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……見込み違い?
Fortsetzung folgt
「どういうことなんだ、天野?」
俺は天野に尋ねた。
「……夕べ、相沢さんは、駐車場で人影を見ましたよね?」
聞き返されて、頷く。
「ああ、そういえば見たよな。今まですっかり忘れてたけど……」
「あの人影は、普通の人には見えないはずなんです。私のような術者や、真琴のような半妖ならともかく……」
「真琴ははんよーじゃないわよう。真琴は沢渡真琴っ!」
真琴が拳を振り上げて抗議した。……半妖っていう意味が判ってないようだが。
それでも、天野が真琴の頭を撫でると、とりあえずおとなしく拳を納めた。
「あう……」
「いい子……」
「……で?」
俺が先を促すと、うっとりと真琴の頭を撫でていた天野は、はっと我に返って咳払いした。
「こほん。そ、それでですね、わかりやすく言えば、あのとき相沢さんが見たのは、式神同士の戦いです」
「……しきがみ?」
また判らない用語が出てきてしまった。あゆあゆ風に言えば「ぜんっぜんわかりやすくないよっ!」である。
天野もそれに気付いたのか、説明を加える。
「式神というのは、術者が術を用いて作り出した、言ってみればお手伝いさんです」
なるほど。
「つまり、萌え萌えのメイドさんなのか!?」
「……」
天野にじろりと睨まれて、俺は左手を挙げた。
「悪い。話を続けてくれ」
「……式神にもいろいろなものがあります。術のサポートをするものから、直接相手に攻撃をかけるものまで……」
そこで言葉を切る天野。
俺は訊ねた。
「それじゃ、俺が見たのは、その式神とやらだった、と……?」
「……はい」
頷くと、天野は明後日の方に視線を向けた。
「ただ……」
「ただ? ただ、なんだよ?」
「……いえ」
首を振ると、天野は視線を俺に戻した。
「夕べ相沢さんが見た人影は、相手に攻撃をかけるための式神、その中でも人型をしたものだと思います」
「人型?」
「ええ。式神はその形も一定ではありません。人の姿をしているものから、動物、そして異形の姿まで、目的に応じて様々なものがありますから」
「なるほど。……それじゃ、さっきの犬も……?」
「ええ。式神ですね」
頷くと、天野は言った。
「おそらく、私たちは、その式神使いの張った結界に、入り込んでしまったのでしょうね」
きゅっ、と肩の傷にハンカチを巻きながら、名雪が訊ねた。
「これでとりあえず大丈夫だよ、祐一。それで、天野さん、結界ってなんなの?」
「結ばれた世界……。要するに、他の人が入れないようにした閉鎖空間です。以前、相沢さんと北川さんが喧嘩をしたときにも使ったあれです」
「あ、そっか」
こくこくと頷く名雪。
以前、ちょっとした誤解が元で俺は北川と殴り合いの喧嘩をしたのだが、そのとき天野は他の人に見られないようにと結界を張ったとか言ってたな、そういえば。
……あれ? ちょっと待てよ。
「天野、その他の人が入れないようにした閉鎖空間に、どうして俺達は入り込んでるんだ?」
「……それが、さっき言った“見込み違い”です」
天野はため息混じりに言った。
「過去現在を問わず、私たち術師は影に生きるが定め。決して術や闇の存在を表沙汰にしてはいけない、という不文律があります。そしてそれを破った者には、それなりの制裁が与えられ、時には関係者全てが闇に葬られることも珍しくはありません。……あ、みなさんは問題ないですよ」
“闇に葬られる”という言葉にさすがにぎょっとした俺と名雪の表情に、天野は言葉を付け加えた。
「相沢さんを中心にした一連の出来事は、かなり特殊なケースで、闇に葬ってしまうのは惜しいですから」
「よかったよ〜」
ほっと胸をなで下ろす名雪。俺としては「惜しい」っていう辺りを追求してみたかったが、今はもっと差し迫ったことがあるので後回しにする。
「で?」
「……はい。そんなわけで、結界を張り、他の人に見られないようにするという術は、私たちのような術師は最初に身につける事になってます。言ってみれば、術では初歩の初歩です。そして式神はかなり高度な技です。ですから、式神を戦わせることが出来る術師は当然、かなり高度な結界を張ることが出来るんです。ところが……」
天野は周囲を見回しながら続けた。
「この結界はあまりにお粗末だった。ですから、私は、術師があまり結界を張る気にはなっていないのだと思っていた……。でも、それが見込み違いでした」
「だから、何がどう見込み違いなんだよ?」
天野は静かに言った。
「……この結界は、罠だったんですよ。中に入り込んだ人を外に出さないための」
そのときだった。
「その通り。さすがは天野の姫君だな」
不意に後ろから男の声がした。
俺達は一斉にそちらに視線を向けた。
天野が小さな声で呟く。
「橘……」
「ほう、俺の名を知っているとは光栄だな、姫」
「姫?」
思わず振り返る俺。
天野は硬い表情で言った。
「その呼び方はやめてください」
「そうか? なら……。おっと」
天野が予備動作も見せずに投げつけた枝を、さっとかわす男。枝はその背後の木にぶつかって、光を放って消えた。
「相変わらずのお転婆ぶりだねぇ」
「まさか、あなただったとは……」
ざっ、と立ち上がる天野。
「でも、考えてみればあなたのやりそうなことですね……。とすると、相手はやっぱり三神(みかみ)ですか? 2人で犠牲者の数比べでもしてるんですか?」
「犠牲者の数? 違いますよ、姫。獲物の数、ですよ」
にやりと笑う男。その笑みに、俺の背筋がぞくりと震えた。
「ゆ、祐一……」
震える声で俺の服を掴む名雪。
そうだ、名雪は俺が守らないといけないんだ……。
俺は、そっと名雪を背後にかばうようにして、男を睨み付けた。
男はというと、にやにや笑いながら天野を見つめており、俺達には目もくれていなかった。
「さすがに都会で狩りをやると、目立ってしまいますからねぇ。その点、こんな山の中なら、それほど目立つ訳じゃない。ま、それでもちょっと週刊誌で神隠しの里なんて騒がれちゃったんで、そろそろ場所を変えようかって話をしては、いたんですがね」
「……」
天野は、無言のまま男を睨み付けていた。男は肩をすくめる。
「それにしても俺も運がいい。ここでの最後の獲物が天野の姫とはねぇ」
ざっ
「み、美汐に手を出したら、許さないわようっ!」
「真琴っ!」
真琴が天野の前に飛び出していた。そして大きく両手を広げて叫ぶ。
「許さないからっ!!」
「……これは、人間じゃないな。……そうか、妖狐か」
男は目を細めて呟いた。そしてにやりと笑う。
「さすが天野の姫君。妖狐を従えているとは、使い魔もひと味違うというわけですね」
「……真琴は使い魔じゃありません。私の大切な……友達です」
天野は静かに言った。途端に男は爆笑した。
「あっはっはっはっはっ、これはこれは……。天野の姫君は、久しく会わないうちに冗談も言うようになったようですなぁ。よりによって妖狐を友達とは……。ああ、思い出した。そういえば天野の姫君は……」
「言うなっ!!」
俺と名雪は、思わず男から目を離して、天野の方を見てしまった。真琴もびっくりして振り返る。
「み、美汐?」
「……あなたに、彼のことをどうこう言われる筋合いはないです」
その口調は、いつもの天野に戻っていた。ただ、その表情は、明らかにいつもの無表情とは違っていた。
彼って、誰のことだろう?
と。
「姫をからかって遊んでるとは、ずいぶんと余裕があるようだな、橘」
別の声が、全然違う方向から聞こえた。
そっちを見るが、木の間に身を隠しているのか、誰の姿も見えない。
最初の男が舌打ちする。
「三神の奴、相変わらず姿も見せないつもりかよ」
「お前ほど自信過剰じゃないんでね。まぁ、それはそうと、橘。妖狐は数に数えるのか?」
「そうだなぁ……」
男は腕組みして、真琴をじろじろと無遠慮に眺めた。
「なっ、なによう……」
震える声で、それでも建気に言い返す真琴。だが、男はそれを無視して言う。
「……普通の妖狐じゃないみたいだし、数えてもいいんじゃねぇの?」
「そうだな。それじゃ……4つか」
……4つ。
つまり。
俺達は。
“もの”扱いしかされていない。
ザッ
「祐一っ!」
名雪の声が聞こえた瞬間、俺は身をよじって名雪を突き飛ばし、自分も仰向けに倒れ込んだ。
ビシュッ
何かが俺と名雪の間を掠めすぎた。かと思うと、別の何かが……。
ガッ
鈍い音がした。かと思うと、まさに俺の目の前で、30センチはありそうなカニのようなものがじたばたともがいていた。
その堅そうな甲らを貫通して地面に縫い止めているのは、太さ1センチもないような木の枝だった。
「ほう、さすが姫。天王蒼穹流第三十五代継承者の名は伊達じゃない、というところか」
声だけの男が笑う。とすると、これを出したのはそっちの男らしい。そして、それを止めたのは……。
「相沢さん、水瀬先輩、それに真琴。ここは私が何とかします。逃げてください」
天野は、別の枝を手にして進み出た。
男が笑う。
「それじゃ、俺と三神のどちらが姫を手に入れるか、勝負だな」
「よかろう。どうせ、あとのなんていつでもやれるんだし。そんなのに関わってるうちに姫に逃げられても、つまらないからな」
もう一つの声が応じた。
天野は、それを聞いて自虐的に笑った。
「どうやら、私が優先のようですね。さ、早く」
「天野を置いて行けるわけないだろっ!」
俺は思わず大声を上げた。
天野は視線を逸らして、言った。
「……相沢さん。水瀬先輩と真琴をお願いします」
「……ずるいぞ」
そう言われたら、俺は行くしかないじゃないか。
「……そうですね」
天野は微かに笑った。
一つ深呼吸して、俺は名雪と真琴を引っ張り寄せた。
「わっ! 祐一っ!?」
「なにようっ、祐一! 真琴はここに残るのっ!!」
「いいから来いっ! 俺達がここにいちゃ、天野の邪魔になるっ!」
俺はそう言いながら、2人を引きずるようにして、その場を離れた。
ざく、ざく、ざく……
「……祐一」
雪をかき分けるようにして歩いていると、不意に名雪が口を開いた。
「……名雪の言いたいことくらいは判る。天野を助けに戻ろうって言うんだろ?」
「うん」
「そうだよっ! 美汐助けに行かなくちゃっ!」
真琴も声を上げて、俺を引っ張った。2人に引っ張られて、仕方なく俺は立ち止まる。
どうする?
このまま逃げれば、あるいは助かるかもしれない。
でも、そうして生き延びても、きっと後悔するだろうな。
だけど、死んだらそれでおしまいだ。
格好悪いけど、やっぱり死にたくない。
それに、俺が死ぬよりももっと……、名雪や真琴まで死んでしまうのは絶対に嫌だ。
俺は……、俺は……。
「だけどな、俺達が戻って何になるんだよ……。天野の邪魔になるだけで……」
パンッ
乾いた音がした。一拍置いて、かぁっと頬が熱くなる。
「そんなこと言う祐一、嫌いっ!」
「……真琴」
俺を平手打ちしたのは、真琴だった。
「……うっ、あう〜っ」
そのまま、しゃくり上げると、それでも一生懸命に、俺に向かって言った。
「みっ、美汐、助けてよっ、祐一っ……」
名雪は、そんな真琴を優しく抱きしめると、俺に視線を向けた。
「祐一……、戻ろうよ」
……やれやれ。
俺は、バカだな。
一つ深呼吸して、俺は今まで来た方向を振り返った。
「急ぐぞ、2人とも! 早く行かないと、天野が危ない!」
「えっ?」
一瞬きょとんとした真琴が、ぱっと俺の背中に飛びついた。
「祐一っ、大好きっ!」
「いいから行くぞっ!」
「うんっ」
「走るよ〜」
そう宣言して、名雪が駆け出す。その後に真琴、そして俺が続いた。
ザッ
茂みをかき分けると、俺達に背を向けて立つ天野の姿が見えた。
だが……。
「ほう、戻ってきたようだよ、姫」
「へへっ、手間が省けたぜ」
揶揄する笑い声に、天野はゆっくりと振り返った。
その額から、つぅっと赤い血が流れ落ちる。
「どうして……」
微かにそう呟き、そして力尽きたように、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
ポスッ
雪に受け止められて、軽い音がした。
「美汐っ!!」
真琴が、雪の上を滑るように駆け寄って、天野の身体を抱き起こした。そして何度も名前を呼ぶ。
「美汐っ、美汐っ、目、開けてよぉっ! 美汐ーっ!」
その脇に名雪が屈み込む。
「天野さんっ!」
「……名雪、天野を頼む」
俺は、脇にあった木の枝を折って、一振りしてみた。そして男に向き直る。
「真琴……、悪いけど、もう一人の方は任せてもいいか?」
真琴はもう一度心配そうに天野の顔を見てから、その天野を名雪に任せて立ち上がった。そして身体をぶるっと震わせると、耳と尻尾が飛び出す。
「うん。真琴、本気でやるからっ!」
俺は身構えて、叫んだ。
「行くぞっ!!」
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