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浴衣姿に、何故か額にバンダナをはちまきのように巻いた栞が、たたっと走ってロビーに戻ってきたのは、それから5分後であった。
Fortsetzung folgt
「お待たせしましたっ!」
「うぐぅ……、それボクの決めセリフ……」
あゆが俺の隣でうぐうぐしているのは関係ないので無視するとして……。
「関係ないことないよっ!」
「だから、俺の考えを読むなって」
俺はなおも文句のありそうなあゆの頭にぽんと手をおいて、くしゃっとかき回してやった。
「うん、髪が短いと短いなりに手触りがいいよなぁ」
「うぐぅ」
ぽっと赤くなるあゆ。どうやら照れているらしい。
そうしておいて、俺は卓球台の方に視線を向けた。
昨日の雪辱に燃えてるらしく、栞は元気一杯である。その後ろからやってきた香里も、昨日と変わらない様子だった。コンディションは上々ってところか。
しかし……。
俺はもう一方の側に視線を移した。
「舞と佐祐理さんが相手となると、美坂チームは勝ち目は薄いんじゃないか? それに、昨日も真琴達に負けてるしなぁ」
「祐一。勝負は、やってみるまで判らないよ」
名雪が言った。うーん、さすがに、現役陸上部部長にそう言われると、なんとなくそんな気もするが……。
「それでは、始めますよ」
今日の審判役を買って出た秋子さんが声をかける。ちなみに北川は球拾いである。
「なんで俺がこんな役をぶつぶつ、くらいは言うと思ってたんだがなぁ」
「北川くん、偉いよね」
感心したように言うあゆ。
そんなどうでもいいことはさておき、じゃんけんの結果、サーブは舞達からとなった。ルールは昨日と同じく15点マッチ。
「ちなみにこの温泉卓球のルールは、どっちかって言えばバレーボールのルールで、本来の卓球のルールとは全然違うんだよ」
「な、名雪? 突然何を言ってるんだ?」
「うん、ちゃんと言っておいてくれって言われたから」
「……」
誰に、とは怖くて聞けなかった。
舞はこんこんと球を付くと、サーブを打った。
かこんっ
こんっ、こんっ、ころころ……
「……あ」
「ふぇぇ〜」
「はい。第1セットは15対7で美坂チームの勝ちです」
秋子さんが告げた。そして時計をちらっと見て、言う。
「それじゃ、10分間の休憩にしましょう」
俺は腕組みしてうなった。
「うーん、意外な弱点だなぁ」
「うん、ボクも驚いたよ」
あゆも頷いた。
舞は言うまでもなくスポーツは万能(ルールをよく知らない、という欠点はあるにしても、だ)。佐祐理さんもそこそこはこなす。だから、どうしても栞がハンディとなってしまう美坂チームは完敗するだろう、と見ていたのだが。
しかし、舞チームには致命的な欠点があった。
ちょうど2人の間に球が飛ぶと、お互いに譲り合ってしまって打ち返せないのだ。
途中でそれを見抜いた香里が、例によって容赦なくサーブを叩き込んだ結果が、これである。
だが……。
俺は、なにやら話し合っている舞と佐祐理さんに視線を向けた。
多分、次のセットでは、その欠点は修正してくるはず。とすると、やっぱり栞が……。
「祐一さん、私の大活躍見てくれましたっ!?」
その栞が、たたっと駆け寄ってきた。そして、首にかけていたタオルで、汗を拭う。
「ふぅ。ちょっと疲れますね」
「……健康的な栞っていうのも、ちょっと変な感じだなぁ」
率直に感想を言うと、栞はぷっと膨れる。
「そんなこと言う人嫌いですっ」
「栞ちゃん、いい感じだよっ」
あゆに言われて、栞は笑顔で頷く。
「はいっ。あゆさんの分までがんばりますっ」
「その意気だよっ!」
がっちりと握手する貧乳コンビ。
「うぐぅ……。ちょっとはあるもん」
「そうですっ! そんなこと言う人は人類の敵ですっ!」
うう、やぶ蛇だった。
「祐一〜、あゆちゃんや栞ちゃんをいじめたら駄目だよ〜」
名雪にまでのんびりとツッコミを入れられたので、それをしおに俺は立ち上がった。
「そうだな。というわけで、俺は向こうの様子も見てくる」
「うん、がんばってね」
ひらひらと手を振る名雪を置いて、俺は舞のところに駆け寄った。
ちょうど打ち合わせも終わったところらしく、佐祐理さんが舞にコーヒー牛乳の瓶を手渡しているところだった。
「はい、舞。どうぞっ」
「……ありがと」
「もっと爽やかに言えんのか、おまえはっ」
ツッコミを入れると、舞は顔をあげて俺に気付く。
「……負けてしまったから」
う゛。
「で、でも、次は勝つんだろっ?」
「はい。ちゃんと舞と打ち合わせもしましたから、次は任せてくださいっ」
胸を張る佐祐理さん。うん、いい形……。
ごっ
「いってぇぇっ!!」
つむじの辺りに激痛が走って、俺は思わずその場に膝をついた。そして頭を押さえながら顔をあげる。
「舞っ、今何で殴った!?」
「これ」
手にした瓶を見せる舞。
「あのなぁっ! 死ぬだろっ!」
「祐一は死なない」
「そんなわけあるかっ!」
「あはは〜っ」
何というか……。まぁ、いつもどおりといえばいつもどおりだ。
舞は、コーヒー牛乳の蓋を開けると、左手を腰に当ててぐいっと飲み干した。
「おっ、さすがだな」
「昨日、佐祐理に教えてもらったから……」
なぜかぽっと赤くなって答える舞。……それにしても、佐祐理さんがこの作法を心得てるとは意外だなぁ。
「あっ、佐祐理は天野さんに教えてもらったんですよ〜」
「天野に?」
それはもっと意外だ。
と、そこに、その天野と、それにくっついて真琴がやってきた。
「……どうも」
「あ、いらっしゃい、天野さん、真琴さん」
丁寧に頭を下げる佐祐理さんと、コーヒー牛乳の瓶を所在なげに持ったままの舞。
天野は振り返って、真琴に視線を向けた。
「……ほら」
「わ、わかってるわようっ!」
ごくん、とつばを飲み込んで、真琴は舞の前に進み出た。
「え、えっと、……ま、真琴は、しおしおの敵だからっ、お、応援するわようっ!」
「……」
一瞬、珍しくきょとんとする舞。その表情が、見る間にすっと和んだ。
「……ありがと」
そう言って、手を伸ばして真琴の頭を撫でる。
「あ、あう〜っ」
びくっと震えたが、真琴は逃げないでその場に固まっていた。
「こんこんまこさんにかけて、……次は勝つから」
おおっ、舞が燃えてるっ!
「そろそろ、時間ですよ」
秋子さんの声に、俺は腰を上げた。
「それじゃお2人さん、頑張れよ」
「はいっ。ね、舞?」
「はちみつくまさん」
そして第2セット。
俺は改めて思った。
本気になった舞は、絶対に相手にしてはいけない。
「……せいっ!!」
がすっ
「きゃっ!」
既にスマッシュの音がピンポン玉の立てる音ではない。その玉は、香里をしてようやくラケットに当てるだけで精一杯というものだった。
そのまま明後日の方向に玉が飛んでいくのを見て、秋子さんはすっと手を挙げた。
「はい、第2セットは0対15で川澄さんと倉田さんの勝ちです」
「おめでとう、舞」
「……」
無言で、こくんと頷く舞。
香里は、はぁとため息をついて、栞にすまなさそうに言う。
「ごめんね、栞」
「ううん。仕方ないですよ」
栞も、苦笑するしかない、という感じである。
そんな2人に、秋子さんが声をかける。
「栞ちゃん、香里さん、これでセットカウントは1対1だけど、第3セットもやる?」
2人は顔を見合わせて、苦笑した。それから香里が秋子さんに首を振ってみせる。
秋子さんはにっこり笑って頷いた。
「それじゃ、川澄さんと倉田さんの勝ち、ね」
舞はその言葉に頷くと、たたっと駆け寄ってきた。
「ようっ、舞、やったなっ!!」
俺は大きく腕を広げてそれを迎える。
そして、俺の胸の中に飛び込んできた舞を、ぐっと抱きしめて……。
「まこさん、勝ったから」
「あ、あう……。おめでと……」
「うん……」
嬉しそうな舞と、あうあう言いながらも撫でられている真琴。そしてそれを優しく見守る佐祐理さんと天野。
それはそれでいい光景だが……。
「えっと……、祐一くん、ボク、ツッコミを入れた方がいいのかな?」
「……やめてくれ。あゆにツッコミを入れられるとよけいに惨めになるから」
「うぐぅ……」
とりあえず勝負がついて、俺達は昼飯まで自由行動となった。……いや、今までも特に団体行動というわけじゃなかったんだが。
「お姉ちゃん。私、汗かいちゃいましたから、もう一度お風呂に行きませんか?」
「そうね。あたしは構わないわよ。あ、川澄先輩と倉田先輩もいかがですか?」
「ありがとうございます〜。それじゃ佐祐理たちもお邪魔しますね〜。ね、舞?」
「……うん」
ソファにぼーっと座ったまま、そんな会話を聞くともなしに聞いていると、不意に脇を小突かれた。
「聞いたか、同志相沢」
耳元でぼそっと囁かれて、俺はそちらに顔を向けずに答えた。
「当然だ、同志北川」
「よし、行くぞ」
「頑張れよ。俺は行かないから」
「なにーっ!?」
いきなり耳元で叫ばれて、俺は思わず耳を押さえる。
「叫ぶなっ、北川」
「やかましいっ! お前それでも男かっ? いや、漢かっ!?」
「ただでさえ怪我してるのに、これ以上怪我したくないからな」
「もういいっ、見損なったぞ相沢っ!」
奮然と立ち上がる北川。と、その肩が後ろからぐいっと押しつけられた。
「ねぇ、北川くん。何をどう見損なったのか、説明してくれないかしら?」
「みっ、美坂っ!?」
慌てて振り返る北川の目の前で、香里は例によって目をオレンジ色に光らせていた。
「おっといけねぇ、こちとら用事があったんでぇ。ほなさいなら」
「相沢ーーっ!」
「北川くん、話をするときは相手の目を見るのよ」
俺は後ろから聞こえる声は無視して、そそくさとその場を立ち去った。
自分の部屋に戻りかけて、俺は途中で足を止め、“赤の間”のドアを叩いた。
「はい、どうぞ」
秋子さんの声が聞こえる。
「祐一です……」
「あら、祐一さん。ちょっと待ってね」
一拍置いて、カチャ、とドアが開いて、秋子さんが顔を出す。
「どうしたの、祐一さん?」
「ええ……。とりあえず、お礼をちゃんと言ってなかったなって思って……」
「何のことですか?」
にっこり笑う秋子さん。
「何のって……、朝に森の中で助けてくれたのは……。いえ」
俺は首を振った。そして、ため息をつく。
「……すみません。俺、名雪を守れなかった……」
「……祐一さん、そんなことありませんよ」
秋子さんは、静かに首を振った。
「だけど……」
「祐一さん」
俺の言葉を押しとどめるように、秋子さんは俺の唇に指を当てた。そして微笑む。
「祐一さんが、名雪のことを気にしてくれた。それだけで十分ですよ」
その微笑みは、俺の胸のつかえを溶かして流し去るのに十分なものだった。
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あとがき
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