相沢さん、そろそろ川澄先輩を止めないと大変な事になります」
「……え?」
「今、川澄先輩は、その“力”を全て解放しています。ですから、このまま放置しておくと、限界以上にその“力”を放出してしまい、最悪の場合、死に至るかもしれません」
「ええっ!?」
慌てて舞に視線を戻す。
既に辺りに“魔物”の姿はまったく見えなくなっているにもかかわらず、金色の光は消えるでもなく、むしろ眩しさを増していた。
「なんか、素人目にもやばそうな感じがするな」
「玄人から見ても危険ですよ」
「舞っ! もういいんだ、やめろっ!!」
天野にもそう言われて、俺は慌てて大声で叫んだ。だが、光は止まらない。
「どうやら、川澄先輩は一種のトランス状態になっているようですね。声を掛けても聞こえないようです」
あっさりと状況を解説してくれる天野。
「それじゃ、どうやればいいんだ?」
「わかりません……。でも、なんとか出来る人がいるとしたら、それは相沢さんだけのような気がします」
俺、か……。
俺は、足を一歩踏み出した。そして、そのままの姿勢で天野に訊ねた。
「……天野、痛み止めはあるか?」
左足に怪我をしてることを忘れていた。
「少し待ってください」
天野は、懐から札を出して、左足の傷に張った。
「これで、少しは痛みも紛れるはずです」
「サンキュ」
俺は天野の肩を叩くと、深呼吸した。そして、そのまま舞に向かって駆け出した。
雪を蹴立てるようにして駆け寄る俺。
だが、金色の光に包まれた舞は、俺を見るでもなく、いや、何も見ていない様子で立ちつくしていた。
その金色の光がバリアーみたいになって、俺の身体が跳ね返されることも予想していたのだが、その予想に反して、俺は舞のそばまで駆け寄ることが出来た。
おそるおそる手を伸ばして、舞の身体に触れてみる。
いつも通りの柔らかさだった。
むぅ。それじゃ他のところはどうなんだろう?
「……相沢さん」
後ろから天野がため息のような声を出した。俺は我に返って、舞の胸に伸ばし掛けていた手を止めた。
「いや、今のはだな、その、舞の身体が無事かどうかを確かめようと……」
「言い訳はいいです。ですから、早く何とかしてください」
まぁ、天野の言うことにも一理ある。
俺は舞の両肩に手を掛けて揺さぶった。
「舞、しっかりしろ、舞っ!!」
「祐一さん。こういうときは王子様のキス、ですよ〜」
「そうなのか佐祐理さん……ってうわぁっ!!」
びっくりして隣を見ると、いつ来たのか佐祐理さんがにこにこしながら立っていた。
「さささ佐祐理さんっ!?」
「あはは〜。舞と祐一さんが心配だったから、天野さんの後を追いかけて来ちゃいました〜」
笑顔で言う佐祐理さん。
「ほら、そんなことよりも、祐一さん。舞のためにお願いしますね」
いや、とん、と背中を叩かれても。
「き、キスって、それで舞の目が覚めるのかっ!?」
「もちろんですよ。佐祐理は、舞のことならぜーんぶ知ってますから」
自信満々に言い切る佐祐理さん。
天野にちらっと視線を向ける。
「一つの方法ではあると思います」
ああっ、天野までっ! 佐祐理さんにワンダフリャな説得をしてくれるかと思ったのにっ。
「あ、大丈夫です。他の人には口外しませんから」
あっさりと言う天野。
「祐一さん……。それとも、祐一さんは、舞とキスするのは嫌なんですか?」
悲しそうに言う佐祐理さん。うう、その顔は卑怯だぞ。
俺は深呼吸して、覚悟を決めた。
「判ったよ。でも、元に戻らなくても知らないからなっ!」
そう言い捨てて、俺は舞の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
……冷え切った唇に、ゆっくりと暖かみが戻っていくのが、感じられた。
名雪とはまた、感触が違うんだな。
そんなことを思いながら、ゆっくりと唇を離す。
「……祐一」
その唇が動いて、俺の名を呼んだ。
瞳が焦点を結び、そして、いつもの舞の表情に戻っていた。
「……ありがとう」
「いや、なに」
照れくさくなって、俺は頭を掻いた。
「よかったね、舞。祐一さんにキスしてもらって」
「……」
ずびしん
「あいたぁっ」
佐祐理さんに対してにしては、いつになく激しいつっこみだった。
「ふぇぇ、痛いよ、舞〜」
「……佐祐理が悪い」
ぶ然として言う舞。
そんな舞を見て、佐祐理さんは嬉しそうに笑った。
「もう、舞ったら、そんなに照れなくてもいいのに」
びしびしびしっ
「きゃぁきゃぁ」
チョップを振るう舞と、嬉しそうな悲鳴を上げながら、その舞から逃げ回る佐祐理さん。
なんというか、ほのぼのしてしまう2人だった。
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あとがき
お久しぶりです。充電も終わったところで、プールの続きです。
……とはいえ、この後は全然考えてないんですが(笑)
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